73 ギルドマスターは地下闘技場で戦います
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本日は遅刻せず・・・よろしくお付き合いくださいませ(汗
「なんだよ、お前ら」
わたしに難題を提示したノギさんは、割って入る柴さんとムーさんの脳筋コンビに、それこそ文句でもあるのかと返す。
でも二人も、茶化すことなく切り返す。
「あるに決まってるだろう」
「さっきの、見てたぞ」
どうやら二人は、さっきノギさんがわたしに仕掛けた不意打ちを見ていたらしい。
でも止められないのが不意打ち。
二人も偶然そのタイミングを見てしまっただけで、予測出来ていたわけじゃない。
でもノギさんが不意打ちに失敗したのは見ていた。
「いつもうちの主催者が言っているが、最初の一撃をかわせれば主催者の勝ち」
「さっきの不意打ちをかわされただろう、お前。
あれで決められなかったんだ、出直せ」
「そう何度も機会があると思うなよ」
「うちの女王陛下は安くはないからな」
もちろんそれは魔法が使える状況なら。
通常エリアじゃ無理なんだけれど今は黙っておく。
これでノギさんが二人に言い負かされてくれれば丸く収るかと思ったんだけれど……
「いいのか、俺にそんなことを言って」
やっぱりノギさんよね。
不敵に返してきた。
「だったら俺なんて当てにせず、お前らの仕切りでやればいい」
「どうせ邪魔するんだろ」
「ここ、お前の崇拝者も多いしな」
たぶんさっき、当たり前のように鞘を拾ってきたプレイヤーもノギさんの崇拝者よね。
鞘の渡し方とかが、ちょっと芝居がかってるくらい恭しかったもの。
不破さんが言うには、脳筋コンビもそこそこ崇拝者がいるらしいんだけれど、ただ、ここでノギさんと意見が分かれるのがよくないんだって。
支持者同士で争いになって、それがまた対戦の理由になる……ここはそういう空間。
ここに出入りするプレイヤーたちの中では地下闘技場と一般エリアとの区別が付けられているみたいなんだけれど、今更ながらクロウがここに来ることを禁じた理由がわかったような気がする。
カニやんが、不破さんにくっついているように言った理由もね。
その不破さんに言われ、この場は二人に任せてわたしは黙っている。
「じゃあこうしよう。
確かにさっき、俺は魔女に負けた。
だから今回、魔女は諦める。
代りにお前らが相手をするっていうのはどうだ?」
これで二人が 「OK」 を出せば交渉成立。
でもわたしは二人を人身御供にするみたいで面白くなかったんだけれど、妖艶な笑みを浮かべる不破さんに黙っているよう指示を出される。
綺麗っていうだけでない……こう、精神的な圧力を掛けてくるような笑みと戦うわたしをよそに、二人はあっさりとOKを出してしまう。
なんだかよくわからないんだけれど、別にかまわないんだって。
なに、それ?
「俺ら、普段からここで遊んでるし」
「ノギや不破っちともよく対戦してるし」
いまさらなんだって。
そ、そう、それなら遠慮なくってことでやっと話がついた。
わたしとの対戦はまたの楽しみとかいってニヤリと笑ったノギさんは、不意に観覧席を振り返って多くのプレイヤーに声を掛ける。
よく聞こえるように張りのある声で。
誰も聞き逃さないよう、いつもより少しゆっくりと……
「これから滅多に見られない見世物がある。
お前らも見たいだろ?
見たい奴は今すぐ登録を取り消せ」
ここでノギさんが息を吐くほどの間を置くと、闘技場にいるプレイヤーたちがいそいそとウィンドウを開く。
たぶん、ノギさんにいわれるまま登録の取り消しをしているんだと思う。
これって…………つまりわたしの要望って、人為的にやるってことっ?
だから地下闘技場でも権勢みたいなものを持っているノギさんとか、不破さん頼みなんだ。
ノギさんの話だとうちの脳筋コンビの声掛けでも聞いてくれるプレイヤーは多いけれど、ノギさんや不破さんが妨害をしてきたらそれぞれを支持するプレイヤーがいうことをきいてくれないから上手くいかない……なるほど。
たぶん来場しているトップクラスの意見が一致しないと出来ないやり方なんだと思う。
「あとは大人しく開始を待ってな」
そうノギさんが呼びかけているあいだに、脳筋コンビが、トール君のウィンドウをのぞき込んで操作方法を教えている。
登録方法とハンディキャップ戦の設定を。
これ、わたしもなにか設定しないとダメなのかしら?
尋ねるように不破さんを振り返ったら、その肩越しに……
「ク、ロウ……」
うっそ、これからってタイミングでタイムリミットっ?!
わたしの顔を見て不破さんも気づいたらしく、入り口を振り返ってにっこりと笑う。
「やあクロウさん、カニやん」
あら、カニやんも一緒だったのね。
わたしの位置からだと不破さんの影になって見えなかったんだけれど、不破さんに呼びかけられたカニやんの気まずそうな顔。
「別に一緒に来たわけじゃない。
終わったって連絡がなかなか来ないから、気になって様子を見に来たら途中で会って……」
それで一緒に来る羽目になってしまったらしいんだけれど、カニやんってば本当に気まずそうな顔。
うん、でもわたしも気まずいわよ。
まさかここまで盛り上げておいて、やっぱりやりませんとは言えないもの。
もう引き返せない状況なのよ。
もちろん不破さんもわかっていると思うんだけれど、全然動じていない。
当然ノギさんもね。
わたしはすぐそばまで来たクロウが拳骨を握っているのを見て冷や汗が止まらない。
うん、これは絶対に怒られる。
拳骨決定!
でもその拳骨が落ちなかったのは、いつもはわたしがクロウに拳骨を落とされるのを知らん顔をして見ている脳筋コンビが止めてくれたから。
なぜ止めてくれたかといえば、さすがにこれだけ注目されているところではまずいからってことらしい。
クロウも不承不承……それこそ思いっきり溜息を吐かれちゃった。
「あとで覚えておけよ」
「忘れる!」
だって覚えていてもろくなことがないじゃない。
だったら忘れるに決まってるでしょ。
わたしはさっきから張りっぱなしの虚勢で声を張り上げる。
これ、結構疲れる。
でも今が、ある意味大事な局面だから、ここでへたれるわけにはいかないのよ。
「……それは不破の?」
わたしが両手で抱えるように持っている屍鬼を見たクロウは、溜息をもう一つ。
借り物だから落とさないよう大事に持っていたんだけれど……
「すまない、不破」
「気になさらずに」
「いや、それはお返しする。
グレイ」
クロウってば、ウィンドウをいじりながら不破さんに屍鬼を返せってわたしに言う。
どうしてもわたしにフェイトをさせないつもりなのかと思ったら、インベントリから同じ屍鬼を取り出し無造作に渡してくる。
「グレイ」
つまり不破さんの屍鬼は返して、自分の屍鬼を使えってこと?
まぁそういうことなら……ちょっとしぶしぶだけれど、不破さんに礼をいって不破さんの屍鬼を返す。
それから恐る恐るクロウの屍鬼を受け取ると、インフォメーションが出る。
information フェイトシステムより対戦が申し込まれました。
尚、対戦はハンディキャップ戦となります。
対戦相手 トール / LV21 / 剣士
これに 「受諾」 をポチればいいのね。
恐る恐る押した瞬間、わたしとトール君だけが仮想空間へと転送される。
舞台設定は廃墟。
この中部東海エリアでよく見られる、壊滅した都市の残骸の中。
わたしとトール君だけが向かい合う静寂の空間。
夜時間なのか、視界が利かないほどではないけれど周囲は薄暗い。
壊れた電灯が、時折思い出したように点灯するのがうるさく感じる。
「行きます、グレイさん」
わたしの数メートル前方で向き合って立つトール君は、ご丁寧に声を掛けながら腰に帯びた剣を抜く。
その声に応えるように、わたしは左手に鞘、右手に柄を持って一息に刀身を引き抜く。
屍鬼は普通の刀より刀身が長いから、一気に引き抜かないと途中で引っ掛かってしまうのよ。
直後、正面で構えていたトール君が斬りかかってくる。
気合いを入れながら少し左斜め上から右下へ、一気に振り下ろすのをわたしはほんの少し後退してかわす。
もちろん受け身ばかりでは勝てるはずがないから、わたしも反撃を忘れない。
両手に持った屍鬼を、刃を上にして下から上に振り上げる。
剣を振り下ろしたばかりのトール君は身構えが間に合わず、後ろに下がってかわそうとするけれど、屍鬼は普通の刀より刀身が長い。
刃先がトール君の鎧の胸先をかすり、わずかにHPドレイン現象が起こる。
別にフェイントを掛けるつもりじゃなかったんだけれど、このくらいいいわよね。
だって身長差があるんだから。
どう見たって軽く十㎝以上あるわよ。
腕の長さも足の長さも全然違うんだから、この程度はハンデ。
振り抜いたわたしはすぐさま刃の向きを変え、真横に振り抜く。
さすがにこれには対応が追いつかれ、トール君は剣で受け止める。
「グレイさん、それ……」
もちろん屍鬼の刀身の長さは視覚でもわかる。
そのぐらい普通の片手剣より長いから。
でもたぶん、トール君の予測より斬り込みが深かったから驚いているんだと思う。
「細工はないわよ。
そういうの、無効になるんだって」
確か不破さんがそう言っていたはず、固有スキルは発動しないって。
だから条件はほぼ対等……身長差以外はね。
いつもとは違うステータスは、特にAGIに違和感を感じる。
でもそれはきっとトール君も同じ。
当然STRも違うけれど、これは元々わたしにはないもの。
でもトール君には違和感があると思う。
だからトール君がその違和感を解消する前に勝負をつける。
屍鬼の長さを用心するトール君は、少しわたしとの間合いを長めにとって身構えたまま、先程のように自分から斬りかかってこない。
ではわたしから……右手に握る柄に左手を添え、大きく一歩を踏み出すタイミングに合わせて少し左下からほぼ真横に振り抜く。
低い体勢で懐深く斬り込むわたしに、受け身に回ったトール君はまず屍鬼の一撃をかわす……けれど交わしきれず、またしても胸先をかすめてHPがドレイン。
その量にこだわらず、すぐさま体勢を立て直してわたしの頭上から両手に構えた剣を振り下ろしてくる。
うん、なんとなくその動きは読めていた。
刃の向きを変えたわたしは、左手を地に着いて体のバランスを保ちつつ、右手だけで握った屍鬼を頭上に振りながら立ち上がる。
振り下ろされるトール君の剣を乱暴に打ち払い、そのままトール君の左横を擦り抜ける形で左手に持ち替えた屍鬼を地面と水平に構え、トール君の腹部に向けて真横に振り抜く。
まだ落ちない
胴を真っ二つにされたトール君は大量のHPをドレインさせながらも体の向きを変え、低い体勢のままのわたしに向かって振り上げた剣を両手に持って振り下ろしてくる。
ごめん、それもなんとなくわかってた。
だからわたしは低い体勢のままトール君に向かって大きく踏み込み、右手に持った屍鬼の柄尻を左手で押し出すようにトール君の腹部を貫く。
これは予想通り決定打だった。
けれどHPドレイン現象は起きず、例えばゴングなど終了の合図があるわけでもない。
代りに起こったこと。
それは突然トール君の足下から上に向かって伸びるように現われ、背後につく。
一瞬のことでわたしもトール君も呆気にとられていたんだけれど、それが大きな箱だとわかる間もなく、今度は、またしてもトール君の足下から細長い板が現われる。
あ!
その表面に刻まれた十字架を見てわたしにはトール君の背後に張り付くそれが棺だとわかったけれど、次の瞬間にはトール君はその中に押し込まれ、無情な音を立てて蓋が閉められる。
真っ黒い棺はトール君を閉じ込めたまま、現われた時とは逆に、勢いよく地中に沈み込むように消えてしまった。
「……なに、今のっ?」