737 ギルドマスターはよそ見をしてポチります
PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!
イベントが始まってどれくらい経ったかしら?
今回の開催時間は1戦2時間。
それが合計9戦あるわけだけど、ルールは極めて簡単。
紅軍はヤシマに辿り着くこと。
そしてわたしたち白軍は、可能な限り紅軍を落とすこと。
ただがむしゃらに逃げればいい紅軍と違い、白軍は、ただただ追いかければいいわけじゃない。
もちろん追うけどね。
でもあまりの数を残して追いかけると、ヤシマ近くで紅軍の挟撃に遭う可能性がある。
それを避けるため、でもなるべく早く追撃するためにこの混戦を利用して、火力任せに紅軍を掃討する。
この目的のためには 【特許庁】 のメンバーと遭遇できたことは幸いだったと思う。
素直にね
だって 【特許庁】 って、ちょっと……というか、かなり手に負えない色物集団とはいえ、火力だけは高いもの。
ランカーも多いしね。
うん、主催者のノーキーさんを筆頭に、派手で目立ちたがりだけど、重火力のランカー揃い。
だから火力だけは頼りになる。
おまけに今回はノギさんも合流しています。
イベントの内容的にも、ソリストの参加全然OKだしね。
うん、まぁ張り切って参加というか、参戦するでしょう。
でも紅軍の抵抗も結構激しくてちゅるんさんが落とされた。
わたしはその現場を見ていないけれど……だってほら、クロウと遭遇したり、カニやんを落としたりしていて忙しかったから。
ガッツリ落とした
わたしはわたしでそんなトラブルがあって見ていなかったけれど、なんとなく想像はつく。
だってほら、ちゅるんさんだもの。
またうっかりサンバとか踊っていたんじゃないの?
ただでさえあのホイッスルや羽根飾りで人目を引くのにね。
しかもこの揺れる小舟の上で踊るとか、どんな体幹よ?
わたしなんて立ち上がることも出来ないのに……。
おかげで移動するために運んでもらう羽目に。
しかも最初その役をしてくれていたちゅるんさんが落とされ、なぜかノーキーさんに交代。
お世話になっている身としてはなにも言えないし、【特許庁】 内の人事なので口出し出来ないけれど、リクエストは出したかった。
誰に言われたわけでもないのに再びわたしを運んでくれたノーキーさんに、予定地点に到着するが否や、やっぱり落とされるように下ろされる。
うん、まぁノーキーさんのことだし、早く斬りに行きたくてウズウズしてるのよね。
そのへんはノーキーさんだからね。
でもそのタイミングで手元に開いたウィンドウには……
information これよりミニゲーム 『那須与一タイム』 が始まります。
あなたが射手に選ばれました。
これはなに?
えーっと……那須与一ってあれよね?
運営がルールを公開した時にカニやんたちと話していたあれ。
嘘か本当かわからないけれど、平家側の女性が、逃げるための時間稼ぎをするためにした余興……といったら駄目とか言われたような気がする。
えっと、まぁその、かの有名な扇の的を矢で射抜くあれよね?
あなたが射手に選ばれました
ん? ちょっと待って?
射手に選ばれたって、ひょっとしてわたしが射るの?
待って待って。
自慢じゃないけれど、わたし、射撃系は全然ダメなんだけど?
たぶん弓も駄目だと思う……っていうか、たぶん銃より弓のほうが難しいわよね?
難易度が上がるのに出来るわけないじゃない!
いや、射るだけならたぶん出来ると思うの。
でも的には当たらないというか、届くかどうかも怪しいです。
ここは仮想現実だから現実世界より楽というか簡単だろうけれど、それでもわたしには難しいのよ、なぜか……。
そもそもこの 【ミニゲーム】 ってなに?
【白い鉢巻きを受け取ったプレイヤーは、以降白軍と呼ぶ。
また紅い鉢巻きを受け取ったプレイヤーは、以降紅軍と呼ぶ。
開戦と同時に、白軍は紅軍を追ってこれを撃破すること。
紅軍は白軍を撃退しつつ、一人でも多くヤシマに辿り着くこと。
またイベント時間内では、ミニゲームが発生することがあります】
……うん、書いてありました!
そうか、なるほど。
発生することがある……この書き方だと、たぶん発生はランダムなのね。
あるいはなにかしら条件があるのか?
初戦はわからないことだらけだけど、これもその一つね。
そもそもわたし、このくだりのことなんてすっかり忘れていたし。
周囲を見れば、他のプレイヤーのそばにもウィンドウが開いている。
たぶんミニゲームの発生を知らせるインフォメーションだと思う。
これ、全員に知らせるんだったら、いっそ空に大型スクリーンでも出して告知したらいいのに。
あるいは音声インフォメーションにするとか。
特に剣士なんて、対戦中だと見ている余裕なんてないだろうし。
それより射手って、一人だけが選出されるのかしら?
とりあえずウィンドウの 【詳細を確認する】 をポチってみる。
どう考えてもこれをポチって詳細を確認する剣士はいないと思う。
少なくとも剣士はポチらないというか、ポチる余裕はないと思う。
でもわたしは魔法使いなのでポチります。
【那須与一タイム】
そう銘打って始まる説明によると、まぁイベント前にカニやんたちと話していたあれね。
扇の的を射るやつ。
まだ始まっていないから実際の状況はわからないけれど、イベント本体と同じくルール自体は単純。
でもこの的を射るっていうイベント……と言ったら駄目だっけ?
えーっと、平家の女性がなぜそんなことをしたのかと言えば、そうやって源氏の兵たち気を引いて、その隙に平家の兵たちを逃がすため。
つまり、そういうことね。
射る矢は三本。
射手が三射を終えるまでいわゆる休戦になり、通常では味方にのみ攻撃できないけれど、この休戦状態では敵味方に関係なく攻撃が通じなくなる。
つまりこのあいだに紅軍は逃げることが出来る。
もちろん白軍も、攻撃こそ出来ないけれど逃げる紅軍を追いかけることは出来る。
但し射手の位置よりヤシマ側にはいけない。
ここが肝
つまり紅軍は、射手が三射射るまでに射手の立ち位置よりヤシマ側に逃げ切る。
なるほど、確かに 【那須与一タイム】 ね。
けれど白軍側にもメリットのようなものがあって、的中のポイントに応じて紅軍側のプレイヤーを落とすことが出来る。
この時に選ばれる紅軍プレイヤーについての説明はないからおそらくランダム。
但し射手よりヤシマ側に逃げ切った紅軍プレイヤーからは選ばれないらしい。
状況によっては、強制退去させられるプレイヤーの数がポイント数に足りない場合もある……で説明が終わっているから、おそらく補填のようなものはなし。
たぶん射手の選出もランダムだから、これはどちらに有利も不利もないか。
どちらの軍にいても、全体的に運試しっぽい感じかな。
その運試しにわたしが敗北感を覚えるのは、やはり射手に選ばれたからね。
どうしてよりによってわたしが選ばれるのよ?
それも要領も何もわからない初戦で。
これじゃまるで実験体じゃない……と思ったところで、現実に気がつかされる。
ん? ちょっと待って?
ここで射るの?
この波に揺れている小舟の上に立って射るの?
まさか、よね……?
立てないのよっ!!
すわったまま弓を引くなんて聞いたことないわよ。
いや、えっと、流鏑馬だっけ?
馬を走らせながら射るやつ。
見ようによっては馬にまたがってすわっているように見えるけれど、あれとわたしは全然違う。
全く違うのよ。
もうね、世界観が違うといってもいいくらい違う。
しかも扇って、的が小さくない?
さらにさらにその扇がどんな形で登場するかわからないけれど、たぶん扇も動いているのよね?
大波小波に揺られてどんぶらこっこしてるのよね?
それを射るの?
的中させるの?
無理よね?
「弓ってなぁこれか?」
インフォメーションが出た時点で休戦状態になっており……あ、だから剣士でもウィンドウを見られるのか。
少し離れたところで紅軍プレイヤーを斬りまくっていたノギさんが、いつもは手にしている大剣を背の鞘に収め、いつのまにかわたしが足場にしている小舟に乗り移っていた。
落とすように下ろされた位置でへたり込んだままのわたしと、落とすように下ろした位置に立っていたノーキーさんがほぼ同時に振り返る。
「あぁ~、てめぇ……」
「黙れ、クズ」
本当は仲良しのくせに、なぜか仲の悪い振りをして睨み合うノギ兄弟。
ついでに悪態を吐き合い、ねめつけ合う。
そこに、隣の小舟に移動してきた真田さんが声を掛ける。
「早くしないと、獲物がどんどん逃げちゃうわよ」
そうでした!
休戦に入っているということはそういうことよね、はい。
みっともないことを承知で、這うように弓に手を伸ばそうとしたら、一瞬早くノーキーさんの手が弓に伸びる。
information 弓は射手にしか使うことが出来ません
「誰だよ、射手って?」
「あ、わたし」
反射的に手を上げると、まるでヤンキーのような表情をわたしに向けてくるノギ兄弟。
そっくりな上、「あぁ?」 とか 「はぁ?」 とか威嚇するような声を上げるタイミングもバッチリです。
「魔女かよ」
「文句ある?」
わたしだって好きで選ばれたわけじゃありません。
それこそ自分から挙手したわけでもないのよ。
まかり間違っても飛び道具には手を出しません。
「お前、確か壊滅的な……」
なぜかわたしの射撃センスが壊滅的であることを知っているノギさんは、チラリとノーキーさんを見る。
するとノーキーさんの長い腕が伸びてきて、無理矢理わたしを立たせてくる。
わたし的にはクロウ以外を支えにするのは極めて不本意だけど、今は時間もない。
背に腹は変えられないと我慢をしてその手を頼って立ち上がると、ノーキーさんに矢と弓を拾うように言われる。
ちょっと命令口調なのが気に入らないけれど、今は時間がないからね。
我慢して指示に従って、まずは弓を。
それから矢を三本とも拾う。
そして振り返ると小舟の舳先から10メートルくらいかしら?
陸地より、波打つ海面って距離感がわかりにくいのね。
まぁそのくらいだと思う。
離れたところに、海中から海坊主が姿を現わす。
今日は開戦から、クロウを筆頭に何人かの海坊主を見たけれど、一番海坊主らしいのはその髪型のせいかもしれない。
長い長い黒髪を左右に分けて額を出した、【関西エリア】 にあるID【ゴショ】 に登場する女御とか女房とか……今回はちょっとわからないんだけど、まぁそんな感じのNPCが、わたしたちが乗っているのと同じ小舟に乗って海中から姿を現わした。
ただ装束だけは、公家ではなく武家だからね。
平安末期
いや、まだそこまで明確に分かれてないのかな?
でもさすがに十二単ではない。
もう少し略装っぽい装束に身を包んだ3人の、女性型NPCが小舟に乗って現われた。
前にすわる一人と、後ろに立つ二人。
その手には、やはり 【ゴショ】 でみた……あれ、誰が持っていたっけ?
女御ナシツボ / 種族・妖魔
そうそう、一番最初に訪れる昭陽舎の女主人。
彼女が持っていたような鉄扇を思わせる、仰ぐには向かないサイズの扇を広げて構えている。
いや、まぁ鉄扇ほど大きくはないんだけど、でも十分すぎるほど大きいし、見た目は普通の扇。
描かれているのは日の丸だけどね。
「あの赤丸を射抜けばいいんだな」
そう呟くように言うノーキーさんは、いつになく真面目な表情で三人のNPCが構える扇を見ていた。
ん? ひょっとしてノーキーさんが射てくれるの?
「弓を構えろ、グレイ」
やっぱりわたしが射るのね……。
さくっと射るつもりでしたが、ちょっと辿り着きませんでした。
次話はノーキーの見せ場となるか、グレイの見せ場となるかっ?!