外伝特別掲載03 その日まで
※書籍版1巻、コミカライズ版3巻読了後推奨
―――星暦八七六年七月。オルクセン首都ヴィルトシュヴァイン。西北郊外、ヴァルダーベルク。
ダークエルフ族戦闘集団アンファングリア旅団は、編成も完結し、この衛戍地で本格的な教練を重ねていた。
彼女たちはエルフィンド本国で将校や下士官兵の教育を受けていた者たちばかりだったものの、オルクセン式の近代兵制には不慣れな点も多く、オルクセン国軍参謀本部は専属の教官団をつけている。
団長である中佐一名、猟兵大尉二名、砲兵大尉二名、工兵大尉二名、騎兵大尉一名、他に中尉が三名、下士官が一五名という分厚い陣容である。魔術通信を担うコボルト族曹長や、兵站業務を専門にしているオーク族の補給科将校、経理一筋という会計科下土官まで含まれていた。
この年の一月に着任した彼らにとって最初の仕事は、オルクセン軍諸規則や教令、戦術教本の類を伝授する為に、低地オルク語を覚え込んだダークエルフ族を旅団から選抜することだった。
オルクセン陸軍の正規部隊として旅団を編成する以上、命令や伝達、書類の作成に至るまで、全て低地オルク語を使用する。
この、言わば「言語教育」は段階的に着手されていたものの、他にも両者の困惑を深める要因は存在した。
オルクセンとエルフィンドでは、日常的に用いる度量衡が違ったのだ。
そうなると、あちこちで不具合が出る。
将校が書き写す略図、砲兵にとって必須の存在となる測量器や標尺、補給科や主計科も携えることになる計算尺。秤。小銃の照尺に刻まれた距離も異なる。
そもそも本来なら、オルクセンの将校教育は士官学校の場合、歩兵で二年、砲兵や工兵のような専門性のあるもので三年をかける。
その間に戦術のみならず、製図や物理学、数学、国語、砲術、築城学なども教えるのだ。
下士官教育も、正規の場合一八か月を要した。
幾らエルフィンドで軍隊経験を積んだ者たちが中心になるといっても、速成で施すには余りにも教育範囲が多すぎ、しかもそこへ言語や度量衡、生活習慣の違いまであったのでは、両者はしばしば困惑を通り越し、閉口し、途方に暮れる場面に遭遇することも珍しくなかった。
基本的には、オルクセン側がダークエルフ側の顔を立てるかたちで教育は進行した。摩擦を招かぬため、教官配置となった者たちには、彼女たち種族がどれほど誇り高いか、かつてのロザリンド会戦や、シルヴァン川流域における脱出行でどれほど勇敢に戦ったか、とくに言い含められていたのである。
将校教育の方法は、このころの星欧諸国の軍学校では何処でもやっていたものだ。
教官が講義をやり、そのあとに質疑応答が続く。
「・・・以上の通り、交戦開始までに中隊単位による散兵隊形を形成するわけだが。この理由が分かる者はいるか?」
とある教官役の大尉は、手を挙げる回答希望者が多いことにまず驚いた。
そして、その回答も思っていた以上に正確である。
ついには、
「将校、もしくは下土官経験者は手を挙げてくれ」
自らが受け持つ者たちの、実態把握を図った。
ほぼ全員が挙手をし、舌を巻いた。
もちろん、摩擦もあった。
これは錬成初期のことだが、教官役の若い中尉が余りにも杓子定規で教科書的な講義をやったものだから、
「教官殿、それはおかしい」
などと反駁する将校もいたし、口の悪い兵隊たちの中には、
「実戦も知らん者が何を言うか!」
怒鳴り散らして従わない強者までいたのである。
教官団内の会合の際、
「団長、こいつら―――いえ、彼女たちは実戦経験まであります。こちらが教えを請いたいほどですよ」
肩を竦めた下士官もいた。
騎兵科の教官たちは、完全に両手をあげて「降伏」するかたちになった。己たちよりダークエルフ族のほうが余程馬術に優れていたし、機動性があり、俊敏な騎兵集団が出来上がろうとしている片鱗が既にあったのだ。
オルクセン式騎兵教育についてはダークエルフ族側も不満を持っていたようで、
「オークたちの馬の乗り方ときたら。妙に足を伸ばしてやがる。そりゃあ見た目はいいかもしれないが、あれでは馬にも乗り手にも負担がかかるだけだ」
「オルクセンの馬術だけはいただけない」
そんな囁きや、どうにかエルフィンド式の馬術のままやらせて貰えないだろうかという要望が、旅団司令部からさえ上がっていた。
「よし・・・わかった」
教官団の長であった歩兵科の中佐は、教育範囲を絞ることに決めた。
言語や生活習慣、度量衡といった差異を埋めること。
オルクセン式の、近代的な散兵戦術や火力戦思想を伝えること。
下士官及び兵卒には、Gew七四やヴィッセル砲に代表されるオルクセン製兵器の扱い方、あるいはオルクセン式被服における皮革装備の手入れ方法といった、実務的部分を伝えること。
こういった教育及び教練の根幹を、中隊に置くという手法。
そして何よりも、直接伝授だけではなく、旅団内に将来の「教官」役を作り上げること。
これらを優先させたのである。
錬成が進むにつれ、最初は戸惑うことの多かった教官たちも、心底から彼女たちダークエルフ族に敬意を払うようになった。
ダークエルフ族側もまた、熱心に講義を受け、質問をし、兵一名に至るまで教練に励んでいる。何か旅団内で達しがあったのか、兵たちの反抗的態度も減っていった。
ただし、旅団長を務めるディネルース・アンダリエル少将ら幹部たちまでが「受講」をするので、緊張を覚える教官連も少なくなかったが。
中でも熱心に伝授したのがオルクセン式の火力戦思想で、
「緊密な連絡下における、機動性のある密集隊形行軍。ついで敵砲兵及び敵陣への砲兵による攻撃準備射撃。この援護の下、距離二〇〇〇で中隊単位の開進。散兵線の形成。敵陣に対し一〇〇〇メートルから八〇〇メートルに至るまで前進し、小銃弾幕射撃を実施。五〇〇メートルから四〇〇メートルで決戦射撃に至る。突撃は敵の撤退後、もしくは夜間に入ってから」
という、オルクセン式近代戦術のイロハのイを教えたのだ。
ダークエルフたちは、射撃も上手かった。
操法の異なるエルフィンドの小銃との差を飲み込む初期段階を過ぎると、見事な命中率を示す兵も大勢でて、
「うん。奴は見込みがあるな。もう少し撃たせてみろ」
「やっとお前たちの得意なことを見つけたぞ」
普段は鬼のような形相をして怒鳴り散らしていたオーク族下士官たちが、ダークエルフ族の兵たちに対し、掛け値なしの賞賛を送った。
教育期間の最後、あの旅団閲兵式の日、教官団長のオーク族中佐は別れの挨拶をしている。
営庭に集まった旅団の総員に対し、演台に昇り、
「諸君。諸君らとこの期間を供に出来たことを、小職は誇りに思う。諸君らには大願があろうことを、熱心な受講姿勢、真剣な眼差し、日々向上していく技量から、我らも充分に感じ取ることが出来た。いつの日にか、そのときはきっとやって来るだろう。だが―――」
彼はそこで全体を見渡した。
言葉に詰まっているようですらあった。
約半年の期間を己自身が噛みしめるように、小さく頷き、告げる。
「大願成就の暁には、必ずやこのヴァルダーベルクの地に―――諸君らの祖国オルクセンに戻ってきて貰いたい。全教官は、その日、その光景こそを望む! 以上!」
本短編は、書籍版1巻特典SS用に作成した「その日まで」を一部改稿したものです。




