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「……ひっぐ。ど、どうしで……。どうじて……ひっぐ」
彼女――木南美香は、溢れる涙を拭うこともできない。
彼女の両腕はクラスメイト2人の手によって押さえられているから。
「ああ? ハッキリ言わねぇと通じねぇってか! いいぜ教えてやんぜ! 邪魔になったんだよ。俺等の成長を妨げまくってるお前等〝7人〟がなぁ! だから、このダンジョン内でお前等は死ぬんだよ。階層ボスの犠牲者としてなぁ!」
〈エルシア聖国〉南部に位置する〝ダンジョン〟。その40階層、階層ボスの部屋にて、ソフトモヒカン野郎こと、24人のクラスメイトの1人、櫟原龍馬が、猛々しく吠える。
彼の機嫌が普段よりもよろしくないのは、先のボス戦にて、まったく良い所がなかったどころか、足手纏い扱いになってしまっていたからだ。ほぼ間違いなく。
「何馬鹿なことッ! これ消せって尊! 死ぬほど寒いんだって! 冗談でもシャレになんねえって!」
「ふぁっ……。……圭。もう諦めよ? エリザベスたんもそう言ってる」
「朔也! なにお前普通に受け入れてんだって!? 何? これドッキリ!? カメラどこだって!?」
「……ひっぐ。……ひっぐ」
天真爛漫に刃物と戯れる男、鉄圭が、あんまりな状況に取り乱し、グレープフルーツ大の頭かつ二頭身の人形――エリザベスを抱えた天空系アニメで鳥の卵を守ろうとしていた〝ロボット兵〟こと樹玉朔也が欠伸を嚙み殺しながら鉄を宥める。状況は木南や鉄と変わらないはずなのに一切の緊張や同様が見られない。
かく言う〝わたし〟も、櫟原の言う7人の1人であり、現在木南を除く5人と同様、氷によって手足を拘束され、身動き一つ取れない状況にある。
当然、氷の呪縛をやってのけたのもまた、クラスメイトの1人――六花尊の仕業だ。
六花の顔を見ると、まるで自分の意思じゃありませんよ、と言わんばかりに、泣きそうな顔でわたしたちを見つめている。いや、そんなんで同情を買おうとしても人殺しに加担してるのは変わらないから。
「あークソ! 待ってくれ龍馬! こういう時はレディーファースト……違うか。それだとミカちゃんが最初になっちゃうってか? ……えーと。なんだ! だから……レディーファーストで嫌な役目、俺が引き受けるって! それじゃダメってか!?」
「黙れよ鉄。木南を最初にすんのはコイツの能力がそれだけヤベぇからだ! 見ろよ、六花の氷もすぐ砕けちまってる。だからわざわざ能力の発動抑えてんだよ。大人しく凍ってろ。お前もすぐに『魔導死霊の頭飾り』の餌食にしてやっから」
そう言いながら、櫟原は指に引っ掛けた『魔導死霊の頭飾り』を雑にクルクルと回す。
というか、手足の寒さが痛みに変わってきたから、こんな不毛な言い争い、早く終わって貰って欲しい。あー……。勇者委員長まで出てきてた。ホント勘弁。
「違うだろ櫟原君。ボクらは戦闘能力が劣る者たちに、等しく精神を鍛える時間を与えてあげるんだ。キミの言い方だと、まるでボクたちが、悪意を以って陥れているように見えてしまうじゃないか」
「いやいや。何言ってんだよユウシャサマ。この呪われた魔道具、『魔導死霊の頭飾り』って、100年もの間、何にもない空間に魂だけ閉じ込められちまうんだろ? これ持ってた教会の連中も言ってたじゃねぇか。『まともに帰ってきた者は誰一人いない』ってなぁ」
「……ホントにキミは余計な事ばかり。……もういいから、早く終わらせてくれ。〝コレ〟の自慢も早いところしたいものでね」
そう言って、勇者委員長は腰に付けていた小さなウエストポーチをポンと叩く。
40階層、階層ボスからドロップした『魔法の収納鞄』。
見た目は小さなウエストポーチだけど、中が亜空間になっていて、見た目以上にモノを収納できる魔道具だであり、わたしたちを召喚した〈エルシア聖国〉でさえ、2つしか所持していなかった超貴重魔道具だ。確かにあれを持ち帰れば、自慢の種にもなるだろう。
櫟原と鉄。そして勇者委員長による介入で嫌気が差していたわたしだったけど、そのお陰で『魔導死霊の頭飾り』の効果を知ることができた。……魂だけ100年閉じ込められる? ……魔法に能力、精霊に今度は呪い。流石異世界。ホントに何でもありだね。
「イヤァ!! 止めて!! 手を離してっ!!」
全身全霊の力を込め抑えられた両手を振りほどこうとする木南。彼女が持っている『能力』は、触れたモノの特殊な効果を全て消し去ることができる。
その力は、わたしたちに与えられた能力をも対象としていたので、肉弾戦は兎も角、対能力戦に於いて彼女の負けは有り得ない絶対的な力を持つ。
だから、ここで彼女が処分される理由には理解できる。
泣き叫ぶ木南の頭に、容赦なく教会から貸し与えられていた『魔導死霊の頭飾り』が嵌められる。
瞬間、黒髪のおかっぱ少女、木南美香の髪色が一瞬で黒から白に染まり、ガクンと頭が落ちる。
彼女の両腕を掴んでいた2人は、恐怖の余り「ひっ」と声をあげ、ほとんど同時に彼女の腕を離し、支えのなくなった身体はゴトンと音を立てながら崩れ落ちる。
その際、偶然にも彼女の顔が目に映り思わずぞっとした。
彼女の顔が絶望に染まり切っていたから。
「そ、そんな……。ミカ……ちゃん? 嘘、だよね?」
鉄の目からハイライトが消え、震える声でもう動かなくなった少女に声をかける。
『魔導死霊の頭飾り』を被せた張本人である、櫟原もまた、目の前で起きた出来事に唖然としていたけど、すぐさま感情を取り戻し、木南の頭から『魔導死霊の頭飾り』を外す。
「……確認、しろ」
「は、はい……。……………………呼吸、脈、共にない、です。……木南美香は死にました」
木南の両腕を掴んでいた2人の1人、メガネツインテールの佐九間実由が櫟原の指示を受け、木南の手首、呼吸を調べ、死亡を報告する。
「……五十嵐。俺はどうなった」
「…………あ、……だ、だいじょうぶ、だよ……。な、何の罰称も……ついて……ない」
次に櫟原は、自身に〝殺人〟の罰称が付いてしまっていないか、『鑑定』の能力を持つ、前髪で目を隠す五十嵐伊織に尋ね、予想通り何の罰称も増えてなかったことに安堵する。
櫟原の様子から、初めからかなりの高確率で、不名誉な罰称が付かないことはわかっていたと思われる。
「次は……、テメェだ。仮面女」
「……」
どうやら木南の次はわたしらしい。妥当だと思う。
わたしがこのクラスメイトパーティーにもたらした悪意は最早計り知れないから。
「三條目。お前も変わったな。こっちの世界に来る前のお前なら、こんな状況、いち早く止めに入ってただろ」
櫟原が三條目万里相手に話りかけてくる。それを〝わたし〟に言わないで欲しい。
櫟原、というかここにいるクラスメイトが見ていたのは、わたしであってわたしじゃない。
三條目万里という人物は、わたしがシミュレーションゲームのキャラクターとして操っていた架空の人物に過ぎないのだ。
「最後くらい何か言えよ。クソみたいなやり方してすみませんでした、とかな」
「……ねぇ。いちいち会話しないと殺せないの? わたしの後も、まだ6人もいるんでしょ? 早くしないとどんどん帰還が遅れるよ?」
「6……? ハッ! 遂に狂ったのか? お前の後は5人だよ! 見りゃわかんだろ! 馬鹿が!」
……あっそ。まだ知らないんだ。櫟原。お前も処分対象の1人だっていうことに。
それを、口に出そうか少し迷ったけど、これ以上わたしの死が遅れるのも御免なので、軽く首を振りそこから無言を貫いた。
わたしが『魔導死霊の頭飾り』を被らされたのは、それから2分後。
散々櫟原がわたしを罵った後のことだった。




