738 ギルドマスターはどんぶらこっこしながら海坊主を射抜きます
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「あの赤丸を射抜けばいいんだな」
唐突に始まったミニゲーム 【那須与一タイム】。
そして突然に海中から姿を現わした海坊主……ではなくて、舟に乗った三体のNPC。
お化け屋敷同然のID【ゴショ】 に登場する女御、あるいは女房たちを思わせる女性型日本人形が海上に姿を見せた瞬間、このイベントが始まってから何人かの海坊主を見たけれど一番海坊主っぽく見えたのはその髪型のせいね、きっと。
前に一体がすわり、そのすぐうしろに並んで立つ二体のNPC、それぞれが両手に構えるのは広げた扇。
もちろん普通の大きさじゃないわよ。
夏場、ちょっとお洒落に仰ぐあの扇とは比べものにならないくらい大きな扇は、中央に日の丸が描かれている。
その日の丸を、いつになく真面目な表情で見つめるノーキーさんの呟きに、てっきり代わりに射てくれるのかと思ったら……
「弓を構えろ、グレイ」
うん、やっぱりわたしが射るのね。
ノーキーさんに言われるまま拾った弓と矢を手にがっくりと肩を落とすと、ノギさんには怒られ、真田さんには笑われるというか、呆れられたというか。
「さっさとしろ、魔女。
獲物が逃げやがる」
「あきらめの悪い子ねぇ~。
グレイちゃんにしか使えないって言われたんでしょ?」
information 弓は射手にしか使うことが出来ません
そうですね、そんなインフォメーションが出ていましたね。
自分から海に飛び込んだのか、あるいは誰かに落とされたのか。
真田さんは舟の縁に両腕を掛けて顔だけを出してこちらを見ている。
先に言っておきますが、そのまま舟に上がらないでね。
理由?
もちろん舟が揺れるからよ。
現在のわたしは、非常に不本意ながらクロウ以外を支えにして立っている状態です。
しかもその支柱が、よりによってノーキーさんなのよ。
これから弓を射るために無理矢理立たされた状態です。
わたしにとっては本当の本当に不本意だけど、ここにクロウがいないから仕方がない。
いや、いても白軍だから落とされるわけだけど。
わたしがね
支えてもらうどころかバッサリ一撃よ。
いないおかげでバッサリ一撃にされず済んでいるわけだけど、代わりにノーキーさんがですね、せ……せな、かにピッタリくっついています。
その、もうちょっとでいいので、離れてもらえませんか?
いや、でも離れると立って……いやいやいや、やっぱり離れてください。
その、ですね、背中がですね、ノーキーさんの、む、む……板の感触が……
ひぃぃぃぃぃ~!
しかも弓と矢を、それぞれに持った両手首をノーキーさんに掴まれておりまして、顔を隠したくても隠せない。
悲鳴が悲鳴を呼んで阿鼻叫喚っ?
ああ、駄目だ!
自分でもなにを言っているのかわからない。
わからないけれど状況は変わらなくて……いや、わたしの顔がどんどん熱くなってくる。
もう顔どころか耳まで熱い。
変化しなくていいというか、して欲しくないところが変化しております。
ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~!!
「グレイ、足を……肩幅より少し狭いくらいで」
「は、い」
わたしに指示を出しながら、ノーキーさんも足を肩幅より少し狭いくらいに開く。
これは弓道で言う 【足踏み】 と呼ばれるものらしい。
まぁ正式な作法? いや、手順っていうの?
そういうのだと、【足踏み】 の前に 【執り弓の姿勢】 という動作がある。
武道なんかでよくある型みたいなものね。
ほら、左手に弓、右手に矢を持って、こう……腰に握った拳をあてるみたいな感じの姿勢?
ここにカニやんがいたらもっと詳しく調べてくれるんだろうけれど、わたしにはそれ以上詳しいことはわかりません。
まぁそんな感じの、弓を構えるの前の前準備がある。
この 【足踏み】 も前準備の一つよね。
位置を決めるように何度か足を動かしたノーキーさんは……この時の足の動きにも作法としては決まったものがあるらしいんだけど、今のわたしにそんなものをじっくり観察する余裕はありません。
微塵も!!
あるわけないわよね……情けないくらいありませんとも。
しかもノーキーさんはそんなわたしの様子なんてまるで気にしていなくて、顔はずっと的というか女房姿のNPCを見たまま。
波に揺れるこの小舟の上でしっかりと足を踏ん張り、位置というより体勢を整える。
弓道的には 【胴造り】 っていうの?
たぶん平らな地面でも、不安定な舟の上でもやることは同じだと思う。
……ちょっと待って
つまりなに?
ひょっとしてひょっとするけれど、ノーキーさんって弓道経験者なの?
え? そうなの? ……と思っても訊けないけど。
ほら、状況が状況で、わたしも全然平常心じゃないし。
反対にノーキーさんは平常心っぽい。
いつもの 「ひゃっはー!」 なテンションはどこへやら。
別人ではないかと思えるほど真剣な表情で的を見、弓を引く体勢を着々整えている。
時間がない
えーっと、記載がないということは、ルール的に制限時間はないと思う。
でも次々に紅軍が逃げていくからね。
ヤシマに辿り着かせるわけにもいかないし、ここはさっさと 【那須与一タイム】 を終えてしまいたいもの。
私情を全開にして本音をぶちまければ……
早く離れてっ!!
一刻も早く離れて欲しいの一言です。
もちろんノーキーさんにね。
あ、そうそう!
先に打ち合わせておきますが、【那須与一タイム】 が終わったらすぐに前進するわ。
取得ポイントで紅軍プレイヤーを落とせるらしいけれど、あてにはしない。
確実に数を減らさないとね。
そのためには実力行使あるのみ。
「いいねぇ、俺も同感だ」
「静流も好きだな。
だが俺もそこは賛成」
ノギさんの本名を呼ぶ真田さんに、すぐノギさんが 「本名で呼ぶな」 とか言い返すかと思ったけれど、聞こえなかったのかしら?
言い返すことなくその視線が、わたしのすぐ後ろに立っているノーキーさんに移る。
「さっさと射ろよ、徳貴」
「もちろん外すなよ」
ノーキーさんをからかうように、ニヤニヤと笑っているイケメン二人。
こういう嫌な笑い方をしてもイケメンはイケメンなのね。
ほんと、イケメンってずるいんだから。
三人目のイケメンは、わたしの手に手を重ねるよ、よ……に……
ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~!!
もう、本当に無理!
その、理由というか、うん、わかってるの。
インフォメーションで言われたとおり、この弓を引けるのは射手に選ばれたわたしだけ。
ノーキーさんが代わりに射るには、上辺はわたしが射るという体裁をとる必要がある。
でも……でもね、だからって手を握らないで!
う、上から大きな手を被せられて、ガッツリ握らないで欲しい……。
弓道の作法的には、このあと弓を構えて弦に矢を番える 【弓構え】 という行程があって、【打起こし】 に移る。
正直を言えば、素人のわたしにはこの行程がどこからどこまでが 【弓構え】、どこからが【打起こし】 かわかりません。
まぁこういう作法って動きこそ厳密だけど、説明的なところは結構曖昧なのよね。
習うより慣れろみたいな感じ?
「小さい手だな」
身長差の都合上、わたしの遥か頭上から聞こえてくるノーキーさんの声。
お願いだからからかわないで……というわたしのお願いはやっぱり無視されるのね。
さらにその頭上で、弦に矢を番えた弓をゆっくりと下ろしながら、弓を前へ、矢ごと弦をうしろへと引く 【引分け】 へと移る。
そのためさらわたしの手を握る手に力を込めるノーキーさん。
もうね、本当に無理。
なんなの、この大きな手はっ?
ノーキーさんは矢を軽く頬に触れさせた状態で、ギリギリと弦を軋ませながら弓を引き的を絞る。
つまりわたしの頭上で構えています。
まぁわたしは手を添えているだけで、実際に射るのはノーキーさんだからね。
少し離れたところで 「遅いぞ」 とか 「外すなよ」 などと囃し立てるお兄さんと先輩に 「うるせぇな」 と、この一瞬だけいつもの調子を取り戻したノーキーさんは、すぐにまた真面目な表情で的を絞りながらわたしに話し掛けてくる。
「弓の強さがわからない。
一射は捨てる。
だが残る二射は必ず的中させる」
それはつまり、一射で弓の強さを測って残る二射を確実に当てるということでいい?
「それでいい」
「了解です」
「もちろん一射も狙っていくけどな」
一射を試し撃ちとして捨てる。
でもただ捨てるわけではなく、外れる前提でも諦めるつもりはないという、いつものノーキーさんらしいあきらめの悪さを見せてくれる。
これが敵ならムカつくけれど、味方だとなかなか愉快かも。
なるほど。
敵としてみるいつもの悪人面も、角度を変えてみればイケメンなのね。
こういうところもノギさんと同じとか、さすが兄弟だわ。
弓道ではこのあと矢を放つ 【離れ】 に移るわけだけど、【引分け】 から 【離れ】を 【会】 という動作? ん? これ、動作なの?
動作というより心境?
んー……【引分け】 から 【離れ】 を 【会】 という、説明を読んでもよくわからない行程が繋ぐ。
この 【会】 については、何度wikiを読み返しても本当にわかりませんでした。
ちなみに業務時間外だけど自分で読んだのよ。
でもわからなかったの。
これはひょっとして、読んでもらったほうが理解しやすいとか?
覚えていたら、改めてカニやんに読んでもらうのもいいかもしれない。
とりあえず今は時間が惜しい。
当然ノーキーさんもそれはわかっている。
「矢道は50mくらいか」
頭の上からノーキーさんの独り言とともに緊張感が伝わってくる。
wiki情報によれば、弓道には的までの距離が28mある近的と60mもある遠的があるらしいから、50mというのは遠的より少し短いくらい。
ノーキーさんに遠的の経験があれば的中させることも出来ると思われるが、その50mという距離だって目測だからね。
決して簡単とは言えない。
でも本番に強いのがノーキーさんよね。
こう、障害が多ければ多いほど燃えるタイプみたいな?
まぁ好きよね、そういうの。
伝わる緊張のおかげか、ノーキーさんの、番えた矢ごと弦を引く右手からふっと力が抜けるのがわかった。
ノーキーさんの大きな手の中に在るわたしの右手からも自然と力が抜け、矢が放たれた……と思った刹那、バンッという音とともに約50m(※但しノーキーさんの目測)先に浮かぶ小舟。
その上に乗る三人官女……じゃなくて、三人の女房の一人、手前に座っている女房が胸元で広げた扇を射る。
残念ながら日の丸は外したけれど、広げた扇の右隅を射抜く。
そのまま女房の左肩あたりに突き刺さり、次の瞬間にはうしろに倒れる。
そんなリアリティは要りません!!
相変わらずここの運営は演出が過剰なのよ。
女房にはあくまでも的でいて欲しかった。
それこそ人形でお願いします。
そりゃ対人戦をやっていて今さらだけど、でもやっぱり無抵抗な相手を落とすのはちょっと気が引けるというかなんというか。
後味が悪い
しかもそれだけでは済まなかった。
ノーキーさんが矢を射た直後、周囲から凄い歓声が起こった。
何事かと思って見れば、休戦状態ですることのない白軍のプレイヤーたちが集まってわたしたちを見ていたっていうね。
そういえば射手より先には行けないんだっけ。
……え? ちょっと待って!
待って待って待って!!
え? ひょっとしてわたし、この状態を見られてるのっ?!
すいません、一射で一話使用しました。
二射、三射はサクッと終わらせて進軍したいと思います。
ちなみに作者に弓道経験はありません。
弓道に関する記述は全てWikipedia先生のお世話になりました。
(但しコピペは一切しておりません)
とりあえずグレイの浮気案件勃発。
目撃者多数の状況でどうする、グレイ?