#7帰宅1
昨日の昼以降の喧騒に比べると人通りは半分といったところだった。やはり、どこの世界も午後よりは午前の方が空いているのか?そう思いながら取り敢えずグリーンリーフへと向かう。
「おはようございます!他にも食材を買いたいんですけどなにか新しいの入ってますか?」
「お?昨日の兄ちゃんじゃないか!いらっしゃい、色々あるから見てってくれ!昨日無かった食材も仕入れてあるよ」
昨日は午後に来たから目玉商品的なのは売り切れていたのだろう。今日は朝というのもあり量も種類も豊富にある。その中で1つの作物に目が止まった。そう、俺が試験課題で選んだオクラだ。しかし、普段から知っているオクラとは違い一回り大きい。これは美味しい時期を過ぎた収穫なんじゃないのか?それとも品種的にこんなものなのだろうか。取り敢えず嫌いじゃないし、味を確かめるためにも3袋くらい買っていくか。恐らく鶏卵だと思われる卵も並べられていて、サイズ感的にはLの15個ワンセットで鉄貨2枚。他にもニンニク、ニラ、人参を3袋づつ購入。あと、水が確保できるか分からないから10L位の容器、1つ鉄貨5枚を5本購入。やはり水は貴重なのか少し割高ではあるな。野菜と鶏卵は体感的には日本の4分の3位の価格設定だと思う。総額銀貨3枚と鉄貨9枚だった。オクラとかは安くて助かるけど、それだけ農家の所得は低くなるかもしれない。この辺は気をつけないとだな。
買ったものをマジックバックへ詰め込み店員ーーー店主のロブ・バートレットさんに別れを告げながら、どこかいい服屋の情報を聞く。
「そうだなー作業関係の服ならやっぱりワーカーズだろうな。普通よりはちょっと割高感はあるが、値段以上の性能を備えた作業着が多いぜ。そこに寄ったら家に帰るんだろ?また食材が必要になったら尋ねてくれよな」
ロブさんに洋服店を聞きそこへと向かう。
今着用しているツナギしか着るものがないからな。出来たらツナギのような動きやすくて丈夫な服が欲しい。作業着以外にも下着や軍手、ベルト等働く人達の服はだいたいそこで揃うらしい。残念ながら工業区側にあるようなので、面倒臭いがそこで服を買ってから自宅へ戻るとしよう。
歩くこと40分。やっと目的地に着いた。店の看板にはワーカーズと書かれており、茶色の木板に白のペンキだけという無骨なデザインで、正直心を鷲掴みにされた。今風に言うとエモいと言うやつだ。
店内は清潔感がありながら様々な作業着が飾られており、棚にはサイズ別に畳まれ収納されている。
上下別の作業着から、前掛け、スーツ、給仕服、本当に沢山の作業服が飾られていた。粗方店内を見て周ったがツナギに似ている服はあるものの、満足のいく出来ではなかった。
どうしたもんかと、考えていると近くを陳列していた店員と目が合った。
「すみません。作業服はここに並んでいるので全てですか?実は今身につけているような作業服が欲しいんですけど?」
「そうですね。基本的にはこれで全てとなります。カスタムからオーダーメイドまで幅広く対応することが可能です。如何なさいますか?」
「1番見た目的にはこの作業着が近いんですが、収納と屈んだ時に窮屈そうなので……」
俺はそう言って自分のツナギの胸ポケットやおしりのポケット、様々な場所を簡単に見せる。
「分かりました。この程度の加工でしたら直ぐに対応できますよ?そちらの作業着と加工費を含めて1着あたり、銀貨7枚になります」
銀貨7枚……日本円で7000円か意外と高いな。でも、いい仕事をするにはいいものを使えってのが仕事人のあるあるだからな。ここは妥協せずに思い切って買うことにしよう。
「それで構いませんので、7着お願いしていいですか?どれ位で仕上がりますかね?」
「そうですね。今日はタイミングよく加工やオーダーメイドの依頼は無いので、1時間もあれば7着仕上がりますよ。お代は先払いとなります」
「分かりました、それでお願いします」
俺は代金を支払い、断りを入れてから再度店内を物色する。さっきチラッと靴下やパンツインナーシャツ、寝巻きに最適そうな半袖半ズボンが有ったから、ツナギが出来上がるまでその辺も吟味しておこう。
意外と1時間はあっという間に過ぎ去り、ツナギが仕上がったと店員に呼ばれた。注文通りポケット等が新たに追加され、試しに着てみたが窮屈感もなく屈伸しても不快感はなかった。色は今着けているのと同じ青が1着、灰色が2着、ダンボールのようなクラフト色が2着、そして濃い緑が2着だ。他にも下着や寝巻他何着も買ったので、総額金貨5枚と銀貨8枚ほどかかってしまった。
しかし、普段から着るものなので妥協はできない。仕方の無い出費だ。
買いたいものも買ったのでワーカーズを出る。日は頭上で光り輝いているところを見ると恐らく時間的には正午位だろう。通りの屋台や飲食店には人集りが出来ていた。
俺も小腹がすいていたので近くの屋台で串焼きとチキンサンドを購入した。近くにちょっとした公園があったので、そこへと移動し木陰になった場所へと腰を下ろす。串焼きはシンプルな味付けに香味が効いていて更に食欲が増す。最後に炭火で焼いたチキンとフレッシュなレタス、輪切りの玉ねぎのサンドイッチを食べる。ガツンと胡椒と玉ねぎの辛味と炭火の香りが口内に広がり、食べ終わる頃には満足感と程よい満腹感だった。
「よし、帰るか。日が暮れる前には家に着かないとな」
俺は商業区を通り東区へと向かう。その途中でふと火を起こすための道具やトイレ事情などが頭に浮かんだ。
よく考えてみたら、この世界に来てトイレなんか入ったことないぞ…トイレットペーパーみたいのが売ってるんだろうか?それともちり紙?とりあえず、そこら辺の日用品売場へ入ってみるか。
「ここでいいか、“あなたの街のBコープ”店舗他に比べたらちょっと大きめだし、店先に並んでる商品から日用雑貨を扱ってるぽいしな」
店内をぐるりと周り、ロウソクやマッチ、着火剤、そしてトイレットペーパーではなく、ちり紙を手に入れた。他にもキッチンタオルやバスタオル、ハンドタオル、シャンプーからボディソープ迄、見て回って必要と思ったものはどんどん買い込んだ。合計金貨1枚と銀貨5枚。シャンプーやボディソープが結構いい値段だった。あと、意外なのはちり紙で紙自体が高価なものらしく、多分俺がちり紙と呼んでるだけでおしりを拭くものでは無いかもしれない。でも、1度経験した生活水準はなかなか落とせない。農業でちゃんと生計が立てられるようになれば金銭面も問題ないだろう。問題ない筈だ……。
自分にそう言い聞かせ、今度こそ家へと向かう。物珍しいものが沢山あり目移りするが、流石に家に帰らないと、畑の準備やそのほか必要なものが分からないため、観光は今度にして早足で東門へと向かった。
商業区を抜ければ住宅街、言葉は悪いが特段見るものも無く、あっという間に東関所へと着いた。
「エドさんお疲れ様です!お陰様で色々な買い物が出来ました」
「おう!タクミじゃねーか!そりゃーよかったな。一日だけじゃ足りなかったんじゃねーのか?そういや手続きはどうなった?」
「お陰様で万事上手く行きましたよ!他にも必要そうなものも買い出しできたんですけど、時間が足りなくで1泊しました。でも、多分まだまだ足りないですね。今おそらく必要なものしか買ってないんで、早めにエドさんと会うことになると思います」
「まぁー街からそう離れてない場所に家はあるみたいだからな。慌てずに必要なものは揃えるといいさ。分からないことがあったら、この東門の衛兵一同に聞きな!なんでも答えてやるぜ!」
エドさんがそう言ったら昨日とは違う衛兵さんが控室?か親指を立ててキメ顔をしていた。ノリのいい人達で好感が持てる。
「あいつはショーってんだ。今は親指しか立ててないが、
とにかくおしゃべりな奴でな。仕事も真面目で自分の中にしっかりと仕事像を持ってる奴だから、意外と気が合うかもしれないぜ?」
「歳も近そうなんで今度紹介してくださいね」
そうして、俺は関所を後にした。一日ぶりに出た街の外は来た時とは見る方向が違うからか、全く別の風景に思えた。行きの時は色々混乱していたから感じなかったが、これが空気が澄んでいるという事なのだろう。鼻から吸い込まれた空気からは大地の香りと草花の香りが強烈に感じられた。
「とりあえず、今日は軽く家の換気をして寝床とキッチンを整えよう。後はトイレか……」
戻ってからのことを考えながら歩いているといつの間にか自宅へとたどり着いていた。
そのまま玄関へと向かいドアノブに手をかけ扉を開ける。扉には鍵穴らしきものがあるが、出る時も鍵は掛かっていなかった。もしかしたら家の中にあるのかもしれない。室内へと入りながら扉の周りを確認すると、すぐ横の柱に刺された釘へ吊るしてあった。鍵穴に差し込むと、ドアノブがロックされて開けられないようになった。どうやらこれで間違いないようだ。
少し話が長くなったので2話に分けます