境界の間と現
初めはそう、通勤列車だった。
毎日同じ路線の同じ車両に乗るために、少しだけ人より早い時間の列車。
だが、その日は何となく落ち着かなくてぼんやりしたまま乗ろうと開いたドアに足を踏み入れ掛けて後ろから誰かに肩を叩かれた。
「あの、何か?」
「危ないよ、白線まで下がって」
見ればまだ列車は到着しておらず、駅員に注意を受けたということか。
ではさっきのドアは? と疑問を抱いたものの、この真夏日の太陽にやられたのかもしれない。
そう考えて水筒の麦茶を喉に流し込んだ。
二度目は友人と出かけた時。
遠出をしようと日帰り出来る温泉まで足を伸ばし、空が藍色を帯びてきた頃、帰りの列車に乗ろうとローカル線らしいデザインのドアの前に行き開いたのを見て踏み出そうとした。
グッ、と手を後ろに引かれてよろけた体を友人が支えてくれたおかげで尻餅はつかずに済んだがよくわからずに困惑の眼差しを友人へ向ける。
「段差が低いからまだマシかもだけど、危ないってば」
「え? またボケてた? ありがとう」
疲れているのだろうかと眉間を揉んで、無事に帰り着いた。
家まで送ってくれた友人にしっかりしてよねとばかりに背中を叩かれて、部屋に入ったあとはベッドに潜り込んで翌日の昼過ぎまで泥の様に眠った。
そして、リフレッシュ出来ただろうと気持ちを新たにした月曜日、いつもの電車のいつもとは違う空いている隣の車両に乗って……車両が脱線したのだ。
私はガラスで切ったり捻挫はしたものの、不思議なぐらい周りの人より軽症で済んでいる。
隣の、いつもの車両が脱線して横倒しになっているのに。
後から考えれば、もしもいつもの場所に乗っていたら、勘違いしたと思ったあの二度の幻のようなドアの先に行っていたら……私は、どうなっていたのか分からない。
ほんの少しだけ勘がいいと言い張る友人が背を叩いたのは、もしかしたら何か見えたり感じたりしていたのかもしれない。
私にそれを確かめる勇気は、なかった。