#19ミノタウロス
元いた世界でもあの様な風貌の生き物がいて、神話上の半人半牛の怪物、ミノタウロスと呼ばれている。俺の想像通りの姿で両手で鋼鉄製のハンマーと斧が複合されたような武器を持っている。
「グルル…ワンワン!!!」
ミノタウロス?と相対しているのはこの前俺が傷つけてしまった白犬と緑の毛並みをしている犬だった。
どうやらミノタウロスはあの白犬たちを襲っているらしい。ミノタウロスの攻撃はそこまでスピードは無いものの、一発が当たれば即致命傷になるような威力がある。
「なんであんな化け物が家の近くを彷徨いてるんだよ…あんなやつ相手に戦えるわけないだろ」
ビクビクしながらミノタウロスが色犬たちを襲っているのを観察していると、痺れを切らしたのか大きな雄叫びをあげた後、何やら魔法陣みたいなものがミノタウロスの足元に浮かび上がった。その後すぐに、地面から鋭い杭のようなものが広範囲に飛び出し白犬立ちを襲う。しかし、俊敏な犬たちはこれを難なく交わしていく。
なんか今のやり取りを見ていると犬たちが一方的に攻められて居るように見えるな。せっかく助けたのに狩られるのは嫌だしな。異世界だしミノタウロスとも話が通じるかも。
俺は意を決して、ミノタウロスに話しかけてみる。
「あのーすみません。言葉、とか分かりますか?弱い者いじめはよくないと思うんですが…それに、その犬は私が治療してあげたので(怪我さたのも俺だけど)無駄になっちゃうというかなんというか…取り敢えず殺生は良くないんじゃないかと………」
俺れがそう問いかけると俺の方を向いて暫し沈黙し、雄叫びを上げて襲いかかってきた。
「ですよね!そうですよね!分かってました。貴方と意思疎通ができないってこと!」
そんな事言いながら一目散に逃げるが、ミノタウロスの方が少し早く、あの硬そうなハンマーを今にも振り下ろそうとしていた。
終わったな…せっかく異世界に来てスローライフを楽しめると思ったのに。
振り下ろされ来たハンマーを見ながらぼんやりとそんなことを考えていると、横から強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。何が起こったのか分からなかったが、白犬が隣に立っていて、先程俺がいたところにはミノタウロスがクレーターを形成していた。
「お前が助けてくれたのか…ありがとな」
白犬を軽く撫でて立ち上がる。ミノタウロスの周りでは緑の犬たちが吠えて攪乱してくれている。白犬も仲間たちの所へ戻り、ミノタウロスに噛み付いたり爪で引っ掻いて攻撃を加えている。
「あいつの爪相当鋭利なんだな。ミノタウロスから血が出てるわ…ガレージに居た時引っ掻かれなくて良かった…」
犬たちが必死に攻撃を加えているが、大したダメージでは無いようでピンピンとしている。ミノタウロスは煩わしそうにしながら、遂に1匹の緑犬を仕留めてしまった。
「くそ!このままじゃ全滅してしまう。もし犬達がやられてしまったら次は俺の番…攪乱してくれているうちに俺も協力してあいつを倒すべきじゃないのか?」
俺は右手で握りしめていたチェーンソーに視線を移す。これならあいつを倒せるかもしれない、でも一発で仕留めないと俺が捕まってゲームオーバー。エンジン音もあるし、切りつける直前にアクセルを開けるしかない。
俺はチェーンソーのエンジンをかけるためリコイルを引くが、緊張して上手くエンジンを始動させることが出来ない。何回か繰り返すとようやくエンジンがかかった。暖機運転も兼ねて奴の隙を伺う。
「まだだ、出来れば大振りを繰り出した後こちらに背が向いた時がベストのはずだ。タイミングを外さないようにじっくりと………今だ!」
白犬が偶然にも俺と反対方向から攻撃を仕掛けてくれたおかげで、ミノタウロスは白犬に向かってハンマーを振り降ろそうとしていた。二度はないこのチャンスを逃さないと俺は勢い良く走り出しミノタウロスの首めがけてチェーンソーを振り下ろした。
一気にアクセルが全開になり、規則正しい排気音、チェーンが高速回転する金属音が鳴り響いたあと、木材を来るのとは違う、ゴム製品を切ったかのような鈍い感触が伝わってくる。俺は返り血を浴びながら、血で滑るチェーンソーを必死に握りしめ続けた。
最初痛みから来る物凄い何声を上げていたミノタウロスも喉元が切断されたようで、声が聞こえなくなり、そして地面へと倒れ込んだ。
「やった…のか?」
俺はミノタウロスの首にチェーンソーを残したまま地面に腰を下ろす。正確には自分が無事なこと、チェーンソーが途中で止まらず最後まで動いてくれた安堵、白犬たちが俺に向ける視線等など、様々な感情思考が湧き上がってきて腰が抜けてしまった。
倒れ込んだミノタウロスはピクリとも動かない。5分程その亡骸を見つめ、唐突に達成感にも似た強い気持ちが襲ってきた。
「うぉー!!!生き残ったぞー!やったー!神様ありがとう!!!」
俺は腹の底からありったけの声でそう叫んだ。白犬達の視線が少し気になったが今はこの幸福感に身を委ねるとしよう。
さて、問題はこのミノタウロスの死骸をどうするかだな…血は結構流れ出たようで、もう出血はしていない。街に持って行ってこいつが何なのかを聞くことにしよう。あまり入れたくは無いが、マジックバックに入れてマジック収納スペースへ収納しておこう。
俺は家に戻り手を簡単に洗った後マジックも持って再びミノタウロスの所へ戻ってきた。その間何故か白犬たちが終始俺の後ろをついてまわっていたのが気になったが、特段吠えられるとかもなかったのでミノタウロスにやられてしまった緑犬たちを埋葬してあげた。
「取り敢えず、風呂に入りたい…体がすげー生臭いし、血が乾いてカピカピしてきた」
俺はすぐさま風呂に入る準備を始める。お湯を入れ水で温度を調整する。
「よし、これで風呂に入る準備は完了なんだが…」
後ろを振り返ると白犬たちが待機してこちらの様子を伺っている。恐らくここにいるのが生き残った犬たちのだろう。その数白犬を含めて15匹。その内子犬が3匹であった。
「うーん…お前たちも風呂入るか?」
「わんわん!」
白犬がリーダーなのか白犬を先頭にして返事は白犬が返している。俺が風呂に入るかと聞くと尻尾を揺らしながら嬉しそうに白犬が返事している。風呂に入りたいと言うなら別に構わないが、そんなに汚れたまま湯船に浸かるのはやめて欲しい。どうせ言ってる意味は分からないだろうと呟いたら、色犬が何やらボソボソ言うと他の緑犬は一列に並び出した。
「もしかして、俺の言葉わかるのか?」
「くぅーん?」
俺がそう問いかけても、何やら要領を得ない返事が返ってくるだけであった。考えても仕方ないと思いながら白犬を先に洗ってあげ、後は流れ作業で他の犬も洗っていく。意外なのは全員が水を嫌がらないことだった。そして驚く程毛並みが綺麗で、くすんだ緑色だと思っていたのは汚れていただけのようで、綺麗になると薄いライムグリーンであった。そしていちばん綺麗なのはやはり白犬改め銀犬。洗ってやると光ファイバーみたいな透き通る銀色の毛並みで、濡れていてこれなのだから乾いたらもっと綺麗になるだろうと予想出来る。
犬達は洗っている間気持ちよさそうな顔をしていた。全ての犬を洗い終え俺も自分の体をサッと洗い、湯船に浸かる。すると犬たちも湯船に入ってきて、大量の水が流れ出てしまった。これは下の方に排水をキャッチする受けを設置しなきゃだな。
「ふーっ。やっぱ風呂はいいな〜」
「わん!」
「お前もそう思うか!分かってるね〜しかし、今回はお前たちが居てくれなきゃ俺も家もやばかったよ。ありがとな」
「わんわん!」
通じてるのかなんなのか分からないが、ちゃんとお礼は伝えたし良いだろう。暫く風呂に浸かって体を温めてから夕飯の準備をするとしよう。
そう言えば、こいつらのご飯も用意しないといけないな。この頭数だけどまだまだ肉は残ってる。
いつもの倍時間が今がかかってしまったが大変だったが何とか準備は終わって食事も完了。
風呂入ってたり夕飯を大量に作ったり、洗い物したりしてたら結局夜8時過ぎになっていた。
今日はもう疲れたしこのまま休むことにしょう




