741 ギルドマスターは空耳に怯えます
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「折角助けてあげたのに、お礼は?」
そんなクロエの声が聞こえたような気がした。
うん、もちろんわたしの気のせいだけどね。
空耳よ、空耳。
だってエリアチャットは紅白関係ないけれど、直通会話は自軍内のみ。
たぶん内通者を出さないために。
銃士であるクロエがこんな前線まで出てくることはないどころか、エリアチャットの有効範囲内から仕掛けてくることはまずない。
剣士には一撃必殺の攻撃力。
主要三職の中では唯一範囲攻撃を持つ魔法使い。
そして銃士は最長の射程を持つ。
それなのにエリアチャットの有効範囲内まで相手に近づいてしまったら、距離の優位を活かせなくなるからね。
そもそも銃士は、魔法使いと同じくらいVITが非力だからね。
クロエの前で言ったら、絶対に無事には済ませてくれないから口が裂けても言わないけれど、そのクロエが、みすみすそんなミスをするはずがない。
もしそんなことがあったら、あれよ、あれ。
あったら怖いシリーズ
そんな感じの怖い話ですが、実際はただの空耳です。
わたしの気のせいです。
そうでなかったら怖くて……いえ、そうであっても怖いというか、ひょっとしたらその状況になっているかもしれなくて……
「起動……百花繚乱」
だって考えてみたら、不破さんがクロエに撃たれたということは、すでにクロエの射程に入っているということ。
でもマップで確認した感じ、クロエやセブン君のレベルでも、ヤシマからでは狙えない距離だと思う。
クロエ自身がかなり前に出て強引に射程に入れてきた可能性もあるけれど……いや、多分そうね。
あの慎重派のクロエにしては珍しいくらいの大胆さだけど、そうでなけば他の銃士も狙ってくるはずだもの。
でもクロエ以外に撃ってくる様子はない。
つまりクロエが単体で前進している、そういうことよね。
しかもそれを裏付けるベリンダのこの言葉。
「クロエ!
こっちじゃない、グレイちゃん!
あんた、どこ狙ってるのよっ?
折角のチャンスだったのに!!」
不破さんを 「こっち」 呼ばわりする扱いの雑さは彼女らしいけれど、これ、本来の狙いはわたしだったってことよね?
そういう会話よね?
もちろん会話といっても、クロエがなんと言ったかはわからないけどね。
どんなに前進してきていても、あのクロエがみすみすエリアチャットの有効範囲内に入るはずがないもの。
当然のことだけど、エリアチャットの有効範囲に入った瞬間、真田さんかノーキーさんに瞬殺されます。
剣士の機動力は、ほぼほぼ足場の悪さをものともしないし。
こんな小船のあいだを飛び回るような状況でもね。
しかも不破さんを撃ったということは、クロエの目には、照準器を通してこのあたりにいるプレイヤーが見えているということ。
つまりリスクがわかっているわけで、それでも近づくなんて蛮勇はクロエのキャラではありません。
「グレイちゃんを落とせるならやるかもよ」
そんなことを、イケメンにすっごく悪い笑みを浮かべた真田さんが言っていたけれど、わたしには疑問です。
だってねぇ……あのクロエよ?
あ、いや、ベリンダの言葉から推測すると、わたしを狙って有効射程ギリギリまで前進しているとは思うけれど、さすがにエリアチャットの有効範囲までは近づきません。
あのクロエだからね。
とりあえず不破さんの救出です。
クロエや、セブン君を筆頭に、凄腕の銃士が揃うギルド 【鷹の目】 のメンバーたちは、標的が、撃たれたダメージによる硬直が解ける前に次弾を装填し、連続攻撃を仕掛けて確実に標的を仕留める。
魔法使いもそうだけど、ビックリするくらい装填時間を縮めることでそれを可能にしている。
おかげで狙われたら最後、最初の一撃を食らえばほぼ確実に落とされる。
剣士もVITを上げることで硬直時間を縮めているけれど、高いHPやVITを誇る高レベル剣士でも、クロエやセブン君レベルの銃士に狙われれば、一対一となるとおそらく逃れる術はないと思う。
不破さんたちランカーでもね。
というわけで、ベリンダを吹っ飛ばすなどして不破さんを救出……と思ったけれど、必要なかったみたい。
理由は、被弾による硬直で不破さん自身は動けないけれど、足場にしている小船が、大波小波でどんぶらこっこするから。
それこそ大波大波でどんぶらこっこ、あるいは小波小波でどんぶらこっこだったらリズムが掴める。
さらには大波小波が順番に来るわけでもないしね。
距離があればあるほど照準を絞るのは難しいと思う。
その環境下で当ててくるクロエがどれほど凄いのかという話だけど、褒めたところでクロエが喜んでくれるはずもない。
おまけに今は敵で、わたしを狙うために、わざわざ危険を冒してまで前進して狙ってきたのよ。
そんな奴を褒めてあげるほどわたしはお人好しじゃありません!
むしろ同じ状況下で、ものは違うとはいえ的を射たノーキーさんのほうを褒めます。
同じ白軍だしね。
もちろんクロエのことだから、照準が合った瞬間にまた不破さんを撃つと思う。
おそらくそれは、不破さんも真田さんも想定内。
でも真田さんがわたしを止めたのには別の理由があった。
「詠唱を続けて!
狙われるわよ!」
ん? どういう意味?
「早く!」
えーっと、次はどのスキルだっけ?
「起動……業火」
不破さんの救出を……と考えて一度詠唱を止めてしまい、スキルの詠唱順を忘れてしまったけれど、幸いにして全てのスキルが再起動準備を終えている。
どれでもOKということで、愛用している 【業火】 を使用。
再び連打を始めて、真田さんが言わんとした意味に気づきました。
ついでに、どうしてクロエがわたしではなく不破さんを撃ったかもね。
視覚効果
とにかく魔法スキルの視覚効果は派手だからね。
これが邪魔でクロエは照準を絞れなかったんだと思う。
珍しくわたしの勤勉さが功を奏しました。
決して真田さんは、わたしが詠唱をやめたために、自分が相手をしなければならない紅軍の数が増えたから泣き言を言ったわけじゃないの。
わたしをクロエの銃弾から守るために言ってくれた……と思う。
「どうしてそこ、自信なさげなのよ?」
「まぁ真田さんだから?」
「なによ、それ?」
「起動……スパイラルウィンド」
紅軍プレイヤーも、このままヤシマまで逃げ切ればいいところだけど、義憤にでも駆られたのかしら?
いや、義憤とはちょっと違うか。
義勇?
そうね、義勇のほうが近いかもしれない。
自分がここで白軍の進軍を止めなければ! ……みたいな使命感にでも駆られたのかもしれない。
進路とは逆方向なのに、次から次に沸いてくる沸いてくる。
NPCのポップアップより早いし数が多い。
イベントの舞台設定から推測して、おそらく白軍はヤシマに上陸できない。
基本的に接近戦しか出来ない剣士はもちろん、魔法使いの中距離攻撃も届かないと思う。
当然銃撃もね。
逆に紅軍は、ヤシマに上陸してしまえばそれで終了。
たぶんそれが面白くないんだと思う。
それで制限時間ギリギリまで、こうやって前線に居続けようとしているんだと思う。
紅軍は、いくら白軍を落としてもポイントにはならないからね。
だったらその傲りを後悔させてあげなきゃね。
落としてあげる
「起動……百花繚乱」
自分で言うのもなんだけど、珍しくやる気を見せるわたしの少し離れたところでは、まだベリンダが不破さんを翻弄中。
この状況下では、おそらくベリンダは不破さんを落とすまで後退できない……ということもないか。
なにしろ連射できないとはいえ、クロエの支援があるからね。
でもこの支援も、詠唱をやめるとわたしを照準に捉えるので油断は出来ないけど。
まぁそのおかげでさすがの不破さんもベリンダに手こずり、ノーキーさんや真田さんから
「いいようにあしらわれてるんじゃねぇよ!」
とか
「いつまで遊ばれてんだ?」
などと、不破さんにとっては至極不本意なことを言われている。
ただ追いかけて斬りつけるというわけにはいかないからね、短剣使いは。
そもそも速さだけなら不破さんには追いつけないし。
不破さんだけでなく、真田さんも、ノーキーさんも。
普通の剣士とは違い、STRとVITを捨てる代わりにAGIを手に入れている。
その全職一の速さを活かして接近と離脱を繰り返し、隙あらば斬りつける。
そうして不破さんを翻弄し続けているけれど、不破さんが装備する長刀屍鬼も曲者で、打ち合えば打ち合うほどベリンダのHPを削って行く。
そうしてこの二人は、ちょっとした被ダメと与ダメの我慢大会を、大絶賛開催中。
「起動……業火」
このままでは互いに削り落とすか、最終的にベリンダが逃げ切るか。
だって速さでは不破さんは追いつけないから、ベリンダが本気で離脱をはかれば簡単に振り切れてしまう。
ぶっちゃけ不破さんが削られ損な気もする……と思ったら、この膠着した状況を打破する銃声が響く。
それもすぐ近くで。
なにっ?!
まさか銃士がこんな最前線に登場するなんて思いもしなくて、銃声を聞いた次の瞬間に振り返ってしまった。
もちろん銃声だけではどちらの陣の銃士かわからない。
でも振り返ってみればベリンダが撃たれていたから、白軍の銃士だとすぐにわかった。
頭部からかなりの量のHPを流出しつつ、不破さんの屍鬼に脇腹を切り裂かれる。
その瞬間を見ることになった。
「クロエ、ゴメン!
失敗したわ。
恭平さんに伝達よろしく」
やっぱり恭平さんかぁ……まぁね、なんとなくそんな気はしたのよね。
カニやんはわたしの手で落としてあげたからいないことはわかっていたし、言い出しっぺそのものはクロエ……というよりベリンダかな、性格的に。
それを聞いて恭平さんがGOサインを出した。
まぁそんなところかな?
カニやんに比べて全然慎重派の恭平さんだけど、こういう陰謀? 策謀? そんな感じの作戦は好きなのよね。
「起動……スパイラルウィンド」
被ダメと与ダメの我慢大会は、横槍が入ってベリンダの負け。
大量のHPを流出させながら電子分解を始めるアバターで、クロエに最後の報告を入れる。
もちろんこれでクロエの狙撃がなくなるとは思えないけれど、とりあえず面倒な勝敗はつきました。
次に気になったのは誰が撃ったかということなんだけど……
「いったぁっ!!」
なに?
直前にすぐそこで銃声が聞こえたから撃たれたことはわかる。
わかるけれど、被弾箇所からHPの流出はない……ということは味方っ?!
え? わたし、味方に撃たれたのっ?
なんでっ?!
「そこのドブス!!」
不破さんの 「ドブス」 発言はよく聞くけれど、対象はバロームさん。
そのバロームさんはすでに落ちた……というか、こちらもわたしが落としたわけだけど、じゃあ不破さんは誰を 「ドブス」 なんて呼んでるわけ?
ひょっとして、バロームさん以外にもノーキーさんを追いかけている子がいるのっ?
う、うん、まぁ顔だけならいいからね、ノーキーさんは。
うん、顔だけならね。
「起動……百花繚乱」
幸いにしてここは仮想現実。
痛みは撃たれた一瞬だけだったので……それでも凄く痛かったけどね。
でもHPの流出もなかったし、ちょっとタイミング外れたけれど詠唱は続けます。
続けながら何気なく不破さんを見たら、同じ小船に飛び込んでくる女性プレイヤーの姿があった。
銃口を空に向けて持っているあれは、ひょっとしてだけど……
拳銃っ?!
え? そんな武器があるのっ?
しかも彼女、両手に持ってるんだけど……。
いよいよ新キャラ登場っ?
実は噂のあの人物です・・・・・・ご存じですよね?
あの人物ですよ、あの人物!