お出かけ先は
学年が変わりクラス替え後の最初の1週間も今日で終わりとなるからか、どこか浮足立っていた周囲の空気も落ち着いてきている。
今は休み時間なので、各々ある程度固まってきたグループで週末の予定とか、何かの動画が面白かったとかたわいもない話をしているのが聞こえてくる。
あと一つの授業を終えれば、皆が待ち望んでいた週末がやってくるので、別の意味では浮足立っている人もいるのかもしれない。
陽彩も赤木さんたちと話しているのが見える。2年生に学年が上がることでクラスは同じになったが、席は近いわけではないので話の内容が聞こえてくることはない。
彼女たちの周りには見慣れない新しいクラスメイト達の姿もある。やはり、あの三人組は人気があるようだ。
少し見ていると、陽彩もこちらを見てきたので目が合った。にこりとして手を振ってくれるので、自分も振り返した。
別にどこかに行くわけでもないが、お互いに手を振りあっている。こんな簡単なコンタクトを取るだけで幸せな気分になる。
とか思っていると、ニヤニヤしながら見てくる赤木さんと微笑ましいですと言わんばかりに頷いている丸山さんが目に入る。周囲で会話に参加している女子たちは困惑や不思議そうな感じで陽彩と俺を交互に見ている。
そして、目の前にもニヤニヤしながらこちらを見ている男がいる。
「いやー、熱々ですね。本当にうらやましい限りですよ」
「彼女いるだろ。陽彩には手を出させないからな」
「出さないし、そういうことじゃないわ。俺もスクールラブを満喫したかったぜ」
「スクールラブって、そこまでのことか?少し手を振っていただけだろ」
「はぁ、世の中にはたったそれだけのことを夢に見る男子高校生がどれほどいるか知らないみたいだな」
分かっていないなと言いたげな様子で慎也は首を振っている。というか慎也にこんな態度をとられるのは納得がいかない。中学校のころ誰よりも熱々だっただろう。
まあ、熱々といっても自分たちの世界を作るようなタイプではなかったので、何とも言えない居心地の悪い空気が流れることはなかった。なんというかクラス公認カップルのようなものだ。
「俺も学校同じだったらなー」
「彼女さん、看護系の高校に進学だっけ」
「そうだ、夢があるなら俺としても応援するしかないぜ」
「慎也も看護師になれば良かったのでは」
「中学卒業の段階で将来の自分を断定するのは厳しいわ」
確かに、慎也の彼女さんはすごいと思う。母が看護師でその姿に憧れているからと慎也に目指している理由を聞いたことがある。
近くに実際に働いている人がいればその職業のいいところも見えやすいとは思うが、その分嫌なところとかしんどいところとかも分かってしまうと思う。それでも、母の後ろ姿を追いかけるのは素直に尊敬している。
自分の場合高校は学力的に見合っているところを選んだが陽彩のほうはどうなんだろうか。学校が違えば、朝一緒に登校することもできなければ、昼ご飯を二人で食べることもできなくなる。
慎也ではないが、それはそれで寂しく感じてしまう。
「俺の話は置いておいてさ。幼馴染ちゃんやたまに赤木たちといるのはもう見慣れてきたけど、新メンバーが増えてなかったか」
「あー、陽彩の後輩だよ。西川さん」
「幼馴染ちゃんだけじゃ飽き足らず後輩にも手を伸ばしているのか!その子も中々に美人さんだったよな」
「伸ばしてなんかないわ。むしろなぜか敵視されているんだよ」
今日の朝のことが気になっているらしい慎也は、ジュースのキャップを開けながら聞いてきた。
通学中に西川さんの乱入を受け、学校付近では赤木さんたちそこに加わった。西川さんは赤木さんたちとも面識があるようなので、学校についてからも少しの間彼女らに可愛がられていた。
そのときの様子をたまたま目にしたのだろう。
「ふーん、まあお前が幼馴染ちゃん以外とどうこうなるのも想像できないしな」
「え?」
「もうずーっと、分かりやすく気にしてたからな」
「なんのはなしだよ」
「無自覚ですか」
飲み干したジュースを置いてため息をつかれた。
陽彩が離れて行ってから、俺以外とあまり関わりのなかった彼女がどうなるのか心配していたが、分かりやすいといわれるような直接的なことをした覚えはない。
だが、慎也に言わせてみればそうは見えなかったらしい。お前まじかと言いたげな視線を向けてきている。
しかし、態度に出ていたのであれば、その原因はこれに尽きるだろう。
「大切な幼馴染だからな」
「幼馴染ねぇ、ところで付き合ってないの?」
「ないよ」
「どうして?」
どうして言われると少し困る。
陽彩は好意を見せてくれている。どうして俺は告白をしないのか。
色々と言い訳が浮かんでは消えていくが、結局は恐れているのだろう。
あの日、距離が離れていくきっかけとなった日。必死にかき集めた想いはすれ違った。そして、俺は耐え切れずにまた逃げたのだ。その事実がまだ楔になっている。
陽彩が告白してくるまで待つというような消極的な姿勢を取る気もないが、この関係を進めるためには彼女の言う約束をどうにかする必要がある。
「あー、彼女さんとは普段どこ行くの」
「話し換えやがった。油断してると離れていくかも知らねぇよ」
人に話せるような内容でもないので、不思議がっている慎也をはぐらかすために話を変えた。しかし、今すぐではないが、慎也になら相談するのも悪くないかもしれない。それこそ陽彩が愛想をつかして離れていく前に。
「気を付けるよ。それでどうなんだよ」
「ん?まあー、カラオケとか買い物とかじゃね」
「やっぱ、そうだよなー」
「なんだ?デートの約束でもあんのか」
話を変えるために出した話題だが、何も考えずに話したわけではない。
陽彩とは連絡先を交換してからメッセージアプリで何度もやり取りをしている。
昨晩もいつもと同じようにメッセージが送られてきた。
『今週末あそぼ』
デートなのかはわからないが、お出かけのお誘いをいただいている。場所にこだわりはないようなので、今回の行き先はこちらで決めることになった。
そこで、数多くのデートをこなしているであろう慎也の経験を参考にしようと思ったのだ。
「遊びに行くんだよ」
「それを世の中ではデートと呼ぶのだよ薫。しかし、行き先って言っても当人たちの好みによるだろ。どこか行きたがっていた場所とか覚えてないか?」
「公園とか?」
「公園?ピクニックでもするのか」
慎也にしては珍しく的確なことをいう。確かに、目新しい場所をわざわざ探そうとしなくても、お互いが楽しめるところに行けばいいと思い、記憶を辿ってみた。
一番印象に残っていたのは陽彩が久しぶりに部屋に来た日の帰り道、小さいころの遊び場だった公園のことだ。時間があるときに行こうとも話してある。
「なんていうか思い出の場所みたいなもんだよ」
「ならいいんじゃないか。女の子を思い出とか記念とかを大事にする子が多いし。ちゃんとそのあたりは気を付けとけよ」
「そうするよ、ありがとう。忠告も感謝しておく」
妙に実感のこもった顔で忠告してくる慎也の様子から、彼女さんと揉めたことがあるんだなと思った。こいつは割と適当なところがあるので、彼女さんも苦労しているのかもしれない。
先生が教室に入ってくると、慎也は今週最後となる授業の準備を始めた。陽彩の周りに集まっていた人たちも席に戻り始めている。
『出かけようって言ってた話。昔よく遊んでいた公園とかどうかな』
陽彩に行き先についてのメッセージだけ送信しておいて、自分も授業の準備を始めた。




