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はじめに感じたのは両手足を包み込む熱量。
寒さが痛みに変わって、それすら消え去ろうとしていた両手足が急激に熱を取り戻していく。
〝どれかしらの加護〟からくる効果だというのは間違いないけど、今それはどうでもいい。
300年振りに見たソフトモヒカン男、櫟原が、訝しげにわたしを注視している。
多分『魔導死霊の頭飾り』を装着させたのに、わたしに何の変化もないことを疑問視しているのだろう。
なんとなく、手足に力を入れると、ピシッと細かな亀裂音が耳に入る。
これまた加護の影響か、手足を縛る氷の呪縛が以前ほどの脅威には思えなかった。
拘束は問題ない。
なら、『魔導死霊の頭飾り』の再装着阻止とクラスメイト対策。
先ずは櫟原を遠ざけさせる。
「――『召喚』」
使用したMPは、精霊王を召喚した時とほぼ同じ10万(精霊王は9万9999)。
素早く、尚且つ確実にこの場から逃れる為、大量のMPを投じた。
そんなわたしの喚びかけに応じたのは、何故かボロボロのパジャマを着ていた銀髪紅眼の少女。
よく、「は?」と口から漏れなかったと自分自身を褒めてあげたい。
少女は、こちらを見るなり「や、やり直しを要求しマス!」とちょっと片言口調で言い寄ってきたけど、明らかな地雷臭を漂わせていたので、問答無用で送還。
悲しいことに、次回彼女を喚び出す際のパスみたいなモノが勝手に繋がり、必要MPが頭の中に流れ込んでくる。
6万6666ポイント……。なにこれ馬鹿にしてるの? 絶対、もう喚ばない。10万、無駄にした。
現在のわたしのMP量からすると誤差みたいなモノだけど無駄にしたのは変わらなく、ちょっとムカついたけど、状況が状況なので、再度召喚を試してみる。
今度使うMPは、倍の20万だ。
「――『召喚』」
「っ!! 避けろーーッ!!」
誰かの必死な声が響く。
次の瞬間、ボス部屋空中に巨大な何かが顕現し、必死の叫びも空しく、地面に降りる際、1人踏み潰されてた。残念。一応全員生かすつもりだったのに。
現れたのは全長20メートルはあろう黒龍。
見ただけでわかる。確実にボロ服少女より強い。
ちゃんと言う事を聞いてくれるかちょっと不安だ。
「GYUOOOOOOOOOOOOO!!」
別に何の指示もしてないのに勝手に周囲を威嚇する黒龍。
ちょっとマナーがなってない。
全員の視線が完全に黒龍に向かったことをいいことに、手足を拘束していた氷を力任せに砕く。
加護、凄い。
「待て」
咆哮によって腰が抜けてしまったクラスメイトの1人を、踏み潰そうとしていた黒龍に、指示を出すと、その足がピタリと止まる。
(むぅ。自力で脱出できたのですね。まぁ、わたしを喚び出せる力があるのですから、当然と言えば当然なのですが)
突然、頭の中で声が響いて驚いてしまう。
どうやら周囲の様子を見る限り、聞こえているのはわたしだけらしい。
(なにこれ? 頭にロリロリした声が響くんですけど。黒龍、アナタが喋っているの?)
わたしの言葉に黒龍は、ロクでもない者を見る目をわたしに向けてくる。
失礼な。わたし、召喚主だよ?
(……ロリロリの意味はわかりませんけど、ロクな意味ではないことは理解できるのです。それで? 足元のゴミは踏み潰しても?)
(潰しちゃダメだから止めたんだけど。ねぇ、聞きたいんだけど、わたしの傍にいる手足が凍っちゃってる人たち以外の12……いや、1人アナタが潰しちゃったから11人、かな? 殺さず無力化できる? 無理そうなら全滅で)
わたしの言葉に沈黙する黒龍。――なんか怒ってる雰囲気が伝わってくるんだけど?
(――馬鹿に、されたのです。そんな児戯、できないと思うのですか? 10秒なのです)
ロリ黒ドラゴンは、そう言って通信を終え、わたしと手足が凍ってる5人を、シャボンのような膜で包み込む。
直後、黒い嵐がボス部屋内に吹き抜け、警戒心丸出しで構えていたクラスメイトを飲み込んだ。
(いーち、にーい、さーん)
(待って? 洗濯機に入れられたみたいに人がぐるんぐるん飛んでるんですけど? これホント死なないの?)
(むぅ。どうして馬鹿にするのですか。ちゃんと危ない人には保護をかけているのです。全員漏れなく瀕死に……したのです。ふふん。どうですか。ピッタリ10秒なのです)
パチンとわたしたちを守っていたであろうシャボンが解かれる。
見渡すと、地獄絵図。
現在、本当に強い5人は転移門で地上に戻ってしまっているとはいえ、人種未踏の40階層ボスを倒したクラスメイトを瞬殺……。
このロリ黒龍。……どんだけ?
(これで、死んでないんだ。……えーと。じゃあ、このままじゃボスが再出現した時間違いなく死んじゃうから、そこに開いてる青く輝いてる門、転移門に全員投げ込んで欲しいんだけど)
わたしのお願いに再びジト目を向けてくるロリ黒龍。
(むぅ。それ、最初に言って欲しかったのです。そうしたら一緒に処理していたのです。ああ。それとこのゴミを回している最中、アナタの役に立ちそうな魔道具が幾つかありましたので、この魔法の収納鞄に纏めておいたのです。どうですか? わたし、役に立つのですよ?)
ふわっと浮かびながら黒龍からわたしの元にウエストポーチのようなモノが飛んできたので受け取る。
あれ? この魔法の収納鞄。35階層の中ボスでドロップして、勇者委員長が持ってたやつと似てる?
ふと、ボロ雑巾のように地面に転がってる勇者委員長を見ると、腰に付けてあった魔法の収納鞄が消えてることに気付く。あーこれ、そのものだ。というか「纏めておいた」って。ひょっとして教会から貸し与えられてた武具とか……入ってるね。転がってる人、持ってないもん。
(……いいのかな、これ)
(ゴミに慈悲が必要と思うなら返却すればいいのです。 お好きに――ドウゾ?)
……うん。このお好きにどうぞって実質選択肢ないやつ。
ま、この魔法の収納鞄、間違いなく便利だからいいんだけど。
って訳で有難く頂戴することにしたので黒龍にお礼を言う。
(わかったのです。ついでに。役に立つわたしは、アナタの後ろにいる5人の氷の除去と、彼らの治療もしておいたのです。本当に有能なのです、わたし)
え? と後ろを見ると、確かに彼らの身動きを封じていた氷が砕け、5人全員、呆然とわたしを見つめている。
有能アピールはちょっとウザいけど、このロリ黒龍。実際めちゃくちゃ有能だ。
ボロボロになったクラスメイトたちの後処理を指示されたロリ黒龍は、完全に意識を失っている11人を同時に浮かし、雑な感じで転移門に飛ばしていく。……大丈夫だよね? ホントに死人出してないよね?
(これでわたしの仕事は終わりなのです。用事があればまた喚んでください。仕方ないので来てあげるのです。……ほんとうに、遠慮なく喚んでいいのですからね?)
そう言い残し、こっちが送還してないのに勝手にこの場から消え去った。
あとに残るは、可哀想に踏み潰された1人の死体のみ。
……ツンデレ属性もあるのかな、あのロリ黒龍。
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