93 ギルドマスターは長さに悩みます
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わたしをジャ○アン呼ばわりするカニやん、柴さん、ムーさんの話は、結局わたしはクロウの物で、クロウはわたしの物ってことで落ち着いた。
何か釈然としないんだけど……
「グレイさんは一方的にクロウさんを所有……いや占有したいから互いにっていうのが釈然としないだけでしょ。
もうそれって、十分ジャイ○ンだから。
立派にジャ○アンだから」
締めくくってくるカニやんに、柴さんとムーさんもウンウンとか頷いちゃって。
後で全員溶かす!
迫力に欠ける垂れ目で、それでも頑張って三人を睨んだら、片手に屍鬼を持ったクロウが、空いたもう一方の手を頭に乗せてくる。
「手伝ってやるから、少し大人しくしていろ」
してます……大人しくするから、人前でそれやめて……顔が熱くなってきた……。
「トール、抜いてみろ」
トール君に屍鬼を差し出しながら言ってるってことは、屍鬼を鞘から抜いてみろってことよね。
屍鬼は、刀に選ばれた勇者にしか抜けない宝刀とかじゃないから誰にでも抜けるんだけれど、ちょっとその長さに癖がある。
だから扱いにコツがあって、クロウから屍鬼を受け取ったトール君はそのコツを聞き出そうというのか、わたしを見る。
うん、屍鬼を抜くコツはね……うぐ……ちょっとクロウ、いきなりその大きな手で口を塞ぐのはやめて。
結構痛いし、息が……息が……苦し……ですけど……そりゃゲームだから本当に窒息することはないし、死ぬこともないんだけれど、でも苦しいからやめて……。
つまりコツとか教えちゃいけないってことよね?
わかった、言わないから放して。
「もう少しだけ大人しくしていろ」
だからわかったってば。
クロウ、しつこい!
仕方なく大人しく見ていると、困惑を隠せないながらも屍鬼を抜こうとするトール君。
たぶん一度わたしが抜くところを見ているから、その時のことを思い浮かべながら手探りって感じ。
柄や鞘を握る位置を真似て、一気に引き抜く……んだけれど、やっぱり引っ掛かるのよね。
だいたいみんな同じくらいの位置で。
「そこだよな、引っ掛かるの」
「俺もそのへんで引っ掛かる」
試したことがあるらしい柴さんとムーさん。
腕の長さとかじゃなくて、だいたいみんな同じくらいの場所で引っ掛かるから、やっぱりコツだと思う。
一度引っ掛かりながらもなんとか屍鬼を引き抜いたトール君は、クロウにいわれるまま近くにいた雑魚を切ろうと、両手に握って振り下ろす。
ちょ! Gはダメよ!
もちろんGっていうのは、日本全国……あれって北海道はいないんだっけ?
えっと、その、ほら日本で有名な夏の風物詩、あの茶色い生命力最悪の害虫よ。
あれを模したのがこのあたりには時々出るんだけれど、屍鬼でGは斬っちゃダメ。
……っていったのにGを狙ってるんだから、トール君ってば!
でもトール君は屍鬼の長さを把握出来ていないから、刃がGに触れるより先に刃先が地面に着いてしまい、そのままつっかえてしまう。
「え? あ!」
最初、どうして刀が止まったのかがわからなかったらしいトール君は、無理に振り切ろうとして刃先を地面にめり込ませる。
やめて、そのまま頑張ってGを斬るのは!
もちろん屍鬼はクロウの物。
わかってるんだけれどGだけは斬って欲しくなくてハラハラしながら見ていたら、クロウがトール君を止める。
「そこまでだ。
今度は鞘に収めてみろ」
言われるままに刀身を鞘に収めようとするトール君だけれど、やっぱり、今度は最初から入らない。
抜く時に引っ掛かったのとほぼ同じ位置で、今度も引っ掛かる。
これもだいたいみんな一緒。
柴さんやムーさんもそう言っている。
どうやっても収まらない刀身にトール君がムキになっていると、クロウの手が伸びてきて、トール君の手に手を添えるように刀身を鞘に収める。
そしてそのまま返してもらう。
「屍鬼は特別長く扱いも難しい。
だが長刀が気になるのなら、自分に合わせた長さで生産職に作ってもらうことも出来る」
「でも、慣れれば……」
何度も練習をして慣れれば扱えるようにもなるんじゃないかとトール君は言う。
わたしもそれに一理あると思うんだけれど、なぜかクロウがわたしに屍鬼を渡すの。
あ、くれるんだっけ? ……と思ったらちょっと気が早かったみたい。
「抜いてみろ」
あ、実践してみろってことね。
わたしったらとんだ早とちりを……恥ずかしい。
危うく自分のインベントリにしまい込むところだったわ。
うん、では行きます!
たぶんわたしも途中で止めたらみんなと同じところで引っ掛かると思うんだけれど、一気に引き抜くのがコツ……なんだけど、柴さんたちはそれが出来ないって言うの。
どうして?
「それなー不破も言うんだわ」
「でも絶対同じ位置で引っ掛かる」
わたしに言わせればどうして引っ掛かるのかがわからない。
一瞬で抜いてみせるわたしを、カニやんが褒めてくれる。
「やっぱり綺麗に抜くよな」
お気に入りを一番上手く扱えて、それを褒めてもらえるのは嬉しいものよね。
でもの~りんに言われた。
「魔法使いのくせに」
余計なお世話です。
さすがにクロウもわたしには何か斬れとは言わないから、そのまま大人しく鞘に収める。
これも引っ掛からずにやって見せたら、トール君は呆気にとられていた。
「グレイは初めて屍鬼を持たせてこれが出来た。
練習すればどうにかなるのは当然だろうが、それは物に合わせるということ。
だから物に使われる。
トールは自分に合った物を選ぶべきだ」
うん、そうだね。
大斧に振り回されていたトール君がまさにそれだと思う。
怒るわけでもないし、言い聞かせるような圧も掛けず、いつものようにサラリというクロウの言葉に集まるみんなが頷く。
やっぱり格好いい!
『良かったねクロウさん、グレイさんが惚れ直してるよ』
う、うるさいんですけど、クロエ!
あんた、どこにいるのよっ?
『僕? シャチ銅』
樹海であんなことがあったからしばらくは大人しくしていようってことで、ぽぽ、くるくると一緒に、今度は射線の通りにくいナゴヤジョーに挑戦してるんだって。
とりあえず無難に銅から挑戦中らしい。
そんなにしょっちゅう不具合を起こされても困るんだけどね。
「そういやノーキーも似たようなこと言ってたな」
不意に思い出したように柴さんが言い出すと、ムーさんも 「ああ」 って思い出した感じ。
「不破に屍鬼を譲った時な」
「そうそう。
自分より上手く扱える不破を見て、屍鬼は不破に相応しいって」
「でもそれを認めて譲るのが癪だから、惚れたなんて照れ隠ししやがって」
「あいつもなぁ~」
ノーキーさんらしいわよね。
それにそういう時に 「惚れた」 なんて言葉を使えるのが 【特許庁】。
気障!
わたしには死んでも言えない言葉を、ノーキーさんは平然と口にしちゃうのよね。
ほんと気障で派手で脳筋なんだから。
でもあの噂が半分は本当だったのには、ちょっとびっくり。
「いや、ほらあいつら、影でコソコソやる性分じゃないだろ」
「そういうのも人前で派手にやらかすんだよ」
なるほど、そこも 【特許庁】 なのね……呆れた。
こういうのを劇場型っていうんだっけ?
だからただの噂じゃなくて、しかもそれを人前で平然と応じる不破さんも、紛れもなく 【特許庁】 のメンバーってわけね。
不破さんだけは普通の人だと思ってたのに……。
つくづく不思議な集まりよね、【特許庁】 って。
「だからってあそこを真似るのはやめてくれよ。
前にも言ったけど」
わかってます。
カニやんに余計な釘を刺されたところでこの話は終わり。
改めてトール君に合った武器を探すってことでナゴヤドームに戻り、NPC武器屋に行こうってことになる。
このまま井戸端会議を続けるのもなんだし、あそこだと購入前に試着が出来るから、実際に手に取ってみることが出来る。
しかも店主はNPCだから、他のプレイヤーの邪魔さえしなければ気兼ねなくいくらでも試せるし、閉店時間とかも気にする必要もない。
生産職のお店だと、見本になる種類はプレイヤー次第だし、長居も出来ないしね。
もちろん全員で行く必要もないから遊びに行きたい人は行ってきたらいいんだけど、当然言い出しっぺのカニやんは話の最後まで付き合うつもりらしい。
本人が楽しく遊べていたらそれが一番と思って、装備のこととか、相談されれば乗るけれど、こちらからはうるさく言わないようにしていたんだけれど……気づかなくてごめんね、トール君。
カニやんも、気を遣わせてごめん。
他のメンバーにも声を掛けたんだけど
「いや、久々に面白うそうな話だから行く」
「他にも面白そうな話が聞けそうだしな」
「俺も行くっす」
うん、柴さん、ムーさん、JBの野次馬はともかく、の~りんなんて付いてきても仕方がないんじゃない?
「そうなんだけど、武器のことなんて考えたことなかったし、ちょっと選び方とか見たい気がしてきた」
結局野次馬根性なのね、いいけど。
でも武器屋さん狭いのに、これ、全員入れるの?
脳筋コンビの筋肉なんて結構かさばるんだけど……恭平さんはどうする?
「俺も、ちょっと考え直してみるいい機会かなと思うんで行きます」
それこそ自分に合った武器を改めて考えてみたいっていうことで、やっぱり一緒に来るってことに。
勤勉な恭平さんらしいって、ここまでは思ったんだけれど、移動の最中、一番後ろから来ながらぽつりと呟いていたの。
「最強火力ギルドって聞いていたからスパルタを想像してたのに……緩くないか?」
え? ダメっ?!
うちは自由がモットーでやってきたし、わたし個人としてはその厳つい言われかたは好きじゃないの。
この時は聞こえない振りをしていたんだけれど、やっぱりどうしても気になって後で聞いたら、これ、ハルさんと直通会話で話してたっていうね。
あら、そういえばわたし、屍鬼を持ったままだったわ。
「違和感なく抱えてたよな」
それこそ自分の物のようにと突っ込んでくるカニやんを睨んで黙らせ、クロウに返そうとしたんだけれどなぜか受け取ってくれない。
え? なんで?
「預けておく。
使うときは呼ぶから、持っていろ」