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「おはよ、ゆいくん!」
「……あ、おはよう、花奏さん」
ふにゃりと笑った由唯くん。私の1つ年下である高校1年の男の子で、とても可愛がっている後輩だ。
「今日、来れますか」
クリクリの目で覗き込まれたら、心臓を撃ち抜かれたような気になる。
「もちろん!」
そう答えると、彼はまた笑った。その笑顔にどれだけ癒されているか、彼は知らないだろう。
高校の後輩である由唯くんとは、同じ軽音楽部に所属していることで知り合った。
サラサラの髪、白い肌、華奢な身体に派手ではないけれど整った顔立ち。落ち着いているようで、時々見せる子どものようにはしゃぐ姿はとんでもなく可愛い。
軽音楽部に見学に来た彼にほとんど一目惚れ状態で話しかけた私。すぐに一緒にバンドを組もうと誘って、彼も戸惑いながらも了承してくれた。
「花奏さん」
由唯くんに名前を呼ばれると、きゅんとする。その細い指先から奏でられるキーボードの音色は繊細で軽やかだ。ピアノを弾く男の人って、どうしてあんなにカッコよく見えるんだろう?
「──花奏さんってば」
反応しない私の肩をポンとたたいて顔を覗き込む。慌てて物思いに耽っていた意識を目の前の由唯くんに集中させた。
「どうしたの?」
緩む頬なんて止められないまま、きっとだらしない顔を彼に向けていただろう。
「これ、どうぞ」
手のひらに乗せたそれを私に差し出してくれる。それは私の大好物であるいちごミルク。由唯くんに視線を向けて「どうしてこれを?」と疑問を投げかければ照れくさそうに彼は笑った。
「いつも飲んでるじゃないですか」
私が聞きたかったのはどうしてこれを私にくれるのか…というものだったのだけれど。由唯くんの優しさを、ありがたく受け取ることにする。
「ありがとう」
受け取ったいちごミルクは少しぬるかったけれど、そんなことはどうでも良くて、心はとても満たされていた。
「花奏さん、コーヒー飲めないんだっけ?」
「飲めるよ、砂糖と牛乳は必須だけどね」
「お子様だね」
そう言って君が笑った。開け放たれた窓から入ってきた柔らかい風が、私たちの間を通り抜けていく。
ああ、こんな気持ちが“幸せ”なんだろうな。
由唯くんの隣では、過ぎていく時間があまりにも穏やかだった。
「大好きだよ、由唯くん」
冗談とも本気とも取れない告白は、これで何度目だろうか。その度に由唯くんはこれまた冗談のような本気のような言い草で「僕もですよ」と儚く笑うのだ。
「ねえ、今度のライブ行く?」
「花奏さんが行くなら行きます」
「じゃあ約束ね!」
小指を差し出せば、きょとんとしてから――今度は優しく微笑んで、私の指に自分の小指を絡めた。
「やっぱり子どもだ」
あなたの笑う顔が好き。優しさの詰まった、まだあどけない表情は私のことなんて言えないくらい無邪気な子どものようで。これが恋だったのか親愛だったのかのかは分かりはしない。
「花奏さんはうちの大事なボーカルなんだから」
そんな口癖は大切にされているようで嬉しかった。
「僕のピアノを純粋に褒めてくれたの、花奏さんが初めてだったんだ」
幼いころからピアノを習い、コンクールに出場経験もある由唯くんは褒められる機会も多かったはずなのに。そんな意味深な言葉と表情はなんだか切なくもなる。
「―花奏さんの声は、きっとどこにいても見つけられるよ」
君の声。表情。しぐさ。そのどれもが好きだった。
ああ、やっぱり恋だったのかもしれない。私はいつだって、君に笑っていてほしかったのだから。
だけど
――そんな君は、もういない。




