#25植え付け作業とトラップ
ウォーターボールを発動出来たのはいいがこの後どうすればいいのか戸惑っていると、銀音が俺と同じようにウォーターボールを作り始めた。
「ウォーターボールが完成したら、敵に投げつけるなり、分けたり、散らしたり色々できます」
言葉で説明しながらやり方を教えてくれる。投げた場合の飛距離は大体15m〜20m位っぽい。それ以上になると失速して地面に落ちてしまう。勢いもそこそこあるので、牽制とか圧縮し続ければかなりの威力になりそう。そして1番興味をひかれる技能があった。
「銀音、その散らす技ってのはどういうふうにやるの?」
「この技は本来、水と土属性の合わせ技“ポイズンレイン”で使う技法です。ウォーターボールでも応用が利きますので紹介してみました。この技を習得したいのですか?」
「是非お願いしたい!早速教えてください」
何故投げるのでもなく散らす技法を先に覚えたいのかというと、畑に植えた作物等へ潅水する為だ。元の世界ではスプリンクラーなどの潅水装置で干ばつ対策していたが、この世界でこの魔法を覚えればそれらを設置せず初期投資・維持費がかからない!、なんて魅力的な魔法なのだろうか。
「あと、もう一つ聞きたいんだけどウォーターボールのまま、地表50〜100トーメル上空位まで打ち上げてそこから拡散させることは可能?」
「そうですね・・・そのようなことは試したことは有りませんが、もしかしたら風属性の魔法と合わせれば出来るかもしれません」
何故そんな高くから散布したいのかと言うと、これも前の仕事で農家のおじちゃんから聞いたのだが、植物が育つのに最もいい水は雨水だと言われているらしい。何故かと言うと雨水は地表に落下してくる際に、空気中に漂っている窒素や塵等など色々なものを吸収しながら落ちてくる。作物にとって窒素は成長するのに欠かせない、だからこそ雨水は自然からもたらされた栄養剤なんだと。俺はこの話を聞いてから、家庭菜園では雨水タンクに溜まった水をかけるようにしたんだよね。
とりあえず、上空から散らすのは今度にして今は拡散させる練習をしよう。銀音に聞いた限りはウォーターボールを作れたのならそこまで難しくは無いそう。軽く圧縮した魔素をウォーターボールの中へ移し爆ぜよと唱えるだけ。これはどの属性にも当てはまらない、無属性魔法らしい。
ウォーターボールを維持したまま軽く魔素を圧縮、それをウォーターボールの中央へ送り、詠唱すると目の前で弾け飛んだ。いや、飛ばしてしまったため、言うまでもなくずぶ濡れになり、勢いが結構あったので鼻の中まで水が入ってきた。
「ゲホ、ゲホ、何回か失敗したけどとりあえず成功だね!次からは空へ放り投げてから爆ぜさせよう」
「タクミ様そのままでは風邪を引いてしまいますので、私が魔法で乾かしましょう」
そう言うと銀音は何やら詠唱をすると、服と体の間に風が発生し、シャツやパンツに染み込んだ水を風で吹き飛ばしたあと、そのまま暖かい風が吹き続け完全に衣類が乾いた。
「これは凄いね!もしかして温度とか風の強さも自由自在なの?」
「そうですね。風はありとあらゆる場所に発生させることが出来、風の強さや温度も調整することが出来ます」
「それ今度暇な時に教えて!どっちにしろ上空までウォーターボールを運ぶために風魔法は習得しなきゃだったし」
次の魔法習得に思いを馳せながら、植え付け作業へと移る。農業組合から買ってきたナスとオクラの苗。そのまま放置するとポット内で大きくなりすぎ、生育不良になってしまう問題があった。そこで、試しに時間が止まっているマジック収納スペースへと苗を保管しておいたのだが、予想通り買ってきた時から成長が止まっており、植え付けするにはちょうど良い時期のままだった。もしかしたら農業組合でもマジック収納スペースみたいなので保管してるのかも。
「銀音ー、これからこのポット苗を畑に植え付けしに行くから手伝ってもらえる?やり方は教えるから」
「分かりました。どのようにすればいいですか?」
「っとその前に…今着ている服は勿体ないからツナギに着替えてもらおうかな」
銀音にはワーカーズで買った濃い緑色のツナギを着もらった。目の前で着替えようとするもんだから、慌てて止めたけどね。流石にこんなに綺麗な女性の裸を見てしまったら……ね?やばいんですよ色々。
身長は俺の方が高いのでサイズ的には少し大きいようだ。袖と裾を折り曲げて着てもらう。臨機応変に尻尾を出す穴を開けて装着完了。正直、かなり可愛い……、タクミ様の匂いがしますとか言っている。
俺は照れているのを悟られないように見ててね、と言って作業の説明を始める。
ポット苗を左手に持ち右手の平へひっくり返し、容器を少し揉んでやると中身が綺麗にでてきた。そして植え付けする場所にハンドシャベルで適当な穴を掘りそこへと優しく設置する。あとは掘り起こした土を株元へ被せてやれば完了だ。
「こんな感じだね。難しくないとは思うけど、何か分からない事はある?」
「特にありません。早速1つやってみますので確認お願いします」
俺は次に植え付ける場所を指示しそこへと銀音が手順通りに作業を開始した。因みに株間は30cm間隔で植え付けしてる。これ以上狭くすれば、養分の奪い合いになるし広すぎると土地が勿体無い。一通り銀音の作業を見ていたが問題無さそうなので、株間を教えて2人で作業する。
「タクミ様このオクラは自分で食べるのですか?」
「自分で食べる分もあるんだけど、大半は出荷用だね。これからはこういった作物を育てて街で売ってお金に変えるんだ」
「そうなんですね。昔人間は通貨という小さな金属で様々なものを手に入れたり、手放しているのだと聞いたことがあります。その小さな金属は沢山あればあるほどいいのですか?」
「そうだねー。あって困るものでは無いし、食べていくだけなら自給自足でもいいんだけど娯楽とか嗜好品なんかはお金が無くちゃ手に入らないからね」
そういうものなのですね、と銀音は少し考え込んでいるようだった。確かに獣にとっては理解できない事かもしれないな。森の中で毎日生きるために狩りをして、種を残す為につがいになる。人間位かもね、生きるという必要最低限の目的以外に沢山の無駄な活動をしてるのは。それでも俺らにとっては必要で大切なことだと思う。
「そう言えばこちらの苗はタクミ様がお作りになったのですか?」
「いや、これは街から買ってきたものだよ。俺がこれから農家として働いていけるかどうかは、この苗たちを育ててみて、その出来で合否を判断してもらうんだ」
「出来が良ければ良いほどいいのですね?それでしたら、こちらの苗は育てるべきではないと思います」
「うん?どうして?俺には違いがわからないけど…」
銀音が指さした苗は特段おかしなところはなく、葉も大きくて見た目には元気いっぱいだ。俺的にはこういうのを育てるべきだと思ったんだけど。
「このオクラの苗は病気に侵されています」
「病気?見た目には分からないけどなにか特徴があるの?」
「一番は匂いですが恐らく私たちリーフウルフ系統しか嗅ぎ分けは出来ないと思います。タクミ様にもわかる特徴で言えば葉裏を見てください」
銀音に言われて健康な苗と病気の苗、それぞれの葉裏を確認してみる。最初は分からなかったが、病気になっている苗は僅かに黄緑色になっていた。これは本当に注意して見ないと気が付かないな。
「色が違うだけだと思うんだけど、個体差とかではなく病気なの?なんの病気なのかな?」
「これは作物が成長し種子ができた時、内部で病原体が増殖、熟した時に弾け飛んで周りの苗へ感染していくのです。これの恐ろしいところは同時期に植えた健康な苗の2倍も早く成長し、種子のできる前に感染を広げるのです」
恐ろしい病気じゃないか…この世界にはそんな病原菌も存在しているんだね。この病気は冬になると死滅するけど、一部は硬い殻のような種子の内部で越冬するらしい。一応確認したけど人体や動物には影響は無いそう。食べても問題は無いけど物凄く不味いらしい。こんなのが配布苗に紛れ込んでるなんて、農業組合は何をやってるんだか。
「もしかして…これの他にも病気にかかったなえがあったりする?」
「他のものは全て健康ですね。この苗だけです」
これは試験課題、毎年一発試験を受ける人はだいたい落ちるというのはこのトラップが原因なのではなかろうか。普通農作物の販売管理を行なっている組織がこんな不良苗を見逃すはずがない。つまりこれは意図的に仕掛けられ、不良苗を見分けることが出来るのか、という課題かもしれない。まぁーそもそもこれを見分けられてもしっかりと育てて収穫できなければ意味は無いのだが。
しかし、銀音が居てくれて本当に助かった。俺みたいな素人には病気の有無なんて分からないからな。これからはスマホで調べながら、銀音にも聞いて勉強していこう。出荷できなくなったら大事だからね。




