#36討伐完了
綺麗な青空が目に入ったかと思えば、すぐそのまま地面に強く叩きつけられ、息ができなくなった。一体何があったんだ…一瞬の出来事で考えがまとまらない。ふと胸元にあった身代わりの魔導具に目が行き、そこにあった黄色の魔石は粉々に砕け散っていた。
この体の激痛からして、恐らくミノタウロスに殴られた怪我は身代わり魔導具が防いでくれたが、地面に叩きつけられた衝撃なんかはそのままなのだろう。身体中が痛い。意識が遠のきそうになった時、温かな波動が身体中を覆う。徐々に痛みが和らいでいき、立ち上がれるまでに回復することが出来た。これが回復魔法か…すげーな。
「大丈夫か!?他に痛いところは?」
「ありがとう。かなり回復出来たよ。正直あのままだったら死なない迄も、意識を失っていたと思うーーー俺の武器、チェーンソーは?」
「あぁ。それなら向こうに落ちてるぞ。すげー武器だな。もう一度行けるか?さっきはタイミングが少し早かったせいでミノタウロスの首までは狙えなかったが、今回はバッチリ行けるぞ」
回復してくれた重戦車?風の男はそういうと、足止めに戻ると言ってみんなの所へ戻って行った。その時、俺は後衛だからと言うことで身代わりの魔導具も譲ってくれた。ありがたい。これで即死は免れる。
ミノタウロスは銀音が上手く引き付けてくていたみたいで、俺の回復に来れたようだ。とりあえず離れたところに落ちていたチェーンソーを拾い上げる。エンジンは止まっていて、見た感じ大きな外傷はなさそうだった。これも耐久力強化の魔導付与のお陰だな。
「タクミ様!後ろへ避けて!!!」
俺は銀音の声を聞いて無我夢中で後ろへと逃げる。数秒後先程俺がいたところにはバスケットボール大の岩が地面を抉っていた。銀音の注意がなければ今頃抉られていたのは俺だったな。倒したと思っていた筈の俺がチェーンソーの損傷を確かめているのに気がついたミノタウロスが標的を俺に変更した様だな。かなり知能が高いようだ。今の所自分に致命傷を負わせられるのは、あの武器しかないという判断だろう。こう狙われちゃおちおちチェーンソーも始動出来ないぞ……。
「皆さんすみません!武器の始動にもう少しかかるのでどうにか奴を引き付けてくれませんか!?」
「よし!俺に任せてくれ!幻惑の魔術で奴の視界を奪う!格上相手だから持って一分、運が良けりゃ二分ってとこだがそれで大丈夫か?」
「それだけあれば大丈夫です!よろしくお願いします!」
俺はそう言ってその場でリコイルを数回引いて、始動を試みる。しかしエンジンが始動する素振りはなかった。この篭ったような排気音…恐らく燃料が少しオーバーフローして燃焼室に流れ込んでる感じだ。こんなこともあろうかと、ハンドツールセットを持ち歩いていて正解だったな。俺はすぐざまプラグを外し状態を確認する。やはりプラグがかなり湿っていた。恐らくこの調子だと、燃焼室もオーバーフローした燃料で濡れているはず。
俺は風と火魔法が使える冒険者に協力を仰いだ。まずは圧縮した空気を燃焼室内へと送り込んでもらい、その状態でリコイルの紐を数回引く。これで残った燃料でノッキングや再度プラグが湿ることを防ぐ。次に火魔法でプラグに着いてしまった燃料を軽く炙り焼き切る。これで準備は完了。元通りに戻して、心の中でお願いしながらリコイルを引く。2回ほど引いたところでエンジンを始動することが出来た。
「お待たせしました!準備完了です!」
「ーおい!やべーぞ!!大量のブラックウルフがこっちに向かってきてやがる!?」
「ブッブラックウルフだと!?ミノタウロス相手でも無理だってのにブラックウルフなんか来たら確実に全滅だぞ!」
「皆さん!多分俺の従魔です!銀音!どうだ?」
「そのようです!戦闘音と私達の匂いを嗅ぎつけて向かってきたようです」
ブラックウルフ達は現場に到着するやいなやミノタウロスに攻撃を仕掛けている。残念ながら冒険者たち同様、奴には効いていない様だが統率された動きで翻弄している。そこに銀音も加わり、先程よりも深い傷を負わせることに成功した。
「皆さん奴の意識は今銀音とブラックウルフ達に釘付けになっています。俺が走り出したタイミングでブラックウルフ達を引かせますから、あとは先程の感覚で阻害魔術をお願いします!」
皆から同意の返事を貰い、俺は駆け出すタイミングを図る。ミノタウロスの背がこちらに向くのを待ちーーー駆け出す!
走り出して少しした時にブラックウルフ達に引くように声をかける。ブラックウルフ達は俺の声を聞きミノタウロスの周りから離れた。間髪入れず冒険者たちの阻害魔法が発動、これ以上ないタイミングでの発動だった。
「これで終わりだぁ゛ーーー!!!」
アクセル全開。高速回転したソーチェーンはミノタウロスの首へと滑り込んでいき、スパッと頭を切り落とした。
ミノタウロスの体はそのまま崩れ落ち、胴体と頭からは大量の血が流れ出ている。
「……ハァハァ、終わった。何とか倒せたな」
「「「うぉーーー!!!」」」
皆思い思いに喜びの雄叫びを上げていた。元気な奴らめ。俺は腰が抜けちゃったよ。
「お疲れ様でした。タクミ様。見事な攻撃でした」
「銀音もお疲れ様。皆が足止めしてくれなかったら俺がミノタウロスまで近づくのは不可能だったよ。俺がすごいってよりはチェーンソーのお陰だからね」
「それを使いこなせるタクミ様が凄いのですよ。現状これはタクミ様にしか使えないのですから」
「うーん。まぁーそう言われればそうだけど、元々は万人が使えるように設計されてるから、教えれば誰でも使う事はできるよ。でも、確かに銀音の言うように使えると使いこなせるのは別物だね」
元の世界でも誤った取扱のせいで、修理に来ている機器を沢山見てきた。機械化が進み便利になった反面、その作業が如何に過酷で大変なのかを使い手が理解していないので、この程度で壊れるはずはないだろう等といちゃもんをつけてくる。たまに使い手に恵まれなかった機械たちに同情してるよ。
「コウダさん、銀音さん。援軍ありがとうございました!あなた方が来て下さらなかったら今頃我々は全滅していたでしょう。本当に感謝しています!」
先程俺に回復魔法をかけてくれた人だな。よく見たら討伐会議に出席していた冒険者だ。
「いえ、私達もあなた方が援護魔法をかけてくれなかったら討伐出来たかどうか…とにかくこれは皆の勝利です。ーーーあと、大変申し訳ないんですが改めてお名前を伺っても良いですか?一度に紹介されてしまって殆ど覚えられなかったんです」
「はっはっは!確かにあの人数では覚えるのも大変だったでしょう。改めまして。Bランク冒険者パーティー風剣、リーダーのダゼルだ。よろしく。他のメンバーも紹介していいか?」
ダゼルさんは自分のパーティーメンバーを呼び寄せそれぞれ紹介してくれた。前衛職の剣士カイルさん、武闘家マイクさん、補助職の魔導士レーナさん、僧侶マリーカさんの5名パーティー。ちなみにリーダーのダゼルさんは後衛で、珍しい魔導タンクと呼ばれる戦いをする人のようだ。本来の役割は前衛を加勢しながら、補助職への攻撃を防ぐというものらしいが、ダゼルさんは少しだが自信でも攻撃魔法や補助魔法を発動させることができるらしい。普通のタンクに比べ2倍以上は防御力と攻撃力があるらしい。さっきはたまたま、ダゼルさんの近くに俺が飛んできたので回復魔法で癒してくれたそうだ。
「皆さん初めまして。この街で農家を目指していますコウダ・タクミと言います。こちらは友人の銀音です。あっちにいるブラックウルフ達は俺の従魔なので間違えて攻撃しないようよろしくお願いします!」
「え?コウダさん……そんなに強いのに農家をめざしてるのか?なぜ?」
マイクさんの適切なツッコミに周りのみんなも深々と頷いていた。いや、俺は毎回こんな戦闘なんて懲り懲りだし異世界転移って事でちょっとテンション上がって今回了承してしまったけど、ミノタウロスに殴られたあの瞬間とか、地面に叩きつけられた時とか忘れらんねーもん。命あっての物種だからね。
命を対価に金稼ぎはごめんだ。
「まっまぁー冒険者としても軽く活動はするつもりですけど、メインは農家ですね!この話はこの辺にしてーーーほら!向こうで衛兵さん達が呼んでますよ!集合しましょう!」
俺はあんまり突っ込まれたくないので、タイミングよく声掛けをしていた衛兵をだしにこの話を終わらせた。