72 ギルドマスターは助力を得ます
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!
本日も少し遅いですが、ギリギリセーフってことで・・・よろしくお付き合いくださいませ(汗
ノギさんってば対戦を終えたばかりなのにまだまだ元気で、わたしに場外乱闘を仕掛けてきた。
寸前に気がついたわたしは最初の一撃は杖で凌いだんだけれど、現在勝ち目のない力勝負の真っ最中。
不破さんが仲裁を試みてくれたんだけれど、だったら代りに自分と手合わせしろといわれてあっさりお断り。
で、力勝負が継続中。
でもこれ、もう手が、手が…………プルプルしてきたぁ、どうしよう……。
どうせ押し返そうったってわたしのSTRじゃ、ノギさんはびくともしない。
押してもダメってことは引いてみる?
あー……どうせダメ元だもんね。
ほんの一瞬だけ、それこそダメ元でノギさんの剣を押し返してみる。
ま、思った通りニヤリと笑ったノギさんは、わたしを威嚇するように押し返す力を強める。
わたしはその瞬間を狙って素早く杖を引き、身をかわす。
ノギさんの大剣、その刃に滑らせるように杖を引くわたしにノギさんが囁く。
「やっぱりお前は面白い」
わたしの手に気づいていたノギさんが、乗ったふりをしたのはほんの数秒のこと。
大剣の柄を片手で握ると、空けたもう一方の手で、不破さんの影に入ろうと身をかわしかけたわたしの髪を無造作に掴んだ。
痛い!!
ノギさんってば、髪の毛を引き千切る勢いで引っ張ってわたしを振り回す。
だから力勝負じゃ勝ち目がないんだってば。
よろけながらも振り回されたわたしは、そのままノギさんに背後から羽交い締めにされる。
…………えーっとこれ、前にも似たような状況があったわよね。
そんなことを思い出していたら、ノギさんってば、髪の毛を放した手でわたしの首を握ってきた。
「細いな。
このまま縊れるか?」
「やめてよ、ノギさん」
「試してみたい」
「ノギさん、おふざけはそこまででお願いします」
「じゃあ不破、お前が相手をするか?」
「それはお断りします」
……断るのね、不破さん。
わたしの顔を見てノギさんが勝手に仕掛けてきんだからわたし自身が招いた事態じゃないけれど、ここは自力で切り抜けますか。
…………なんて悟り澄ましたことを考えてはみたものの、すぐ横にあるノギさんの顔が近い。
その表情がわからないくらい近くにありすぎて……これ、どうしたらいいの?
もうね、近いっていうか、顎? ノギさんの顎……のあたりだと思うんだけれど、わたしのこめかみあたりにくっついてる……うぇ~ん、やだ、これ!
しかも首を握る手が、時々喉仏あたりをゴリゴリして気持ち悪い。
やーめーてー
「どうした、魔女。
もう抵抗しないのか?」
「これ、やってることがノーキーさんと一緒なんだけど、運営にアカウント凍結されたい?」
それこそ一週間くらい謹慎してる?
このまま放してくれないなら、当然わたしは運営に通報します。
もっともノギさんはノーキーさんとは違うから、その必要もないんだけれどね。
わたしの耳元で、大きく諦めにも似た溜息を吐いたノギさんは……
「あの脳筋と一緒にされるのはごめんだ」
そういってわたしを解放してくれた。
作戦成功というかなんというか……アカウントの凍結より、ノーキーさんと同類扱いのほうが嫌っていうのがいかにもノギさんらしい。
「で、こんなところでなにしてるんだ?
クロウは知ってるのか?」
今まで自分が何をしていたかなんてすっかり覚えていないみたいにからりとしたノギさんは、ほかのプレイヤーが拾ってきてくれた鞘を受け取り、大剣を収める。
しかもまたクロウのことを持ち出してきた。
ほんと、どんだけクロウが好きなのよ、ノギさんは。
「ここでノーキーを持ち出してくるとはさすが。
あのクソマスの悪行がこんなところで役に立つなんて、俺も予想外だったな」
そういえばこのあいだ、ノーキーさんが一週間のアカウント停止処分を食らった騒ぎの時、不破さんも蝶々夫人と一緒に広場に来てたっけ。
その不破さんが、ノギさんに掴まれて乱れた髪をそっと手櫛で直してくれる。
ほんと、こういうところもホストみたい……といってもわたし、実物のホストがどんな感じなのか知らないんだけど、こんな感じかな、と思ったり。
とりあえず、顔が熱い。
しかもとっくにフードなんて脱げちゃってるから顔が全開。
それまでわたしと気づいていなかった、あるいはいることを知らなかったプレイヤーたちまでがわたしを……というかこれ、わたしだけを見ているわけじゃないわよね。
ノギさんや不破さんも。
でもノギさんはさっきまで対戦をしていた勝者で、不破さんもこの地下闘技場の常連らしい。
そんな二人に比べてわたしがここに来るのは初めて。
物珍しさもあって、圧倒的にわたしが視線を集めているような気がする。
今更だけれど、さっき不破さんがフードを脱がないように言った理由がわかったわ。
同じナゴヤドーム内だけれど、地上とは違う、この地下空間独特の雰囲気に満ちた視線が凄く痛いというか、怖いというか、居心地が悪い。
それこそこの二人がいなければ、今頃対戦を申し込まれて大変なことになってるような気がする。
でもたぶん、舐められたら終わり。
だから全身に変な汗をかきながらも平静を装う。
「【特許庁】 のクソマス、なんとかしろよ」
「いつでもなます斬りにして下さい」
ノギさんとノーキーさんの関係もよくわからない……いや、あんまり好きじゃないのかな?
少なくともノギさんはノーキーさんをあまり好きじゃない感じ。
そして不破さんもあっさり主催者を売り渡しちゃう。
うん、でも 【特許庁】 はこんなものよね。
「ところで魔女、お迎えが来てるぞ」
「これはまた豪華なお迎えですね」
ノギさんに続いていう不破さんは、指じゃなくて、接客業の人がするみたいに手を使って出入り口のほうを示す。
お迎えと聞いてギクリとしたわたしは、それでもなんとか平静を装ってみれば……
「柴さん、ムーさん、どうして?」
「本日も女王陛下にはご機嫌麗しく」
「ご尊顔拝謁賜り、恐悦至極」
あ、噛まずに言えてる。
すごいじゃない二人とも、そんな難しい言葉がすらすら出てくるなんて。
うん、でもそんなことはどうでもいいの。
質問に答えなさい。
「どうしてって、ヤバそうなら救出しようかと思って」
「カニやんが不破っちにつなぎとったとは聞いたけど、念のため」
なんだかみんな過保護ね。
わたし、そんなに心配されるようなことないと思うんだけど。
でもせっかく来てくれたんだし、ここは素直に感謝しておこう。
「ありがと、二人とも」
ほんとは変な汗が止まらないんだけれど、柴さんとムーさん、二人の登場で場内の空気……というか視線が余計に色めき立った感じで、この空気に負けたら絶対にまずいと思って精一杯の虚勢を張ってみる。
上手く笑えているといいんだけれど……。
「なんだ、大人しく帰るのかと思ったが、帰らないのか?」
なぜか不思議そうなノギさんに、わたしに代わって不破さんが簡潔に説明をしてくれる。
わたしが何をしに来たか……もちろんここは地下闘技場だから対戦をしに来たんだけれど、問題が要求にあるってところをね。
話を聞いたノギさんは 「はぁ~ん」 と、わかってくれたのか、わかってくれていないのか、よくわからない呟きを一つ。
そしてトール君を見る。
あ……忘れてた。
トール君とノギさんって、因縁があったんだっけ。
これ、ヤバい?
嫌な予感がしてちらりと不破さんを見るけれど、不破さんはわかっていない感じ。
ま、ギルドが違うもんね。
続いて柴さんとムーさんを見たら、やっぱり少し苦笑いを浮かべている。
しっかりノギさんも覚えていたしね。
「お前、あの時の奴だな」
「はい」
「ふん、まだまだだな」
「で、でも、絶対に追い抜きますから」
なによもう、ノギさんってば鼻で笑ってくれちゃって。
でもトール君が、ノギさんの圧力に負けそうになりながらも自分で言い返したから、わたしは黙っておく。
褒めてあげたいくらい頑張って言い返していたから。
いつもならここで茶化してくる脳筋オッサンコンビは、いつもとは違う地下空間の空気をよく知っている。
だから頑張ってるトール君を茶化したりしなかったけれど、庇いもしなかった。
これがノーキーさんならしつこく絡んでいただろうけれど、ノギさんは余裕たっぷりに 「へっ」 って笑うだけ。
どこまでも余裕ね。
ちょっと腹が立ったけれど、わたしが怒るところじゃない。
ここは我慢、我慢。
「魔女の注文はわかったが……」
話を戻したノギさんは何かを言い掛けたけれど、その視線を不破さんに送る。
受けた不破さんは少し仕方なさそうに、それでもちゃんと続きを話してくれる。
「グレイさんのご希望は、ハンディキャップ戦で出来ます。
お二人の場合だと、レベルの低いトール君に合わせることになります。
但し合わせるのはレベルだけ。
トール君、今のレベルは?」
「21です」
「お前、そんなに低かったのか。
それでよく、あの場面で飛び出せたもんだ」
トール君のレベルに、ノギさんは驚いているのか、呆れているのか。
よくわからない反応だったんだけれど、今はノギさんは置いておく。
続く不破さんの説明によると、合わせるのは本当にレベルだけ。
ステータスはトール君個人のデータではなく、全てが21になってHPとMPは基本パラメータ。
つまりステータスを振らずにレベルだけを上げた時の数値になる。
それが幾つだったのか、わたしやノギさんはもちろん、説明する不破さんも覚えていない。
当のトール君もステータスを振りながらレベル上げをしてきたからわからないし、脳筋コンビは言わずもがな。
でも条件が同じなら、この際数値はどうでもいいかな。
わたしにとっての問題はそこじゃなかったから。
「あと、職も統一されますけど……どうします、グレイさん?」
ん? それってつまり、トール君は剣士だから、剣での対戦になるってこと?
このハンディキャップ戦だと常時発動スキルは全て無効。
つまりステータスからなにから全ての条件を対等にしてしまう。
そうなるとわたしの所持スキルはほとんど使えないはずだから、いっそたまには違う職での戦闘もいいかと思ったんだけど、問題があるのよね。
「武器がないのか?」
珍しく驚いた顔を見せるノギさん。
驚かせてごめんなさい、持ってません。
だってそんな仕組みだなんて知らなかったから。
「その大鎌でいいだろう」
ノギさんは皮肉めいた顔でわたしの杖を指さすけれど……あ~そういえばノギさんの首もこれで狩ったんだっけ。
でもね、あくまでこれは杖なの。
たぶんシステムに弾かれると思う。
「たぶん無理ですね」
わたしの考えに同意する不破さんは、腰ではなく背に負った自分の剣を鞘ごと下ろす。
見覚えのあるその剣は普通の片手剣より刀身が長く、片刃で、刀に分類されている。
このゲームの片手剣は両刃と片刃があって、両刃は 「剣」 片刃を 「刀」 に分けている。
その剣を下ろしてどうするのかと思ったら、わたしに差し出してきた。
「ちょっと癖がありますが、使います?」
「これって……屍鬼、よね?」
「ええ、確かクロウさんも持ってるはずですが……」
うん、だから見たことがある。
今もクロウのインベントリに入っているはず。
「ハンディキャップ戦だと、固有スキルは発動しませんので気をつけて」
それも知ってる。
だってクロウのインベントリは見放題で、インベントリに入っている物のステータスも見放題だもの。
あんなスキルが発動したら、全然対等じゃないものね。
そもそもあれ、わたしには発動させられないんじゃない?
貸してもらえるのはもちろん助かるんだけれど、でもそうすると不破さんが丸腰になる。
ここでそれはちょっとまずいんじゃない?
「まぁそれなら俺らもここにいるから心配はない」
「そもそも不破に吹っかける奴なんて、そうそういないから大丈夫」
そうだった。
不破さんは、闘技場に来ること自体初めてのわたしなんかと違って、イベントでも上位入賞のランカー。
闘技場でも相当勝ちを重ねていると思う。
勝負を挑まれたところで、簡単に負けるような人じゃなかった。
念のために柴さんとムーさんが一緒にいてくれるっていうし、ここはご厚意に甘えようかな。
「さて最後の条件だ」
ありがたく不破さんの装備・屍鬼を借りることにしたわたしに、ノギさんが最後の難問を突きつけてくる。
「ここまではこの闘技場のシステムにある仕様だが、こっからは俺の気分。
さっきの続きをしてもらおうか」
つまりさっきの場外乱闘なんかじゃなく、正式に対人戦で手合わせしろってことよね。
でもさすがにそれは無理。
さっきはあれだけで済んだけれど……あれだって、続けていれば魔法の使えないわたしに勝ち目はなかったんだから。
よーいドン! でノギさんとの対戦を始めたら、間違いなく即死案件よ。
わかっていて挑もうとするなんて、ノギさんもとことん性格が悪い。
でもトール君と対戦するにはノギさんの協力が必要。
これの理由はまだよくわからないんだけれど、不破さんもそういっているからそうなんだと思う。
結構窮地よね。
その窮地からわたしを救ってくれたのは、意外にも意外な脳筋コンビ。
「待てや、オッサン」
「なにふざけたこと言ってんだよ、このオッサンは」
ノギさんをオッサン呼ばわりするオッサンコンビ、柴さんとムーさん。
来て良かったとか口々に言う二人は、ノギさんや不破さんも予想しなかった切り返しでノギさんを撃退してくれた。