89【番外】 サブマスの内緒話
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!
今回は小話です。
どうぞ、よろしくお付き合いくださいませ。
『あの、カニやんさん、ちょっといいですか?』
ん? トール? 珍しいな、グレイさんじゃないんだ。
いや、まだログインしてないからか。
「なに?」
『俺、ダメですか?』
何が?
悪い、話が唐突すぎて俺の頭じゃ理解出来ん。
すまんがもう少し詳しく話してくれ。
『その……俺、あまりギルドの役に立っていないような気がして。
このあいだもただの中継係でしたし……』
ああ、あの樹海の不具合の時な。
樹海のエリア境界でベリンダと通信係をやってもらったっけ。
でもあれは火力の問題だろう。
実際、ぽぽが何回落ちたと思ってるんだよ?
回収後も、あの怪鳥が暴れるたびにあいつは落ちてたんだ。
レベルや職的にHPもVITも高くないから仕方ないんだろうけど、それでもレベル25。
そのぽぽよりレベルの低いトールじゃ、VITを持っていても同じくらい落ちるのが目に見えている。
あの混乱状態に連れて行っても、正直足手まといにしかならない。
グレイさんはお人好しだが、そこで火力や判断を見誤る人じゃないし、トール自身もわかっていると思う。
だからこそ悩んでるんだろうけど、そもそもこいつの悩むところが俺は間違っていると思う。
『恭平さんも、剣士になったばっかなのに……』
「恭平は元々レベルが高いから火力はある」
ステータスを振り直しても、レベルまでリセットされるわけじゃない。
つまり返ってきたステータスポイントを振り直すだけで、そこそこの火力は得られる。
はじめからそこそこ火力があれば、新しいスキル探しもそれなりに楽だからな。
おまけに恭平は要領がいい。
ステータスの振り直しを決めてから色々下調べなんかもしてただろうし、JBや柴やんたちとも結構話している。
『それってつまり、俺も先にレベル上げしたほうがいいってことですか?』
「それも一つの方法だとは思うけど、俺はエピソードクエストは進めたほうがいいと思う。
たいしたクエストじゃなくても、結構な経験値がもらえるし通貨も稼げる」
レベル30台になれば、稼ぎたい時はそれなりに難易度の高いダンジョンに潜ればすぐに稼げる。
だが20台だとレベル制限で入れないダンジョンも結構あるし、装備を整えながらポーションなどの消耗品を購入せにゃならんから通貨もかなり必要だ。
うちのギルドは世話焼きが多いから、クエストやダンジョン攻略も積極的に手伝ってくれるからソロに比べて死亡率は低い。
つまり死亡制裁による経験値の減少も少ないから、レベル上げもしやすいほうだし、通貨もそれなりに稼げるはず。
なのにトールがこんなことを相談してきたのは、レベル20を越えて伸び悩んでいるところに、転職したばかりの恭平のほうが火力が高く、それを周りが認めてるってところだろうな。
ただ、レベル一桁から10まではそれなりに上がりやすいけれど、20を越えると必要な経験値がぐっと上がる。
つまりレベルが上がりにくくなるのは当然のことで、焦ることもないんだけどな。
「気持ちはわかるけど……そうだ、トール君、いま暇?」
『暇、ですけど?』
ちょっとした俺の思いつきに、正直者のトールは面食らった感じで答えてくる。
前から思っていたことを話してみたいってことで、トールを誘ってシャチ銅に潜ってみた。
銀でも良かったんだけど、確かめながら話したいと思ったから、安全な銅で。
「前にグレイさんと対戦したけど、感想は?」
悪いが、トールが斬るより早く手っ取り早く金魚どもを放水で溶かす。
グレイさんは火属性メインだけど、俺は氷水系メインなんで。
「完敗です。
あの人、剣士でもやれそうですよね」
俺も、やれそうな気もするけれどやってもらっちゃ困るんだよね。
「なんかこう……綺麗でした」
「綺麗? 何が?」
「グレイさんの動きです。
踊ってるみたいな感じで」
ああ、それな。
あの時俺も観覧席にいたけど、一緒にいたノギさんも言ってたっけ。
「武に通じれば舞いと為す」
いや、あの人、剣士じゃないし。
本業は魔法使いだしって突っ込み掛けたけど、さすがにやめたわ。
実際、俺の目にも踊っているように見えたからな。
ノギさんや不破が言うには、グレイさんは手足が長い。
ノギさんがいうには不破もそうらしいんだが、そもそもその特徴があって屍鬼を一瞬で抜けるらしい。
もちろん背が高いノギさんやノーキー、クロウさんなんかも楽勝だが、ノギさんがいうには、ああも綺麗には抜けない。
嘘か本当かは知らないけど、その綺麗さに惚れてノーキーさんは不破に屍鬼を譲ったって話。
マジ、嘘か本当かは知らないけど。
不破は綺麗な顔をして、サラッと冗談みたいな嘘を吐きそうな奴だから。
しかも屍鬼は片刃だ。
両刃の剣なら力任せに振り切ってもいいけど、片刃だと、次の攻撃に移るとき刃の向きを変える必要がある。
グレイさんは弧を描くように手首を返して刃の向きを変え、次の攻撃へとつなげる。
だから動きを止めず、勢いを殺さない。
だが速さがあっても刀身の長い屍鬼に振り回されない。
結果、その流れるような動作のつながりが踊っているように見えるんだと思う。
「見事なもんだよな。
あれを出し惜しみしやがって、クロウの野郎」
そんなこともいってたっけ、ノギさん。
余計なことまで思い出したわ。
「あの時グレイさんが使っていた剣……」
「屍鬼?」
「あれ、珍しいんですか?」
「珍しいっていうか、確かあれは二本しかないはず。
不破さんとクロウさんが持ってる」
「不破さんって、確か 【特許庁】 の綺麗な男の人ですよね?」
みんな、不破の呼び方をホストで統一しないか?
確かに綺麗な顔なんだが、あの笑い方とか、すっげぇ胡散臭いし。
グレイさんには、俺のせいで不破がホストにしか見えなくなったって文句いわれたけど、俺にもあいつはホストにしか見えてませんから心配すんな。
屍鬼については俺もこのあいだ初めて触ったけど、長すぎて鞘に収まらなかった。
身長差から考えて、俺のほうがグレイさんより腕も長いはずなんだけど無理だった。
「屍鬼の長さは慣れないと扱いにくいんじゃないか。
とまぁここまでは俺がガンガン溶かしてきたんだけど、銅シャチは任せてもいい?」
「はい」
俺の意図がわかっていないトールは、ボス部屋に入るといわれるまま一人で銅シャチを叩く。
レベル21だから銅シャチは簡単なんだよ、ただ叩けばいいから。
ただなぁ、やっぱり足下とかふらついてるし、自分で思ったところに振り下ろせてない。
これ、ステータスの問題なのか?
うちのギルドには大斧使いって他にいないからわからないんだが、どうよ、これ?
レベル上げてステータス振らないと使いこなせなくないか?
そもそも大斧使いってあんまり見ないんだけど、そういうことか?
「トール君、提案なんだけど、武器、変えてみない?」
なんか違うような気がするんだよな。