90 ギルドマスターは顛末に怯えます
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結局二度目の臨時メンテナンスの終了予定時間は午前零時。
つまりその日一日が潰れた。
しかもそれはあくまで予定で、実際には何度か延長を繰り返し、翌日になってマメにきけば、ログイン出来るようになったのは翌朝の四時だって。
四時って……マメ、そんな時間に起きてたの?
わたしなんて熟睡してたわ。
早く寝た分早く目が覚めて、六時起きで凄いって思ったくらいなのに……。
「アールグレイ、ログインしました」
『カニ、ログ……ごめん、被った』
あら、絶妙なタイミング。
わたしこそ被せてごめん。
information 運営 からメッセージが届いています
information 春雪 からメッセージが届いています
えーっと、とりあえず運営から先に確認かしら?
あの不具合の顛末よね、これって。
……………………予想はしてたの、うん、予想はね。
でも開いたウィンドウに表示された文字の羅列が予想以上に多くて読めない!
なに、この長文。
せっかくの休みなのに、こんな長文読みたくない。
『クロウさんいないみたいだし、代わりに読もうか?』
笑いを堪えたようなカニやんの声。
わたしとほぼ同時にログインしたから、たぶん同じようなタイミングでインフォメーションが出たと思う。
で、ざっと読み終えたところって感じ?
じゃ、要約してくれる?
全文をそのまま読まれたんじゃ意味ないし。
『そこまで端折るのかよ。
ま、いいけど。
予想通り巻き戻し。
あの一回目の臨時メンテナンス後まで巻き戻すから、アイテムなんかも全部戻ってきてるな。
死亡回数も戻ってると思う』
自分のインベントリを見てアイテムが戻ってきていることは確認出来たらしいけど、あの樹海では死んでいないので死亡回数についてはわからないって。
あとでぽぽに訊いても、樹海に入る前の死亡回数を覚えていないから巻き戻っているかわからないって笑っていた。
それこそ一〇回とか死亡していたらさすがにわかるだろうから、わからない程度で済んでいるのは良かったわ。
あの時は、本当に遅くなってごめんね、ぽぽ。
『ただ、問題はラストの罰則だな』
「なに、それ?」
あくまでも自分で読むつもりはありません、最後までちゃんと説明してね。
『はいはい。
でもこれって……』
『PKやった連中のアカウントを停止するんだってさ』
横からクロエが割り込んでくる。
もちろんクロエが説明してくれてもいいんだけれど、それってどういう意味?
もうちょっと詳しくよろしく。
『不具合は運営の不手際なのに、そこにつけ込んで好き勝手した連中を処罰するってこと』
……え? ちょっと待って!
だってそれって……
「わたしやクロウだってPKしちゃったわよ。
アカウント凍結って、無期限?」
ちょ、ちょっと、それなに?
どんな話よ?
なんか一瞬で背中に凄い汗が……脇の下とかも……汗染みヤバい……。
だって仕方がなかったのよ、向こうから仕掛けてきたんだから。
こちらから仕掛けたことは一度もなかったけれど、データだけでそんな判別が出来るとは思えないし……じゃあPKをしたプレイヤーは一律アカウント停止ってこと?
ちょっと理不尽じゃないっ?!
だってカウントがどうなってるのかわからないけど、判定次第ではあの怪鳥が落ちたときに潰されたプレイヤーとかもわたしのPKになってたりしない?
そんなの入れたらわたし、結構な人数をPKしちゃったわよ。
『そこまでの詳細は書いてないよ』
『対象アカウントは現在調査中ってあるから、停止時期とかは改めて公表するってことかな?
さすがにユーザー名までは発表しないとは思うけど』
ユーザー名の発表なんてどうでもいいわよ。
【素敵なお茶会】 がどの程度対象になるか、よ。
『ちょっと落ち着きなよ、グレイさん』
落ち着いてます。
『自分からPKしに乗り込んだプレイヤーはアウトで、PKはしたけど不可抗力だからセーフっていうのは、そもそもどこに線引きするの?
運営に線を引かせりゃ全員アウトだろう』
『わからないことに騒いでも仕方がないでしょ』
クロエってこういう時、凄くドライよね。
自分だって対象かもしれないのに。
『それは発表待ち。
もちろん停止されたら抗議するけどね。
その時はグレイさんたちも協力してよ。
運営に難癖付けるの、得意でしょ?』
そりゃそうよね、そもそもの原因が運営側にあるんだから。
もちろん協力はするけれど、難癖じゃありません!
いつも言ってるけれど、わたしがしているのは要望よ、要望。
これも何回も言ってるけれど、失礼なこと言わないでよね!
でも、確かにカニやんのいうとおり判定は運営任せだし、クロエの言うとおりわたしたちプレイヤーは待つしかないのよね。
うん、じゃあ待ちましょう!
……なぁ~んて潔く腹をくくれる性格だったら良かったけれど、そうじゃないのよね……特にこの二人が相手だと、情けなくて泣きたくなってくる。
いずれにせよ巻き戻しで結構な量のポーションが戻ってきたんだけど、これを消費するのが大変ね。
とりあえず支払いをって思ってハルさんから届いたメッセージを見たら
『現物返品可です』
うん? どういうこと?
これだけじゃわからないんだけど、これだけしか書いてないとか……ちょっとハルさん、これどういう意味? ……って思ったんだけどハルさんてば、一度ログアウトして今はいないんだって。
この短い文章でどう読み取れと?
『グレイさんって、長すぎたら長すぎたで文句いって読まないくせに、短けりゃ読むけど意味がわからないって文句付けるんだ。
もうそれ、どうしろってのさ?』
カニやんは解決方法を訊いてるの?
簡単じゃない。
クロウを連れてくるか、ハルさんを連れてくるかすればいいだけのことよ。
どっちにする?
『いや、別に解決しなくていいし』
わたしとしてはどちらも叶えて欲しかったんだけど?
『うっわ、我が儘が加速してる。
そういや昨日、結局どっちが最後にログアウトしたわけ?』
ん? なんの話?
『クロウさんと二人、残ってたの。
いつもクロウさん、グレイさんより先にログアウトしないだろ?
昨日もやっぱりグレイさんの後なわけ?」
そ……それをカニやんが知ってどうするの?
どうせただの興味半分でしょ?
訊いても 「あ、そ」 くらいで終わるんでしょ?
だから教えてあげない!!
あ~ダメだ、あのクロウの顔とか思い出したら顔が熱くなってくる!
『いや、もう返事してるようなもんだからいい、わかった』
どこまでもうちのサブマス、腹が立つ!!
再度ログインしたハルさんを捕まえてちゃんと説明を聞いてみれば、ポーションの購入自体をなかったことにして現品を返送してくれればいいっていうの。
でもそれじゃ商売にならないじゃない。
『こういう時に役立ってこその生産職ですからね』
ハルさんにいわれるまま、インベントリにある余剰なポーションを送付用ポストに移すんだけれど、これはいいんだか悪いんだか、なんだかしっくりこない気分。
「でも、ずいぶんと在庫を抱えることにならない?」
『心配はいりませんよ、すぐに捌けそうな感じですし』
「何かあてでもあるの?」
『あてっていうか……グレイさん?』
ん? なに?
なんだかハルさんの声が訝しむ。
気のせいじゃないわよね?
わたし、変なこと言ってる? って思わず振り返ったら誰もいないとか……クロウがいると思ってつい振り返っちゃったのよね、恥ずかしい……。
無意識って怖い。
しかもクロウがいたって、どうせ無反応だけど。
『イベントがそろそろ来そうですからね』
ハルさんに代わって応えてくれるのはトール君。
なぜかカニやんと一緒にシャチ銅に潜っているらしい。
どうして今更シャチ銅?
だってカニやんはもちろんだけれど、トール君もレベル20を越えてるから銀に入れるわよね?
『カニやんさんに誘われまして』
あら、そう、珍しいわね。
でもカニやんのことだから、あえて銅を選んで潜っているってことは何か考えがあるんだろうけれど、一緒に潜っているのがトール君っていうのがちょっと珍しいような。
まぁトール君が嫌でなければいいけれど。
『嫌って何、嫌って。
俺がトール君に嫌がらせするとでも思ってるわけ?』
……思ってない?
『その間は何?
尻上がりの疑問形は何?』
もうカニやんてば細かいんだから。
ちょっと口を尖らせたら、どこからか柴さんの声が呼びかけてくる。
『ところでギルマス、本人から伝言なんだが、もう少ししたら戻るから大人しく待っていろ、だとさ』
うん、本人って誰?
『もちろん旦那』
え? クロウ、ログインしてるの?
どこにいるの?
クロウってば自動表示システムを切っているから、ログイン情報はもちろんだけれど、位置情報も出ないのよね。
『だいぶん前から地下闘技場。
さっきからノギさんと対戦してて、絶好調に盛り上がってる』
ええっ、何それっ?!
それって凄いのよねっ?
わたしも見たい!
いまから地下闘技場に行ったら間に合う?
凄く興味をそそる柴さんの話に思わず前のめりに食いついちゃったら、柴さんには思い切り呆れられた。
『だから旦那から伝言だって、大人しく待っていろって』
……つまり観に来るなってことよね、クロウのケチ。
ここしばらくノギさんに借りばかり作っちゃったから、その返却といわれたら大人しく待ってるしかないじゃない。
どうしてそんなに借りが出来ちゃったのか知ってるわけだし。
『本格的にイベントが動き出す前に返してしまいたいんじゃないの?』
カニやんてば……そういえばトール君もそんなことをいってなかったっけ?
どうして二人ともイベントの開催が近いってわかるの?
ハルさんも、イベント開催が近いから在庫の捌けるあてがあるって目論んでるのよね?
そんな告知あったっけ?
『でもこのタイミングでアカウント停止措置とか、運営は参加者を減らしたいのか?』
『盛り上がりに欠けるよね』
『イベントの内容にもよるけれど、やっぱり参加者は多い方がいいと思うな』
『イベント実装と同時進行だと、運営も大変だと思うんですが……』
…………うん、わたしの疑問を無視して話を進めてる。
わかってて当たり前、で話が進んでるのはなぜ?
『その理由はね、わかってないグレイさんがおかしいからだよ。
まぁグレイさんだから大目に見るけど』
ねぇクロエ、どうしてそこで上目線なの?
そもそもそれ、なに目線なの?
もう上から来ても下から来ても、それこそ明後日の方向から来てもいいから教えて。
どうしてみんな、イベントが近いってわかるわけ?
『なんで忘れてるかな、例の 【謎の鍵】 のこと』
カニやんにはほとほと呆れられちゃったんだけれど……鍵っ?!
あったあった、確かにそんなのがあった。
っていうか、今もインベントリに入ってるのに、わたしってばなんで忘れちゃってるのよ?
そういえばこれ、次のイベントに関連するアイテムって、小さく告知が出てるってマメがいってたっけ?