79 ギルドマスターは経験値を貯蓄します
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訂正のお知らせ
○○様(お名前の公表許可を得ていないため、伏せさせていただきます・汗)から表記の誤りをご指摘いただきまして、今話から下記表記の変更を行いたいと思います。
プレーヤー → プレイヤー
すでに投稿済みの分については順次変更を行います。
2020/04/06 藤瀬京祥
『人のクエストを利用して経験値貯めてるだけじゃないの?』
ん? なに、これ?
ログインの挨拶をしようと思ったわたしの耳に聞こえてきた、突然のハードな会話。
えーっと、この声はたぶん恭平さんよね?
『貯めるって、どういう意味よ?』
ちょっと喧嘩腰に言い返すこの声はベリンダね。
その脇でヒソヒソと 『やめましょうよ、ベリンダさん』 とかいって止めているのはトール君の声だと思う。
ウィンドウを開いてギルドメンバーリストを表示してみれば、三人以外にもかなりの人数のログイン情報が出ているけれど、ほかのメンバーは状況を静観してるって感じ?
それともわたしみたいに、ログインしたらすでにこの状態だったってこと?
よくわからないんだけれど、とにかく静か。
いくら鈍いわたしでもこれが不穏な状況だってことぐらいはわかるから、ログイン情報などの自動表示を切っているのを利用して、このまま沈黙を守り会話に耳を傾ける。
『あの人、カンストしてるんだろ?
レベルキャップ開放と同時にレベル上げて、一番乗りヒャッホーとかやりたいんじゃないの?』
『はぁ~?
わけわかんないんだけど?』
んーっと、わたしもベリンダに同意見なんだけど、恭平さんがいう 『レベルカンスト』 してる 『あの人』 っていうのはこの場合、わたしかクロウかクロエってことよね?
ほかにカンストしているのはノーキーさん、蝶々夫人、ノギさんくらい。
でもこの三人の話題でベリンダがムキになる理由って何?
同じギルドのわたしたち三人の誰かって考えたほうが、なんとなくわかる気もする。
『今のうちにギリギリまで経験値貯めてるんじゃないかってこと』
『だからそれ、どういう意味かわかんないんだけど?』
わたしには恭平さんが言わんとしていることが理解出来るんだけれど、本当にわからないらしいベリンダは少し苛立たしげ。
詰め寄るような強い口調で言い返すのを、ここまで黙っていたクロエが割り込む。
『ベリンダ、説明してあげるからちょっと黙ってて。
そういえばベリンダの今のレベルは?』
『23だけど……』
『レベルが23に上がった時、経験値は一度リセットされて0に戻る。
で、そこからまた経験値を貯めて、規定数に達したら24になる。
これが普通だけど、僕らはレベルキャップの48。
恭平君は、僕らが48に上がった時に一度リセットされた経験値を、49になる直前までレベルキャップ開放前に貯めようとしてるんじゃないかって疑ってるんだよ。
例えばレベル49に上がるために必要な経験値が10000だったら、9999まで経験値を事前に貯めて、開放と同時にシャチ銅にでも潜れば一回でレベル49だからね』
『はぁ~?
そんなことのために人のクエストなんて利用しないでしょ、グレイさんは!』
やっぱりわたしかぁ~……たった今、確定いたしました。
思わず溜息を吐きそうになったのを慌てて口を押さえて止める。
ログインしていることや盗み聞きしていることがバレちゃう……と思って見ればいつの間にかクロウもログインしていて、呆れた顔でわたしを見ているから、わたしは閉じた唇に一本指を立てる。
内緒……ってね。
『それをいえば俺もトール君やぽぽのクエストを利用したことになるんだけど、なんでグレイさんが標的なわけ?』
カニやんが言うのは、このあいだ、トール君とぽぽのエピソードクエストでフチョウに行ったことだと思う。
ただカニやんは、ベリンダと違って怒っているわけではなさそう。
どちらかといえば呆れてるって感じかな?
『あのさ恭平、お前、おかしいだろ?
なんか隠してないか?』
ちょっとちょっとカニやん待って。
それを今聞き出そうとするのは公開処刑になっちゃうからダメ。
ほんと、ビックリするくらいストレートに訊いちゃうんだから。
『恭平君が何を隠してるかなんて興味ないけど、これだけははっきり言っておく。
レベルキャップ48は48で、経験値は0のままカウンターは動かない。
上限が開放されない限り、僕らはどれだけダンジョンをクリアしても経験値は貯まらないし、死亡制裁もない』
『え? 死亡制裁もなし?』
ムーさんはちょっと意外そうだったんだけど、あるわけないでしょ。
経験値0を三分の一減少させようと、三分の二減少させようと、0は0なんだから。
わたしたちの経験値カウンターが動き出すのは、レベルキャップが開放されてから。
それがいつになるかはわからないから、今は上限開放に備えてスキルを上げたり攻略方法を練っている……つもりなんだけど、クロウやクロエと違ってわたしは火力ばっかり上がっているような気がする。
ま、まぁ魔法使いは火力任せのごり押し職だし?
これで合ってる……のかな?
『ないよ。
僕らはどんなに他の人を手伝ったって経験値はもらえない。
だから他人のクエストを利用して経験値稼ぎなんて、セコい真似はしないよ。
ねぇグレイさん、クロウさん』
いやだ、クロエってば気づいてたんだ。
思わずわたしが口を押さえたのは、驚きのあまり口から心臓が飛び出しそうになったから……ってわけでもないんだけれど、でもそのぐらい驚いて変な声を出しそうになったから。
『さっきさ、ちょっとだけクロウさんの溜息が聞こえたんだけど、気づかなかった?
たぶん今も一緒にいるんでしょ?』
もう、クロウってば!
黙っててっていったのに溜息なんか吐かないでよ。
だいたいクロエも、ちょっと聞こえた程度の溜息でクロウだってわかるなんて、どんだけクロウが好きなの?
マニアの域に入ってない?
『どうせグレイさんのことだから、変なタイミングでログインして挨拶し損ねたんでしょ』
大正解です。
でも…………せっかく恭平さんがギルドに入る気になってくれたのに、これはもうダメかな?
せめて恭平さんが、わたしの何に引っ掛かりを覚えているのかだけでもわかればいいんだけれど、どうせ訊いても答えてくれないと思う。
そろそろお試し期間の一週間も終わるし、いっそこの場で終了する?
クロウを見上げつつほかのサブマス二人に相談を持ちかけようとした矢先、少し思い詰めたような声で、珍しく恭平さんから呼びかけてきた。
『アールグレイさん、お願いがあります』
えーっと、これはきいても大丈夫なやつ?
こんな、みんなが聞いている状態で話しても大丈夫な内容なの?
あまりに恭平さんの様子がおかしいから、わたしまで身構えてしまう。
どうするべきかを相談しようと改めてクロウを見上げるわたしの耳に、春雪さんが直通会話で呼びかけてくる。
『キョンの話、聞いてやってもらえませんか?』
特に声を潜めるわけでもなければ、思い詰めた様子もないハルさんの声。
でも、きっと凄く恭平さんのことを心配しているんだと思う。
あえて平静を装うことにその気持ちが汲み取れるような気がする。
「……必ずしも恭平さんのご希望に添えられるとは限らない。
それでもよければ、まず、話を聞くわ」
わたしは慎重に言葉を選び、自分を落ち着けるように少しゆっくりと答える。
その耳にカニやんまでが直通会話で呼びかけてくる。
『ハルがなにか言ってきただろう?
無理なことだったら断れよ』
さすがカニやん、お見通しね。
でも恭平さんがなにを言おうとしているのかまではわからない。
ハルさんは知っているかもしれないけれど、でも、直通会話でわざわざハルさんに聞く必要はない。
今、恭平さんが自分で言おうとしてるんだから。
『俺と戦ってください』
静まりかえったインカムから大きく息を吸う音がして、恭平さんはそう告げた。
どうしてわたしが恭平さんと?
戦うってことは地下闘技場で対人戦ってこと?
えっと……それはわたしの一存では決められない……っていうか、だってあそこは……いやいやいや、そもそもどうしてわたしが恭平さんと戦わなきゃならないわけっ?
宇宙の果てから投げつけられた槍に刺されるような唐突さに、わたしの頭はついていけない。
無意識のうちに助けを求めてクロウを見たら、クロウの大きな手が頭に乗せられた。
う~…………場違いというか、わたしの勘違いというか、ちょっとあれなんだけれど、う……嬉しいかも。
とんでもない勘違い女とかクロウに思われそうで恥ずかしいんだけれど、顔が火照ってきた。
これ、ヤバい……。
「理由を訊きたい」
わたしに代わって口を開くクロウに、インカム内でメンバーが少しざわつく。
そうよね、ここでクロウが出てくるなんて誰も思わなかったと思う。
わたしも思わなかったもの。
でもきっと一番意外に思ったのは恭平さん。
『……すいません、誰でしょう?』
クロウの声を知らなかったっていうね。
よくよく考えてみたら、わたしが一度も恭平さんと直接会ったことがないってことは、恭平さんもクロウと直接会ったことがないってことだもんね。
だったら余計に声だけでなんてわかるはずもないか。
「クロウだ」
『確かサブマスで剣士をしている人ですよね』
「グレイの二つ名を知っていて対戦を挑んでいるのか?」
『灰色の魔女ですよね、知ってます』
「そう呼ばれる理由も?」
『スキル 【灰燼】 、発動を見た人はほとんどいない眉唾物らしいですが……』
結構失礼なんだから。
クロウも、わたしがそう呼ばれることを嫌っているって知っていて、わざわざその話題を持ち出す理由は何?
いま必要なの?
「それを知っていてグレイに挑むお前の目的は?」
『それは……』
なんだろう、この恭平さんの感じ。
こう…………追い詰めちゃいけないような感じがする。
でも会話の主導権はクロウが握ってて返してくれなさそう。
ずいぶんと思い悩むような恭平さんの沈黙は結構長く続いた。
『……俺なりのケジメをつけたいんです』
「それはお前の都合であってグレイには関係ないと思うが?」
『それはそうですが……』
「地下闘技場に行ったことは?」
『あります』
不意にクロウの質問が変わり、恭平さんも不審に思う。
けれどクロウの中ではちゃんとつながりがあった。
「あそこでは特定の相手だけとの対戦はほぼ不可能。
それを実行するためには厄介な根回しが必要だが、お前にはそれが出来るのか?」
『キャンセルしまくって、なんとか……』
「話にならないな。
グレイにメリットのないことに付き合わせるつもりはない」
つまり、クロウはわたしを地下闘技場に行かせるつもりはないってことよね。
それでもどうしても対戦したいのなら、理由をちゃんと話せ、と……。
根回しのためにクロウはまたノギさんたちに借りを作っちゃうことにもなるから、そりゃ恭平さんの自己都合だけじゃ納得は出来ないわよね。
でもそんなに話のわからない人間じゃないから、相応に納得の出来る理由なら、多少のことは我慢してくれると思うの。
地下闘技場の貸し切りには、わたしもノギさんなりノーキーさんなり、頭を下げるつもりだし。
ただ恭平さんのいう 『俺なりのケジメ』 っていうのがなんなのか?
それにわたしがどう関係あるの?
そもそも恭平さんって魔法使いよね?
わたしと戦っても仕方がないってわかってる?
『クロウさんごめん、ちょっと俺にこの話、預けてもらえる?』
不意に割り込んでくるカニやんの声に、クロウは少しうるさそうに表情をしかめる。
けれどその沈黙を肯定と捉え、カニやんは話を続ける。
『俺もほかのメンバーたちも、なにも恭平を公開処刑しようってわけじゃないんだ。
でもお前の様子がおかしいのはみんな知ってる。
お前が訳ありだってことも、だいたいみんな知ってると思う。
だからお前の、グレイさんに対する態度さえ改まれば、ほかの連中は根掘り葉掘りしないこと。
だが恭平の自己都合に付き合わされるグレイさんとクロウさんにだけは、そのケジメっていうのがなんなのかをちゃんと話す。
但しグレイさんとの対戦が終わってから。
もちろん勝っても負けても……あ、いや、ま、グレイさんが負けることはないんだけど……恭平さ、負ける覚悟はあるんだよな?』
うん? ねぇカニやん、それって確認が必要なの?
勝負は時の運でもあるからわたしが負ける可能性も十分にあるんだけれど、ただ地下闘技場で負けると棺桶に入れられちゃうから負けたくはない。
だから、例えここでハルさんが負けて欲しいって頼んできても断るけどね。
話の最後に来て恭平さんを気遣うカニやんに、なぜか苛立ったクロエが早口で割り込んでくる。
『無敗の魔女相手にその覚悟がないなんて言わせないよ。
ないんだったら今のうちに挑戦を撤回してくれる?』
『しない!』
『じゃあいいよ。
でも対戦後に必ず理由を話すってことに、口約束じゃ確約がないから僕からも条件を出させてもらう。
ちょうどそろそろお試し期間の一週間も終わるから、恭平君が約束を反故にした場合はギルドの正式加入は無し』
『ちょいクロエ、それはグレイさんの判断も……』
少し焦ったようにカニやんが口を挟んだんだけれど、クロエは聞く耳持たず。
決定事項のようにカニやんの制止を振り切る。
『なに言ってるの?
主催者やギルドを虚仮にするような奴を入れるわけないでしょ!
約束の履行は絶対条件、これは譲れない。
僕だってサブマスなんだから、グレイさんが反対しても切るよ』
『……一理ありすぎて反論出来ねーわ。
なぁ恭平、そのケジメってのが、この一週間、お前がグレイさんを避け続けた理由なんだろ?
ケジメがつくんだったら話してもいいんじゃね?』
…………わたしに言わせればね、ここまで状況が進んでしまって、それでも 「否」 を言える人間って凄いと思うの。
だってわたしには絶対言えないもの。
かくしてわたしと恭平さんの対戦が決まったわけなんだけど……クロウがもう不機嫌で不機嫌で、珍しいくらい不機嫌で怖い!
なによ、この怖さ?!
ずっとプレーヤーと書いて生きてきた……嗚呼(涙
しかも今話にはNGワードが一つも出てこないとか……なぜ?