9 ギルドマスターは猫になります
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「なんで猫にゃのよぉ~!」
黒猫でも白猫でもない灰色。
全身灰色の短い毛並みの猫は、真っ直ぐな尻尾がふにゃふにゃ動く。
なによ、これ?
どうなってるの?
なんでわたし、猫になっちゃってるのよ!
しかも噛んでないのに、ちゃんと喋ったのに 「にゃ」 って……なによ?
もちろん原因はわかってる。
サービス開始から約一ヶ月経って、【the edge of twilight online】 初の期間限定ダンジョン、化け猫屋敷が実装されたの。
1週間っていう期間限定だから終わったら消えちゃうダンジョンなんだけど、早速クロウと行ってみた。
面白そうじゃない。
入場条件は、その前にあるちょっとしたNPCイベントをクリアして、アイテム【小判】をもらう。
まだ正式サービス開始一ヶ月だし、初心者でも遊べるようにという運営の配慮かな?
そんなに難しいイベントでもなかったから、クロウと別々にクリア。
その【小判】でダンジョンを生成してみたら、中はまんま化け猫屋敷。
可愛くない大小様々な猫が一杯いて、それを退治しながら進むと最後にラスボスの化け猫が出てくる。
全体的にそんなに火力はないんだけど、油断すると肉球でモフられるっていう、猫好きには死亡フラグ必死の罠満載。
わたしはそんなに猫好きじゃないんだけど、好奇心で、後ろに回り込んで背中を撫でようとしたらビリッときたのにはちょっと驚いた。
敵を見ると毛を逆立てるんだけど、その状態の毛にスタン効果があるみたい。
多少なら魔法耐性があるからほんのちょっとHPを減らす程度で済んだんだけど、クロウには怒られちゃった。
好奇心は身を滅ぼすっていうもんね、気をつけます。
うん、だから気をつけてたのよ、ちゃんと。
それなのにボス部屋で……あ、ボスはちゃんと倒したわよ。
ラスボスは化け猫っていうより、豹とかライオンに近い感じの魔型大型獣。
火の玉をガンガン吐いてくるんだけど、火の玉の色で効果が違う。
青は水系、赤は火焔系、黄色はスタン系、紫は神経系っていう具合に。
こっちは魔法攻撃があまり通らなくて、ほとんどクロウの物理攻撃で削った感じ。
仕方ないから後ろで見てたんだけど、ボスが倒されて姿が消えたと思ったらビリッときた。
そこでクロウもわたしも意識が飛んで、クロウに起こされるまですっかり寝入ってたんだけど、起き上がったらなんか変な感じがするのよ。
クロウが凄く大きいの!
だってクロウ、屈んだ状態でわたしを上から見てるのよ。
どう考えたって比率がおかしいでしょ?
もう何がどうなってるのか、わからなすぎて頭が真っ白。
自分の手を見たら肉球だった時の衝撃がわかる?
全身毛むくじゃらだし、尻尾まであるし。
鏡が見たいっていったら、何を思ったのか、クロウは剣を抜くし。
どうするつもりなのかとオロオロしていたら、クロウの大剣・砂鉄の刀身にこの姿が映し出された。
「にゃに、これー!」
「猫だな」
思わず叫んじゃったわたしを、クロウってば首根っこ捕まえて持ち上げるの。
猫じゃないんだけどっ!
そのまま自分と目の高さを合わせてじーっと見てたと思ったら、そのまま抱えてダンジョンを出て、現在に至る……。
化け猫屋敷前は初日とあって凄い人混みになっていたんだけど、幸いにしてわたしに気づく人はいなかった……と思ったんだけど、クロウの背が高すぎるのよ。
ログインしていたギルドメンバーと参加しようと思っていたらしいクロエに発見されちゃった。
「猫だー!」
クロウに抱かれて大人しく丸まっていたんだけど、突然視界に入ってきたクロエが、両腕を上げて襲いかかってきたの。
ううん、たぶんクロエはそんなつもりじゃなかったと思うんだけど、わたしの目にはそう見えた。
でっかいクロエが上から覆い被さってくる感じ。
猫ってこんな風に見てるのね、知らなかったわ。
怖かった……
反射的に逃げようとしてクロウの腕を抜け出したんだけど、床は人の足、足、足……足が林立してる……。
しかもみんな足下なんて見ないから踏まれそうになって避けたら、そこでまた踏まれそうになる。
ひー!!
ちょっと、見てよ足下!
ちゃんと下見てってば、踏まないでーっ!!
みんな猫がいるなんて思わないから、雑踏の中でいくらフーフー、シャーシャー威嚇しても全く効果なし。
悲しいくらい効き目がなくて、しょぼ~んと下ろした尻尾を踏まれて飛び上がったら、クロウに救出されるって……泣きそう……。
しかも尻尾が痛い。
仕方なく半べそかいてクロウの腕の中で大人しくすることにしたんだけど、クロエがしつこくちょっかいを掛けてくる。
髭、髭触らないで!
痛いから引っ張らないでよー!
尻尾は気持ち悪いから触らないでー!
クロエってば、この猫がわたしってわかってて、わざとやってるっ?
我慢しきれなくてクロウの腕を抜け出したんだけど、床に下りるとまた尻尾を踏まれるかもしれない。
下が駄目なら上ってことで、クロウの腕をよじ登って肩から頭まで上ったんだけど、あ、あら? あらら? ちょっと???
足場が狭すぎて、しかも斜めだから髪の毛で滑っちゃって……
「お、落ち、るぅ~」
「あ、やっぱりグレイさんだ」
思わず喋っちゃったらバレちゃった。
っていうかその感じ、やっぱりわたしだとわかってたわね。
わかっててやってたんでしょ。
あとで覚えてなさいよ!
クロエったら間の抜けたニヤケ面で、必死のわたしを楽しそうに見てるんだから。
落ちないようにクロウの頭の上で短い手足踏ん張ってたら、伸びてきたクロウの手がお腹の下に入ってそのまま持ち上げられちゃった。
で、また腕の中に戻る。
う~ん、結局ここに落ち着くしかないか。
「ごめん、頭引っ掻いにゃった」
「大丈夫だ、痛くはない」
……だから噛んだわけじゃないのよ。
ほんのちょーっとだけ、クロウが笑ったように見えたのはわたしの気のせい?
「グレイさん、にゃーにゃー言ってて可愛いね」
「可愛くにゃいわよ!」
どうして噛んでないのにニャーニャーいってるのよ、わたしってば。
酷い人混みを避けて隅でごそごそやってたんだけど、クロエに見つかっちゃったのが運の尽き。
あっという間の他のギルドメンバーに囲まれちゃった。
何人引き連れてきたのよ、クロエ!
「これ、グレイさん?
可愛いー」
「撫でていい?」
「俺、猫アレルギーなんだけど」
「ゲームだし、大丈夫なんじゃない?
試しに触ってみたら?」
わたしでアレルギーを試さないで。
みんなクロウの腕の中をのぞき込んで、大人しく丸くなってたわたしを見て興味津々。
奇異の目にさらされるだけでも居たたまれないのに、みんな無遠慮に触ってくる。
「可愛いー」
「にゃんこだ」
みんな緩んだ顔して変なハートを飛ばしてくる。
盛大に飛ばしすぎて、メンバーが集まってるこの辺りだけ空気が違うくらい。
でも下手に抜け出したら、下は地獄、上は落下。
結局ここで大人しくしているしかないんだけど、クロウに申し訳なくてちろりと見上げると、いつもとは違う角度でクロウの顔が見える。
なんだか新鮮。
わたしとクロウじゃ身長差があるからいつも見上げてるんだけど、ほぼ真下から見上げることってないもんね。
うん、やっぱり格好いいよね。
ちょっとご機嫌になると、尻尾がふにゃふにゃ振れる。
なにかしら、これ?
猫になったことないからわからないんだけど、なんかふにゃふにゃ揺れてる。
さっき踏まれたところがまだ痛いんだけどね。
「おとなしくしていろ」
わたしがさっきからフーフー、シャーシャー言ってるからか、なだめるようにクロウの手が頭を撫でてくれる。
うん、完全にわたしのこと猫だと思ってるでしょ。
あんたもあとで覚えておきなさいよ!
しかも珍しくよく喋るし。
どんなにクロウが止めてくれても、ちょっかい出すのをやめてくれないクロエ。
本物の猫なら喜ぶかもしれないけれど、わたしは猫じゃないの。
またシャーッてやったら、クロウがクロエの手を押しのけてくれた。
「で、どうしてグレイさんはこうなったわけ?」
散々人で遊んで、ようやく本題に入るクロエ。
あんたもかなり性格が悪いわね。
「これ、あれじゃない?
今回の期間限定イベント」
ベリンダが化け猫屋敷を指さすと、みんな思い思いに同意する。
「化け猫だね。
グレイさんは可愛い猫さんだけど」
「さしずめ化け猫の呪いってところかな?」
「最後のビリッが怪しいね」
「怪しいじゃなくて、絶対それ」
ベリンダの確信を検証すべく、みんなで化け猫屋敷に潜ることにしたわたしたち。
メンバーはクロウとクロエ、他にベリンダとココちゃん、の~りん、トール君、くるくる、パパしゃんの九人。
カニやんもいたんだけど、野良パーティに参加しちゃったらしくて行けないってさ。
潜ってるのは化け猫屋敷っていうから、そのうち会うかもね。
パーティはわたしとクロウ、ココちゃん、トール君、ベリンダ。
もう一つがクロエ、の~りん、くるくる、パパしゃん。
カニやんが合流するならそっちのパーティねってことで、それぞれスタートした。
「そこ、特等席ね、グレイさん」
先頭を歩くクロウの腕の中で仕方なく丸まっていたら、ベリンダがからかってきた。
名前の通り女性キャラの彼女は、速さ勝負の短剣使い。
わたしの軽装備に似た装備で、腰の辺りでクロスさせるように二本の短剣を装備している。
ちょっと赤っぽい短髪で、結構言いたいことをズバズバ言ってくる。
「仕方ないでしょ、足が短くてみんなに追いつけないんだから」
そうなの、猫になったわたしはみんなの移動速度に追いつけない。
これはもうAGIなんて関係ないと思う。
圧倒的に足の長さが違うんだもの。
背を屈めてのぞき込んでくるベリンダを恨めしそうに見上げたら、クロウの手が間に入ってわたしの視界を妨げる。
猫になったわたしの頭を軽く握れちゃうくらい大きなクロウの手は、そのまま頭を抑えちゃう。
痛くはないんだけど、有無を言わせない強引さでそのまま抑え込まれちゃって、仕方がないから丸くなる。
「クロウさんって、グレイさん猫が可愛くて仕方がないって感じですね」
パーティの一番後ろを来るココちゃんまで。
自分のことのように嬉しそうだけど、そりゃココちゃんみたいな可愛い子なら、男はみんな守ってあげたくなっちゃうんだろうけど、わたしは化け物火力の魔法使いなのよ。
可愛いなんて言葉とは縁がないの。
本来ならね。
そのココちゃんと並んで歩くトール君は別のことを考えていた。
「パーティメンバーには入れるんですね、その状態でも」
言われてみれば、インカムもないのにギルドチャットが聞こえている。
試したらウィンドウも開けたんだけど、肉球じゃ操作はできなかった。
ウィンドウに触れることは出来るんだけど、感触もあるんだけど、指が短すぎて……あれよ、銀行のATMに服の袖が振れると誤作動するっていうあの感じ。
思ったところが押せない!
何かこつでもないかと頑張っていたら、いつの間にかウィンドウ一杯に肉球スタンプが……これ、どういうプレイ?
「た、たぶん猫になってるのは容姿だけだと思う」
気を取り直して試しに近くにいた化け猫にファイアーボールを投げつけてみせると、トール君は驚いてた。
肉球から火球が出たのはわたしもちょっと驚いたけど、確かに斬新な絵面よね。
同じ魔型のココちゃんも驚いてた。
ベリンダなんて面白がっちゃって、もう一回撃ってとか言い出してクロウに睨まれる。
このダンジョン化け猫屋敷って、あんまり魔法が効かないんだってば。
ちゃんと最初に説明したし、今も食らった化け猫が怒って……来た!
わたしが何気なく放ったファイアーボールを受けた化け猫が、こっちに向かってきちゃった。
「ココ、持ってろ」
後ろのココちゃんにわたしを放り投げたクロウは、そのまま背の大剣を抜刀。
振り下ろす勢いで襲いかかってくる化け猫を両断する。
一方のわたしはといえば、突然のことにココちゃんが受け損なって落下。
実はココちゃん、ちょーっと運動神経というか、反射神経が、ね。
わたしは一応人並みの運動神経があったから、尻餅どころか10点満点をもらえそうな華麗な着地をしてみせたんだけど、頭上でクロウがココちゃんを怒る声がする。
「落とすな」
「ご、ごめんなさい!
グレイさん、大丈夫?」
落とすなって……わたしは物じゃないんだけど……。
しかも女の子相手に怒らないでよ。
あんなに急じゃ、ココちゃんだってビックリするじゃない。
わたしを放り投げるなんて、誰も思わなかっただろうし。
わたしも思わなかったわよ、放り投げられるなんて……。
しかも、誰もわたしの華麗な着地を褒めてくれない。
でも落ち込んでる暇もなかったし、文句も言えなかった。
理由は、わたしがファイヤーボールをぶつけた化け猫に感化され、周囲にいたほかの化け猫たちまでこっちに向かってきたから。
自分の何倍もある化け猫に迫られて、その迫力にわたしは顔面蒼白。
慌ててココちゃんの腕に飛び込んだら、ベリンダの速攻が炸裂。
尻尾の毛が切れちゃったー!
毛むくじゃらだから顔色なんてわからないだろうけど、身がすくんじゃって、思わずココちゃんの服に爪を立ててしがみついちゃうくらい怖かったんだから。
ベリンダの短剣が×に切り裂いたと思ったら、クロウの大剣・砂鉄が縦真一文字に振り下ろされる。
やっぱり短剣と長剣は違うわね。
速さは圧倒的に短剣だけど、重さは断然長剣。
しかもクロウの砂鉄は両手剣だから、片手剣より刀身が長いらしい。
どうやら標的はわたしらしく、ココちゃんの隣にいたトール君が、魔のもっふもっふ攻撃に遭っていた。
楽しそー
いや、今のわたしがアレを食らったら踏み潰されちゃうんだけどね。
だって床に自分の短い足で立ってみたら、あいつら、すごいデッカいの。
ビックリするくらい大きな顔が上にあって……こわかった……。
「頑張れ、トール!」
「ベリンダ、助けてあげて」
わたしもファイアーボールで援護してるんだけど、このダンジョンの敵は魔法攻撃が効きにくいの。
もうこれ、何度も言ってるよね?
さっさとぶった斬ってよ。
わたしに文句を言われ、ココちゃんに懇願され、ベリンダは仕方なさそうにトール君を助けてあげた。
可愛い子のお願いにはみんな弱いのね。
あんたもあとで覚えておきなさいよ!
シャチ金に放り込んで、巨大シャチの餌食にしてくれる。
マメと一緒に食われてろー!!