713 ギルドマスターとデンデンはブンブンと群れます
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前話に続き、【後書き】 に極々短い 【休閑小話:勘違い】 を置いておきます。
前話の 【休閑小話:ささやかな抵抗】 の続きですが視点が変わります。
藍月が退場し、会川が入場。
国分が友情出演といった感じでしょうか?
ちなみにこうなった原因はもちろん藍月です。
どうぞ、よろしくお付き合いくださいませ。
「ギルマス、腕ーっ!!」
部位欠損は継続ダメージだからね。
HPの流出量は、切断直後のインパクトからは減るけれど、落ちるか回復するまで流出が続く。
キラキラ、キラキラと、ずーっとね。
まぁ美沙さんが驚いたのはわたしのアバターを見てだけど。
そんでもってその声を聞いてインカムの向こう側が騒がしくなる。
『え? なに?』
『グレイさんの腕?』
「ないんですけどー!」
『斬られたの?』
『久々じゃね?』
『誰にやられたの?』
「ノーキーさんです、【特許庁】 の」
別にマコト君が悪いわけではないけれど、ちょっと申し訳なさそうに答えるのを見て美沙さんの突っ込みが斜め下から突き上げる。
「どうしてみんな、そんなに冷静なんですかっ?
マコト君までー!」
「だって……」
『落ち着けよ、美沙ちゃん』
『そこのJK、うるさい』
部位欠損を見るのは初めてというわけでもないのに、まるで初めてのような美沙さんの動揺っぷり。
これはこれで見ていてほほえましいというか、ちょっとうるさいというか。
美沙さんが言うには、斬り落とされ方がエグいらしい。
それでこの騒ぎっぷり。
まぁ今回はかなり深く斬り込まれたからね。
ルゥがいなかったら、たぶん首を落とされていたと思う。
危機一髪
『心配してくれてるのに、あんた、相変わらず冷たいのな』
『とりあえずさっさと回復して黙らせなよ、うるさい』
他のメンバーが、インカムの向こうから美沙さんの動揺を煽りまくっている中、呆れるカニやんと暴論を炸裂させるクロエ。
どっちも通常運転ね。
いや、まぁクロエが言っているのは正論だけど。
この状況を収める一番の方法だし、わたしもこの状況を続けるのはよろしくない。
落ちる前に回復しようと思います。
「リカバー」
これでよし
一応手とか握ってちゃんと再生出来ているか確認してみる。
こう、グッパ、グッパってしてね。
欠損回復のスキル 【リカバー】 の使用でごっそりMPを持っていかれるのに、失敗作とか許せないもの。
やり直すために、再生したばかりの真っ新な腕をもう一回斬り落とすのも冗談じゃない。
痛いのも嫌だし、MPも返せってレベルよ。
大丈夫
うん、ちゃんと動きます。
HPの流出を、大きな赤い目をさらに大きく見開いて興味津々に見ていた足下のルゥは、それが止まるとちょっと不満そうな顔をして小首を傾げる。
いやいやいや、HPの流出が続くとわたしは落ちてしまうの。
だから止めなきゃいけないの。
そんな残念そうな顔をしないでくれる?
「きゅ~」
そんな不満そうな声を出しても駄目です。
わたしが落ちるとルゥも一時的に格納されることになるんだから。
まぁでもルゥのことだから、きっとわたしが落ちても、復活までのんびり散歩でもして自由に過ごせると思っているんだろうけど。
出来ません
絶対自動格納されるから。
わたしとルゥは一蓮托生だから。
運命共同体よ……なんて話していたら、頭上から冷たいものが……。
これはあれね。
いつものあれよ。
うん、わかってる。
誰の仕業かもね。
「ちょっとクロウ!」
そう、クロウがHPポーションをわたしの頭の上からかけてるの。
30㎝くらい上にあるクロウの顔を見上げて抗議しても、クロウはいつもの無表情で淡々とHPポーション瓶を次々の取り出し、わたしの頭の上でひっくり返す。
だからやめてって言ってるじゃない。
嗚呼っ! しかも折角インベントリに溜まりに溜まったHPポーションを減らすチャンスをーっ!!
『美沙ちゃんが静かになったと思ったら……』
『クロエの思惑がはずれることもあるんだな』
そう言って、たぶんカニやんはインカムの向こうでにひっと笑った。
たぶんね。
だって見えないもの。
そんなカニやんの余裕に、クロエは 『うるさいんだけど?』 だって。
カニやんもすぐ 『怖い、怖い』 と冷やかし混じりにおどけてみせるけれど、それ以上追撃しないのは、やっぱり突然眉間にズドンは怖いからだと思う。
銃士は姿も見せず、気配も悟らせずいきなり撃ってくるから。
うん、わたしも怖いわ。
だからカニやんと一緒になってクロエをからかうのはやめておきます。
とりあえず、きっとHPの回復が終わったら次はMPポーションを掛けられると思うので、その前に自分で回復しようと思ってウィンドウを開こうとうつむいたら、足下でわたしを見上げていたルゥに髪を滴って落ちるポーションが掛かる。
「あ、ごめん」
「きゅ?」
今日も自由すぎるほど自由な毛先と言えば聞こえもいい癖っ毛にその数滴が掛かると、最初は不思議そうに首を傾げたルゥは、続いてポタポタッと落ちる水滴に 「きゅ~♪」 とご機嫌な声を上げる。
機嫌を直してくれたのはいいけれど、どうやら滴る水滴が気に入ったみたい。
どこが気に入ったのかはさっぱりわからないけれど、とりあえずルゥのご機嫌取りのため、仕方なくMPの回復が終わるまでこの不本意な状態で過ごすことになりました。
せめてHPポーションだけでも使わせて欲しい……。
もちろんクロウが、そんなわたしのささやかな要望をきいてくれるはずもないから、回復が終わるまでのあいだに、インカムの向こうで待っているメンバーに起こったことを話す。
いつもなら他には目もくれずわたしを狙ってくるローズ。
珍しくマコト君……というか、あれは美沙さんを狙ったのかな?
まぁどちらでもいいけど、レベル差があるマコト君を一撃でぶった斬れず、美沙さんにはすっ転ばされて散々な目に。
挙げ句におっぴろげてパ○ツ全開にするから、起き上がる前に燃やしてあげました。
「このクソ女!」
文句は言われたけどね。
クソ呼ばわりされたけど、まぁそこは勝者の余裕で聞き流してあげました。
次に会った時に覚えていたら、その時に仕返しします。
『結局根に持つんかい』
持ちますがなにか?
もちろんカニやんからの突っ込みです。
事のあらましを大雑把に説明したついでに余計なことまで言ってしまったわたしが悪いといえば悪いけれど、一応締めは必要かな? ……と思って、ローズのお片付けまでを話したらこれ。
ほら、隠し事は駄目でしょ?
『そこは隠してくれていいし』
隠すべきはローズのパ○ツです。
だって見たくないもの。
『俺も見たないけど』
え? 見たいの?
『見たないて言うてるやろ?
その耳は節穴か?』
ちゃんと聞こえてるわよ、失礼ね。
カニやんより若いんだから。
『若いとか関係ないし。
それよか蜂、やっぱ増えてへん?』
『そもそもアバターだしね』
ちょっと会話に遅れがちなの~りんの声が聞こえてくる。
たぶんアバターの耳の話ね。
もうカニやんは、働き蜂の動向に話を移してるけど。
その働き蜂がわたしの、再生したばかりの腕に止まったのを見て、美沙さんが楽しそうに 「あたしが叩いてあげる~」 と言っているまに刺されたけど。
刺された痕が紫になったのを見てから叩き潰しても遅いです。
ついでに 「もう大丈夫ですよ~」 とか言われたけれど、全然大丈夫ではありません。
「美沙ちゃん……」
周囲を警戒しつつ呆れているマコト君にも、美沙さんは 「なになに、マコッちゃん?」 と勢いよく迫っていく。
とりあえず学生同士仲良くしてもらって、わたしは解毒します。
でも言われてみれば、確かに働き蜂の動きがおかしい。
ついでにイベントエリアの荒涼感を演出するものがわかったような気がする。
働き蜂の群れは、蜂の巣を出るとばらけて単体になる。
そうして……これ、ひょっとして紫陽花の蜜を集めてる?
もう一つひょっとしてだけど、そのせいで紫陽花が枯れてるとか?
『その可能性はあるかも』
『なんとも言えないかな』
この時点では、【素敵なお茶会】 が誇る二つの頭脳も意見が割れる。
うん、まぁまだ根拠もなにもないからね。
ただのわたしの思いつきよ。
でも蜂の巣を出た働き蜂が、一部はバラバラになって単体で動いているけれど……わたしを刺したのも単独行動。
でも維持されている群れが幾つもあって、空の低いところを飛んでいる。
それが退廃的というか、荒涼感を演出しているみたい。
『アレに襲われるとヤバいけど……』
『蜂って、攻撃的になるシーズンがありますよね?』
『それって秋じゃなかったっけ?』
『春先の蜂って活発だっけ?』
今は春先というより梅雨よね。
初夏には早いけど、もう晩春という頃でもない。
梅雨は梅雨じゃないの?
『まぁそのへんは演出だし?』
『運営の都合でどうとでも出来ると思う』
ここでは二つの頭脳の意見が一致する。
ついでにもう一つ、二人の思考が一致する。
『あれ? でもなんかあった気がする』
『俺も。
でも思い出せない』
『なんか……出そうで出ねぇ』
思い出せそうで思い出せないモヤモヤ感で一致するのはやめて欲しい。
ついでにそのモヤモヤ感を振りまくのもやめて欲しい。
『なんか……あんねん。
ニュースで見てん、蜂に気ぃ付けろって……』
『たぶんそれ、俺も見た。
でも思い出せない』
晩春? それとも梅雨? 初夏?
んー……秋頃の蜂は危険というのはよく聞くけど、他にもなにかあったかしら?
例によって蜂の動きにだけ気を取られるわけにはいかないけれど、二人はなにか気になるらしい。
しかもくるくるが、さらに気がかりなことを言い出す。
『よくありますよね、大きな天変地異の前に動物とか虫とかが一斉に逃げ出すことって。
あの現象に似てませんか?』
やーめーてー!
だってここの運営は演出過剰じゃない。
蜂が群れをなして逃げ出し、紫陽花が枯れ始める。
いや、逆か。
紫陽花が枯れ始めてこの世界の崩壊が始まり、蜂が群れをなして逃げ出した。
そんな感じ?
確かにそれだと季節なんて関係ないし、この荒涼感が崩壊の予兆に見えなくもない。
いや、むしろそう言われるとそうとしか見えなくなってくる。
もうそうとしか見えない!
『結論を出すのはまだ早い』
『せやな。
とりあえずカタツムリ見つけて蜂の巣に入ってみるか』
影響を受けやすい小心者のわたしと違い、二つの頭脳は冷静です。
いや、だからこそこの二人に副主催者の権限を渡してるわけで、今回もしっかりお仕事をしてくれて大助かりです。
『蜂の巣にもなにか異変があるかもしれないってことだね』
二人の考えにクロエも納得した様子。
その言葉に 『まだ可能性の……』 と返事をしかけた恭平さんの声が不自然に途切れる。
なにかあったのかと思ったら、カニやん班もぽぽが 『カニさん!』 と呼びかける。
恭平さん班、カニやん班が俄に騒がしくなったかと思ったらクロエ班までが……。
『起動…………』
の~りんの詠唱が聞こえてきた。
【休閑小話】勘違い
同僚のトラブルで都実の残業が確定したはずなのに、その姿がデスクにない。
明日の朝一案件で気になることがあった会川は、丁度いいから相談してみようとしたのだが……。
背中合わせにすわる同期の国分ももう帰るところらしく、デスクに置いたスマホに手を伸ばしていた。
だがその隣にすわる後輩の安積藍月の姿はない。
これはひょっとするとひょっとするかもしれない。
そう思いながら国分に尋ねてみる。
「国分、安積は?」
「帰ったんじゃない?」
「課長代理もいないんだけど……」
すると国分も 「あー……そういえば」 と思い出す。
「課長代理が席を立ってすぐ安積も帰ったような気がする」
「つまり……」
「たぶん」
都実の居場所に思い当たった二人だが、あえてその場所は口にせず。
顔を見合わせてなんとも言えない表情を浮かべる。
「……あれ? あんたも残業?」
「いや、明日の案件、ちょっと気になることがあって」
本当に 「気になる」 程度のことで、おそらく確認してもらえば終わる。
そんなすぐに済む用事なのだが、思い当たる場所に都実を探しに行く気にはなれなかった。
「……ちょっと待ってみる」
「そう? じゃ、わたしは帰る」
「おう、お疲れ」
手に持っていたスマホを鞄に放り込んだ国分は、少し同情するような表情で 「お先に」 と挨拶をして席を立つ。
だが彼女が廊下に出てほどなく都実が戻ってきたから、ひょっとしたら廊下ですれ違ったかもしれない。
そんなタイミングで戻ってきた都実に早速声を掛けようとした会川だったが、珍しく都実のほうが先に口を開く。
「会川、まだいたのか」
「ちょっと課長代理に見ていただきたいところがありまして」
そう言って用意していた書類を見せようとしたのだが……
「俺も訊きたいことがあるんだが、臭うか?」
唐突にそんなことを尋ねられて会川はすぐに反応出来ず、数秒をおいて 「は?」 と間抜けな顔をして気の抜けた声を出してしまう。
「いや、臭いのかと思って」
「課長代理? 臭いって、その……どうかしたんですか?」
「少し加齢臭が気になったんだが……」
「か……れいしゅう……?」
社内一のモテ男の口から 「加齢臭」 なるNGワードが出てくるとは思わず、呆気にとられてしまう会川。
だが正気に返ると俄に自身の体臭が気になってくる。
そしてそれは部署内に残っていた同僚たちにも感染し、この日は、残業の少ない都実班にしては長い残業の日となった。