#49目覚め
あけましておめでとうございます!
本業が忙しくなり不定期更新ですが、本年も農機整備士の異世界開拓ライフをよろしくお願いします
翌朝。朝食を摂取後早々に昨日の続きに取り掛かる。銀音には昨日ウィザーウッドを散布した樹木の切り倒しをお願いした。丁度風魔法の鍛錬がしたかったとの事で、チェーンソーといった道具は使わず魔法で切り倒し作業するようだ。
ブラックウルフ達はというと昨日大量だったので今日の所は鍛錬に時間を当てるらしい。子狼達にも狩りの仕方や技を教えるようだ。
俺は腕を組みながら小屋の前に立ち、目を瞑りながら暫く頭の中で設計図を描く。
この地方は雪が降るかどうか分からないので、取り敢えず入口から奥に向かって急な傾斜を取った屋根を組んだ方がいいだろう。テレビでよく見る三角屋根を組むのもオシャレでいいけど、大工経験が乏しい今のレベルではちょっと難易度が高いな。雪が降って問題がありそうなら改善すればいい。
という事で作業に取り掛かる。大まかなデザインは頭の中にあるので、まずはイメージを現実に落とし込むためにスケールとメモ用紙、鉛筆を持って既に立ててある壁の測量を始める。
測量する理由は“サシゴ”を使って屋根の斜辺の長さを割り出す為だ。サシゴ、と言うのは大工用語らしいのだが、つまりは三平方の定理の事だ。斜辺の2乗が他の辺の2乗の和に等しいって奴の3:4:5(5が斜辺の長さ)から来ている呼び名らしい。昔からの大工たちはこのサシゴで直角や斜面の長さを出していたようだ。俺も大工兼農家のお客さんから聞いて、目からウロコだったよ。中学生で習ったらしい(ググッた結果)がここまで実践的な応用はなかったので、ちょっと感動している。検索結果に短辺と長辺を入力すれば斜辺を計算してくれるサイトがあり、あっという間に知りたい長さが出来た。奥行が10mに対して勾配を取るために高さを3.5mにした所、斜辺は約10.6m必要。軒を前後1m位は取りたかったので全長12.5mで切断する事にした。
寸法通りに柱を切り出し等間隔に並べて固定していく。屋根の土台はできたのであとは木板を貼っていくだけなのだが……。
「しまったそういえば透湿防水シートってこの世界には無いよな…昔の人ってどんなに雨漏り防止してたんだろう?」
という事で早速スマホで検索してみる。ふむふむ、日本伝統の造り方だと瓦の下には葺き土ってのが施されていて、瓦の間から少量の雨が入った場合にはこれが吸水・防水効果を発揮するようだ。そして晴天の日に蒸発して乾くと…。うーむ、これはちょっと今の自分には厳しいな。他になにか良い手はないだろうかーーー。
「あっ!そういえばアレがあったな!確か使えそうだと思って納屋に入れたはず……」
俺は納屋に移動し置いてあった“アレ”を取り出し広げてみた。
「こういうのに使えると思ってたんだよね~スライム外皮で作った袋!基本的に堆肥や化成肥料って水分や湿気にあたると散布しづらくなったりするから、多分この袋も防止目的で作られているはず・・・」
俺は試しに水魔法で袋の中一杯に水を満たしてみた。思った通り全然水を通さない。これはいい素材を見つけたぞ。ということで買い溜めしていた堆肥を全て開封し、中身を一カ所取り出す。全部で既に開いている袋も併せて全部で40袋集まった。
袋1枚をハサミで切って広げると縦2m*横0.8mになった。買うときにも思ったけど、結構容量に対して袋に余裕があるんだよね。疑問に思って聞いたんだけど、空気を入れることで長期保管しても状態が劣化しない作用があるみたいだ。もしかしたら微生物とかその辺の働きに必要なのかも、詳しいことは分からないけどね。
ざっと計算してみたが指一本分位づつの被りを持たせてやれば、ほんの少し丈が足りないが縦に8列も貼れば屋根の防水は間に合うと思う。足りない丈は無いよりはマシだと思うので、トラクターに載っていた剥がされた後のマルチのビニールで代用する。
「材料の目処はたったし、サクッと付けていきますかね」
雨漏り対策剤が準備できたのであとは早い。木板、スライムビニール、瓦に見立てた木材を打ち付けていくだけ。数が多いだけで難しくない作業なので昼前には完了させることが出来た。
「あとは外壁と内壁、中二階の製作か。外壁さえ仕上げてしまえば取り敢えず住むことは出来るだろうから今日はそこまでを目標に頑張ってみよう。っとその前に昼食だな」
俺が昼食の準備を始めた所銀音と少し遅れてラミリスがやってきた。どうやら準備を手伝ってくれるらしい。
「銀音はいつも手伝ってもらってるから出来ると思うけど、ラミリスには何を手伝ってもらおうか……」
「それならご心配なく。私には念動力が使えますので大抵の事はできますわ」
そう言うとラミリスは早速念動力で包丁を空中で自由自在に動かしてみせた。これはなかなか使えるスキルだな。試しに野菜の切り方を教えると俺が教えた通り切り揃えそのまま皿に移して見せた。
「うん。これなら全然問題ないな。正直な所俺と銀音だけでは間に合わなくなってたからありがたいよ」
「いえ、今迄が異常だったのですわ……。タクミ様の命とはいえ大老である銀音様が手伝っているにもかかわらず、私達がそれに甘んじていたのですもの。申し訳ありませんでしたわ」
「私はタクミ様に助力を求められて応えているだけです。日々自分達に何が出来るか考えれば、自ずと主であるタクミ様にとっても利が生まれるでしょう」
銀音はあくまでも俺からの命令ではなく自主的に動いているってのを見せつけてる感じがしたな。日々の施しに甘んじるだけでなく、いかにして主である俺に利益をもたらすか、その辺を指摘しているのだろう。この言葉にラミリスも納得したようであり、教えを授ける姿は正しく大老様であった。
新たに加わってくれたラミリスの力もあり、サクッと昼食の準備を済ます事が出来た。調理終了後、ラミリスは疲れた様子だったが自分も手伝った料理の為か物凄く美味しそうにしていた。片付けをしている時に今後も沢山レシピを教えて欲しいと言ってきたよ。大分料理に興味が出たみたいだね。
昼寝をしっかりして作業の続きに取り掛かる。まずは外壁に使う為の木板の切り出しから行い、その後は屋根と同じように下から上へ順序よく少し被せながら打ち付けていく。1人でも出来る作業だけどやっぱり助手がいた方がいいなー。ラミリスもが持ってた特殊技能”念動力”、アレめちゃめちゃいいよね!特にこんなもう1本腕があれば…みたいな作業の時は本当に便利だろうな。
グダグダ言っていても手を動かさないと終わらないわけで……無い物ねだりはやめて板張りに集中していく。最後の1枚を打ち付けて外壁はとりあえず完成!あとは入口だがどの様に扉をつけるべきか……。人間用の扉だとブラックウルフ達では開けるのも難儀するだろう。ということでスマホでググッてみる事に。
「成程。人間用の扉にペット用のフラップドアを付ければいいのか。そう言えば海外の映画でも見たことあったなーあれの事か」
その映画はクリスマスに家に1人残された子供が泥棒から家財を守る話だ。その時にペットドアから侵入を試みる泥棒が痛い目を見るのだが、これがなかなか痛快で面白い。スマホもあるし久々に視聴してみようかな。
まずは人間用扉の外枠を制作し、そこにネットで見たフラップドアを真似て取り付ける。丁度ロータリーの均平板(土を平にする板)の修理で仕入れてあった蝶番があるのでそれで開閉できるように取り付けた。本当は今頃修理完了して納品してる頃だったのになー本当に申し訳ない。まぁー他の職員が何とかしてくれているだろう。
人間用の扉にも蝶番を取り付けて入口に固定、開閉に問題がないのを確かめて完成だ。
「なかなかいい出来じゃないか!?内装はまだだけど取り敢えず住む分には問題ないだろう」
小屋の前で達成感を感じニヤニヤしていると、銀音を始め他の面々が集まってきた。ブラックウルフ達が揃ったことを確認してから話始める。
「さて、この小屋がブラックウルフ達の新しい住まいだ。まだ内装が完成してないけど雨風を防ぐには問題ないし、今から中二階を作る段取りだけど、15匹なら広さも問題ないと思う」
「ーーーこっ、こちらを我らの住処にして良いのですか……!」
ジャスはそう言うといきなり空に向かって長めに吠えた。そうすると他のウルフたちも同じように吠え始める。一体どういうこと?
「これは感謝と喜びの咆哮です。タクミ様が彼等に住処を与えたことで、タクミ様自ら一門として認めたと示したことになるのです。私からも御礼申し上げます」
銀音はそう言って深々と頭を下げた。別に俺はそういうつもりは無かったのだが、どうやら彼等にとってはとても大事だったようだ。別に俺自身はもう仲間だと思ってたんだけどね。まぁー喜んでくれて何よりだ。そうなってくるとますます手が抜けなくなるな。防虫・防腐塗料なんかを塗った方が良いはずだが、この世界に有るのだろうか?今度街に行った時にモーズさんにでも聞いてみることにしよう。
「さて小屋も完成して今日はめでたい日だな?ジャス君?」
「仰る通りですぞ!誠に感謝の念に堪えません!」
「そうだろう、そうだろう。伐採も順調だし、ラミリスは料理に興味を持ってくれた。子狼達にも狩の仕方を教えることが出来たーーー」
俺は言葉を切りしばらくブラックウルフ達を見つめていると、ルトスが何かに気がついた用でジャスに耳打ちしている。
「……!主殿、この様なめでたいことが多い日、宴を始めるべきかとーーー」
「やっぱりそうだよねー!こういう時は宴開いてはっちゃけないとだよね!という事で今日はこのまま飲むぞー!」
俺自身小屋を建てることが出来た達成感で酒を飲みたい気持ちで一杯だった。やっぱり何かやり遂げたあとは飲み会だよね〜ブラックウルフ達にはラミリスに指揮してもらって肉とかを捌いて焼いてもらおう。その間俺と銀音で副菜と酒の準備だ。
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鼻腔をくすぐる香しい食べ物の香りと喧騒で目が覚めた。
外を見るとまだ日が落ちる少し前の様で、遠くの空がオレンジ色に染まっている。部屋を見渡すと壁際に火の灯ったランタンが置かれ、人間の使う水瓶が置かれていた。
「ここはどこなの?ーーー痛っ!そうか、確か私はリーニャに襲われて……」
体のあちこちが痛い。だけどウォータースピアーをまともに受けてこの程度で済むはずがない。リーニャなぜ私のことをーーーここまでの事を思い出そうとしていると扉の前から物音が。私はいつでも攻撃魔法が打てるように準備する。
「おっと!一応ノックノックっと、入るよー水と軽い食事を持ってきたーーーって!意識戻ってるじゃないか。良かった!いつ目覚めたんだい?」
扉を開け手入ってきたのは人間の男だった。私は強くその男を睨みつけ、ここはどこかと尋ねる。
「ここは俺の家で、君は湖で傷ついて倒れていたんだ。見つけたブラックウルフ達がここまで運んできて、今この状況だね」
人間の男はそう説明し、暫くこちらの様子を伺っているようだった。敵意は感じられない、こちらの事情も全く分からなくただ善意で助けてくれただけのようだ。
「助けていただいた身でありながら、すみません。命を助けていただき感謝いたします。私は運がいいーーーいや、むしろ運が悪かったのかもしれませんね……こうして生き長らえてしまった」
守ろうとした人達も守ることが出来ず、仲間だと思っていた人に裏切られた。思い出すことも無く、このまま死ねたらどんなに良かっただろう。
「なにか訳ありみたいだねーーーって、それだけ傷だらけで倒れていて何も無いわけないか。まずは軽く食事を食べて体力を戻すといい。温かいうちに食べてくれよ、冷めると勿体ない」
男はそう言いながら優しく私の膝上にトレイを乗せてくれた。暫く器に盛られたスープを眺める。そういえば昔、体調を崩した時にリーニャがこんな感じで介抱してくれたっけ。勿論あの時はスープなんかじゃなく、消化にいい海藻サラダだったけど。
「ーーー食欲無い?あっ!もしかして熱いのとか陸の食べ物は食べられなかった!?ごめんね人魚が何食べるのか知らなくて、別のを用意させるから何か食べたいのある???」
「いえ、ちょっと昔のことを思い出していただけです。ありがとう、頂きます」
人間の使う器に道具。確かスプーンと言ったか。確かこれで器に盛られた料理を掬うのだったな。初めて使う道具で少し戸惑ったが、口まで運ぶ事が出来た。口内を切っていたようで染みてヒリついたが、それよりも温かい食事を食べた事で安心感が生まれる。不思議なことに先程まで生きている事に絶望していたが、今はただただこの食事を食べたい、生きたいという感情が強くなっていた。私はゆっくりとだが手を止めずに最後まで食べ終えたのだった。




