740 ギルドマスターはスタートダッシュします
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「起動……業火」
無事と言ってもいいのかしら?
まぁとりあえずまだ初戦だし、この時点ではノーキーさんの出した得点が低いのか高いのかはわからない。
でも予定どおり二射、三射とど真ん中を撃ち抜いて、ついでに扇を構えていた女房の喉元をぶっ貫いて11ポイント獲得。
射手より北にいた紅軍プレイヤーの中から無作為に11人を選び、無情に落とした。
唐突に始まるミニゲーム 【那須与一タイム】 がそういうゲームだからね。
たぶん……だけど、ただの対人戦にしないための要素じゃないかな?
自軍同士では攻撃できないとはいえ、陣さえ違えば個人戦みたいなもんだしね。
特に剣士なんて、勝敗を捨てて個人戦に熱中しそうじゃない?
脳筋が多いから単純だし。
でも運営としてはヤシマに向かってくれないと困るのよね。
イベントとして成り立たなくなるし。
それだと引き分け……にはならないのか。
このイベントのルールは、白軍は紅軍を落とした数がポイントになって、紅軍はヤシマに生きて辿り着けた数がポイントになる。
もちろんポイントの多い方が勝利。
だから白軍は紅軍をひたすらに落とせばいいけれど、紅軍の数が減ったところに留まり続けるのは効率が悪い。
紅軍も、イベント終了時に生き残っていても、ヤシマに辿り着いていなければポイントにはならない。
んー……これ、どっちが不利?
気持ち、紅軍が不利な気もするけれど、白軍も、紅軍の足止めをしてヤシマに辿り着かせないようにしても落とさなければポイントにはならないわけで、んー……
どうなんだろう?
「起動……スパイラルウィンド」
「そこはやっぱり白軍のほうが有利なんじゃない?」
「やっぱりそう?」
「そりゃもう、ただ斬りまくればいいわけだし?」
それは違うと思う。
うん、真田さんも立派な脳筋だったわ。
この返答には 「さすが!」 と思ってしまったのは、きっとわたしだけではないはず。
わたし以外に聞いていればね。
「起動……百花繚乱」
リーさんの相手としてノギさんを置いて進んだわたしたちは、本州とヤシマのほぼ中間あたりまで前進。
さすがにこのあたりまで来ると紅軍の数も増える……というか多い。
状況的に、ヤシマに移動する紅軍隊列の尻尾をかなり食い込んだ感じ。
本当にノギさんが追いついても楽しみを分けて上げるつもりのないらしいノーキーさんは、わたしを適当な小船に下ろすというか落とすと、いつものように奇声を上げなら紅軍プレイヤーたちに向かって突進してゆき、それはそれは楽しそうに斬りまくっている。
それこそ尻尾を、かなり本隊の深いところから食い千切る勢いでね。
わたしの話に、がっつり脳筋発想で返してくれた真田さんも。
しかも魔法使いと違って、剣士は、手は塞がっているけれど口は空いているからね。
話に付き合ってくれるのはもちろんだけど、ノーキーさんのように奇声を上げたい放題でちょっとうるさいのよ。
気合いでも入れたいんだろうけれど、結構他の剣士たちも色々と叫んでるし。
「起動……業火」
反対に詠唱のために口が塞がっている魔法使い。
それはそれはもう忙しいです。
この口を塞がれるとどうなるかと言えば、以前にカニやんがその弱点を衝かれて身内ギルド 【3年B組ドンパチ戦線】 に手ひどい目に遭わされている。
いえ、手ひどいというか、その、なんていうの?
それに通称 【3B】 と言われる 【3年B組ドンパチ戦線】 は、カニやんの妹ミッキーさんも所属していて、ある意味カニやんも身内なのよね。
イベント終了後にはそれがちょっと悪質と運営に判断され、【3年B組ドンパチ戦線】 はギルド単位でアカウント停止処分を食らったけど。
「起動……スパイラルウィンド」
まぁそのくらい詠唱が重要になるわけだけど、その分両手はガラ空き。
その空いた両手でわたしは必死に小船の縁を掴んでおります。
真田さんと話しているあいだも、移動する途中の足場としてノーキーさんが通過。
揺れるからやめてよ! ……と訴えたわたしの声なんて、聞こえていなかったと思う。
このイベント中、移動がわたしの最大のネックね。
なにか方法を考えないと……と思いながらも詠唱を続けていたら、不意に視界が暗くなる。
貧血とかそういうのではなく、わたしの上に影が落ちて暗くなったの。
これは……
「グレイちゃん、覚悟!」
しません!
わたしがとっさに空を見上げるのと、ベリンダが声を上げるのとどちらが早かったのか。
わからない。
わからないけれど、見上げた空には、【素敵なお茶会】 で一番露出の高い装備をしたベリンダが、愛用する短剣を手に、わたしに襲いかかろうとしていた。
移動速度が一番の短剣使い。
動きやすさを重視したその装備はショーパンにノースリという軽装。
まぁここは仮想空間だから数値が全て。
あまり意味はないし、それが短剣使いの固定装備というわけでもない。
そもそも職種としては剣士の扱いだからね。
しかもゲーム全体では、極めて人数が少ない。
そんな短剣使いのベリンダはゴツめのブーツを履いて、ポイントとしてはステータスに振れないVITを上げるため肘当てや膝当てなどの防具を装備している。
おかげでヘルメットでも被れば、ローラーブレードでもしていそうに見える。
そのスピードでこの乱戦の中を抜けてわたしに斬り掛かってきた彼女を、わたしは 【スパーク】 で吹っ飛ばす。
でも周囲は紅白が入り乱れる混乱状態。
彼女の相手だけをしているわけにはいかない。
「起動……百花繚乱」
だってわたしの取り柄と言えば、火力ごり押しの他は詠唱の速さ。
これだけはカニやんにだって負けないもの。
自信をもって言えるわ。
しかも今回のイベントはMP無制限。
だったら撃つしかないわよね。
「起動……業火」
いくら防具でVITを上げているとはいえ、AGIにステータスを振っているため剣士並みのVITはない。
動きの自由度を上げるために装備する短剣も、大剣はもちろん、通常の片手剣ほどのSTRはない。
でもわたしの取り柄が火力ごり押しと詠唱速度にあるように、彼女の取り柄はとにかく速さ。
VITが低い分それはそれは豪快に吹っ飛ばされてくれたけれど、元々 【スパーク】 にそれほどの攻撃力は無い。
さすがにサラッとというわけにはいかないけれど、直撃を食らった割にダメージは低く、流出するHPもわずか。
そしてその身軽さですぐさま体勢を立て直してくる。
「起動……スパイラルウィンド」
ベリンダが、わたしの通常詠唱のタイミングに合わせて飛ぼうとしているのが見えた。
合わせるというか、ずらすといったほうが正確ね。
スキルの発動タイミングとずらして直撃をかわし、仕掛けようと狙ってくる。
身を低く屈めて、足場にしている小船を大きく蹴るタイミングで立ち上がる。
その瞬間に響く剣戟。
「こいつ、【素敵なお茶会】 の短剣使いっ?!」
どこからともなく現われた不破さんが、ノーキーさんや真田さん、他にも数いる剣士のあいだを抜けてベリンダの跳躍を、その寸前で阻む。
「速さで来る。
跳ばせるな」
少し離れたところで紅軍プレイヤーをぶった斬った真田さんが声を掛けると、不破さんは低い姿勢で構えたベリンダと睨み合ったまま 「わかってます」 と答える。
でもちょっと考えが甘いかもしれない。
短剣使いの速さは攻撃時にのみ発揮されるものではないから。
もちろん索敵なんかにも有効だけど、回避能力としても非常に有能で、大きく踏み込む不破さんの動きに合わせてベリンダも後退する。
飛び退くように軽やかにね。
「起動……スパイラルウィンド」
でもベリンダも甘い。
不破さんが構えるのは長刀・屍鬼。
片刃の両手剣に分類される刀だけど、その名が示すとおり刀身が長い。
稀少装備である長刀・屍鬼はこのゲーム内にふた振り在って、そのひと振りを所有するのが不破さん。
元はノーキーさんが所有していたものだけど、幼なじみの不破さんに譲ったらしい。
そうしてもうひと振りの所有者はクロウ。
但しクロウの許可をもらってわたしのインベントリに入れているけどね。
もちろん今も入ってるわよ。
クロウが使うだけでなく時々わたしも借りているから、当然ベリンダが屍鬼を見るのは初めてではない。
でも直接対峙するのは初めてだったのかもしれない。
ゲーム内に二本しかないとなればそれも無理のない話だけど、その刀身の長さを見誤った。
ついでに不破さんという使い手の技量もね。
あるいはその踏み込みの速さに、深さに、短剣使いのAGIでも対応しきれなかったのか。
躱しきれず、その刃先がベリンダを掠める……のを、ギリギリのところでベリンダも短剣で払うように受ける。
「起動……百花繚乱」
ただ、ここでもやっぱりベリンダに誤算があった。
あるいは屍鬼を知っていてもこれは知らなかったのか?
屍鬼には 【魂食い】 という、少々厄介な固有スキルがある。
装備するプレイヤーの任意で発動するものではなく、常時発動スキルみたいに、刃と刃を打ち合わせる相手のHPを自動的に削るっていうね。
ベリンダは後退しながら、短剣で払うような感じで不破さんの踏み込みを躱そうとしたわけだけど、軽い剣戟を響かせながらもきっちりHPを流出させられる。
さすがに魔法使いほどではないとはいえ、短剣使いもVITは低いからね。
カテゴリーは同じ剣士に分類されるとはいえ、その低さに合わせて流出量も多い。
まして使い手は不破さん。
このゲームでも十本指に入る剣豪だもの。
平均的なレベル、あるいはステータスの剣士より削られるはず。
二人とも踏み込みに遠慮がなく小船は大きく揺れるけれど、バランスを崩すことはない。
けれどやはりベリンダは 【魂食い】 のことを知らなかったらしく、不意に流出するHPに驚き 「なんでっ?!」 と声を上げる。
「斬られてないのに、どうしてダメ出てるのっ?」
「起動……業火」
【魂食い】 のことは、知っている人は知っているから隠す必要はない。
だから説明してあげても全然かまわないんだけど、出来ないのよ。
わたしには、詠唱に忙しいという現実的な問題が立ちはだかっているからね。
だからといって、代わりに真田さんが説明してくるわけもない。
いや、まぁ真田さんなら、お願いすればきっと説明してくれると思うの。
お願いすればね。
うん、まぁそれすら出来ないほど詠唱に忙しいわけですが、この勤勉さが、実はこの状況で命拾いしていたっていうね。
ちなみにノーキーさんは完全にこちらのことなんてそっちのけ。
不破さんに至っては……いや、まぁ不破さんもね、お願いすればきっと説明してくれたと思うの。
でもわたしにはそんな時間的余裕はないし、ベリンダと不破さんも、ここで説明を求められるほどの面識はないらしい。
驚いている彼女に追い打ちを掛けるべくさらに踏み込……もうとした刹那、銃声が轟き、不破さんが動きを止める。
「起動……スパイラルウィンド」
おそらくダメージを食らった瞬間の硬直だと思う。
ほぼ同時に、被弾したらしく耳のあたりからHPが流出する。
直後、ヤシマのほうを振り返ったベリンダが声を上げる。
「クロエ!
こっちじゃない、グレイちゃん!
あんた、どこ狙ってるのよっ?
折角のチャンスだったのに!!」
不破さんを 「こっち」 呼ばわりする扱いの雑さは彼女らしいけれど、わたしの耳には聞こえるはずのないクロエの声が聞こえたような気がした。
「折角助けてあげたのに、お礼は?」
そんなクロエの声がね。
いよいよ銃士登場かっ?!
クロエがグレイを狙わなかった理由は次話にて(たぶんw