序章
序章
眠りに落ちる瞬間の、
なんと心地のよいことだろう。
わたしはその心地よさに、自分の心を少し正直にする。
「お前と別れるのは、少し寂しいな」
眠りにつこうとするわたしを強く抱きしめてくれている男の声が、耳元で震える。
「何を言う。…すべて俺のせいだというのに」
男の目から落ちた涙が、わたしのほほを伝う。男の涙が熱いということを、わたしは初めて知った。
「大勢の人が死んでしまった。そしてあの娘はどうなる? 死罪は免れまい、すべて、」
聞き取れないほどに潤み、震え、軋む声は、けれどわたしの心に素直に溶け込む。
「すべて、俺のせいだ」
大火に包まれた江戸の町から、
せめてもの罪滅ぼしとして、
この男はわたしを背負って走り続けてくれた。
わたしの、この体を守るために。
「おまえにも酷いことを言ってしまった。俺におまえを責める資格などあるはずがないのに。――許してくれ」
くす、とわたしは笑った。
いつもそうだ。
人はいつも、許し、許されることを願う。
しかも、最後の最後、別れの間際になって。
わたしもそうだ。
取り返しのつかない時間の終点で、
取り返しのつかない罪と後悔を、
図々しいことだと知りながら、
許してもらえるようにと願う。
わたしは男の肌の温もりに酔い、
人の心の可笑しみを愛し、
男を許せたことに安堵し、
わたしが決して許されないことを悲しみ、
数百年の、眠りについた。