97 ギルドマスターは森の中で新たな変態と遭遇します
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!
本日は遅刻ギリギリの投稿です(汗
「起動……業火」
現状、数の有利はガルムにある。
だったらなるべく早く数を減らさないとね。
通常エリアのガルムならファイアーボール程度でも倒せるけれど、案の定というかなんというか、この森のガルムは少し固い。
つまりその程度の火力では倒せない。
これが運営のいう 『このゲームのレベル』 ってことね。
でも業火のレベルには耐えられないから、可能な限り距離を置いて、何匹かをまとめて溶かしていく。
ただガルムの俊敏性はかなり高く、寸前に何匹かに逃げられ、そのまま襲ってくるのをクロウが大剣・砂鉄の錆にしてくれる。
ガルムの攻撃手段は主に噛みつきや切り裂き、つまり接近戦の物理攻撃。
だから数の不利を少しでも早く解消するため、離れた距離から、一撃でより多く片付けていくための範囲魔法。
わたしの範囲魔法の多さがこの場面で役に立ったけれど、もちろん単体魔法の取得を諦めるつもりはないけれどね。
しかもあまりの忙しさにMPの回復が追いつかない。
HPの回復は専門にしているゆりこさんがいるけれど、MPはポーションか常時発動スキルでしか回復出来ないから。
しかも 【水面の夢】 じゃ全然追いつかないし、かといって物理攻撃しかしてこないガルムが相手じゃ 【愚者の籠】 は全く役に立たない。
おかげでガルムの一群れを殲滅し終えた頃には、危うくMPが枯渇するところだった。
しかもちょっと息が、切れる……
「お疲れ。
すぐに移動したいけど、行ける?」
MPポーションの瓶を割って自分の回復をしつつ、カニやんが話しかけてくる。
そのすぐ脇ではの~りんも同じように回復中。
そんなわたしたちを囲むように、剣士たちが周囲を警戒している。
移動に備えてか、颯爽と木の枝から下りてきたクロエが、少しへばり気味のわたしのそばで割っている瓶もMPポーション。
クロウに頼まれ、わたしの回復中っていうね……。
わかってる、すぐにでも移動しなきゃね。
ガルムはすぐに群れる。
今も、銃声を聞きつけてこちらに集まってきているかもしれない。
それにそろそろ他のプレイヤーたちも鍵穴を見つけ、【謎の鍵】 を使ってこの 【フェンリルの森】 に入ってきているはず。
MAPは使えなくても、ガルムの動きを見てわたしたちの位置を割り出されるかもしれないし、銃声だって立派な位置情報になる。
「とりあえず北に向かうわ」
「北?」
クロエには不思議そうな顔をされたけれど、カニやんは理解してくれたかな?
そんな感じの顔をして、みんなに指示を出し始める。
ウィンドウに表示されるMAPは地理だけで、各プレイヤーの位置情報はわからない。
でも影が南側に伸びることはないし、たぶん高い木々のあいだからわずかに見えるあの高い山、あれがきっとMAPにある北側の山だと思うの。
わたしより背の高いみんなには、もっとはっきり見えてるんだろうけれど……
「あれを目指すつもり?
結構距離があるんじゃない?」
クロエはMAPの中央にある空白が怪しいんじゃないかっていうんだけれど……確かに、いかにもここが怪しいですってくらいの広い空白があるんだけど……う~ん……とにかくここから離れましょう。
小走りに移動し始めたわたしたちは、少人数のパーティと何回か遭遇。
今回のイベントはポイント制ではないとはいえPKが出来るし、ラスボスのフェンリルは早い者勝ちだから他のパーティはみんな競争相手。
多少の消耗は承知で、確実に落としていく。
向こうも結構必死だし、これが雪だるま式に増えていくと手に負えなくなる。
そうなる前に対処しておかないと。
実際、わたしたちの位置を割り出してわざわざ狙ってくるプレイヤーも少なくないみたいで……もちろん 【素敵なお茶会】 のパーティとわかっていたかどうかはわからないけれど、そんな中に気になる団体様がひと組。
「アールグレイ、覚悟!」
しません!
茂みから飛び出してきたのはローズ。
これは姿を見るまでもなく、うちのギルドなら誰でも知っている決まり文句だもの。
もちろんその大剣がわたしに届くことはなく、一番近くにいたJBに阻まれる。
「ギルマス、これは斬ってもいい人っすか?」
まさかJBは、それとわたしが仲良し小好しのお友達だとでも思ったわけ?
ひょっとしてJBは、仲のよいお友達にいきなり斬りつけるの?
それってどんな友情?
そもそも友情なの?
……いや、剣士同士ならそういう挨拶もありなのかしら?
ま、まぁいいわ。
必要ならそのあたりの検討はまた時間のある時にでもすることにして、それ、友達でもなんでもないから斬っちゃって。
スパッと斬っちゃって!
「うぃっす!」
加減無用ときいてJBの剣がローズを斬って落とした直後、そのすぐうしろから別のプレイヤーが駆け出してくる。
「おいロー……やべ!」
「逃がさないで!」
「逃がすな!」
ローズを追いかけてきたとおぼしき男性プレイヤーは、わたしたちの姿を見て即座に踵を返す。
名前は知らないプレイヤーだけれど、その顔には見覚えがある。
たぶんカニやんもそう。
ほぼ同時に上がる同じ指示に、即座に剣士たちが反応するけれど早かったのはクロエ。
銃声を響かせながら銃口が火を噴く。
直後、男性プレイヤーの背後に踏み込んだ恭平さんの剣が首を断つ。
「今の……【特許庁】 だよな?」
呟くようなカニやんはわたしを見る。
たぶん、何度か見た顔だと思う。
「ってことは、近くに 【特許庁】 がいる?」
神妙な顔をするカニやんの目は油断なく周囲を巡る。
その周りを囲む剣士たちも油断なく周囲に首を巡らせてる。
「ローズ一人なら彼女の独断もあるけれど、二人一組で動いていたってことは可能性大かな?
蝶々夫人の指示か、不破さんの指示か……」
少なくともノーキーさんの指示ではないと思う。
だってあの人の役目は切り込み隊長。
いわゆる特攻隊長よ。
こんな序盤から色々画策してメンバーに指示を出すことはない……と思う。
だからこのゲーム一の脳筋っていわれてるわけだし。
「面倒だな、【特許庁】 は」
「今回はノーキーもだが、不破も串カツも参加してるはずだし」
顔を見合わせる柴さんとムーさん。
なるほど、地下闘技場で会った時なんかにそのへんの情報収集をしてくれていたんだ。
もちろんわざわざ話題を振ってまで聞き出したわけじゃなく、話題になった時に話していたことを覚えていたって感じかな。
どっちでもいいけれど、向こうも、この二人や他の参加メンバーのことはだいたい把握していると思っていいわね。
つまり面倒ってこと。
「急ぎましょう。
こんな序盤で 【特許庁】 なんかとぶつかって、無駄に消耗したくないわ」
【特許庁】 はもちろんだけれど、ここ最近ご無沙汰の 【鷹の目】 もお断りね。
さっき以上に移動速度を上げたつもりだったんだけれど、面倒っていうのはいつだって向こうからやってくるもの。
こっちはちっとも望んでいないのに。
「誰か来る!」
最初に気づいたのはの~りん。
すぐさまその視線の先を狙ってクロエとくるくる、ぽぽが撃つ。
照準には捉えたけれど、生憎と全員が全弾を外したらしい。
こんな森の中じゃ無理もないわね、全然射線が通らないんだもの。
「すいません、速くて」
「来るよ!」
一度、茂みに身を隠したプレイヤーは、クロエが声を上げる直前に姿を現したかと思ったら大きく飛び上がり、一瞬でわたしの頭上に迫る。
え……っと、これはわたし狙い……よね?
でもまともに相手をするのは得策じゃない。
そこそこあるAGIを最大限有効活用して後退すると、代わりにそのプレイヤーとわたしのあいだに割って入るクロウが振り下ろされる剣を受ける。
「周囲を警戒して!」
剣戟をききながら他のメンバーに指示を出す。
このプレイヤーが誰かは知らないけれど、一人かどうかもわからないから。
でもその正体はすぐさまクロウが明かしてくれた。
「串カツ」
「ども」
刃を打ち合わせ、間近で睨み合ったまま呟くクロウに、男性プレイヤーは短く挨拶をする。
うん、間違いなく 【特許庁】 だわ。
だって凄い髪色に……なんでこう、このギルドの人は露出が高いわけ?
ローズや不破さんもそうだけれど、この串カツって人も上半身、ほとんどなにも着てないんだけど……ひぃ~……見たくない……。
蛍光緑のモヒカン頭とかも目がチカチカして……この人、どこを見ればいいの?
どこ? どこに目を向ければいいの?
「またグレイさんには刺激の強い人の登場だな」
目のやり場に困って杖を握りしめているわたしに、すっかり呆れているらしいカニやん。
クロウの大剣を力任せに打ち払った串カツさんの剣が、うっかり油断していたカニやんに振り下ろされるのを頑張って柴さんが受け止める。
もちろん剣でね。
素手で受けたりしたら腕がなくなっちゃうもの。
「くぉら、カニ!」
「悪い……焦ったぁ……」
剣戟を響かせながらも怒声を上げる柴さん。
これはカニやんが悪いわよね、怒られてなさい。
でも串カツさんも、うっかり背中なんか向けちゃったもんだからクロウも容赦しない。
すかさず斬り込もうとしたんだけれど、剣を引いた串カツさんが声を上げる。
「ちょい待った待った、斬らないで!」
そっちから斬りかかってきておいて、よくも言えるわね。
呆れるわ。
「そっちこそ、撃ってきたじゃないか」
「銃士なんだから、撃つに決まってるだろ」
銃口を串カツさんに向けたままのクロエが口を尖らす。
少しでも変な真似をしたら超近距離射撃ラピッドマスターで撃つつもりね、これは。
「俺はただ、鉄砲玉が戻ってこないんで様子を見て来いっていわれただけなんだが……この調子じゃ、もう落とされたか」
串カツさんは、周囲に彼女の姿がないことを見て苦笑を浮かべる。
ローズの決まり文句はインカムを通して 【特許庁】 のメンバーに聞こえていたはずだし、あれを聞けばわたしと遭遇したことは疑う余地もない。
彼女のお目付だった男性プレイヤーは言わずもがな。
本来なら彼がローズが落とされたことを報告しなきゃいけないところだけれど、うっかりわたしたちの前に出て来ちゃって、報告前に落とされちゃったっていうね。
で、仕方なく串カツさんが、蝶々夫人に言われて様子を見に来た、と……ご足労様。
そんでもって今の串カツさんの言葉は、やっぱりインカムを通して蝶々夫人たち 【特許庁】 の他のメンバーにも聞こえていて、こうやって話しているあいだにも指示が出ていたと思われる。
「えーっと、アールグレイさん?
蝶々夫人が話があるっていってるんだけれど、ちょっと聞いてもらえない?」
蝶々夫人ったらなによ、この状況で。
どんな話があるのかと怪訝な顔をするわたしたちの前で、串カツさんってばいきなり発声練習みたいな真似を始めるの。
それ、なにか意味があるの? ……ってちょっと呆気にとられたんだけれど、意味があったみたい。
「あーあー……んーんー……はぁ~いグレイちゃん」
……いきなりね、串カツさんてば蝶々夫人の口真似をして話し出したのよ!
口まねっていうか、声色を真似るっていうの?
ついでに身振りを付けて……つまり悩殺ポーズを決めて蝶々夫人の声色を真似るって……なに、これ?
これ、どんなプレイよ?
「このド変態が……」
串カツさんっていうプレイヤーは普段からこういうことをしているのかしら?
柴さんとかムーさんは驚かないんだけれど、代わりに心底嫌そうな顔をして罵る。
た、たぶん言っていることはインカムを通して、本当に蝶々夫人が言っていることなんだろうけれど、わざわざ彼女の真似をする必要があるわけ?
「悪いんだけど、今回だけ見逃してくれない?
お、ね、が、い」
蝶々夫人から伝言っていうのはこれだけだったんだけれど……なんかどっと疲れた。
疲れたっていうか力が抜けた。
凄い脱力感で思わず座り込んじゃったわたしは、みんなの意見も伺わずに即決しちゃったわ……。
「どこへなりとも消えちゃってください……」
もうね、さっさと消えちゃってくれない?
串カツさんったらすっかり蝶々夫人になりきっちゃって
「じゃ、お言葉に甘えて帰らせていただくわ。
あ、り、が、と」
いいからさっさと消えてーっ!!