公園で過ごした休日
半分ほど空いている窓からさらさらした風と暖かい日差しが差し込んできている。日差しは少し赤みがかってきていて、隣に座っている陽彩の髪に反射して輝いて見える。
光の当たり方によって、見え方が変わることはよくあると思う。それで、頭髪検査の時に本来より明るく見えてしまって先生に疑われる人もたまに見る。
一日も終わりに近づいて、外を照らしているのは夕日といっていい時間帯だろう。日中の力強い日差しを受けていた時とは、陽彩の雰囲気にも違いが感じられる。
「びっくりした」
「そうだなー、定期的にはあってはいたけど久しぶりって感じがするから不思議だよ」
「そんなにあってたの?」
「うん。ここにもよく来るからね」
「む!」
「え?いや、ほとんどお客さんとしてだよ。 それより、テーブル席で隣に座るのってバランス悪くないか?」
一見不機嫌になっているようにも見えるが、陽彩も別に本気で気にしているわけではないはずだ。彼女のことは陽彩もよく知っている。むしろ、陽彩と里奈の関係のように彼女らのほうがよく会っていてもおかしくはない。
しかし、問題もやましいこともはないと分かっていても、背筋が少し凍る思いをするのはなぜなのか。そのための露骨な話題変更ではあったが、実際気にはなってはいる。
テーブル席で隣に座るのってバランス悪くありませんか、陽彩さん?
もうどこか徐々に慣れてきてしまっている自分もいるが、こういうのはどちらかが踏みとどまる必要がある。
「美波ちゃんも来るかなと思った。私より美波ちゃんがとなりのほうがいい?」
「い、いやそういうわけじゃ」
「陽彩ちゃんは私のために開けてくれたんだもんなー。それとも薫は私には仕事をしとけというか」
「違いますから!普通にお仕事をするものかと思ったんですよ」
オーダーの飲み物と自分用と思われるドーナツを持ってきて、向かいの席に座る金色に髪を染めた女性。いかにも大学生であるといった様子だし、彼女は実際に大学生でもある。
金髪であるといっても、別にギャルっぽい感じではない。ピアスとかも空いていないし、メイクも派手な感じはしない。かなり明るめの髪色を除けば、まじめな学生に見えることだろう。
彼女は天野美波、このあたりにある難関大学の4年生で、俺や陽彩にとっては近所のお姉さん的な立場の人でもある。美波さんはここ、放課後に陽彩と西川さんと来たカフェでアルバイトをしている。
そして、なぜ陽彩と公園にいたのに、目の前で一口にドーナツをほおばっている美波さんとここにいるのかというと、ほんの少しだけ遡る必要がある。
陽彩とお昼ご飯を食べ終わった後も、しばらくの間公園でぶらぶらとして遊んでいた。また、公園内を散歩してみたり、ベンチに座って日光浴をしたりもした。
特に目的があったわけでもないが、会話が途切れることはなかった。陽彩とはここ最近でたくさんの時間を一緒に過ごしているが、離れていた時間はもっと長い。聞いてほしいことや聞きたいことがお互いたくさんあったからだろう。
なぜか陽彩は、将来設計について関心が強かった。なぜなのかは深く考えないことにしている。
そんな風に決まったプランもないので陽彩とベンチに座ってだらだらと過ごしていると、公園の入り口付近に見覚えのある人影を見つけたのだ。
正直、美波さんにこの状況はまだ見られたくなかった。何というか、段階を踏んでおきたかった。彼女はお姉さん的なポジションにいるので、色々と相談がしやすいため、ほかの誰よりも陽彩とのことを話していた。
散々疎遠になったと言っていたのに、びっくりするほど急に距離を詰めている。ものをなくして、友達にも探してもらっていたら、実はポケットに入っていましたみたいな状況と似た気まずさを感じていたからだ。
美波さんがいる方から目をそらす。しかし、その思いが陽彩に伝わることはなかった。
「美波ちゃん!美波ちゃーんー!!」
ぴょんぴょんと跳ねて存在をアピールしながら手を振る陽彩に、少し距離があったとはいえ、さすがに美波さんも気づいた。
「おうおう仲良くやってんねー!聞いてた話と違うが、羨ましい限りだ」
近づてきた美波さんに頭をがしがしと撫でられた。撫でるというには少し乱暴な気もしたが。ちなみに陽彩はポンポンされて嬉しそうだった。
なぜここを通ったのかと聞いてみると、買い出しの途中だと言われ、左手に抱えた紙袋を見せてくれた。このまま店に戻るみたいなので、俺たちも誘われてついていくことになったといういきさつがある。
「いやー、なんだかんだ元に戻れたんなら良かったわ。君たち小学生とは思えないほど仲良かったからなー」
「心配かけた、ごめんなさい」
「ご迷惑をおかけしました」
「大したことは出来てないよ。それより聞いてよ陽彩ちゃん!薫が敬語でしか話してくれないんだよー、お姉さん寂しい」
「適切な距離感大事」
「あれ、ここは味方してくれないんだ。お姉さん陽彩ちゃんから取ったりしないよー」
美波さんに敬語を使うようになったのも、特に深い意味はない。年齢を重ねるにつれて年上の人には自然と敬語を使うようになっただけだ。
そして、謎の争奪戦が開催されるのかと思われたが、美波さんが降参の意思表明をすると、二人とも笑い出した。
里奈と陽彩が一緒にいるときも感じていたが、美波さんが加わっていてもなつかしさがある。これでもうほとんど元通りだ。まあ、あまり過去に浸っているようなことを考えていると、美波さんにまだ若いだろと笑われてしまう。
「美波さんにはお相手がいますよね?詳しくは教えてもらっていないですけど」
「あー、でも君たちのほうが全然先を歩いているよ。ほんと陽彩ちゃんくらいが可愛いものだ」
「うむ」
美波さんに話を聞いてもらっていたときとかに、ちらっと聞いたことがあるのだ。あまりうまくはいっていないようだ。こんなに美人で面白い人なのに苦戦することもあるのか。
確か、自分が小学生のころからその相手は変わっていないはずだ。
隣にいる陽彩は訳知り顔でうなずいている。女性同士でもっと詳しい事情を共有しているのかもしれない。
「そーいえば、陽彩ちゃんのお兄ちゃんはどうしてるかな」
「相変わらず連絡なし。そろそろ帰ってくるはず」
「陽彩のお兄さんって留学していて、イギリスだっけ」
「ん」
陽彩のお兄さん、彼が高校生の時から今までずっとイギリスに行っているすごい行動力のある人といった印象だ。ほとんど帰ってこないらしく実際にあったことはないが。
そして、実は陽彩との仲がより深まったのもそのお兄さんの留学が要因の一つである。元々陽彩とは遊んでいたが、今ほどべったりなわけでもなく、何人かの友達の一人くらいだったと思う。小学4年生のころに唐突に兄がいなくなり、寂しそうな姿が気になってしばらくの間陽彩のことを気にしていた。陽彩が立ち直るまでそばにいて、気づいたらそばから離れることはなくなったという感じだ。
「そうかそうか。あ、知っているか二人とも」
「何かありました?」
「君たちが好んで読んでいたあの本、『旅立つ騎士』が映画化されるみたいだぞ」
「え!そうなんですか」
それは初めて気に入った本で、読んだのは小学生の頃のことだ。今ほど積極的に読書に取り組んでいなかったが、美波さんに渡されて読んだのがきっかけだ。陽彩に初めて勧めた本でもある。
「みにいく?」
「いこう、陽彩も覚えてる?結構前だけど」
「ん。好きなおはなし。美波ちゃんもいっしょにいく?」
「二人で行ってきたまえー。私にはまだ早い」
「何がですか?」
「何でもないよー」
内容は割とありふれた王道ものであるが、かなり思い出補正がかかっている。見ないでいると後悔しそうなくらいだ。陽彩も楽しみにしているみたいだし、行くしかないだろう。
聞いてみると、公開は今年中にはするだろうとのこと。最後に付け加えられたつぶやきも気になったが、美波さんも大したことないような様子なので忘れることにした。




