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短編集「死の物語」

題材:コインロッカー

作者: 九十九疾風

 世界は真っ暗だ。

 それは比喩的な意味ではなく、そのままの意味だ。

 目を開けているのか、閉じているのかすらわからない。本当に何も見えない。

 私が今どこにいるのか。存在しているのか。それすらも曖昧になっている。

 見えない。何も見えないし聞こえない。


 私は何なのだろう......



・・・



 自分の意識が微かな状態でしか残っていないのを感じながら、私は真っ暗な場所で残り少ないであろう命が尽きるのを待っていた。

 他人事のような音だけが聞こえてくる。どこから聞こえてきているのかはわからないけど、それが今唯一私の意識が生きていることを証明していた。でも、最近はそれすらも少しずつ遠のいていっているように感じる。もしかしたら、私の存在が無くなるのも時間の問題もしれない。

 そう思った時、私はふとこれまでの時間で自分が得たもの、失ったものを考えた。少なくとも、私が気が付いた時にはこの真っ暗な場所にいたし、それ以前の記憶は一切ない。どれだけの時間ここにいたのかすらもわからない。正直、何もわからない。

 そこまで考えたとき、意識が深い場所に落ちていくような感覚に陥った。私はもう消えてしまうのだろうか。もしそうなら、私は所詮はこの程度だったということになる。

 でも、それも悪くはない......かな。


「......え?」


 意識が落ちていくのに委ねていた時、急に真っ暗な世界が消えて真っ白な世界になった。それが何でなのかわからなかったけど、ただ一つ、それは一瞬で私の世界を変えていったということだけわかった。



・・・



 私が目を覚ました場所は、ただただ眩しいだけの場所だった。自分を包み込んでいる心地よい何かを感じながら、私は自分があの後どうなったのかを考えていた。でも、どう考えを凝らしても結論に至れない。私は本当にどうなったのだろう。もしかしたらこれは私が見ている夢なのかもしれない。だとしたら、このまま永遠に時間が過ぎて行けばいいのに......


「おや?目が覚めたかい?」


 そんな幻想のようなものに浸ろうとしていた時、どこからか声が聞こえてきた。その声は初めて聞く声のはずなのに、なぜかどこかで聞いたことあった。


「あなた、自分がどこにいたのかわかる?あなた駅のコインロッカーの中に捨てられてたんだよ」


 こい......んろっかー?何を言っているんだろうこのおばあさん。それに、捨てられてたって......。


「まあ、無理もないかもね。さて、こんなところで長話もあれだろうし、場所を移しましょうか。自分で起き上がれる?」


 その問いかけに私はかすかな疑いを持ちながら、言われた通りに起き上がろうとした。でもうまく力が入らなくて、少し体を浮かせた瞬間にまた元居た位置に戻される。


「さすがに自分の力で起き上がるのはまだ無理か。まぁ無理しなくてもいいさ。そのまま少し話そう。あなた、自分が何者なのかわかる?できれば名前とか」

「......っぁ............」

「話すのも無理みたいだね。仕方ない......少し老人の独り話でも聞いてくださらんか」


 私はかすかに動かせる首を動かしてうなずいた。それを見た目の前のおばあさんは、満足そうに眼を閉じ、ぽつりぽつりと話し始めた


「私は、孤児だったんだよ」


 その言葉を聞いた時、私は「こじ」の意味が理解できなかった。でも、彼女の話を聞いていくうちにその意味が少しずつ理解できて来た。それと同時に、彼女が歩んできた人生の苦しさも。


「私の記憶の中に親と呼ばれているような存在はない。気づいたら檻の中にいたし、全く知らないおじさんに買われてた」

「......っ」


 私は思わず息をのんだ。優しい雰囲気で語っている彼女とは対極すぎる内容に、軽く拒絶反応のようなものが出始めていた。


「ただ、私は運が良かったのか知らないけど、そのおじさんに本当によくしてもらってた。二十年くらい前に死んじゃうまではね」


 そこで彼女は私のほうをそっと見て、そして——


「だから、あなたを駅のコインロッカーで見つけた時、あの時おじさんにしてもらったみたいに優しく育ててあげようって思ったの。でも、私の残り時間は少ないから、今一度目の贈り物を君にあげるね」


 私を軽く起こし、抱き寄せるようにしてそっと呟くように彼女は言った。


「あなたは幸せになりなさい。この世界はたくさんの幸せで満ち満ちてるから」


 初めて感じた感覚に戸惑ったが、私はその中で何かに包み込まれるように彼女に委ねた。その中はこれまで感じていた冷たさとは正反対のものがあった。


「ちゃんと聞いてくれてありがとね。邪魔じゃなければ、今日はここにいても良いかしら?」


 私は体を戻してもらうと、もう一度小さくうなずいた。彼女はそんな私を見て、嬉しそうにうなずくと、どこからか本を取り出して読み始めた。


「……ぉ…………ぁ…………」

「どうしたんだい?あ、おなかがすいたのかな?」


 私は首を少し横に振った。自分が思っていることを伝えるのって難しい。私の思っている応えにたどり着くまで、彼女は10回ほど考え直していた。


「あ、もしかして……言葉を話したいの?」

「……ぅ…………」

「そう。でも、まずは少しでも回復することが大事だからね。私のことは気にせず、眠っても大丈夫だよ。安心して。私はすぐにいなくなったりなんてしないから」


 そう言うと、彼女は私の頭をそっと撫でてくれた。その手はしわしわなのに、どうしてか優しく包み込まれているような感じだった。その中で私の意識はゆっくりと落ちていく。



・・・



「おはよう。調子はどんな感じだい?」


 目が覚めると、彼女が優しく笑いかけてくれた。どうやら、あれは夢ではなかったらしい。


「その様子だと少しは良くなったみたいだね。おかゆ作ってきたけど、食べてみるかい?」


 私はうなずいた。確かに、前よりは首が動かしやすくなっている。まだ体を起こすのは難しいだろうけど。


「多少は冷めてると思うけど、まだまだ熱いから私が少しずつ冷ますね」

「……ぅ…………」

「慌てなくても大丈夫。少しずつできることを増やしていきましょ」


 おかゆと呼ばれたものを差し出しながら、彼女は優しく笑う。これを第一歩とするかのように。


「もう大丈夫だと思うけど……無理に食べなくても大丈夫だからね。それじゃ、少し口を開けてくれる?」


 

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