2人のお昼ご飯
迷いなく進んでいく陽彩の後ろを俺はついて行っている。
階段を降りだしたあたりでどこに向かっているかの見当はついた。
陽彩が朝から持っている少し大きな鞄とさっきの教室での発言からして、弁当を分けてくれるということであってるなら中庭に向かっているはずだ。
あそこには、いくつかのベンチが設置されていて周りを気にせずに食べられる。
気にせずと言っても周りからは丸見えなので、あくまで教室よりかは静かに食事ができるくらいの効果ではあるが。
「ここ空いてるね。座ろう?」
「そうだな」
中庭に到着して手頃な場所を見つけた陽彩は、俺の方を振り返って聞いてきた。
俺が陽彩の弁当を食べてしまったら陽彩の分がだいぶ減ってしまうけど大丈夫なんだろうかとか聞きたいこともあったが、とりあえず座ることにした。
そして、席について一つ疑問が浮かんだ。先を歩いていたはずの陽彩は何故まだ座っていないのだろうかと。まさかな。
「どうしたの?」
「いや..」
てっきり昨日のように膝の上に座られるのかと思ったが、陽彩が座ったのは普通に隣だった。
向かいでもいいような気もするが、別に嫌なわけでもないからいいか。
一つ問題があるとすれば、座っている椅子がそこまで大きなものではないので陽彩との距離がかなり近くなっていることくらいだ。
「昨日みたいに...座られるのかと思ってな」
「座って欲しかった? でも、ここ外だよ」
「いやいや、このままでいいよ! 思っただけだから!」
「膝の上は薫が食べづらいし」
このやり取りだけを見れば、俺が変なやつで陽彩がまともに見える。
陽彩が変なやつだとか言いたいわけではないのだが、昔なら飛びついてきただろうから意外に思ってしまったのだ。
考えてみれば、流石に高校生が普通人前でそんなことをするはずがない。あれは、小学生だったからギリギリ許されたんだ。
「はい、たくさん食べてくれたら嬉しい」
「これは?」
俺が変なことを考えているうちに、陽彩は弁当を広げ終わっていた。
目の前に並べられたそれは一人用としてはとても豪華で、陽彩が1人で食べきれると思える量ではなかった。例えるなら、俺と陽彩で食べてやっとちょうどいいくらいの量だ。
「昨日里奈ちゃんに薫のお弁当お嫁さん修行で作ってるて聞いて、私も薫の弁当作りたいなって思ったの。朝早く行ってたのは、里奈ちゃんが用意してしまっていたら悪いからそれを伝えに」
弁当を受け取るのを忘れたのではなく、元々用意されていなかったようだ。
里奈はしっかり者なので、俺が慌てていたとしても教えてくれるのにおかしいなと疑問に思っていたが謎が解けた。
それにしても凄いな。里奈の弁当もクオリティが高いが、陽彩のも負けず劣らずだ。
中身は定番のものが多いがどれも美味しそうである。
「全部陽彩が作ったのか? 美味しそうだよ」
「部活やってないし空いた時間で練習した。自信あるから食べて」
「ああ、作ってきてくれてありがとうな。いただきます」
「ん。どうぞ」
唐揚げやミニハンバーグなどもあったが、俺が最初に手に取ったのは卵焼きだ。
どれも美味しそうなのだが、好きなものから食べる派なので一番好きな卵焼きを選んだ。
自信があるとは言ってはいたが少し不安そうな陽彩に見られながら口に運ぶ。
見た目通りにめちゃくちゃ美味しい。いい感じにとろけているし、甘さもほど良い。
「美味しいよ陽彩!凄いな」
「よかった。こっちも食べて」
安心したように見せたかと思ったら、陽彩は唐揚げを一つ箸でつまんで俺の口の方に運んできた。
いわゆるあーんをしてくれるつもりなのようだ。
これも中々に恥ずかしいが、幸い今は周りには誰もいない。大人しく受け入れることにする。
「どう?」
「美味しい」
陽彩は褒められ続けたせいか、嬉しそうにニコニコしている。
一方の俺は恥ずかしさとかで顔を真っ赤にして、さぞかしかっこ悪いことだろう。
そこでふと思った。あーんを仕返してみれば、陽彩も少しくらい照れたりするのかなと。
こちらからするのも恥ずかしいが深く考えないようにして、唐揚げをつまみ陽彩の口に持っていく。
「ん。ちゃんと美味しい」
最初は少し驚いたように見えたがすぐに笑顔に戻った。
照れるどころか、ますますニコニコするぐらいだ。
やっぱり陽彩にはかなわないな。本当にいつかかなう日が来るのだろうか。
薫が誰も見ていないと思って仲良く食べさせ合いしているのを、校舎の二階から見ている者がいた。
胸に一年生がつけることになっている赤いリボンを付けた女子生徒であることが分かる。
「先輩あんなに楽しそうに! 相手は幼馴染とか言ってた人? 確か4年もほったらかしにしてた人でしょ。そんな酷い人で先輩は大丈夫なの」
2人の様子を見ながらそう呟いて、その場を去って行った。