#12堆肥工房コンポスト
ちょい長めです
翌朝。久々に調べ物をしてまとめるという作業をしたせいか、昨晩は大学時代の夢を見た。レポートに追われながらも仲間たちとバカ騒ぎをする日々。懐かしい思い出に浸りながら測定液を通してそんな関係を結べればいいなと思う今日この頃。
「思ったよりも長く眠ってしまったな。朝飯食べて支度しよう」
時計を確認したら時刻は8時前。社会人としては完全に寝坊の時間帯だが、個人事業主である自分には関係ない事だと自分に言い聞かせる。
この調子だとどんどん堕落した生活に慣れてしまいそうで少し恐怖もある。早めに野菜の収穫販売を軌道に乗せて、メリハリある生活を送ることにしよう。
早々に食事を終えて、昨日まとめたレポートと分けた測定液の残りをマジックバックに収納して家を出る。
商談が上手く行くかは俺の交渉話術にかかっている。前職で磨いたセールストークを見せてやるぜ。
そうして俺は意気揚々と堆肥工房コンポストへと向かうのだった。
地図通りに進み堆肥工房コンポストの前へとたどり着いた。場所は西区、工業区の端の端、丁度東区関所との真反対位に位置している。工業区って言うぐらいだから、霧のロンドン的に大気汚染スモッグが蔓延してるのかと思ったけど、かなり空気が澄んでいる。それどころか嫌な匂いひとつしない。
普通堆肥センターとかは発酵中の動物の糞尿なんかがあるからかなり臭いがキツイはず。それがここまで臭いが出ないというのは驚きだ。後でどんな仕組みか聞いてみよう。
コンポストの事務所らしき場所へ行き扉をノックする。
「おはようございます。昨日イーラミナさんと会う約束をしたコウダと申しますが、誰かいらっしゃいますか?」
扉の前で声をかけると中から、返事があり暫くすると扉が開かれた。
「おはようございます、コウダ様。お待ちしておりました。ささっ、どうぞ中へお入りください」
扉を開けてくれたのはイーラミナさんだった。中へ入りそのまま応接室らしき所へ通される。
イーラミナさんと対面になる位置に腰掛け早速話へとはいる。
「改めまして、今日はよろしくお願い致します。わざわざご足労して頂いて申し訳ないです」
「いえいえ、いいですよ。自分にとっても理になる話だと思ったので、早速ですが測定液の説明に入りますか?」
「少々お待ちください。うちの研究員ももう直ぐ来ると思いますので」
待っている間時間が勿体ないので、土のサンプルと透明の小瓶、それと水をお願いした。デモンストレーションするためにどうせ必要になるから、最初から準備してもらった方がいいよね。
「遅くなりました!お待たせしてしまってすみません!」
扉がノックされた後、入ってきたのは白衣を身にまとった女性だった。優しそうな目元に栗色の髪、よく言えば巻き髪ショート、悪く言えばボサボサの髪型。顔は正直整っている方だと思う。だけど、おそらくノーメイク。オシャレには興味が無い人なのかも?見た感じ多分イーラミナさんとは兄弟だろうな。
「こら!ソフィー!今日は大切なお客様が来ると言ってあっただろう!また、白衣で出てきて失礼じゃないか!」
「ごめんなさい、兄さん。新しい堆肥の配合を試してたら夢中になっちゃって…でも、白衣はちゃんと綺麗なのに替えてきたよ」
「そういう問題ではないだろう…。はぁ~…。失礼しました。こちらうちの工房で堆肥の研究開発を行っているソフィア・ファーメン。私の妹です」
なんというか、バランスのとれた兄弟だなと感じた。落ち着きのある兄に、大雑把な妹。意外といいコンビなのかも。
「初めまして、今回測定液の実物提供と開発をお願いしましたコウダと言います」
「その、えっと、初めまして!ソフィアと言います。主に堆肥の効能や施肥量、配合比率なんかを研究開発してます。今回、コウダさんがシェルパウダーの効果を効率よく発揮する為に圃場を測定出来る液体を提供してくださるってことでとても楽しみにしてました!よろしくお願いします」
本当にこの人は研究が大好きなんだな。最初の自己紹介はモジモジしてたけど、後半の測定液に対しての話は興味津々ですって感じで声のトーンが全然違ってた。
「それでは測定液の話をさせてもらいますねーーー」
俺はまず、イーラミナさんにサンプルとして採取してきてもらった数箇所の土と水を小瓶で撹拌し、上澄み液を採取、数滴の測定液と混ぜ合わせた。
都合がいいことに酸性・中性・アルカリ性と三色の色が出てくれた為、それぞれの違いを説明することが出来た。まぁー簡単にではあるため、ここでは低・中・高と言うふうに説明した。酸性とかアルカリ性ってなんですかって聞かれても答えられないしね。
「コウダさん…この色別に別れたことで土壌のレベルが分かるってことは理解出来ました。ですけど、色で判別できても作物にとってはどのレベルで育てればいいかなんてわからないですよね?」
「そうですね、これだけでは確かにあまり意味はないと思います。だからこそのこの作物別レベリング一覧表が重要なんです」
そう、測定液が完成しても圃場レベルが分かるくらいで作物にはどのレベルがいいのか分からなければ、液だけ持っていても意味は無い。正直この世界の農業レベルからするとまだまだ先の技術。シェルパウダーが普及していき、その過程で作物別に酸度を調整してやる事が最良だとデータ取りしていくのだ。それを何段もすっ飛ばす技術なんだからこんなに美味しい話はないはず。
「なるほど。この技術が本当ならこれは物凄い革命になります。しかし、コウダ様昨日も申しましたが私共も商売。これの効能が本物かどうかを調べずに開発は出来ないのです」
「それでしたら、実際に作物を育ててみてはどうでしょうか?確か店頭にラディッシュが並んでいたと思うんですが、あれなら短期間で育ちますしいい比較になるんじゃないかと」
ラディッシュ、日本だと二十日大根と言われる作物だ。名前の通りおおよそ20日ほどで収穫することが出来る。ラディッシュは少し酸性の土壌が適している様なので、レベリング一覧表で見てみるとピンクとオレンジ間位の色がベスト。コンポスト周辺の土では若干オレンジ色寄りの土壌があるようなので、そこの土で育てると良い結果を得られるだろう。
そして比較の為にアルカリ性の土壌でも育て、また、シェルパウダーにて酸度調整を行った土でも、育てれば尚良い比較になるだろう。
「兄さん、これはすごい道具だよ!これが大量生産出来ればコンポストは安泰だよ!」
「ソフィー落ち着け。それは見ればわかる…。コウダ様、まずは仮契約を結び1ヶ月後に結果が良ければ本契約を結びたいと思います。例えば私共がこの測定液の情報を外部に漏らしたり、コウダ様に黙って販売するなどコウダ様が不利益になることをさせない為に、コウダ様がこの測定液の技術を別で商談させない為に結びます。有効期限は互いがサイン後3ヶ月間、その間に解約もしくは再仮契約、本契約の話をしたいと思います」
「分かりました。それでお願いします」
俺は仮契約書を熟読し自分にとって不利なことが書かれていないかを入念に確かめてからサインをした。その後社印とイーラミナさんがサインを施す。そして、七色に輝く特殊な魔法の炎が灯ったロウソクでその契約書を燃やすと2つの指輪が出てきた。
「それではコウダ様こちらの指輪を小指にお嵌めください。サイズは自動で変わりますので嵌めるだけで結構です。こちらの指輪は相手にとって不利益な事を行った際に徐々に赤く染っていきます。今回に関しては測定液を外部に漏らすような事がなければ問題ないと思いますので、その辺を注意してください」
自動監視装置って事か意外とハイテク技術だな。魔法って本当に便利だね。
「コウダさんはこの測定液でもうなにか作られてるんですか?」
「いえ、自分はこの街に引っ越してきてまだ日が短いのです。とりあえず、前職を活かして農家になろうと思ったのですが試験が必要みたいで…」
俺は大まかにソフィアさんにこれからの事を話した。測定液でオクラにとって良い酸度調整を行ったことやナスも育てようとしていること。播種前に元肥を準備したいこと等など。
「それでしたらうちにオクラにもナスにも使える堆肥がありますよ!元肥によし、追肥によし、土壌改良によしの優れものです!残念ながら農業資材は試験品意外は農業組合からしか購入することが出来ないので、お手数なんですけど組合でお買い求めください。コンポスト製2号堆肥って言えば分かりますから」
「それは願ってもない話ですね!是非買わせていただきますよ」
そんなこんなで雑談し、時計を確認すると時間はお昼になっていた。
「おっと、もうこんな時間か。長々とすみませんでした。そろそろ帰りますね」
「宜しければ昼食をご一緒していきませんか?近くに美味しい食堂が有るんですよ。仮契約を結んでいただいたので、ぜひご馳走させてください」
一応遠慮したのだが、好意を無下にすることも出来ずここは有難く昼食をご馳走してもらうことにした。工業区のランチはどんなものか楽しみだ。