94 ギルドマスターは過去の失敗を思い出します
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!
掲載を始めてもうすぐ三ヶ月を前に、100話も近くなって参りました。
ちょこちょことブクマやPVも増えまして、評価も上がりまして、本当にありがとうございます。
モニターを見て一人ニヘニヘしながら励まされております。
本当にありがとうございます。
どうぞ、今後ともよろしくお付き合いくださいませ。
2020/04/20 藤瀬京祥
クロウのインベントリには、今は使っていない刀剣が何本か入っている。
そのうちの一本が屍鬼だったわけだけど、他に風刃・雷刃の双刀とか、砂鉄の前に使っていた無銘の両手剣とか……わりとなんでも使ってるのよね。
ほんと器用だと思う。
屍鬼だって引っ掛からずに抜けるのに、たぶんわたしが気に入ってるから自分じゃ使わないんだと思う。
わたしはクロウが使っているところを見たいんだけど、今は言われるままインベントリに収めている。
もちろん機会は狙っていくつもりだけどね。
「っていうか、ほんとにクロウさんのインベントリのぞいてるんだ」
「悪い?」
だってクロウが見せてくれるんだもん……口を尖らせて言い返したら、カニやんには溜息を吐かれた。
狭いNPC武器屋はわたしたち一行が押し寄せると本当に狭くて、でも店主はNPCだから嫌な顔一つせずに笑顔でお出迎え。
周りにあれやこれやと言われながら色々試すトール君に、やっぱり笑顔で応じてくれる。
ただ振り回すには狭いんだけどね。
いっそそのへんの脳筋で試し切りなんてしてみたら?
ナゴヤドーム内は一般エリアだから斬れるし痛みも有るけれど、HPは減らないし部位欠損もしないから。
それこそ首を刎ねても大丈夫よ……なんてトール君に勧めてみたら、脳筋どもにドン引きされた。
だって狭いんだもん!
ドン引きついでに筋肉で跳ね返されて店を追い出され、仕方がないから今はの~りんと一緒に店の前で黄昏れている。
「あのさ、こんなこと訊くとあれなんだけど……」
「ココちゃんのこと?」
せっかくの~りんと二人きりだからと思って、でも凄く聞きづらいと思っていたら、案外の~りんから言い出した。
それもあの落ち込みようが嘘みたいなくらいあっさりと。
「このあいだ、久しぶりにメッセージを送ったら返事があったんだ」
「そっか………………え? あったの?!」
の~りんの話をちゃんと聞いているつもりだった私は、実は全く聞いていなくて、脳内での~りんの話を勝手に変換しちゃっていた。
数秒後に誤変換に気づいて、修正して、驚くわたしにの~りんは苦笑いを浮かべる。
待ちに待った返事のはずなのに、どうしてそんな顔してるの?
「だってさ、あれは返事っていうのとはちょっと違うでしょ。
カニやんと一緒にだったら 【シシリーの花園】 に入れてあげるけど? だって」
は? …………なに、それ?
えーっと、の~りん、ギルド、移りたいの?
そこまでココちゃんと一緒にいたいって気持ちはわからないでもないけれど……でもカニやんと一緒じゃないとって……なに、それ?
すっかり混乱しちゃったわたしに、の~りんも巻き込まれて混乱。
「ちょっと待って、俺、そんなこと一言も言ってないし。
今更ギルド、変わるつもりないっていうか 【シシリーの花園】 はないでしょ」
の~りんも、スザクがインスタンスダンジョンに変更された経緯と一緒に喧伝された、【シシリーの花園】 の醜聞は知っている。
いくらココちゃんと一緒にいたくても、あのギルドはちょっと……と苦笑い。
それはそうよね、うん。
しかもカニやんと一緒ならって、の~りんのことをどう思ってるわけ?
まるでおまけみたいな扱いじゃない、酷い!
なんてこというのよ、ココちゃん……がいってるわけ?
「信じたくないのもわかるけどね、俺もそうだし。
しかも……グレイさんは前に、カニやんがシシリーに会ったことがあるの、知ってる?」
話だけはね。
凄く高飛車な人なんでしょ?
わたしはまだ会ったことはないけれど……。
『会わない方がいいよ、あれは』
NPC武器屋の中からカニやんの声。
カニやんだって魔法使いなのに、どうして追い出されないのよ?
『それを俺に訊く?
この筋肉、無駄にウザいんだけど』
『羨ましいんだろう、カニ』
『俺の筋肉を見ろ』
……追い出されてよかったかも。
今のカニやんの目の前の情景が浮かぶような気がするのよ。
それを打ち払うように、の~りんに話の続きを促してみる。
「その返事がね、凄い上から目線で……読む?」
ウィンドウを開く準備をするの~りんは本当に見せてくれるつもりみたいなんだけど、カニやんの忠告に従うのなら、見ないほうが精神的にいいってことよね?
うん、ここは従っておく。
なんだか本能がそう言うのよ。
だからの~りんには話を続けてもらった。
「あれ、ココちゃんが自分で書いたかどうか怪しくて」
「つまりシシリーさんに頼まれて書いたってこと?」
「可能性はあるかなと思ってる」
そっか。
わたしの中で見えては隠れるココちゃん自身への疑念が、ここで尻尾を見せるのよ。
もちろんの~りんにはそんなこと言えないけどね。
それにしてもシシリーさんって、ずいぶんとカニやんにご執心ね。
「カニやんってさ、最近 【氷の魔法使い】 って呼ばれてるの、知ってる?」
「そうなの?
確かにカニやんって氷水系の魔法が得意だけど、重火力なのはもっと前からじゃない」
いくらシシリーさんが 【シシリーの花園】 を大きくしたいからって、そのために重火力魔法使いを集めたいのはわかるけれど、無所属のプレイヤーならともかく、所属しているプレイヤーのカニやんに、ずいぶんとご執心じゃない。
しかも一度、シシリーさん自身が直接勧誘して断られてるんでしょ?
『その理由、俺が教えようか?』
恭平さん?
確かにうちのギルドじゃ、恭平さんが一番シシリーさんに詳しいと思うけど……。
『俺も、前のギルメンに聞いた話なんだけど、シシリーは元々剣士をやっていたらしい。
で、シャチ銅でずっとタイムトライアルトップで記録を上げて……』
あ、あら? あらあら? ……ねぇその話、ひょっとしてわたしたち、知ってるかも……。
『知ってる?
じゃあそこは省くけど、その記録を阻止したのが 【素敵なお茶会】 のメンバーらしいんだよね』
うん、クロウね。
ちなみに未だその記録は抜かれていないし、クロウからは今日も罰ゲームよろしく、賞品のHPポーションがわたしのポストに届いてます。
『へぇクロウさんなんだ。
公式の掲示板で炎上したらしいけど、結局三大ギルド連名で消火されちゃって。
で、勝てないってわかってシシリーは転職したわけ』
ひょっとして、わざわざ魔法使いを選んだのって……?
『そそ、【素敵なお茶会】 の主催者が有名な魔法使いだったから。
カニやんに執着してるのは、もちろん強力な魔法使いが欲しいっていうのもあるんだろうけれど、その魔法使いの、忠実で火力のあるサブマスを引き抜いて自分の配下にして自慢したいってところかな?
カニやんほどの魔法使いを従わせられるほど偉い、とか、カニやんを従えられたからグレイさんに匹敵するぐらい強いんだとか、そんな感じで。
これはわざわざ言わなくてもわかってるだろうけれど、シシリーって凄く自己顕示欲が強いから』
なんだかそれって、カニやんてばまるでアクセサリーじゃない。
シシリーさんの、嘘っこの強さを誇示するためだけの装飾品。
『ずいぶん買い被られてるね、カニやんてば。
でも 【シシリーの花園】 に行けばお気楽なヒモ生活が出来るんじゃない?』
他人事だと思ってクロエってば、言わなくてもいいことをいうんだから。
で、カニやんに溜息を吐かれる……と。
『言っとくけどの~りん、【シシリーの花園】 に行きたいなら一人で行けよ。
俺は付き合わないからな』
それこそどんな理由があっても誰に頼まれてもごめんだって。
カニやんも直接シシリーさんと会って話したことがあるらしいんだけれど、よほど馬が合わなかったのね。
本当に凄く嫌そうな感じ。
そういえば恭平さんはココちゃんのことを知っているのかしら?
『行ってもろくなことにはならないと思うよ。
今このゲームじゃ剣士はクロウさん、ノギさん、ノーキーさんの三つ巴だし銃士はクロエとラッキーセブンの双肩。
でも魔法使いだけは圧倒的最強火力が一人いるだけ。
シシリーはそこに乗り込みたくて、自分だけがそこに乗り込めるって信じて疑わないっていうか、そうなるよう細工してるっていうか』
簡単にいえばシシリーさんは自分のギルドを強くして、【素敵なお茶会】 に勝ちたいってことね。
ちょっとした遊び感覚でしたシャチ銅のタイムトライアル。
まさかあのうっかりがこんなに長く根深く尾を引くなんて、誰に予想出来たのよ?
絶対出来るわけないわよね。
さすがのクロウも…………と思ったらクロウが店から出てきた。
うん? トール君の武器選び、終わったの?
「片手剣は片手剣すが、少し長めの物を生産職に作ってもらったらどうかって話になったっす」
クロウに代わって答えてくれたのはJB。
そのうしろから、NPC武器屋で売っている中では、そこそこ高価な片手剣を持ったトール君が出てくる。
もちろん高い分、性能もいい。
とりあえずはそれでしばらく様子を見て、りりか様と相談して素材集めなどを始めるらしい。
片手剣なら片刃もあるけれど……
「試してみたんですけど、うっかり刃の向きを把握するのを忘れるんで……」
なるほど、背側は斬れないもんね。
その把握は確かに重要だわ。
そうそう、りりか様に作ってもらうのもいいけれど、バザーに出る課金アイテムを見て回るのもいいわよ。
そのへんは、前にもいったけど、マメに訊いたらいいわ。
【素敵なお茶会】 じゃ一番詳しいから。
防具のこともあるしね。
「今回、武器の相談に乗ってもらってこれで解決って思ってました」
今、トール君が装備しているのは、やっぱりNPC武器屋で購入出来る、レベル制限のある鎧一式。
大斧は別で購入した物だったから、元々その鎧装備に付属する剣もあったらしいんだけれど、トール君には少し短いっていうか、物足りないっていうか……ちょっといい言葉表現が見つからない。
簡単にいえば合わないってことかしらね?
長さを考えるってことだから、早速シャチ銀にでも潜ってみる? ……ってみんなを誘うとしたら、マメが呼びかけてきた。
『公式に告知、出ましたぁ~!』
なんの?
『もちろん第四回イベントでぇ~す!』
あら、それは早速確認しなくちゃ……ってウキウキしたら、結構運営も頑張ってくれてるのね、変な方向に。
だって……
「この日付って、次の休みじゃなかったっけ?」
わたしの記憶が間違いでなければ次の日曜日。
まぁうちの運営は、わりと連休とか週末とか、なるべく多くのプレイヤーが参加出来るよう休みを選んで日程を組んでくるんだけれど、今回は開催日まで一週間もないとか、ちょっと別の意味で余裕がなくない?
せっかくトール君が武器を考えて、これから防具って予定を組んでいたのに、これじゃ全然間に合わない。
それこそ第三回イベントみたいなアットホームなファミリーイベントならともかく……いやいやいや、あれも最後はやられたっけ?
終了時にはほとんどのプレイヤーが、死亡状態になってそこら中に横たわるほどの大量虐殺をやってくれたのよね。
金銀銅の、眩しいくらいキラギラしい巨大シャチが大量に沸いて、そこら中でビッチビチのシャコーンってプレイヤーを食べ放題。
それこそ迂闊に歩けば死体を踏んじゃうくらいの地獄絵図を完成させたりして……。
なに考えてるの?
運営の考えなんて理解出来ないし、理解出来ないほうがユーザーとしては楽しめるんだろうけれど、次は上辺だけのタイトルや簡素なルール説明に騙されないようにしないとね。
用心して、トール君も武器だけでもイベントまでに用意しましょう。
ここはみんなにも一度、装備の確認をしてもらったほうがいいかしら?
「ずいぶん慎重に行くね」
「そりゃここしばらくの不具合を考えれば、そうなるんじゃない?」
皮肉げなカニやんにの~りんが続く。
インカムから聞こえるクロエの声もの~りんに同意見。
でもこのわたしの慎重さを上回ることをやってくれるのは、さすが運営。
もちろんそれは当日のお楽しみなんだけれど、とりあえず発表されたイベントの詳細を見てみましょうか。
「【フェンリルの森にようこそ】 ……なに、このファンシーなフレーズ?」
「これをファンシーとかいう?
さすがグレイさん」
無知なわたしに呆れるカニやんの話によると、フェンリルっていうのは北欧神話に出てくる怪物で、神々の黄昏でオーディンを食い殺すとされる北欧神話最強の魔獣一家(?)の一員らしい。
なに、その魔獣一家って?
ちょっとファミリー感があるんだけれど。
「フェンリルはそもそも邪神ロキの息子だから」
つまり他にもいるってことね、なるほど……って一応はカニやんの説明に納得したんだけど、落ち着いてよぉーく考えてみると何かおかしくない?
だってフェンリルは邪神の息子でしょ?
神様を食い殺す魔獣一家の一人って、全然可愛くないんじゃないのっ?
「だからさっきそう言ったじゃん。
灰色の狼だっけ?
そんな可愛いイメージじゃないよな」
いやいやいや、だって今回のイベントタイトルは 【フェンリルの森にようこそ】 って、凄くキャッチーさを前面に打ち出してるわよ。
それともまたこれでプレイヤーを騙し討ちにして、死屍累々の地獄絵図を描こうって目論見?
……なに考えてるのよ、運営ってば……。
「まぁ運営の考えることはわからんが、今週末でよかったわ。
俺、週明けから夜勤シフトに入るから一週間休みな」
つまり一週間後だったら参加出来なかったと、言いながらムーさんが見るのはクロウ。
最近は有無をいわさずメンバーを切るのはやめているけれど、いつ復活するかわからないから、念のため、ギルドメンバーリストのコメント欄にも予定を書き込んでおいてね。
今ここにいるメンバーは全員参加可能ってことだけれど、他のメンバーについては早急に確認しないとね……とか思っていたら、トール君がいつものように遠慮がちに言うの。
「ひょっとして、ですけど、こんなギリギリに告知してきたのって、告知し忘れていたってことはありませんか?」
…………十分にある!