98 ギルドマスターはフェンリルの森で再会します
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!
100話まであと少し!
・・・で、遅刻しました、申し訳ございません(汗・汗・汗
「恐るべき刺客だった」
「だが俺たちは見事に斥けた」
「……そうだな……」
思わぬうっかりで柴さんのフォローを受けたカニやんは、目の前で、わざと見せつけるように変なポーズをとっている柴さんとムーさんの言葉に嫌々ながらも同意する。
あからさまに不本意って顔をして、視線も二人から逸らして……うん、まぁある意味、恐ろしい敵だったわ。
だってたぶん、去り際のあの串カツさんの挨拶、あれはきっと蝶々夫人の伝言じゃなくて串カツさんの即興だと思う。
普段からあんな感じの人、つまり……なんていうのかしら?
え~っと……
「おねぇ?」
「そう! それそれ!」
横から助太刀してくれるJBに、思わず声を弾ませちゃう。
でも柴さんやムーさんに言わせれば
「いや、普段はああじゃない」
「もっと怖いっていうか、割とまとも」
串カツさんもそこそこ地下闘技場の常連らしく、やっぱりそこそこ常連の柴さんやムーさんとも顔見知り。
前に聞いた話じゃ、パーティを組んでダンジョンに潜ることもあるらしいから、そこそこ親しいってことよね。
その二人が 「割とまとも」 っていうから、常にあの調子ではないってことか。
「あいつはさ、あのギャップがド変態」
「ああいうことを平気で出来ちゃうド変態」
うん、柴さんやムーさんもね。
こうやって話すと割とまともなくせに、すぐ筋肉自慢を始めたり変なことを言い出したり、頼んでも頭を使って考えてくれなかったり……そりゃ面倒臭いのはわかるわよ。
本心をいえばわたしだって面倒臭いんだから。
でもそこもゲームの一環だし、楽しまなくちゃね。
もちろん楽しみ方は人それぞれだし、せっかく同じギルドに所属したんだし、メンバーで役割分担があってもいい。
つまり、あれが 【特許庁】 での串カツさんのキャラってこと?
やっぱりあのギルドは濃すぎる……わたしには濃すぎてとても食べられそうにないわ。
考えただけで胸焼けがしてきた……。
「あれが串カツさんなんすね」
「JBは初めて?」
「んー……見たことはある、と思う。
前に不破さんと一緒にいたんじゃないすかね?」
同じ 【特許庁】 だし、不破さんと一緒にいたのならたぶん串カツさんで間違いないと思うんだけれど、あの派手さを一度見ただけじゃ覚えられないって……JBも脳筋気味ね。
それにしてもさっきから犬の遠吠えが近い。
しかもあちらこちらで吠えている感じで気味が悪い。
わたし、犬ってあまり好きじゃないのよね。
犬っていうか、動物がちょっと苦手。
その中でも犬が特に苦手なのは幼少期の経験が原因で、今も結構なトラウマになっている。
もちろんいい歳した大人だし、露骨に毛嫌いしたりはしない。
道端で散歩中の犬とすれ違っても、なるべく見ないように、怖がっているのを気づかれないように、頑張って頑張って平静を装って通り過ぎるようにしている。
吠えない小型犬ならいいの。
しかも飼い主がちゃんとリードを握っていてくれたらもっといい。
でも中型犬以上の犬が……ほら、よくフンフン臭いを嗅いできたりするじゃない。
もうね、あれが怖くて怖くて、心臓がバクバクして、冷や汗が止まらなくなって……ダメだ、考えるだけでも心臓がバクバクしてきた。
たまに……本当にたまにいるじゃない、大型犬を、リードも付けずに散歩させている飼い主。
「うちの犬は大人しいから大丈夫」
とかなんとか言っちゃって!
普通に公道を歩いていただけなのに、いきなりその大人しい犬にじゃれつかれたこっちは五針も縫う怪我を負わされて、頭を打って丸一日意識不明とか、CTスキャンとか、MRI検査とか、散々な目に遭ったんだから!
兄さんたちが助けてくれなきゃ、頭から丸かぶりされるかと思ったわ。
ああ、嫌なことを思い出す!
もちろん悪いのは飼い主で、それはわたしもわかってる。
モフモフは可愛いものっていう世間の常識も頭じゃ理解出来るし、学校や会社じゃみんなに合わせて 「かわいー」 って言えるようにもなった。
でも怖い
あの飼い主だけは一生許さないんだから!
八つ当たりよろしく、ガンガンガルムを溶かしていくわたしの様子を見て、後ろから来るベリンダが隣を歩くゆりこさんに耳打ちをする。
「なんかグレイさんの様子が……」
「大丈夫よ、何かあればクロウさんが止めてくれるでしょ」
……なによ、それ?
「グレイさんが犬嫌いなのはいいけど、どうして北なの?」
開いたウィンドウにMAPを表示し、進路を確認しつつクロエが訊いてくる。
やっぱり中央の空白が気になるって言うんだけれど、わたしもカニやんも、たぶんクロエの考えとは反対の意味でそこは気になる。
「どういうこと?」
「たぶん、たぶんだけどさ、そこは罠だと思う」
少し考えながら話すカニやん。
「なにもなけりゃいいけれど、下手すりゃフェンリル以外の何かがいるかも」
うん、それもフェンリル並みに強い何かが。
わたしたちの位置から北の山を目指すには、中央の西側をかすめるコースが一番近い。
そんなにクロエが気になるのなら近くを通りかかった時、遠目に確認してみるのもいい……って思ったんだけれど、うまく 【鷹の目】 に利用されちゃった。
最近ご無沙汰だったんだけれど、【特許庁】 と出くわしたから 【鷹の目】 にも用心しなきゃって思っていたのに、まんまとしてやられたわ。
「あれって……!」
どうして中央の広いスペースがこんなにも空白だったのか、その理由はすぐにわかった。
あの怪鳥がいたのよ、樹海に現われたあの怪鳥が。
MAP中央の空白は、怪鳥が自由自在に暴れられるよう、あらかじめ用意してあったスペースだったってわけ。
樹海で見た時は恐竜っぽいデザインだったけれど、今、わたしたちの前で大きく羽ばたいているのは……オウム?
赤とか黄色とか緑とか、いかにも 【特許庁】 が好みそうな原色の羽根で飾られた南国にでもいそうな巨鳥で、あの 【かまいたち】 を使ってくる。
これ、間違いなくあの樹海に出てきた怪鳥じゃない。
ちょっと運営、こんな子供だましで誤魔化されるとでも思ったわけ?
デザインを変えればなんとかなるとでも?
ならないわよ!
ガルムの遠吠えにすっかり気をとられて怪鳥の奇声に気づかなかったのも迂闊だったわ。
少し離れたところからでも銃撃が聞こえていたから交戦は予想していた。
だからわたしたちは遠目にこっそりと、それこそ木立の合間からこっそりと様子を伺うつもりだったの、セブン君たちが怪鳥と交戦しているのを。
ただ 【鷹の目】 は銃士中心のメンバー構成で、魔法使いや剣士は少ない。
あの鳥を地面に叩き落とせるだけの魔法使いはいないし、叩き落としてもすぐに両翼を落とせるほどの剣士もいない。
かといって怪鳥は、急下降や急上昇時は銃弾を弾くほどの超高速飛行。
わたしたちが通りかかった時、【鷹の目】 はかなりの苦戦を強いられている真っ最中だった。
もちろん目的のフェンリルじゃないからわたしたちは即座に退散するつもりだったのに、セブン君の銃弾がピンポイントでわたしを狙ってきた。
庇ってくれたクロウが撃たれた次の瞬間、とっさに反撃しそうになったわたしをクロウが止める。
もともと超高HP、超高VITのクロウだから、相手がセブン君でも一撃で落とされることはない。
すぐさまゆりこさんが回復してくれて、失ったHPもすぐに取り戻せた。
わたしもすぐに冷静に戻ったんだけれど、セブン君の策略にはまったのがの~りんとぽぽ。
一瞬くるくるも撃ち返しそうになったんだけれど、たまたまクロエが近くにいて、寸前で照準の前に手をかざして止める。
もちろん柴さんやムーさん、JBなんかも反撃体勢に入ってはいたんだけれど、そこは超高性能センサー内蔵剣士。
即座に制止に入るカニやんの声に反応し、剣を構えたまま待機状態に。
でもぽぽは撃ち返し、そのカバーのつもりでの~りんが怪鳥に向かって攻撃を仕掛けてしまった。
次の瞬間、怪鳥の目がギョロリとわたしたちを見る。
「……やられた」
「ごめん、わたしが……」
悔しげなカニやんの呟き。
わたしの言葉半ば、わたしたちがセブン君の術中にはまったことを示すアラートが出る。
alert 怪鳥ハーピー / 種族・幻獣
……ちょっとこれ、セブン君に続き、運営にもやられた感が満載。
だってこれ 【幻獣】 になってるんだけど……。
わたしたちをはめたセブン君たち 【鷹の目】 のメンバーたちは、おそらくセブン君が指示を出していたんだと思う。
の~りんとぽぽが仕掛けた次の瞬間には撤退態勢に入り、怪鳥が大きく羽ばたいて上空に舞い上がるタイミングで森の中に逃げ込んでしまった。
ほんと、ごめん!
今の、セブン君たちより先に撤退していればよかったんだ!!
「やってくれるじゃねぇか、あんのクソ野郎……」
かなり頭にきているらしいカニやんってば、また口が悪くなってきている。
クロエもぽぽを止め損ねて怒ってるみたい。
「久々に会ったと思ったら、ずいぶんなご挨拶だよね。
あのオカマ野郎」
うん、こっちも結構怒ってる。
そもそもここを覗き見したのはクロエの要求だったんだけどね、そこはもう忘れちゃってるんだ……。
もちろんわたしも、二度も撤退のタイミングを外しちゃってほんと、ごめん。
状況や意味がわからず目を白黒させているトール君には悪いけれど、今は説明してる場合じゃないの。
セブン君の策略で怪鳥の標的がわたしたちに変わっちゃったから、次に降下してきたら仕掛けられるわよ。
「このあいだの不具合、これの実験?
それとも実装を一週間間違えた?」
どっちだと思う? ……ってカニやん、それを今、訊かないで……。
でも一週間間違えたっていうより、実験だったような気がする。
樹海では急降下してきた怪鳥は、低空に留まるために体勢を整え、それから大きく羽ばたいて 【かまいたち】 を発動させていた。
けれど今回は急降下してきた怪鳥はそのままの勢いで地面すれすれまで来て、鋭く硬い爪で地面をえぐりながら滑空。
勢いが落ちたところで体勢を整えながら反転し、その位置に滞空しながら 【かまいたち】 を発動させる……いたたたたたた……もう……!
真下にいなければ爪で引っ掛けられることはないけれど、広範囲魔法の 【かまいたち】 からは逃れられない。
ゆりこさんの回復がなければ、ぽぽ、トール君、の~りん、ベリンダの四人は確実に落ちてるところよ。
マコト君でもギリギリよね。
でも、どうする?
一通りわたしたちのHPを削った怪鳥は大きく羽ばたき、奇声を上げながら上空へと舞い上がる。
あれを二度も三度も食らえば誰かが落ちる。
わたしはHPポーションの瓶を握り潰しながら考えるんだけれど……ん? んん?
「だからクロウ、自分を先に回復してよ!」
「すぐに終わる」
そりゃSTRの都合でわたしは瓶を一本ずつしか潰せないけれど、クロウは二、三本、軽くまとめて潰せるけど、でもだからってわたしじゃなくて自分から回復してよ!
わたしの抗議を受けながらもわたしの回復を終えたクロウは、自分の回復をしながら切り返してくる。
「方法は浮かんだのか?」
「今回はあれ、【幻獣】 なのよね……どうしよ?」
一度は倒したことのある相手のはずだったんだけれど 【幻獣】 じゃ話が違うのよ。
だって 【幻獣】 にはクロノスハンマーの類いはもちろん、神経系の魔法は効かない。
つまり攻略の方法自体は前回とほぼ同じでもいいけれど、使える術がないのよね。
じゃあ別の攻略方法を探る? ……時間はない、か……。
「あれ、滑空中は撃てるよ。
スタングレネードあたり、効かないかな?」
クロエの試しで、地面をえぐりながらの滑空中は銃撃が有効らしいのがわかった。
スタングレネードは 【魔弾の射手】 と呼ばれる銃士スキルにある弾種の一つで、与ダメは低いけれど、追加効果で対象をスタン状態にする。
スキルとしてのスタンは効かないけれど、追加効果はどうなの?
でもそれが有効なら……やれなくもないわね。
「ぽぽはまだ取得出来てないんだっけ?」
「ごめん、まだ」
「いいよ、ダメが通るから通常弾で援護を。
くるくるは僕と一緒にスタングレネードで」
「わかった」
「三人とも気をつけてね」
「来るぞ!」
カニやんの号令で全員に緊張が走る。
奇声を上げながら急降下してくる怪鳥に照準を合わせ、タイミングを待つ三人の銃士。
前にもいったけれど射撃センス皆無のわたしは銃士スキルには全く詳しくないんだけれど、後でクロエにきいたら、いくつかある 【魔弾の射手】 の弾種の中でもスタングレネードは射程がかなり短く、MP消費も決して低くない。
つまり遠距離攻撃が強みの銃士には使い勝手が悪く、しかも燃費も悪い。
効くかどうかはわからないけれど、照準を合わせて射程に捉えるタイミングを待つ。
「……効いてない」
クロエにしては珍しく苛立った声。
もちろんダメージは通っているけれど、スタン効果はないみたい。
だったらスタングレネードを使う意味がないと、すぐさまくるくるにも指示を出して通常弾に切り替える。
その方がダメージが大きいから。
そうね、ちょっとずつでも確実に削りましょ。
「起動……避雷針」
急降下の勢いが消えるタイミングで滑空を終え、反転しながらも低空に留まるため体勢を整える怪鳥。
そのタイミングを狙ってわたしも攻撃を仕掛けることにした。