陽彩のもう一人の幼馴染
少しの間俺と陽彩は抱きしめあっていた。
時間が流れると共に冷静さを取り戻し、だんだんと恥ずかしくなってくる。
陽彩とこんなことをしていたのはずっと昔の話で、最近では話すことすらなかったのだ。
「陽彩、少し恥ずかしくないか..」
「私も。でも、寂しいよりも恥ずかしいの方がいいし、うれしいのほうが大きいよ」
陽彩を抱きしめていた腕を緩めようとすると、ぎゅうと強く抱きしめられ離れることは叶わなかった。
嬉しそうで幸せそうな陽彩の姿は、昔の彼女そのものだ。中学に進学し、無口無表情になってからは一度も見せてくれてはいない。
彼女から笑顔を奪ってしまった俺との約束というのが気になり始める。冷静さを取り戻しつつある頭で、記憶をたどっていく。しかし、目当ての情報は一向に姿を見せない。
「聞いてもいいか」
「ん。なんでもいいよ。私、話したいこともいっぱいあるの」
「陽彩、すまない! その約束というのが分からないんだ」
「んー、やっぱり覚えてなかった。そんな気はしてたけど」
陽彩が大切にしている約束を覚えていないと言うと彼女を傷つけてしまうかもしれないが、知らないままだとこちら側が果たせないので正直に聞くことにした。
すると、陽彩は頬を膨らませてじぃーっと見てきた。不満なことがある時に過剰と思えるくらい頬を膨らませるのは小さい頃と変わっていない。
どこまでも変わらない姿に懐かしくて少し笑ってしまう。謝罪の場であるというのに相応しくない態度を見て、怒るかと思ったが陽彩もつられたのか笑っていてそんなことはなかった。
「でもいいの。薫はちゃんと守ってくれていた。忘れているのなら、それは薫にとって当たり前のことだから何だと思う。忘れていたのは悲しいけど、そのことは嬉しい」
「全然関わりがなかったのに守れていたのか?」
「うん。あとは薫が私を甘やかしてくれるだけなの」
「なあ、約束って..」
関わりがなくても果たされる約束。
もしかしてと一つ思い浮かんだがそれを陽彩に聞くことはできなかった。
「かおるにぃーー! ひいろちゃんがいるんだって! どこ!」
頭に響くくらいの大声と共に部屋に入ってきた元気の溢れる妹に妨害されたことによって。彼女は一時期、重い病気で入院していたことなど一切感じれないほど活発なのだ。
しかも、俺と陽彩は今の今まで抱きしめあっていた。母に似てテンションが高い妹に見られれば、ゆっくり話していられる状況ではなくなる。
俺は少しでも被害を減らそうと陽彩から離れようとするが、陽彩はそのつもりはないらしく離れることはできなかった。
「ひさしぶ...え?」
ぴったりと密着している俺たちを見た妹の里奈は、案の定ニマニマとし始めた。
「一週間ぶりくらいかな、里奈ちゃん」
「ひいろちゃん遂にやったんだね!これからはお姉ちゃんだね」
陽彩は里奈と話し始めてやっと膝上から隣に移った。
仲が良さそうに話しているが二人も一応幼馴染と言える。陽彩と俺が知り合って仲良くなり、遊ぶときはそこに妹が混ざり出したのだ。妹が入院していた時には、一緒にお見舞いにも行っていた。同性の女の子と遊ぶ機会の少なかった妹は直ぐに仲良くなった。話を聞くに、いまでもその交流は続いているようだ。
自分と陽彩との関わりがなくなってからは、毎日のように何で連れて来てくれないのと文句を言われていた気がするのだが、どうやらしっかりと会っていたことが判明した。
「これはお姉ちゃんからの助言。部屋に入って来るときはノックして。私たちが色々といたしていたらどうするつもりだったの?」
「えーー!もうそんなところまで...私お姉ちゃんが出来るどころか叔母さんになっちゃうの」
「違うからな!昔のようにしてただけだよ」
陽彩が思わせぶりなことを言い、里奈もそれに乗っかるので慌てて苦しい言い訳で何とか否定する。彼女たちに結託されて、からかわれることはよくあった。有効な対処法は見つかっていない。
それに、昔のように陽彩を甘やかしていただけだ。それはそれで高校生がするのはどうかと思うが、やましいことはしていない。
確かにめちゃくちゃドキドキしていたが、そこまで理性は飛んでいない。
「里奈は急にどうしたんだ」
「私はそのつもりだった」
「かおるにぃ!?」
「陽彩もそんな思わせぶりなこと言わない!」
無理やり話を修正しようとするが陽彩に妨害された。万が一にでも、妹が本当に勘違いし始めたらお互いの親にどうされるかわからないので止めてほしいのだが。
脱出策を模索していると、唐突に隣にいた陽彩が近づいて耳元で呟く。
「試してみる?」
「え?」
少し耳を赤くして恥じらいながら言ってくる様子は、本気だとしか思えないくらいだ。
二人きりなら本当に限界を迎えていたかも知れない。だが、今は目の前にニマニマしながらこちらを眺めているやつがいる。
「やっぱり。中学三年生で叔母さんになるとは」
「だから違うって!」
必死に否定すると、二人とも笑い出した。
三人でこうしていると、本当に昔に戻ったみたいで心地がよかった。