730 ギルドマスターはネコになってネズミを愛でます
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「お前のも結んでやろう」
結んであげたお礼に結び返してくれるというクロウに、やむなくわたしも自分のポストから純白の鉢巻きを取り出した。
その色を見てギルドルームが不穏な空気に包まれる中、わたしは考えました。
どこに結んでもらう?
色々考えました。
色々言われながら考えました。
それこそパ○ツの色を白とか言われ、言い返しながら……いえ、その、お恥ずかしいことにわたし、今日穿いているパ○ツの色も覚えていなくてですね、その点については言い返せなかったのですが、別の角度から言い返そうとしたらクロウに邪魔をされました。
「待て」
アキヒトさんと同じ非力だからね。
あの大きな手で口を塞がれたらなにも喋れません。
アキヒトさんが喋れなくなったのは、恭平さんに甘えようとして首を絞められたからだけど、実はわたしも一瞬考えたの。
あ、いや、アキヒトさんの首に鉢巻きを巻いたのは恭平さんだけど、結ぶ振りをして首をギュウギュウ絞めたわけだけど、わたしもね、一瞬首というか、襟を考えたの。
わたしの着ている装備は稀少なデザインで、わたしは青チャイナと呼んでいる。
同じシリーズだけど、マダム・バタフライが着ている赤チャイナのように体のラインにピッタリしたデザインではなくゆったりしていて、しかも下にズボンを穿くアオザイ型。
でも襟は同じスタンドカラーだから、そこにきゅっと結んでもらおうかと一瞬考えたんだけど、やめて良かったです。
も、もちろん恭平さんみたいに、クロウがわたしの首をギュウギュウ絞めるんじゃないかと疑ったわけじゃないの。
うん、そこは疑ってません。
だって、たぶんクロウには嫌われていないと思うし、恨まれてもいないと思うもの。
アキヒトさんみたいに調子に乗って甘えたり……は……してるかも。
ヤバ……
思わぬところで日頃の自分の行いを振り返り、冷汗が吹き出す羽目になるなんて。
これからはアキヒトさんを反面教師にしたいと思います。
とにかくこの時、襟に結んでもらうのを思い留まってよかった。
だって結んでいたら、ある意味、真田さんや不破さんとお揃いになってたんだもの。
もちろんそれが嫌だとは言わないけど、さすがに 「裸ネクタイ」 とお揃いになるのはちょっと……………………あら?
しまった!
わたしったら無意識のうちに、カニやんの 「結局嫌なんかい!」 という突っ込みが入る妄想をしてしまった。
妄想どころか、入るのを待ってしまうという痛恨のミス……。
今回のイベントでは、エリアチャットは通常通り。
ギルドチャットは無効で、直通会話も自軍内でのみ使用可能。
だから今戦では、白軍にいるわたしと紅軍にいるカニやんは、エリアチャット有効範囲に入らなければ話せないのよ。
No Thank youです
たぶんカニやんも、わたしとは終戦まで会いたくないと思う。
もちろんクロウとも、脳筋コンビとも会いたくありません。
クロエには会いたくないというか、発見されたくないというのが正確かもしれない。
あの金髪の我が儘美少年は容赦がないからね。
いつどこから眉間をズドンと撃ってくるかわからないのが恐ろしい。
そういえばこのイベント、【鷹の目】 は参加してるのかしら?
【素敵なお茶会】 や 【特許庁】 みたいにどちらかの陣にメンバーが偏ると、あの遠距離からの高火力は侮れない。
ううん、はっきり言って脅威だわ。
「あー 【鷹の目】か。
なるほど、【鷹の目】 ね」
真田さんはそんなことを言って腕組みをしていたけれど、基本的に 【特許庁】 はノーキーさんを先頭に、我が身を省みることをせず突っ込んでゆくギルド。
楽しければいい、そういうギルドだからね。
その楽しみ方も個性的というか、独特というか。
だから真田さんもなにも考えていないと思う。
ちなみに、近くに姿は見えないけれど、ノーキーさんも白軍です。
不破さん情報によると、転送直前まで側にいて一緒に転送されてきたから、間違いなくどこかにいるそうです。
一応ちゃんと鉢巻き巻いたか確認しましたが、不破さんが巻いてあげたそうです。
え? ちょっと待って?
なに、この二人?
ひょっとしてですが、不破さんとノーキーさんも、カニやんと脳筋コンビみたいな関係とか?
「カニやんと……柴さんとムーさんのことですか?
あの三人がどういう関係か知りませんけど、俺と徳貴は不本意ながら幼なじみでして」
そういえば幼稚園からのお付き合いだっけ?
「誰にきいたんですか?」
「真田さんかノギさん」
正直に答えたら、「ちょっとグレイちゃん!」 と真田さんを慌てさせてしまった。
結局わたしは、いつも下ろしている髪を一つに束ねてアップにし、リボン代わりに純白の鉢巻きを結んでもらった。
もちろんクロウにね。
「お前の髪は白いから紅のほうが映えるんだが」
クロウには結びながらそんなことを言われてしまった。
それってつまり、同じ紅軍になりたかったってことよね。
わたしだって、色はどちらでもいいけどクロウと一緒が良かったわよ!!
いっそカニやんから鉢巻きを奪って……いや、そんなことをしたらさすがにあの二人が黙っていないわね。
もちろんそんなことは出来ないんだろうけど。
「鉢巻きの交換?
出来ないでしょ?」
「但し書きにあったような気がしますけど」
やっぱりそうか。
うん、まぁそうだろうとは思ったけど。
奪えたとしても、あの二人が見逃してくれるはずもない。
そもそもわたしとカニやんの力関係だって、ルゥとタマちゃんの関係だもの。
レベルも火力も勝っているはずなのに絶対勝てないっていうね。
ムカつく
たぶん事前登録されたプレイヤーの火力が、両軍で同じくらいになるようにわけていると思う。
だとしたら交換は不可よね。
ワンサイドゲーム防止には必要な措置だと思う。
ところで、その肝心の紅軍はどこでしょう?
「そろそろ始まるんじゃない?」
「いい時間ですね」
そう。
今回のイベントは、イベント用エリア 【セトウチ】 転送と、期間限定イベント 【ヤシマの眩惑】 開戦は別。
今までは 転送 = 開始 だったけど。
そして聞こえてくる開戦の合図は、船の警笛にも似たホラ貝の音。
少しくぐもったような低い音がどこからか聞こえてくる。
長く聞こえていたその音が遠ざかるにつれ、それまで見えていなかった紅軍が姿を現わす。
ちょっとわかった気がする
「なにが?」
不敵な笑みを浮かべながら剣を抜く真田さんが尋ねてくる。
もちろんその隣では不破さんも、真田さん以上に不敵……ううん、妖しい笑みを浮かべながら刀を抜いている。
愛刀、屍鬼をね。
「長官の話よ。
ほら、大怪我をして帰ってきた調査員たちは、源氏と戦ったって証言するNPCと、平家と戦ったっていうNPCがいたって」
「ああ、その話」
わたしの話に 「それがなに?」 という顔をする真田さんは、すぐ隣に現われた小舟。
それまでそこにいたはずなのに見えていなかったその小舟に乗る、紅軍のプレイヤーと睨み合う。
「つまり、こうやって同士討ちをする羽目になったってことじゃない?」
「ああ、眩惑の意味ね」
「何物かの意志に惑わされ、気づかないうちに同士討ちしていたということですね」
「たぶん、そういう設定だと思う。
起動……業火」
真田さん、不破さんを前に顔を引き攣らせていた紅軍のプレイヤーたち。
それでも果敢に挑むべく剣を抜いたから、二人のあいだから攻撃型魔法使いが先制をかける。
【業火】 は範囲魔法。
小舟を中心に海上までを焔に包むと、抜き身の剣を手に真田さんと不破さんが、その焔の中に飛び込んでゆく。
今回のイベントでは自軍はPK出来ない仕様だからね。
【業火】 に包まれる紅軍のプレイヤーは、それぞれのVITに合わせてダメージと硬直時間がある。
すでに剣を抜いていたプレイヤーもいたけれど、一瞬遅れたプレイヤーはさらに硬直によるロスタイムで対応が遅れる。
まぁいずれにしても硬直が解けないと対応出来ないわけで、中には無防備なままなにも出来ずに落とされたプレイヤーも。
もちろん遅れずに対応してきたプレイヤーもいたけれど、ランカーの二人を相手に早々逃れることは難しい。
焔の中で剣戟が聞こえたのは数回。
焔が消えたあと、その小舟には真田さんと不破さんしか残っていなかった。
「逃がしてなるかよ」
「そういえば追いかけっこでしたっけ?」
確か紅軍はヤシマを目指すはず。
あるかどうかわからないけれど、癖のようにウィンドウを開いてみたらマップが出て来た。
この仮想現実で厄介なところは、日本列島が左右逆転していること。
ゲームの開始地点でもあり、プレイヤーが活動の拠点としている安全地帯 【ナゴヤドーム】 がある 【中部・東海エリア】 を中心に、その東側に 【関西エリア】、西側に 【関東エリア】 があるように、四国の西側に淡路島が描かれている。
これで南北まで逆転されたら、たぶんわたしは地図が読めない女になるわ。
現実とのギャップで脳がバグりそうだもの。
しかも海上には紅と白が点で無数に点在している。
よくよく見るとその点は動いている……ということは、おそらく小舟。
あるいはプレイヤーね。
もちろん紅い点は紅軍、白い点は白軍よ。
「舟じゃなくて、たぶんプレイヤーね」
なぜ真田さんがそう予測したかといえば、舟は乗っ取れるから。
舟自体はどちらの軍の所有というものはないんだと思う。
だから紅軍の舟に二人は飛び乗れた。
ま、わたしには無理だけど。
落ちるわよ
死亡状態にされる前に……といってもイベント中は、死亡状態に陥ると強制的に一般エリアに転送されるわけだけど、その前に落ちます。
もちろん海にね。
あれは剣士のSTRと運動神経で出来る小技だと思う。
わたしには無理です。
それはそれは無様に転落するわよ。
わかってるからやらないけど。
とりあえず不破さんという支えを失ったので、再び小舟の上でへたりこむ。
そこに追い打ちを掛けるように災難が向こうからやって来た。
「へ~い、グレぇ~イ!!」
ノーキーさんね。
わざわざわたしを探して来たわけではなさそうだけど……だってほら、ノーキーさんはわたしが同じ白軍だと知らないはずだしね。
だって事前には真田さんにも知らせてなかったのよ?
ノーキーさんに知らせるわけないじゃない。
そもそもわたしは、【特許庁】 のメンバーほとんどが白軍だって知らなかったわけだしね。
で、大きな声でわたしの名前を呼びながら、小舟と小舟を渡りながらこちらへやって来ます。
小心者の心理としては 【スパーク】 で吹っ飛ばしてあげたいところだけれど、味方なので出来ないという不本意な状況です。
ノーキーさんの着地で小舟が大きく揺れ、さらにわたしは立てなくなる。
無様だわ……
まぁでも、詠唱はすわっていようと転がっていようと出来るからね。
お仕事するわ、寝転がって船の縁にしがみつきながら……
「起動……百花繚乱」
あ、もちろんノーキーさんに放ったわけじゃないのよ。
方向としてはノーキーさんに向けてだけど、ノーキーさんは味方だからノーダメージ。
わたしが狙ったのは、ノーキーさんが大量に引き連れてきた紅軍プレイヤー。
真田さんと不破さんは 【業火】 の焔に突っ込んでいったけれど、ノーキーさんは花びらのように舞う 【百花繚乱】 の焔の中から飛び出してくる。
相変わらずモテモテね、ノーキーさんったら。
いつもいつも敵に追い回されて……って、ヤシマに逃げ込むはずの紅軍が、どうして白軍を追いかけてるわけ?
逆よね?
でもガッツリ追いかけてるわよ、よりによってノーキーさんを。
それどころかガッツリ攻めの姿勢です。
この状況はひょっとしてあれ?
窮鼠猫を噛む
……いやいやいや、まだ追い詰められてないわよ。
イベントは始まったばかりだし、ここは紅軍が目指すヤシマとは随分遠く離れている。
全然追い詰められてないはず。
その紅軍が白軍に仕掛けています。
「起動……スパイラルウィンド」
お仕事をしながら状況を考えてみました。
たぶんだけど、あれよね、きっと。
ほら、言うじゃない。
攻撃は最大の防御
もしこれが当たっているとして、こんなことを考えるのは……まさか、ね?
期間限定イベント 【ヤシマの眩惑】、本格的に開戦です!
ヤシマに逃げ込む紅軍を逐い、狩る白軍のはずが、白軍が紅軍に狩られそうになっていた・・・・・・。
ノーキーが煽ったことは火を見るより明らかですがw
【眩惑】
目がくらんでまどうこと。
あることに気が引きつけられて、判断をあやまること。
また、そのようにさせること。 (旺文社「国語辞典」より




