まだ、放課後は終わらない
西川さんがいなくなり、陽彩は向かい側に座り直した。微妙そうな顔はされたが、片側に2人で座るのも変なので移動するよう促した。
少しして落ち着いてくると、先ほど疑問に思ったことが気になってきたので聞いてみる。
「そう言えば、西川さんはどこに行ったの」
「気になる?」
じーっと見つめられる。怪しい人を警戒するような目つきだ。
別に、不審がられるようなことは何もないのだが。西川さんに興味を持っていると思われているようだ。確かに興味は持っているが行先についてであり、やましい思いは何もない。
「深い意味はないよ。あんなに慌ててどうしたか気になっただけだよ」
「知ってる。れいみちゃんは」
陽彩なりの冗談だったようですぐに普段の様子に戻り、西川さんのことについて簡単に教えてもらった。
彼女の両親は共働きで忙しかったが、祖母が西川さんと2人の妹の面倒を見ていてくれたおかげで、寂しい思いもせずに幸せな時間を過ごしていた。
しかし、そんな時も突然終わることになる。中学二年生になったばかりの頃に、彼女の祖母が病気で倒れてそのまま亡くなってしまったのだ。それからは大変で今までのようにはいかなくなるが、両親に心配をかけたくなかった西川さんは家のことを任せてほしいと言ったらしい。二人とも不安になっていたが、そこは強引に押し切ったようだ。
「料理なんかしたことのないれいみちゃんはスーパーの前で立ちすくんでいたの。そこを私が拾った。急いでいたのは、買い物をして晩ご飯を作らないといけないから」
「じゃあ、西川さんが陽彩のことをヒーローとか呼んでいたのは」
「そこまでのことはしてない。料理練習中だったから、ついでに教えてあげただけ」
「あんなに慕われているんだから、陽彩は西川さんにとってすごいことをしたんだよ。困っている人に声を掛けることだって誰にでもできるわけではない」
俺が本を読むばかりで何もしていないときに、陽彩は比べ物にならないくらい成長していたようだ。あまり知らない人との関わりを作りたがらなかった昔の彼女からは想像もできないことだ。
今の陽彩は新しいことを進んで始められる勇気も、誰かに手を差し伸べる優しさも持っている。甘えん坊で可愛い幼馴染とは別の一面を知ることができた。
「薫もヒーローだよ」
「え?」
「うん」
小声で呟かれたことの意味が分からず聞き返すと、目の前の彼女は頷くばかりで詳しくは教えてくれない。陽彩にとってヒーローということだと思うが、思い当たるのは一緒に遊んだことくらい。そのことを言っているのだろうか。あの時間はとても大切なものだったが、陽彩にとっても同じかそれ以上であることになる。もし、当たっているなら素直に嬉しいことだ。
しかし、ヒーローと言われるのは何か恥ずかしいものがある。さっきの陽彩も似たようなものだったから否定したのかもしれない。
「最終的には妹ちゃんたちの方が料理上手くなったけどね」
「双子の妹がいるんだっけ」
「そう。れいみちゃんもいい子だけど好きになったら駄目だよ」
「ならないよ。だって、、」
「だって?」
聞き返されて思う。だっての後に何を続けるつもりだったのだろうか。それは簡単なことだ。昔からずっと変わらず、甘えてくれる陽彩のことを思っている。
しばらく距離が空いていたが、ここ数日で急に元に戻った。あの頃とは別の意味でもっと近づいているかもしれない。俺の自惚れでなければ、彼女だって同じ気持ちでいてくれてるはずだ。
告白すべきなのかと思い、陽彩のことをみる。いつものように笑顔を向けてくれる。落ち着いたこの場所の雰囲気と、大分赤くなった夕日が彼女を際立たせる。ずっと見つめていると、時間が切り取られて彼女だけの空間が永遠に続くかのように思えてくる。
「どうしたの」
彼女自身の声によって現実に連れ戻される。
そして、思い出す。何故か懐かしく感じる光景によって少しずつ鮮明に見えてくる。忘れていたことが不思議なくらい大事なことを。
だが、今悩んでいることの正体は見えた。
「何でもないよ。そろそろ暗くなるし帰ろっか」
「納得いかない」
曖昧な答えが気に入らないようで不貞腐れてはいるが後ろをついてくる。店長にお代を支払って店の外に出た。
約束には心当たりがあった。こちらが最初に言いだした約束だからだ。忘れていたのは陽彩のお願いだ。俺の約束と陽彩のお願い。
ただあの時の記憶が蘇るにつれて、同時に罪悪感も芽生えてくる。陽彩は俺が約束を守っていたというが、本当にそうだろうか。
陽彩を送るために帰り道を進んで行く。横に立って手を伸ばしてくるので、俺も握り返す。
迷いのない真っ直ぐな彼女が少し眩しかった。




