80 ギルドマスターは魔法使いに挑まれます
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クロウに無理矢理フードを被せられたわたしは、用心のために杖を握って地下闘技場へと続く階段を下りる。
またノギさんに不意打ちされたらたまらないもの。
今日はノーキーさんだっているかもしれないし。
このあいだは普通にしていたローブ姿のカニやんも、今回はフードを被って顔を隠している。
あの一件のあとで知ったことだけれど、地下闘技場はほとんど剣士ばかりが集う場所になっていて、魔法使いが訪れたりすれば、物珍しさから対戦の申し込みが殺到するらしい。
カニやんがノギさんと対戦したのは、ノギさんとの対戦でそこそこ健闘すれば多少なりとその煩わしさが減るんじゃないかって考えてのこと。
ノギさんが舐めてかかっていたとはいえ、予想以上に大健闘して引き分け。
二人仲良く棺桶に入る結果になった。
でも第二回イベントでノーキーさんに恨まれるほど削ったカニやんだもの。
ノギさんにノーキーさんほどの油断はないだろうけれど、舐めてなくてもそれなりにヤバかったと思うわ。
だから今は心配ないんだけれど……もちろんカニやんの火力を知らない新規のプレイヤーには絡まれる可能性は十分にあるんだけれど、それ以上に、このメンバーだと悪目立ちするからってフードを被って顔を隠していた。
「アールグレイです。
こっちはクロウ。
さっき話した……」
「恭平です」
地下闘技場入り口とは少し離れた場所で待ち合わせた恭平さんは、約束どおりの場所で待っていたけれど、なぜかハルさんも一緒に。
女性と見まごうほどの美人の横で、対照的なほど陰鬱な表情をして恭平さんは立っていた。
ぎこちなく、歯切れ悪くなりながらもわたしから挨拶をすると、恭平さんはひどく無愛想に返してくる。
今は余計なことは話したくない、そんな空気がヒシヒシと伝わってくる。
まぁ対戦が終わるまで余計なことは詮索しないって約束になってるから仕方ないか。
でもその約束はカニやんとクロエが勝手にしちゃったもので、わたしは今ひとつ釈然としていない。
そして全く納得していないのがクロウ。
もちろんクロウはなにも……それこそこの対戦に反対もしないし、阻止もしないんだけれど、絶対に怒ってる。
全くっていっていいほど表情にだって出てないんだけれど、でも最近よく喋ってくれるようになって、ちょっと無表情じゃなくなってきて嬉しかったのに……これでまた元に戻ったらどうしよう?
この地の底からこみ上げてくるようなクロウの怒り……これって拳骨一つじゃ許してもらえない?
なんだかそんな気がしてならないんだけど、どうしたらいいっ?!
そもそもどうしてクロウはこんなに怒ってるわけっ?
「それを俺に相談しないでくれる?
とりあえず負けたら許してくれない気もするけど」
「えっ?!」
「前にクロエが言ってただろ?
クロウさんがギルドで一番我が儘だって」
「そういうことなの?」
「そういうこと」
ちょっと待ってカニやん、それってひどくない?
そもそも恭平さんがわたしに対戦を挑んできた理由もわからないのに、わたしの意思を無視して決めちゃったくせに。
「それはクロエとの約束もあるし、終わればわかるでしょ」
クロエは対戦そのものに興味はないからっていつもどおり、最近はまっている樹海に行ってしまったんだけれど、結局話をこの形にまとめてしまった責任もあって、心配したカニやんはついてくることにしたらしい。
でもそのカニやんは、春雪さんが恭平さんと一緒にいるのを見て好い顔をしなかった。
ハルさんは恭平さんが心配なんだと思う。
ずっと恭平さんのそばにいて、わたしが様子を伺うようにちらりと見て目が合うと、綺麗な顔に少し困ったような笑みを浮かべる。
たぶんハルさんも、恭平さんの 「ケジメ」 とやらを知らないんだと思う。
それで心配してついて来たんじゃないかな。
当の恭平さんは本当に思い詰めたような顔をしていて、ハルさんでなくても心配になるくらい。
でもここではそんな素振りは全然見せないハルさんは、フードを被って不審人物になってしまったわたしとカニやんを見て理由を聞いてくる。
まぁ二人ともいつもは被ってないから疑問には思われるかもね。
「それならキョンも被ってたほうがいいよね」
理由を聞いたハルさんに恭平さんが大人しくフードを被せられ、かくしてわたしたちは明らかな不審人物ご一行様と化して地下闘技場へと向かった。
だってどう見たっておかしいでしょ?
フードで顔を隠した三人に職人風村人姿の美人。
その四人をクロウが率いるって……十分に悪目立ちしていると思う。
そもそも顔を隠しても、装備を見ればわたしたち三人が魔法使いだってことはすぐにわかるんだから。
「職がバレるのは問題じゃない。
個人を特定されることが問題なんだよ。
ま、お前は問題ないだろうがな、灰色の魔女」
地下闘技場に着いたわたしたちを真っ先に出迎えてくれたのはノギさん。
そのうしろには、先に来て事情を説明してくれた柴さん、ムーさんに、今回はJBもいる。
ハルさん同様、恭平さんを心配しているんだと思……ったのはわたしだけだったみたい。
「俺、魔法使い戦って見たことないんすよ」
「そういや、魔法使い対魔法使いっていうのは珍しいかもな」
「ここ、魔法使いは来ないから」
三人とも呑気なものね。
JBなんて好奇心丸出しなんだから。
いいたい放題の三人を横目に見て呆れているわたしに、ノギさんが無遠慮に手を伸ばしてくる。
このあいだのようなフェイントではなかったんだけれど、そのまま顎でもしゃくるのかと思ったら……ノーキーさんはそうするんだけれど、ノギさんは首を鷲掴みにしてきた。
しかもそのまま絞めてくるって……ちょっとー?!
「このほっそい首、縊らせろ」
ここはVRだし、ここは一般エリアだし……って思ってたんだけれど、苦しいかも……。
そうよね、HPが減らないってだけで痛みはあるんだもの。
首を絞められれば苦しくて当然。
喉をヒューヒューいわせながらもどうしていいかわからなくて……だってSTRでノギさんにかなうはずないし、仕方ないからヒューヒューいわせながら上目遣いにノギさんを睨んだら、すぐにクロウの手がノギさんの腕に掛かる。
「ノギ、放せ」
「油断するなよ、クロウ。
いつも狙われてるぜ、お前の魔女は」
「無用の心配だ」
ようやくのことで手を放してくれたんだけれど、ノギさんてば普通に放してくれたらいいのに乱暴で、突き飛ばすように手放すからクロウに体当たりしちゃったじゃない。
ごめん……
「大丈夫か?」
わたしをうしろから支えながらも気遣ってくれる、今日もクロウは格好いいです。
機嫌は悪いんだけどね。
というかノギさんのせいで余計に怒ってるような気がするんだけど……ちょっとノギさん、責任とってよ!
せっかくクロウが被せてくれたフードもすっかり脱げちゃって、もうね、無茶苦茶みんなに見られてる。
なぜか少し前から対戦が行われていない地下闘技場中の視線を集めてるんじゃないかってくらい、本当に無茶苦茶見られてる。
これってつまり、さっきノギさんがいっていた意味よね?
ノギさんとかクロウとか柴さん、ムーさん、カニやんとかがいるから誰も絡んでこないけれど、わたし一人じゃ怖くて来られない。
でもそれ以上にクロウの不機嫌が怖いんだけど……。
声を荒らげたり不機嫌な顔をしたりすることはないクロウの怒りって、本当に静かで深くて怖いんだから。
もちろん無責任にクロウの不機嫌を煽ってくれたノギさんは、責任どころか全くの知らん顔。
気づいてないんじゃないかって思えるくらいなんだけれど、本当に気づいてないの?
わたしのフードが脱げちゃって、もう被っている意味がないからとカニやんもフードをとれば、今度はカニやんに絡んで、冷たくあしらわれたら、今度はフードを被ったままの恭平さんにその標的を変える。
「で、こいつが今回の対戦者か。
なぁ 【素敵なお茶会】 に所属すれば魔女と対戦出来るのか?」
ちょっとノギさん、嫌なことをいわないでよ。
わたしたちに注目しているプレイヤーたちが、まるで 「思いもしなかった!」 みたいな顔をしてるじゃない。
そんな不純な目的で加入申請されても、当然受けません!
「お前は、このあいだの奴より、もうちょっと骨のあるところを見せてもらえるんだろうな?」
トップランカーの自負もあるノギさんにとって、トール君は名前すら覚える価値もない雑魚ってことよね、これ。
だって言いながらもわたしやカニやんをチラリと見てるんだもの。
オラオラ系のノーキーさんと違って、ノギさんは頭がいいぶん質が悪い。
これまで直接の関わりはなくても、恭平さんもレベル30を越えるプレイヤーだもの、ノギさんのことは知っているはず。
目深にフードを被ったままの恭平さんは、上目遣いにノギさんを睨んでいる。
「なにしろみんな楽しみにしてるんだぜ、魔女の本職対戦が見られるってきいて。
がっかりさせないでくれよ」
う~ん、そんなに期待されても……っていうか、これ、もう観戦待ちの待機状態ってこと?
しかもノギさんの言葉に煽られて待機状態のプレイヤーたちが歓声を上げる。
ほんと、質の悪い挑発。
…………お、お応え出来るかどうかはわからないけれど、最善を尽くします……ていう以外、他になんていえばいいのよ?
わたしは正真正銘の小心者なんだから、その質の悪い挑発でみんなを煽らないでよ!
一応対戦前にノギさんや柴さん、ムーさんが恭平さんに対戦方法をどうするかを聞いたんだけれど、恭平さんは 「通常対戦で」 だって。
もちろんわたしはそれでもかまわない。
このあいだトール君と対戦した時に使った 「ハンディキャップ戦」 だと、わたしが恭平さんのレベルに合わせることになるから、本職とはいえ使える魔法に制限が掛かる。
MP制限もかなり厳しくなる。
でも 「通常対戦」 だと、わたしとのレベル差で恭平さんが厳しくなるはず。
しかもこの対戦、わたしが勝ってもいいわけ?
もうね、流されるままにここまで来ちゃって辿り着くべき岸が遠すぎて見えなくなって、色々とわからなくて、悩みに悩んですっかり迷子になっちゃってるんだけれど、転送前にクロウが言ってくれた。
「お前は勝てばいい」
うん、そうね。
勝負は時の運だし、挑む以上は勝ちか負けしかないわけだし……あ! いやいやいやいや、棺桶にだけは絶対に入りたくない。
すっかり忘れてたけど、それだけは絶対に嫌!
こんな肝心要なことを忘れてたなんて、わたしってば本当にどうかしてる。
うん、絶対勝つ!
転送された対戦舞台、廃墟の中で、恭平さんと向かい合って立つわたしは、ノギさんが勝手に作ったルール 「恭平さん先攻」 を待つ。
別に守らなくてもいいんだけれど、あとでうるさく言われるのも嫌だったし、むしろうるさく言われるだけで済むならいいけど、変な借りが増えちゃう気がするのよね。
ノギさんとノーキーさんにはなるべく借りを作りたくないって思うのは、たぶんわたしだけじゃないはず。
だから杖を構えた恭平さんが詠唱を始めるのを待つ。
わたしと恭平さんの距離は十メートルないくらい。
たぶん恭平さんの術が届くギリギリの距離だと思う。
わたしと恭平さんのレベル差は歴然だけれど、この距離からステータスの差もだいたい予測出来る。
もちろん油断は出来ないけれど。
「起動…………」
うつむき加減にわたしを睨む恭平さんが、低く呪いを紡ぎ出す。
その足下に展開を始めるのは見覚えのある魔法陣。
でもそれって…………どういうこと?
また少し頭が混乱しそうになったんだけれど、こうやって色々と考えてグダグダになるのがわたしの悪い癖。
恭平さんには目的のある対戦だけれど、正直、わたしに目的はない。
無理クリに理由を作るとすれば、やっぱり 「棺桶には入りたくない!」 これ一択よね。
だから恭平さんには悪いけれど、その結果がどういう結末を招くかはわからないけれど、加減無しで挑ませてもらうわ。
というわけで集中集中!
「起動……」
詠唱とともにわたしの足下に展開されるのは、恭平さんの足下に、現在進行形で展開を続けている魔法陣と同じ。
違う点は、わたしのほうが遥かに速いってこと。
「焔獄」
決して魔法陣が簡略されているわけでもないし、わたしのほうが小さいわけでもない。
むしろわたしの魔法陣のほうが少し大きいくらい。
三つある焔蛇のスキルの一つ、焔獄は強大な術だしMPの消費量も半端ない。
そして詠唱に時間が掛かる。
でも、いくら強力な術であっても、魔法使いが後衛であったとしても、そんなに詠唱に時間が掛かってちゃ実戦で使えるはずがない。
だってクロウたち級の剣士が相手なら、とっくに首が飛んでるもの。
未だ詠唱……つまり魔法陣の展開が終わらない恭平さんの焔獄を追い抜き、わたしの焔獄が発動。
でも恭平さんの表情に焦燥はなく、むしろ余裕のようなものさえ感じる。
その余裕を肯定するかのように彼の前面に、一瞬にして展開する魔法陣が一つ。
わたしは初めて見る魔法陣だったけれど、なんとなく恭平さんの余裕を見てわかったような気がする。
案の定、その魔法陣はわたしが放った焔獄を一瞬にして斥ける。
やっぱりね。
詠唱無しに魔法陣が展開したことといい、間違いないと思う。
魔法を反射する常時発動スキル 【震える鏡】だ。