第17話・死んでも尚続く苦しみよ、過去を返してはくれないか?
私は彼が回復魔法をかけてくれた瞬間に悟った。
彼が、私をひとまず動けるようにして、何とか二人で逃げようとしているという事を。
でも、回復をされても尚、彼に手が届かない。
意識が朦朧とする。
(此処で終わりなんて…
私は…まだ…まだっ!…)
声すら喉から㎜単位の息を掠める程度に出すだけ。
すると、彼は吸血鬼に転送魔法をかけられた。
多分…私を殺してから彼を殺すため…彼に私を殺す邪魔をさせないためだ…。
『…そ…そんな…!』
私は絶望にうちひしがれ、もう、動く気力も湧かなかった。
このまま私は吸血鬼に殺される…
その筈なのに…
此処で死ぬ筈なのに…
『ほら、攻撃をしないから回復のポーションを飲め。
持ってるんだろう?』
怪物であり、敵の筈の彼は攻撃をしてこない。
しかも、回復しろと言う。
私は最後の力を振り絞って、言われるがままに回復のポーションを飲む。
それしかなかった。
たとえ、その意味がまだ理解できなかったとしても。
『シュワ…』
私の周りで炭酸のような音を立て、緑色のエフェクトを纏いながら、HP等が回復をしていく。
『え…』
回復のポーションを飲むと何か私に不利な事が起きる何かを仕掛けていて、それで飲ませたのかと思えば、そんな事は無かった。
怪物のような顔をしていた彼は、まるで人間のような、寂しそうな顔をしていた…
『何か…辛い事でも有ったのか…?』
聞いてはいけないと、何だか直感で思ったが、思わず聞いてしまった。
すると彼は…少しだけ驚いたような顔をした後に、又、寂しそうな顔をして、話を始めた…
『俺は…何度も蘇る怪物だ。
そして、お前ら人間の敵だ』
その声さえ辛い気持ちが滲み出ていた。
これから辛い話が始まる事が、私には分かった。
そして、それを私は最後まで聞かなければいけないと事も分かった。
なので、私は黙って話を聞く事にした…
俺の名前は…無いのかもしれない。
それすら忘れる程、両親との楽しい記憶は昔の事だった。
優しく頭を撫で、微笑む母の顔。
その隣で楽しそうに話をする父。
そして…俺と一緒にその話を聞く…親友の姿は…もう、思い出所か、思い出せない程、昔に成ってしまった…
その親友と俺はとても仲が良かった。
その名前は…
それすら出て来ない。
それでも、その時は名前を呼び合って、よく遊んだ気がする。
本当に仲睦まじい、幸せな家族と親友だったと思う。
しかし、それは、普通ではなかった。
俺達は駆り出された。
永遠の眠りの無い苦しみの世界へと…
あの日だけは、鮮明に覚えている。
『一緒に遊ぼう!!』
そう言う親友の声。
『おう!何して遊ぶか?』
と、楽しそうに返す俺の声。
『今日はあれしたい!』
楽しそうに何かをしたがる親友。
『良いぜ!何したいんだ?』
それが何か気になって仕方がない、好奇心旺盛な俺の笑顔…
『あのね!それはね!』
それが映る、親友の俺に聞かれて嬉しそうに輝く瞳。
『ザザッ…』
すると突然、頭にノイズのような何かが響く。
視界がほの暗く、歪んでいく…
『…此処は?…何か暗い…?…此処って…洞窟?…』
ふと、目が覚めると、暗い暗い、本等でしか見た事の無い、洞窟のような光景。
すると、隣には親友の姿。
『何処だろう…確かに本の洞窟にそっくりだぁ…』
親友は突然の事に、いつも明るい筈の声が震えていた。
それが更に無理矢理隠していた俺の恐怖心に、意図もなく追い討ちをかける。
皆の悪戯だよきっと
そう言うつもりが…
『ギンッ!!…ブシャッ!』
目の前で光る残光と、飛び散る赤い液体に、遮られた。
『 !!』
親友の名前をきっと、あの時は呼んだのだ。
これが、親友の名前を呼ぶ、最後の日に成るなんて知らずに。
『嘘…嘘だ…そんな…馬鹿な…
!!目を覚ませ!!』
冷たく成り、消えかけの床に横たわる親友にそう叫ぶ内に又、あの残光と血の香り。
そこで意識は途絶えた。
それから、一度だけ親友にそっくりな吸血鬼を見かけた。
『もしかして…!』
久しぶりに明るくなる顔。
『ギィ!!』
何を言っているのか分からなかった。
そう、親友はもうどこにも居なかった。
低く唸るような鳴き声を鳴らすだけの、文字通りの怪物に成り果てていた。
そして、皆は殺される毎に生き返るが、その都度、記憶を無くす事を知った。
そして、姿は変わらないで生き返る事を知った。
冒険者は俺達を怪物としか見ない事を知った。
(俺らが何をしたって言うんだよ!…話を聞いてくれよ!…)
嘆く声さえ誰にも届かない。
分かっていても…声さえ枯れる程に一人で洞窟の奥で叫んだ。
皆は記憶が消えるのに…俺だけ記憶が残る…
だったらこんな記憶なんか…皆みたいに消えてくれれば…!!
何度も願おうとしても願えなかった。
親友の記憶と言う、一本の唯一無二の心を持って生きるための糸を手放せなかった。
ただただ辛かった。
ただただ苦しかった。
ただただ寂しかった。
ただ…ただ…親友が欲しかった。
ただ…ただ…ただ…親友を取り戻したかった。
でも…叶わなかった。
親友との思い出として、覚えているあの日。
あの日に親友が首に付けていた銀のネックレス。
それだけが頭から離れない。
何度も探しても見つからない。
生き返った親友の首を見ても見つからなかった。
もう、親友は何処にも居ないのだ。
俺はそれを認めるしか無かった。
俺は、親友を殺したあの日の奴を探した。
見つからなかった。
それでも探した。
何度も探した。
でも…見つからなかった。
行き場を無くした感情は、無関係な冒険者達へと向かった。
(『あんたの仲間が!俺の仲間を殺したから!俺は!俺は!!』)
何度も何度も、俺は、あの日の事を考え、怒りのままに冒険者を切り裂いた。
あの日の親友のように。
その血の香りに苦しめられているのは、自分なのに。
馬鹿げていると分かっているのに。
分かっていても、止められない。




