#48小屋作りとアースリストレイント
空いている部屋にブラックウルフ達の小屋で敷き詰める予定だった干草を持ち込み、大きな布を被せた簡易布団を作った。子供の頃にアニメでアルプスの少女が使っていたのを思い出す。太陽の光を沢山浴びた香りが鼻腔をくすぐる、目を閉じると不思議と畳を思い出してしまった。自分用にむしろを作って見てもいいかもしれない。今度暇な時にやるとしよう。
準備できた布団へ人魚を寝かせる。こうやって改めて見ると銀音に負けず劣らない程の美人だ。目は開いていないので分からないが、整った顔立ちに毛先に向かって青色から紫へと変わるマーメイドヘヤー。人間で言うと20歳くらいだろうか?この世界の人は外国人の様な顔立ちなので年齢が掴みにくい。
「と言うか、人魚を陸にあげてしまって大丈夫なのか?鱗が乾燥してさらに衰弱するとかないよな?」
「私も長い間生きてきましたが、人魚に出会うのはこれが初めてです。昔聞いた噂話によると人魚は魔法で陸にあがり果物なども食べていたらしいので問題は無いかもしれません。確証はありませんが……」
一応スマホで《人魚 介抱 治療》で検索してみたが、案の定地球の人魚伝説や不老不死、怪しいオカルトサイトしか出なかった。
そりゃそうだよな。地球でも伝説上の生き物だし治療法なんてのかあるわけない。
取り敢えず大丈夫だと信じて回復薬を混ぜた水を飲ませる。早く目を覚ますといいんだけど……。
「人魚さんにはゆっくり休んで貰って、小屋作りの続きをやるとしよう。俺と銀音で定期的に様子を見るから、皆も自由にしてくれ」
「ならば我らは獲物を探し狩りを行うとしましょう。子供らにも狩りの仕方を教えねばなりませんゆえ」
「狩り、か。もしかしたら毛皮とか骨とかは売り物になるかもだからなるべく傷つけずに取ってきてもらえる?」
「お任せ下さい!進化してからというもの身体能力が大幅に向上したので容易いことです」
ジャスたちブラックウルフ達は森の中へと消えていった。すげー頼もしいな。取ってきた獲物に価値が付くようになれば、その資金で更に快適なスローライフを実現出来るはずだ。
銀音と共に先程の作業の続きにかかる。先ずはトラクターで支柱を立てる場所に溝を開ける。ロータリーの平均板を最大まで揚げて、トラクターはその場で停止。地面からロータリーを少し浮かせたところでPTOを入れる。耕耘爪が回転し始めたらエンジン回転数を1600rpm迄上げてゆっくりとロータリーを下げていく。少し小石が混じった土のようで、勢い良く跳ねあげられた結果カバー等に当たりカラカラと音を立てていた。ロータリーを停車した状態で使うとその場の土を後ろへと跳ね飛ばしてロータリーの幅分の溝が出来る。これがの深さが大体15cm位なので、魔導スコップで10cm程更に掘り下げる。これを繰り返し支柱6箇所分を掘り終えた。
「よしよし、順調順調!丁度切りもいいし昼休憩を挟んでから続きをするか」
銀音に声をかけて昼休憩を取る。作業の進捗具合を聞くとだいぶ慣れてきたようで、今日中には指定した範囲は散布して終われそうとの事。義務でもなんでもないからゆっくりやっていいと伝えたが、タクミ様から与えられた業務を怠る訳にはいきません!、とやる気満々の返事だった。
昼食後少し雲が出てきて日差しが弱まってきたのもあり、結構な睡魔が来たため少し昼寝をする事に。体から削った木屑のいい香りが漂ってきてすぐに寝落ちした。
「ーーーよしっと、作業再開しますか!柱を垂直に立てたいから少し手伝って欲しい」
銀音に助力を願いこちらへ来るように指示する。移動する前にガレージに行き柱を固定する為の棒と水平器とビス、インパクトドライバーを準備する。
「タクミ様私は何をすれば良いのでしょう?」
「これから6本の柱を立てるんだけど、それぞれ水平垂直に立てる必要があるから、固定してて貰える?水平器をあてて見ながら調整するから。ある程度位置が決まったら、根元を掘り起こした土で固める必要があるから、それまでで支えてて欲しい」
「分かりました。質問ですが掘り起こした土を被せるのは手作業で行うのですか?」
「そうなるね。スコップで土寄せして槌で固めていくことになるかな」
「それならば良い魔法があります。今後も地盤を固めるような作業を行うのであれば習得していて損は無いはずです」
という事で柱を立てる前に銀音から魔法をレクチャーしてもらうことになった。その名も“アースリストレイント”。対象物を土魔法により拘束する技で、本来戦闘時に相手の動きを封じる為の魔法らしい。応用では無いが今回みたいに柱を固定する時にも持ってこいの魔法だ。
試しにお手本を見せてくれるとのことで、調整を行ってから銀音が地面に手を付き魔法を発動させる。するとロータリーで掘り起こした穴がみるみる塞がりガチガチに固定された。これは凄い…ランマー要らずだ。
「っと、この様に柱もしっかり固定できます。魔素を集めるのはウォーターボールを作る時と同じです。タクミ様は水属性の次に土属性の適性が高いですから労せず発動することができるでしょう」
「OK。ちょっとやってみるよ」
という事でアースリストレイントの練習を開始。まだ開拓されていない区画の樹木に向かって発動させてみる。銀音によると距離とどれ位土を動かすかで、圧縮する魔素が変わるようだ。
「よし、これくらいでいいかなーーー“アースリストレイント!”」
5m程先に生えた樹木の根元にみるみる土が盛り上がりがっちりと拘束した。元の高さからだいたい15cm位は盛り上げることが出来ている。ちゃんと発動できたようだな。
「さすがタクミ様です。あとは、この魔素量を基準にして増やしたり減らしたりして圧縮する量を調整すればよろしいでしょう」
「ありがとう銀音。これはかなり使える魔法だよ!これからハウスなんかも作っていくと思うから、習得できそうで良かった」
これは地面に手をつく必要はあるが、片手で発動できる様なので慣れれば1人でも作業できるだろう。銀音にはウィザードウッドの散布作業に戻ってもらい俺はしばらくアースリストレイントの発動練習を行った。だいぶ慣れてきたところで早速、柱を固定する作業を行う。練習中に気がついたのだが、圧縮する魔素量を減らすと、拘束する土の密度が減る為か徐々に柔らかくなる。最初は込める魔素量を減らし、微調整してから本圧縮をしてやれば結構簡単に立てることが出来るのではないか?早速実践してみると思った通り、1人でも十分に作業ができた。
「これなら今後の小屋作りやハウスを立てる時なんかも十分に使えそうだな。今はロータリーと魔導スコップで穴を掘ってるけど、多分地面に穴を開ける土魔法もあるはずーーー後で銀音に聞いてみよう」
相性が二番目に良い属性だからか、4本目を立て終わる頃には早く大分思い通りに固定できるようになっていた。まぁー早熟スキルの恩恵もあるだろうが…。
柱を固定し終えたらあとは早い。柱と柱に梁をかけて、互いで支え合う。そしてそれぞれの柱に倒壊防止のために筋交いなんかを入れて行き、壁板を打ち付けて行けばあっという間に外壁の完成だ。
「結構時間も経ってるし今日はこの辺で終わるか」
使った道具を片付けていると、タイミングよくジャス達が戻ってきた。帰ってくるなりマジックバックを差し出し、大量ですぞ!と言いながら成果を報告してきた。
「主殿!今宵はあの気分が高揚する葡萄酒で宴会です!海の幸山の幸がふんだんに取れました故!」
「そうなのか?どれどれー…」
ブラックウルフ達が集めてきた食材を鑑定にかけてみる。どれも、口にしても問題ない食材のようで、ランクは殆どがE〜Fであった。しかし2種類だけAランクの食材が混じっていた。
「このマジックマッシュルームとゴールデンスケイルフィッシュはかなり高ランクの食材だけどよく見つけられたな」
「ゴールデンスケイルフィッシュは漁を行った際に混じっていたんです。ここまで見事な黄金色は見たことないので、あの湖が相当清らかなのでしょう。生け捕りに出来たら良かったのですが、生憎我々の漁の仕方では生け捕りは難しいですね…恐らくですが人間の街でなら鱗には価値が付くと思われます。身は淡白でありながらほのかな甘みも有りますので美味しいですよ」
確かに鑑定でも黄金の美しさが際立つ程、身の味も美味しくなると書いてあるな。
「次にこのマジックマッシュルームなんだけどこれはどんな食材なんだ?」
「食べると一時的に扱える魔素量が増えるのですわ。例えば私のスキル念動力は通常あの大木を持ち上げるのが限界ですが、摂取すると約1.5倍位扱える重量が変わります。勿論念動力だけではなく他の魔法でも同様の結果が得られます」
それは凄い効果だぞ。単純に扱える魔素量が多い者ほど1.5倍ってのは洒落にならない。恐らく高ランク冒険者や魔術士関連に高く売れるんじゃないのか?ふむ…そうと決まれば。
「ジャス達には悪いんだけど、このAランクのアイテム達は売りに出していいかな?結構な売上になると思うんだよね」
「それは構いませぬが、これなる食材はかなりの美味でございますがよろしいので?」
「確かに美味しそうだけど、どれくらいの売値がつくか気になる。資金作りとして良さそうならそのお金でもっと美味しいもの食べられるだろうから、今回持ち込んでみたいんだ」
タクミ様がいいなら依存は無い、とのことでこれらを除いた食材で夕飯を作ることになった。
皆には苦労してもらって取って来てもらったからな。今日は…というより今日も宴会するとするか。
俺は適当に味付けした野菜や魚等を炒めたり、蒸したり、揚げたりしてツマミを作っていった。準備も一通り終わり早速みんなで飲み始める。ブラックウルフ達の話し声をBGMに、明日は小屋を完成させてまた宴会だろうな、なんて考えながらゆったりと時間が流れて行った。




