幼馴染たちによるおでかけのはじまり
「かおるにぃー!もう電車きてるよー、はーやーくー!!」
「そんなに急がなくても、時間はあるだろう」
「里奈ちゃんはいつも元気でかわいい」
「えへへ、ひいろちゃんもかわいいよ~」
他の利用者に迷惑にならない程度の小走りで、電車の入口に向かう里奈と、それを楽しそうに追いかける陽彩だ。
早朝の通勤ラッシュの時間帯でもなく、人の流れが活発になる昼すぎあたりでもない、その中間くらいの微妙な時間。
それにどちらかと言えば田舎に分類される地域に住む彼女たちの最寄り駅では、満員電車などというものは滅多に見ることが出来ない。通勤・通学のピークを除けば、花火大会とかのイベントがある日くらいだろうか。
それでも、陽彩たちの少し後ろを歩く薫が同じように浮かれることはない。今を輝く女子高生の彼女達と違い、これといった特徴のない自分が浮かれていても恥ずかしいだけだと考えているからだ。
陽彩、里奈、それに薫。過去のある時期にはよく見ることができた組み合わせ。所謂幼馴染みとも言える3人組からは、普通は感じるであろうその空いた期間による気不味さなどは一切読み取れない。
唯一気不味さ、負い目を持っていた薫は、昔と何ら変わらない様子の二人に何度目にもなる感謝を覚えた。
誰か1人でもこの再開を諦めて居れば、失っていたものだ。
「いや~、幸せですねー!みんなでお出かけできるなんて」
「やっぱり、先々週のピクニック。里奈も来ればよかったのに」
「それはそれ、これはこれなの。何回も言わせるな、ヘタレおにぃ!」
「その節はありがとう里奈ちゃん。今日は目一杯たのしも」
電車内に入り、向い合せのボックス席のような座席に座る。
里奈の言うように彼らの本日の目的は、久々に集合した幼馴染3人でのおでかけ。郊外にあるショッピングモールにて、ぶらぶらとしながら過ごすことだ。
3人で出かけることが決まり、その時目的地としてショッピングモールを提案したのは里奈だ。
事前に話し合っている際、欲しいものがあるのかと問う薫に、それを考えながら歩くのも楽しみなのだと里奈は返答していた。こんなやり取りも彼ら兄弟の中では何度目にもなる。薫は定期的に荷物持ちとして、里奈の買い物の付き添いをしていたからだ。
そして、そう言っておきながら、何も買わないことがあるのを薫は知っているが、余計ないことを言うと、女ごころを分かっていない!と怒られるので何も言わない。
それに、薫からすれば、彼女たちが居ればどこに行っても楽しいだろうと思っているので、大した問題でもない。
先々週、薫と陽彩のピクニックから2週間が経過している。基本的に真面目な彼らが学校をサボる理由もなく、もちろん今日は休日である。
高校二年になったとはいえ、生活サイクルに大した変化のない陽彩と薫にとっては、いつも通りの休日なのだが、中学生から高校生になったばかりの里奈からすると、重要な休息日と言える。さらに、彼女自身が選んだ結果だが、ただの高校生ではないことも、里奈の負担を増していた。
「ひいろちゃーん、課題いっぱいでしんどいよー」
「よしよし」
「覚えることいっぱいで留年するよ」
「なでなで。大丈夫、薫もいる」
「かおるにぃは全く役に立たないよー!」
「なっ!」
泣きつく里奈を陽彩は髪が乱れないように優しく撫でていた。
あいにく周囲に人はいないが、この様子を見られることがあれば、美人姉妹のようだとして注目されていたことだろう。顔は全く似ていないが、その仲良し姉妹のような距離感がそう思わせるだろう。
陽彩のほうが身長が高いし、年齢的に考えてもそうなるので、陽彩が姉、里奈が妹のようだが、普段の関係性を見ている薫からすると、逆であると思えてくる。急に色んなことを始めて振り回す姉と、それに素直についていく妹のような。
そんなことを考えながら油断していた薫に、里奈から兄は役に立たないと唐突に言葉のナイフが飛んできた。しかし、今回はその通りなので、言い返すことはなかった。
薫の学力が足りていないとかではなく、慎也の彼女と同じく特殊な環境で学んでいるのだ。
「里奈ちゃんはすごい。看護師目指して、頑張っているんだから」
「いや~、それほどでもないよ!褒められるのはこれから、ちゃんと看護師に慣れてからだよ」
「そうだよな。里奈も将来の目標を持って進み出しているんだから、ほんとすごいよな」
前に慎也の彼女について、中学生のうちから将来について考えていてすごいと話していたが、薫からすると里奈についても同じことが言える。
褒められて調子に乗り出す里奈を見て、少し言い過ぎたかとも考えたが、薫にとってそれは本心からきた言葉だった。
「なになに!おにぃまで急に褒めだして!褒めるなら、美味しいデザート奢ってよ」
「デザート!クレープ食べたい」
「そうだよね、美味しいクレープ屋さんあるもんね!さあ、どうなの、かおるにぃ!かわいいかわいいひいろちゃんもお願いしているよ」
「二人には普段から弁当とか色々お世話になっているし、それくらいでいいならもちろん」
「やったー!」
里奈と陽彩は互いに手を繋いで、楽しそうにふらふらと揺れている。里奈は思わぬところでただクレープが得られ、陽彩は薫に買ってもらえること自体が嬉しいようだ。
薫は今でも陽彩に学校がある日は弁当を作ってもらっているし、里奈にも家にいるときは色々と助けられている。普段から何か恩返しする機会があれば、それを欠かさずに行ってきている。今回もその一環として、進んで受け入れた。
「前にも言ったけど、そんなに忙しいなら今してもらっている家のこと、代わろうか?」
「自分で起きれないかおるにぃに何ができるんですか!」
「...そうだな」
それは毎朝里奈に起こしてもらっている薫にはとても効く言葉だった。しかし、その通りでしかないので、何も言わずに薫は顔を逸らした。
「大丈夫。私が手伝うよ」
「通い妻だねぇ、私もひいろちゃんなら大歓迎だよ!でも、問題ないよ。やりたくてやってることだし、大量にある看護教科とか色々あってちょっと文句言いたくなっただけ」
「そうなの?」
「うん!勉強は大変だけど、お友達も出来てすっごーく楽しいよ」
手をひらひらとさせて、何でもないように振る舞う里奈だ。元々要領はいいし、ダメそうなら自分が気づく前に母がどうにかしているだろうと薫は考えている。だから、本当に少し愚痴を言いたくなっただけだろう。
普段から近くにいて、その様子を知っている薫は納得したが、陽彩は少しだけまだ心配そうに里奈を見つめていた。
「友達かー、そう言えば慎也の彼女さんも同じ学校だったよな?学年違うし、さすがに知らないか」
「知ってるよー!白石先輩でしょ、中学の時から有名だったし」
「結構有名だったよね、荒牧君たち」
学年こそ違うが、里奈も勿論中学の時は薫たちと同じ学校に通っていた。あいつら所かまわず、楽しそうにやってたし、後輩に見られていてもおかしくないかと薫は思った。
陽彩はあれくらい積極的になってほしいとでも言うように薫を見つめていた。そして、無理だという風に急に外を見だした兄を見て、ヘタレおにぃだと里奈はため息をついた。
「それに、学校案内みたいなので白石先輩に担当してもらったんだよ。ほんと幸せそうに彼氏さんのこと話してくれるから、こっちまで嬉しくなちゃうよー」
「それは学校案内として正しいのか?」
「私も薫のことたくさん話す」
「それはもういっぱい聞いてるよ~。いつも思うけど、かおるにぃのこと美化しすぎだよ」
「そんなことない」
「かおるにぃも色々とだらしないところあるから、同棲とか始めたらびっくりするよ」
「里奈ちゃんからたくさん聞いているから大丈夫。私が頑張る!」
「2人の間で何が共有されているんだ!里奈はそんなダメ男みたいに思っていたのか」
「冗談だよー」
腹を抱えて笑う里奈と、自信満々な陽彩が同時に親指を立てて薫に向けてきた。なにがグッド何だろうか。里奈は本当に冗談なんだろうが、陽彩は確実に何かを決心している。そもそも薫は二人の間で何が共有されているのか、気が気でなかった。
彼女たちが組み合わさると、薫にはどうすることもできない。昔からそんな感じだったが、今となっては凶悪さが増している。里奈は兄をからかうべく計算して、陽彩は純粋な思いから薫を追い詰める。
本日何度目にもなる気まずさを感じ、逃げを選択した薫は二人から視線を外した。さっきは窓の外を見たので、今度は車内側に。
その様子が気になったのか、陽彩も同じところに顔を向けた。
「ん、広告やってる」
「あー、本当だ。美波さんも言ってたけど、映画になるんだな」
「何々ー?旅立つ騎士?」
「昔読んでた本が映画化されるんだ」
「へえー、そうなんだ」
一瞬里奈も一緒にいくかと誘いかけた薫だが、妹に散々言われてきたことを思い出し、ぎりぎり踏みとどまった。陽彩と二人で行く約束をしていたから。
薫も無意識化では分かっていたのかもしれない。その意味を。
そして、その判断は正しい。客観的にみているがゆえに、薫たち以上に彼らの感情を理解している里奈は残りの移動時間を使って、いつものように全く怖くない可愛らしい様子で怒っていただろう。
里奈と遊ぶことも全くいやではないので周囲に見せることはないが、それはデートである理解してもらえないことから少し悲しむ陽彩を想像して。




