735 ギルドマスターの筋肉は口ほどに物を言います
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「恭平、聞こえるか?
カニが落とされた。
俺らもそっちに合流するわ」
すぐ近くで、インカムに向かって呼びかけるムーさん。
もちろんその相手は恭平さん。
だってそう呼びかけてるもの。
これでもし話している相手がクロエだったら……いや、クロエはないか。
少なくともクロエはない、うん。
絶対にない
そこはほら、クロエだけに……というか、クロエ相手にそんなことをしたら猛毒を吐かれて即死案件よ。
毒の効き目って体重に比例するみたいなことを聞いたことがあるけれど、クロエの毒は用法用量もへったくれもないしね。
体重無制限でよく効くというか、即死させる猛毒です。
フリースタイルです
象だってイチコロよ。
性格も我が儘だけどね。
うん、性格もフリースタイルです。
そんなクロエは、おそらくすでにこの近辺にはいない。
それどころか遠くヤシマに退避しているはず。
そういえば、ヤシマに到着したらどうなるのかしら?
例えば双六みたいに、一度上がってしまえばもう終わりとか?
それとも島への出入りは自由。
しかも島に逃げ込んでしまえば白軍は手出しできないとか?
うーん……
そういえばそのへんのルール説明がなかったわね。
書かれていたけれど、わたしは自分で読まないから。
それをいいことにカニやんが説明してくれなかった可能性はある。
十分すぎるくらいにある。
ただルールが発表された段階では陣は発表されていないから、敵だからあえて教えてくれなかったというわけではないけれど……とりあえず、もし島に逃げ込んでしまえば手出しできないのなら、逆に島からの攻撃は出来ないようにしてもらわないと不公平よね。
安全地帯から狙いたい放題なんて、卑怯の極みよ。
許しません
用心深いクロエのことだから、おそらく島の近くに陣取って、ヤシマに向かってくる紅軍の援護をしていると思う。
紅軍にどの程度の銃士がいるかわからないけれど、追う白軍としては、単体、あるいは少数で攻めるのは悪手。
少なくともクロエ、くるくる、ぽぽの三人がいるから、それ以上の人数で攻めて目標を散らさないと狙い撃ちにされるもの。
まぁそれについては、この状況を抜けてからの話。
まずは……
「ちょい待てっ!
俺、まだ落ちてへんねんけどっ?
なんでお前、勝手に俺落としてんのっ?!」
勝手にカニやんを落ちたことにして、離れたところにいるらしい恭平さんに報告するムーさん。
そこに慌ただしく抗議しているカニやんを落とします。
「起動…………」
「起動……業火」
すでに 【焔獄】 の一撃を浴びせ、かなりのHPを流出させているはずのカニやん。
その周囲にいる紅軍諸共に、問答無用で 【業火】 を浴びせる。
うん、まだ落ちない!
もちろんカニやんだけね。
周囲にいた剣士たちはそれほどレベルが高くなかったのか、【業火】 の一撃でほぼ落ちた。
持ちこたえたプレイヤーも、ノーキーさんの号令に呼応した白軍のプレイヤーにとどめを刺されて次々に落とされてゆく。
その中で生き延びているカニやんはさすがと言うべきか。
今は敵だからあんまり褒めたくないけど。
「氷雪乱舞」
わたしに魔法攻撃が通じないとわかっていても、自身の周囲にいる白軍の剣士ではなくこちらを狙ってくるカニやん。
これはやっぱり、こちらにいる柴さんたちを逃がすためよね。
なんだかんだ言っても脳筋コンビのことが好きだから。
でも今回ばかりは、あっさり脳筋コンビに見捨てられてるけど。
ではここは、それでも二人の撤退を助けようと孤軍奮闘するカニやんに敬意を表して……
「起動……避雷針」
生木を裂くような音とともに天高くから瞬時に落ちる雷の剣が、身長180㎝くらいあるカニやんの脳天にぶっ刺さる。
刹那、電子分解を始めるカニやんのアバター。
ごめんね、今回は敵だから容赦なく攻めさせてもらいました。
「それでいいに決まってるだろ。
なんで遠慮するのか、わかんねぇよ」
そう言っていつものようににひっと笑って落ちてゆく。
今回はにひっと笑って登場して、にひっと笑って退場するのね、このイケメンは。
「マジ落ちやがんの」
「阿呆めが」
二人らしい手向けの言葉ね。
でもカニやんが落ちたんだから、次はわかってるわよね?
「わかんねぇーよ!」
「わかってたまるか!」
カニやんに比べて脳筋は物わかりが悪いらしい。
じゃあ体でわからせてあげます。
だって脳筋にはそれが一番理解が早いんじゃない?
「冗談!」
「旦那、カニが落ちた。
ここまでだ」
狭い小舟の上、わたしのすぐそばでノギさんと斬り結んでいたクロウは、掛けられる柴さんの声に 「了解した」 と答えると、一際大きく踏み込もうとする。
これはノギさんも読んでいて剣で受けず躱そうとするけれど、そこはクロウのほうも読んでいて……この剣士の先読みの駆け引きって嫌い。
躱されることを前提に大きく踏み込む振りをしたクロウは、実際は踏み込んだ振りをして即座に後退。
砂鉄を、器用に背中の鞘に収めたと思ったら、柴さんたちのほうに向かって飛び込みました。
ちょ……格好いい……
なんて綺麗な飛び込みなのっ?
まるで水泳選手みたいな綺麗な飛び込みを見せて撤退。
しかも去り際にチラリとこちらを見て、「落ちるなよ」 と言い残す小憎らしさ。
でもね、我に返ってみれば、相変わらず船縁にしがみついたままの格好をずっと見られていたっていうね。
無様すぎる
あんな格好いい飛び込みを見せられて、お返しがこの無様な姿とか……泣いてもいい?
とりあえず 「落ちるなよ」 と言われたので頑張ります。
すぐそこでは読み負けたノギさんが、「あ、クソっ!」 といつものように悪態を吐いているけれど、すでに逃げられた後の祭り状態。
後ろを振り返って不破さんとなにか話した……と思ったら屍鬼をぶん投げてるし。
ちゃんとありがとうぐらい言って返せばいいのに。
それともわたしに聞こえなかっただけ?
とてもそんな雰囲気には見えなかったけれど、とりあえず丸腰になったノギさんは、放置されたままになっている自分の大剣を回収しに……というところで、まだ残っていた紅軍が舟に上がろうとするのに気がつき、その顔面を蹴りつけて船から落とす。
もう、相変わらず乱暴なんだから。
「ス、パーク」
でもとっさに反応できるところはさすがです。
わたしなんて、へばりついている船縁の向こう側にいきなり顔が出て来たのを見てとっさに反応できなかったし。
ちょっと喉に詰まってしまったけれど、ちゃんと発動してくれて助かったわ。
あとで思えば鉢巻きの色を確かめ忘れていました。
でもとっさに放った 【スパーク】 で吹っ飛ばされたということは、紅軍なのでセーフです。
「大丈夫ですか?」
ノギさんの投げた屍鬼を回収した不破さんがうしろから声を掛けてくれたから、振り返ろうとしたところでノギさんが大ジャンプ。
ええ、舟がどんぶらこっこどんぶらこっこと揺れまくり。
油断し掛けたわたしは慌てて船縁にしがみつきました。
ちょっと、ノギさん!!
「真田さんから連絡が来たんですが、るんが落とされたそうです」
少し申し訳なさそうに話す不破さんですが、わたしは意味がわからず、それがどうか? ……という顔をして見返したのですが、数秒後、意味を理解して絶望しました。
だってちゅるんさんが落とされたということはですね、ここから先、誰がわたしを連れて行ってくれるのでしょう?
も、もちろんね、自分で飛べばいいの。
わかってます。
わかってるんだけど、飛べる自信が全くない。
どのぐらい自信がないかというか、現実味がないかというと、舟の上で立てないのにどうやって飛ぶのって話よ。
でもちゅるんさんは落とされた。
今回のイベントではHPの回復はもちろん、死亡状態からの回復もなし。
さっきカニやんがそうされたように、アバターは電子分解して通常エリアに強制転送され、復活はしない。
つまりカニやんも復活しないけれど、ちゅるんさんも復活しない。
そうすると誰がわたしを運んでくれるのかという問題が発生する……というか、現在進行形で発生しています。
大問題!!
ここはやっぱり自分で泳ぐ?
海に入るのは全然問題なさそうだし……いや、問題大ありか。
だってわたし、泳げるけれど前にもうしろにも進めないというか、進まないというか。
あ、でも海だったら波が運んでくれるとか……はないわよね。
うん、そんな白軍有利な条件は設定されていないと思う。
むしろどこに流されるかわからないんじゃないかな。
ちなみに不破さんと真田さんが教えてくれた海情報によると、確かに海中に入ってもHPの減少はなし。
但し移動速度というか遊泳速度は、STRに依存していると思われる……ということは、非力はどう足掻いても前に進めないということが確定しました。
ひょっとしてだけど、カニやんもさっきの小舟まで誰かに抱えて運んでもらったのかしら?
いや、まぁこの場合は脳筋コンビのどちらかよね。
まかり間違ってもクロウはない。
ないというか、あってたまるものですか!!
そんでもってこういう状況だと、わたしにもカニやんにも選択肢はないっていうね。
でもだからって、ノーキーさんはなしにして欲しかった。
いや、だからってノギさんや不破さんがいいというわけでもないんだけどね。
うん、せめて真田さんかな?
「ああ? 真田だぁ?」
こっそりと希望を伝えたら、ノーキーさんに凄まれました。
その、ね、ちょっとは自己主張をしてみようと思ったの。
でも相手が悪かった。
普段一緒にいる 【素敵なお茶会】 のメンバーでも聞いてくれないのに、【特許庁】 のメンバーがわたしの希望なんてきいてくれるはずがないわよね。
うん、わかってた。
わかっていたけれど、ちょっと言ってみたかったの。
「なんであんなカマ野郎なんかがいいんだよ?
俺でいいだろうがよー!!」
はいはい、わかったからそんなに側で大きな声を出さないでよ。
お世話になっているのに我が儘をいって申し訳ありませんでした。
「あの人は全体を見てるんで、すいません」
わたしを運ぶため、剣を鞘に収めているノーキーさんをフォローするため、すぐそばについてきている不破さん。
その不破さんがなにかに気づいて 「チッ」 っと舌打ちをしたと思った刹那、聞き慣れた声が呼びかけてくる。
「ギルマス!
今、その女から助けてあげます!
ついでにその酷薄野郎からも!
起動……」
「あの馬鹿が!」
不破さんがらしくない舌打ちなんてしたと思ったら、バロームさんの登場です。
この二人はノーキーさんを巡って犬猿の仲だからね。
そんなところに居合わせたわたしはいい迷惑というか、立派な巻き込み事案です。
いや、巻き込まれ事案かな?
「…………ホットポット」
来た!
ファイアーボールの三連発。
バロームさん愛用の 【ホットポット】 が。
「あいつ、俺ごと燃やす気か!」
ごめんね、ノーキーさん。
攻撃型魔法使いであるバロームさんが魔法攻撃を仕掛けてくるのは至極当然のことだけど、常時発動スキル 【愚者の籠】 を所持するわたしに通常の魔法攻撃は効かない。
未実装の光属性を除き、わたしにダメージを与えられる攻撃魔法は闇属性と無属性のみ。
火焔属性である 【ホットポット】 は 【愚者の籠】 によって防がれてしまう。
不破さんは舌打ちしてすぐに躱しているから、「俺ごと」 ではなくて 「俺だけ」 燃やされるのよ。
ノーキーさんだけが……
今戦ではイケメンに登場してイケメンで退場したカニやんですが、まだまだ彼の災難は続く予定。
そしてバロームが紅軍として登場です!
女の嫉妬は恐ろしい・・・