726 ギルドマスターはカナヅチとトンカチについて議論します
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えーっと、源平合戦の屋島の戦い、屋島の戦い……っと、あった、寿永4年……というのは西暦でいうと何年?
あ、書いてある。
1185年ということは、ざっくり1000年くらい前?
壇ノ浦の戦いかと思ったら、一ノ谷の戦いのあとの話で……などと、珍しくわたしなりに予習をした。
もちろん次のイベントに備えて、就業時間外にね。
イベントとは全然関係ないけれど、設定の背景的な?
いや、本当に全然関係ないか。
だってざっくり1000年前のことだし、舞台設定というより元ネタ程度だし。
しかも慣れないことはするもんじゃないというか、なんというか。
「ざっくり1000年前って、ざっくりしすぎやろ」
そう言ってカニやんには笑われるし。
うん、これが一番ムカつきました。
「一ノ谷のあとで鵯越の逆落としっていう卑怯撃ちを源氏がやって、追い込まれた平家は瀬戸内海を渡って四国に逃げようとした。
屋島はその時の戦いやな」
だから一ノ谷の戦いのあとというのは少し違うそうです。
さらには一ノ谷の戦いのあと、朝廷を巻き込んだ権謀術数があって……などなど、小難しいことを話し始めました。
だって一ノ谷の戦いのほうが有名じゃない。
実際、カニやんの小難しい話について行けているのは、ログインしているギルドメンバーの中でも、恭平さんを含む数人だけ。
現役の学生組も、ちょっとぽかーんとしているというか、苦笑いを浮かべてる感じ。
「俺、日本史じゃなくて世界史選択なので……」
「わたしもー!!」
トール君がいつものように遠慮がちに言うと、さりげなくその隣に立った美沙さんが元気よく挙手。
トール君の曖昧な語尾に元気な声を重ねる。
なるほど、選択科目か。
「鵯越の逆落としで平家は多くの兵を失って敗走状態。
でも源氏も、追撃するには船が足りなくて大変で」
ん? 船?
「あんた、扇の的は知ってるくせに、なに言ってんの?」
いや、だってアレは結構有名な話じゃない。
それこそ歴女とは絶対に言えないわたしでも知ってるくらい有名な話よ。
鵯越の逆落としのあと、西に敗走する平家を追撃する源氏。
屋島の戦いはその最中に起こった戦いの一つにすぎないけれど、扇の的の逸話で有名になったようなものだと思う。
でも船……そうか、海上戦もあり得るのか。
「あり得るっていうか、ほぼほぼ海上戦じゃね?」
「海上戦っていうか、船上っていうか」
お仕事の都合で少し遅れてきた柴さんに、ムーさんが乗ってくる。
ちなみにこの二人も、カニやんの話について行けている数少ないメンバーです。
国家資格を持つ優秀な頭脳の持ち主だけど、それ以上にカニやん大好きだからね。
わざわざお勉強し直したんだと思う。
以前、学生組に勉強を教えてあげてといったら 「学校のお勉強なんて綺麗さっぱり忘れた」 なんて言っていたくせに……いや、保健体育ならOKとか言っていたっけ?
まぁそこは職業病的な?
お医者様だし、筋肉大好きだし……ということは、体育というよりもっぱら筋トレだと思う。
「そこは俺も正解やと思う」
そう言って、二人に愛されているカニやんはにひっと笑う。
でも船上戦、あるいは海上戦となると船よね。
海中戦でもわたしは困るけれど……ほら、わたしはちょっと泳ぎが苦手だから。
ただ泳ぐだけならともかく、戦うとなるとちょっと間に合わないかな。
【ゴショ】 が実装されるまで、【関西エリア】 で最難関だったID【フチョウ】 のオープニングセレモニー……じゃなくて、真っ先に玄関で出迎えてくれる対ヒレ脚生物は海中戦。
でもあそこはかなり限られたエリアだし、IDなのでパーティメンバー以外にプレイヤーはいない。
出現するNPCも、難度によって変わるとはいえ限られているから、柱などの障害物を利用すれば泳ぐ必要自体ない。
最大の利点は、仮想現実なので窒息する心配がないどころか息継ぎの必要もないっていうね。
でもイベントとなると、去年のこともあるし……
「いや、あんた本物のカナヅチやし」
「あんたは泳げる言わへんから」
「まだその認識、改めてへんのか」
改めるもなにも、自分の認識に間違いがあるとは思っておりませんが?
三人のほうこそ、カナヅチの認識が誤っているのでは?
「いや、こういうのは多数決やし」
「俺らのほうが大勢やから」
「あんた、そろそろ色々ズレてること自覚せぇや」
芸能人は歯が命だけど、数が命の民主主義。
さすがに三対一では分が悪いことは認めます。
でも色々ズレているというカニやんの話は、具体例をプレゼンしてください。
まぁどんなに具体例を列挙されても納得しないけどね。
絶対しません!!
わたしのどこがずれてるのよ?
失礼しちゃうわ。
「そこんとこな」
「具体例其の一やな」
「それすらわかってへんみたいやけど」
ぐぬぬぬ……
ああ言えばこう言う減らず口トリオめ!
カニやんにしろ柴さんにしろムーさんにしろ、相手が悪いことはわたしだってわかっている。
でもここまで来ると引くに引けなくて頑張って踏ん張っていたら、JBまで三人の味方をしてきた。
『数で負けてるのわかってるんすから、そろそろ諦めたほうがよくないっすか?』
それはつまり、わたしにカナヅチであることを認めろと?
『え? ギルマス、カナヅチっすよね?』
どうしてそこで迷わず断定するわけ?
しかもその認識は間違ってるから今すぐ改めて!
『俺、変なこと言ったっすか?』
言いました!!
どこをどうしたらわたしがカナヅチなのよっ?
ぜーったい間違ってるから。
わたし、ちゃんと……とは言えないけれど、泳げます!
『ちゃんとじゃないのはわかってるんだ』
待って!
待って、待って、恭平さんまで出てきたらわたしの勝ち目が万が一にもなくなります。
「いや、始めからないし」
すかさず返されるカニやんの言葉に、インカムの向こうの恭平さんが苦笑いをしたような気配がした。
いいわ、決した勝敗にこだわっても虚しいだけよ。
わたしは過去は振り返らない、今そう決めました。
「女って強かやなぁ~」
「いつまでも喪を引き摺ってるくせに、よう言うわ」
「黒歴史にどっぷり浸かってるくせに」
三人のほうが根に持ってないっ?!
ちなみにわたしは認識を改めることだけはしないから。
わたしは泳げます!!
『グレイさんのことはクロウさんに任せておけばいいんだから、先に進めてよ』
いい加減うんざり……とばかりに、いつものように 【富士・樹海】 で鳥撃ちをしているクロエの声がする。
うん、まぁこの意見は、実際にイベント始まると無理だとわかるんだけど、とりあえず今は置いておく。
だってイベントが始まらないと意味ないしね。
えーっと海上戦?
船上パーティ?
「いや、それは違うから」
「なんであんな小舟でパーティせなあかんねん」
「でけへんやろ」
あー……そうか、あの時代の船って小さな手こぎ船よね。
遣唐使や遣隋使の時代から大型船はあるけれど、ああいう戦では登場しなかったような気がする。
多少サイズ違いはあるけれど、いずれにせよ小さな手こぎ船。
モーターなんてないのはわかるけれど、まさかプレイヤーが漕ぐの?
それに海に落ちたららどうなるんだろう?
転覆とか。
瀬戸内海って鮫いたっけ?
「因幡の白ウサギやっけ?」
『あれ、場所ははっきりしないんじゃなかったか?
隠岐が有力説っぽいけど、日本海側だし』
「あー……ほな関係ないな」
つまり 「いない」 でいいのね。
『いないとはいってない』
なんとなくわかりました。
いるかもしれないしいないかもしれない。
そもそも日本海だろうと瀬戸内海だろうと海は海。
つながってるのよね。
エサを追って本来いない場所に入り込むとかよくあることだし。
え? 鮫が出るのっ?!
「出てくる可能性の高いNPCではあるけど、なんとも。
それに鉢巻きの件が気になる」
『あの紅白の』
それそれ……と、恭平さんの相槌にカニやんが同意して、ギルドルームに集まるわたしたちは、インカムからの参加メンバーを交えて次の期間限定イベントのルールを再確認してみる。
まず次の期間限定イベント 【ヤシマの眩惑】 は、海の日を含めた三連休で開催される。
わたしたち社会人組に夏休みはないけれど、学生組はギリギリ夏休みに入るか入らないか。
入らなかった場合でも、定期考査は終わっていると思われるから大丈夫ね。
たぶん夏休み前で浮き足立っている頃よ。
羨ましい
わたしたち社会人組はお盆休みまで、もう少しの辛抱という頃です。
はぁ~……思わず溜息が出るので考えないことにします。
もちろん学生組の夏休みのことを、よ。
ないものはないんだから仕方ないし、お盆休み前は進行で忙しくなることを考えれば、いっそ平常運転が続くほうがいい……とは思いません。
お休みください
「俺に言われてもな」
無意識のうちに上司様にお願いしていたらしく、クロウに苦笑されました。
苦笑いを浮かべても、渋いイケメンっぷりが眩しくて直視出来ません。
これから本格的に暑くなるし、エアコンの効いた部屋から出たくありません。
海なんて絶対に行きたくないし。
「代わりに仮想空間で泳げば?」
そうします
NPC長官の号令というか、指令によると、例によって調査は調査なんだけど、先行していた調査隊が傷だらけになって帰ってきたらしい。
だがある調査員は平家の亡霊にやられたと証言し、ある調査員は源氏の亡霊にやられたと話しているという。
しかし皆傷が深く、集中治療室にいるため詳細の聞き取りが出来ず。
普通なら回復を待って詳細を確認してから次の行動に移すべきところだが、それだとイベントが始まらない。
NPC長官は早々に次の調査隊を派遣することにした……というものである。
つまりその派遣が今回のイベントね
相変わらずカナヅチである現実を認めないグレイと、それを認めさせようとするカニやんたちの不毛な戦いで一話を費やしました。
楽しんでいただけたらと思います。
いよいよイベントの舞台、【セトウチ】 に派遣されることになるグレイたちプレイヤーですが・・・