#47ブラックウルフと人魚
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
主殿と銀音様が分担して作業を行っている間、我々は食料となる魚や海藻類を手に入れるべく、早朝見つけた湖へ向け森の中を走っている。
「しかし、本当にタクミ様と言葉を交わせるようになったのは嬉しいわね!今までは銀音様に代弁して頂いていたから申し訳なかったもの」
「そうですね。タクミ様の“多言語習得スキル”の効果が早く現れてくれた結果でしょう。これでいつでも命令していただけるな」
我…ジャスと血を分けた兄弟、ラミリスとルトスが嬉しそうに話している。我らは常に集団で行動している為あまり個を分けて物事を考えることは無いのだが、タクミ様は名が無いと不便だということで名をつけて頂いた。確かに名を呼ばれると特別感があっていいものだ。
「ジャス、確かこの辺りだったのでは?」
「うむ、確かに目印として切り倒した木が転がっておるな。切り倒した木の先へ向かえば湖がある筈だ」
「早朝は薄暗くてそこまで広くは感じなかったけど、実際どうかしら。楽しみだわ」
近づくにつれ湖の清涼な香りが風に載ってきた。相当に澄んでいる水なのだろう。本来なら少し泥の匂いがするのだが、全く感じられない。到着すると眼前には予想よりも大きな湖が広がっていた。恐らく対岸まで0.5キラトーメルはありそうだ。そして何より水の透明度が尋常ではない。湖底の魚の模様すら見える程だ。
「こんなに綺麗な湖見た事ない!なんかとても神秘的な所ね。早朝より断然今が綺麗だわ」
「スンスン……気のせいか朝と少し水の香りが違う気がするのだが、どう思う?」
ルトスが言うように確かに少し甘い香りがする。早朝は海藻の香りが強かったはずだ。それに奇妙な程生き物達の気配が無い。本来水辺近くであれば鳥や肉食の小動物等が居るはずなのだが…。
「取り敢えず主殿に献上する魚と海藻類を確保することを優先する。いつものように追い立てる班と仕留める班に別れるぞ。子供達は海藻類を集めてくるのだ」
ブラックウルフに進化してからというもの、狩りを行うのも随分と楽になった。能力が全てワンランク上がったことに加え、新たなスキル“気配察知”と“影追跡”を手に入れた。“気配察知”は近くにいる生き物を察知することが出来るスキルなのだが、まだレベルが低いのでせいぜい半径50トーメル程しか感知できない。だが、もうひとつの“影追跡”これはかなり有用なスキルであり、相手の影にマーキングを付けることでどこに居ても居場所がわかるというものだ。欠点は1体にしかマーキング出来ない事くらい。そしてもうひとつこのスキルには驚くべき機能が備わっている。
戦闘中敵を視認出来ている間は敵の影から攻撃を仕掛けられるという物だ。どうやら敵の影を通して攻撃を行う為、対象の影サイズ以上の攻撃は通すことが出来ないようだ。今回の魚のように影が小さいと我らの爪や牙、攻撃魔法も通すことが出来ない為、こうやって追い立てて狩りを行う。
追い込み班が水面を強く叩きながら徐々に範囲を狭めて来たので、すかさず範囲攻撃魔法“アクアニードルストーム”を発動させる。これは1発あたりの威力はさほど無いが無数の水の針が広範囲に勢い良く降り注ぐ。浅瀬に集められた魚を仕留めるのにはかなり有用な魔法だ。
「今回はかなりの量になりそうね!これならタクミ様たちも喜んでくれるわ」
「早速タクミ様から預かったマジックバックへと入れていこう」
皆で手分けしてルトスが担いだマジックバックへと魚を入れていく。子供たちも海藻を収穫して来たので、それらも収納した。
「さて、取りこぼしもなさそうなのでそろそろ主殿達の元へ戻るとするか」
「……ジャスちょっと変な気配がしないか?」
「ルトスの言うように私も確かに何か感じるわ」
「やはり気のせいではなかったか、気配察知の範囲内には何も反応が無いので不思議には思っていたのだが……」
もしかしたらこのスキルは正確な位置が分からないだけで、範囲外でも気配察知が発動するのかもしれない。そう考えるとなかなかいいスキルだ。
明確な敵意を感じられないので敵では無いだろうが、何故か気になる。皆と相談し気配の元を探る事になった。
湖畔を回っていると徐々に気配が強くなっていき、スキル範囲内に入ったのか正確な位置が判明した。
「あの湖に浮かぶ小島の様だな」
「確かに私のスキルでもあそこから気配がしてるわね」
「では我とルトス他手練7名で探ってくる。ラミリスと残りはここで待機、もしもの事があれば全力で逃亡しこの事を主殿へ伝えてくれ」
「分かったわ。大丈夫だと思うけど、くれぐれも気をつけて」
身体強化を施して助走を行いそのまま跳躍、と同時に風魔法でさらに距離を伸ばすことで上手く島へ渡ることが出来た。
「どうやら大岩の反対側に隠れているみたいだね」
「我らが渡ってきたことに気が付いているはずだが、先程と同じ位置から動いておらぬな。皆警戒しながら接近するぞ」
大岩の上部と左右それぞれに3名づつに分かれ、ゆっくりと接近していく。あとほんの5トーメルくらいの距離まで近づいたところで、一旦停止した。
「おい!そこに居るのは分かっている!敵意がないのならばこちらも手荒な真似はせぬ、そちらは何者か!」
「ーーーこちらの問いかけに何ら反応がないな。警戒しつつ突入した方がいいのでは?」
「確かに拉致があかぬな。我とルトスで先ずは近づいてみよう」
他を待機させルトスと共に岩陰を出る。ゆっくりと気配察知の地点へと近づいていく。
「なぜこんな所に人間の雌……いやこやつ人魚か?」
「人間の上半身に魚類の下半身ーーー。恐らく話に聞く人魚であろうな。伝説上の生き物と聞いていたがまさかこの目で拝む日が来ようとは……」
人魚は何者かに襲撃されたのだろう、身体中傷だらけで意識がない。このまま放置すれば命はないであろう。
「確か噂では人魚の血肉を喰らえば不死身になるとか。せっかくだから皆で食べてみるか?」
「馬鹿を言うでないわ!我ら一族が主殿に救われたのをもう忘れたのか!我らがその様な愚行を行えば主殿に泥を塗ることになる。我らが救われた様にこやつも主殿の元へ連れて行き判断を仰ごう」
「そう、だな…。軽はずみな言動だった、すまない。タクミ様から貰った回復薬を飲ませて連れていこう」
意識の無い人魚に薬を飲ませるのはかなり大変だったが
、ラミリスを呼びなんとか摂取させることが出来た。ラミリスは生まれながらに特殊技能“念動力”が使える。人間サイズくらいなら容易に動かすことが出来るため、今回はかなり助かった。
薬を摂取させたが以前危険な状態なのには変わりない。引き続きラミリスに念動力を使ってもらい我らは主殿の元へ急いだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
銀音に散布のやり方を教えたあとは、小屋に使う為の柱や壁等の木材をスケールで測りながら充電式電ノコで切り出していく。充電式の工具はいくつか持っていて、インパクトドライバー、インパクトレンチ、サンダー、丸のこ、レシプロソーに、18Vバッテリーが計5つ。幸いな事にDC12V対応の充電器を持っていたので、バッテリーの寿命を迎えるまでは問題なく使えるだろう。今度モーズさんのところで耐久力アップの魔導付与をしてもらおう。そんな事を考えながら進めていたせいか、若干の誤差が出てしまった。でもまぁプロの大工ではないので約2-3mmの誤差はDIYーーー味だと思って目をつぶろう。
あらかた材料を準備し終わった頃、ジャス達が向かった先の方から遠吠えが聞こえてきた。
「意外と早かったな。大漁だったら良いけどね〜」
「これは……タクミ様どうやら良くないことが起きているようですね」
「ひっ非常事態発生か!?帰還の合図とかではなくてこの前のミノタウロス襲撃みたいなやつだったら俺嫌だけど!?」
「状況までは分かりませんが、この遠吠えは私達一族が決めている不測の事態が起こった際の一種です。敵襲とかではなく彼等に判断が難しい案件が発生した感じでしょう」
遠吠え1つでここまでの情報が得られるのか。今度遠吠えの種類を習っておこう。走行しているうちにジャス達の姿が見えてきた。
「主殿、銀音様ただいま帰還しました。実は例の湖で負傷した人魚を保護した為至急戻ってきた次第であります」
「人魚!?あの上半身が人間で下半身が魚類のあの人魚か?」
俺はジャスたちに経緯を聞き、とにかく傷ついた人魚を介抱すべく家の中へと運び込んだのだった。




