712 ギルドマスターはデンデンと紫陽花を蹴散らします
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紫陽花が枯れ始めたのは果たして 【酸性雨】 のせいか。
原因や理由はわからないけれど、今回のイベントの肝……なのかしら?
いや、肝ではないような気もするけれど、まぁそこはいいわ。
でもこの紫陽花が枯れてしまえば迷路はなくなり、公式イベント 【紫陽花の迷宮】 は成立しなくなる。
イベント終了?
いやいやいや、それはない……よね?
だってそれだと紫陽花の枯れ具合がイベント終了のカウントダウンになる。
でも期間の設定によりイベントの終了は決まっている。
全然カウントダウンにならないというか、意味がないというか。
しかも演出過剰な運営の性格を考えると、絶対なにかある!!
それがなにか? ……ということはまだわからないけれど……いや、わかった。
「グレェェェ~イ!」
来たわよ、ノーキーさんが。
えっと、イベントの前半戦は日曜日の23:59:59で終了。
翌月曜日は普通にお仕事だから、わたしたち社会人だけでなく、学生組も遅くならないうちにログアウト。
六月は祝日がないのよねぇ~。
あればこのイベントも、週末から祝日を入れた連休でスケジュールが組まれたと思う。
でもないものはないのよ。
まぁそれで期間を四日という形にして分割。
前半戦二日、後半戦二日となった。
その前半戦二日目の夜、迷路を作る紫陽花が枯れ始めていることに気づいたわたしたち。
前後するタイミングで公式サイトの掲示板にも書き込みがあったらしく 『グレイさぁ~ん』 と、すぐにマメからも報告があった。
ちょっと声はうるさかったけれど、ノーキーさんに比べればマメの呼びかける声の可愛いこと。
うん、ちょっとうるさいんだけどね。
ただこの時はまだ、紫陽花の壁が部分的に枯れ始めているという状態。
この先どう変化してゆくのか?
あるいはこれ以上の変化はない?
それがわからないままの状態で前半戦が終了した。
ノーキーさんが 「グレェェェ~イ!」 と叫びながら現われたのは、後半戦が始まってすぐのこと。
【ナゴヤドーム】 周辺でキーアイテムを見つけてイベントエリアに転送され、その荒廃っぷりに唖然としているところだった。
いや、まぁその、ね、うん、予想はしていたのよ、予想は。
でも実際に紫陽花が株ごと枯れると、しかもその数が増えるとこんなにもエリア自体が荒廃しているように見えるなんて……
想定外
ざっと見た感じだけど、三分の一も枯れていないはず。
ううん、もっと少数。
それこそほんの数株が枯れているくらいだと思う。
でもエリア全体がこう……殺伐? いや、ちょっと違うかな?
寂れた感じ? ……でもないか。
上手く表現する言葉を見つけるのが難しいというか、見つけられないというか。
わたしたちが、ただただその様相に呆気に取れられているところにご登場よ。
「グレェェェ~イ!」
うるさい
いつもの大剣をすでに抜いて、わたしに斬り掛かる気満々の顔。
でも走っているのは紫陽花の壁一枚向こう側の通路っていう、いつもどおりのおま抜けっぷり……と思ったのはわたしの油断でした。
たぶんノーキーさん自身も気づいていなかったと思う。
気づいていなかったけれど、わたしを見つけたから走って斬りに来た。
そういうことだと思う。
そしてもう何度目かわからないお星様になる……と思ったけれどならなかった。
案外ノーキーさんって、変なところでついてるのかしら?
それともただの偶然か。
両手に持った大剣を頭上に振りかぶり、なにも考えずに紫陽花の壁を突き破ろうとしたら偶然そこが枯れた紫陽花の株だったっていうね。
ちなみにノーキーさんがその場所を狙ったわけでないことは、その目がずっとわたしを見て笑っていたから。
手元というか、足下なんて全然見ていなかった。
それどころかそこに紫陽花があるということすら忘れているような勢いで突っ込み、枯れた株を蹴散らす勢いでこちら側に移ってきた。
奇遇
本当に偶然って怖いわね。
ちゃんとわかっていて枯れている株のところを狙ったのかと思ったけれど、まぁそこはノーキーさんだから、ノーキーさんなのよ。
まったくなにも考えて……いないわけではない。
うん、わたしを斬りたいという凄く強い意志があって、そのことを考えていたというか、そのことしか考えていなかった。
だから枯れ株のところに突っ込んだのも偶然なら、自分が壁を越えて隣の通路に移ったことにすら気がついていない様子。
ほんと、ノーキーさんらしいわ。
おかげでわたしは右腕を肩から失った。
いったぁぁぁぁぁ~いっ!!
この時点ではわたしたちもまだ、紫陽花が枯れるという情報しか持っていなかった。
それこそエリア全体で枯れてしまえば迷路が消滅するのではないかと思ったけれど、まさか枯れた株を蹴散らして通り抜けられるなんて思っていなかった。
だからノーキーさんは、もう何度目かのお星様になると思っていてうっかり油断。
偶然わたしのすぐ左側にいたルゥに左腕を引っ張られ、体が左に傾いだその瞬間、首をかすめるように、かなり深い位置から右腕を切り落とされる。
刹那、傷口から流出する大量のHPと落とされた右腕の電子分解が混ざり、視界の右側がキラキラの粒子に塞がれる。
その向こうがわに見えるノーキーさんの不敵な笑み。
うん、ノギさんそっくり!
さすが兄弟だわ。
でもちょーっと爽やかさが足りないかな?
それと美沙さんが感じた 「激ヤバ」 さ。
楽しくてたまらない感は満載だけど、その分ヤバさが足りないのよ。
実際に、腕を斬り落とされるわたしから少し離れたところで美沙さんは 「あ! バカっぽい人!」 と言ってるしね。
クロエ並みに心臓に毛でも生えているのか、それともJKはこれが標準なのか。
あるいは空気を読まないというか、発言が自由というか。
いや、まぁ確かにノーキーさんはちょっとバカっぽい。
バカっぽいんだけど、本人を前に大きな声で言ってしまえるその剛胆さは美沙さんの個性というか、強味というか。
まだあまりノーキーさんの強さをわかっていないということもあるだろうけれど、その大胆発言で、位置限定で壁を通り抜けられるという思わぬ事態に呆気にとられていたマコト君が我に返る。
そして即座に美沙さんのカバーに入る。
「美沙ちゃん、下がって!」
うん? ひょっとして 「バカな人」 と断定せず、「っぽい」 とぼやかしているのは美沙さんなりの優しさかもしれない……という話は置いといて、右腕を肩から失ったわたしは 「スパーク!」 でノーキーさんとの距離を取ろうとするけれど、一瞬の遅れが出てしまう。
そのため、今回のイベントでは散々 【スパーク】 を食らってきたノーキーさんに避けられてしまうけれど、その横手からクロウが愛剣・砂鉄を大きく振るう。
しかもクロウがわたしのストーカーだということを忘れているのか?
わたしを落とせても落とせなくても、次手としてクロウが来ることはわかっていることなのに、わたしを落とすために大剣を思いきり振り切ったノーキーさんは切り返しが間に合わず。
反射的にうしろに倒れ込むように躱そうとするけれど躱しきれず、その露出の高いむ……えっと、きょ、胸部?
うん、胸部を斜めに切り裂かれる。
言えた
大剣は本来パワープレイヤー向きの装備だけど、クロウはパワーとスピード、どちらのプレイスタイルも器用にこなす。
その強みを活かして即座に切り返して次の手につなげるけれど、もちろんそこはノーキーさんも読んでいる。
付き合いの長い二人だし、地下闘技場で手合わせしたことも一回や二回ではない。
ある程度お互いに手の内はお見通し……だけどノーキーさんはクロウに勝てない。
胸部から大量のHPを流出させながらも体勢を立て直そうとするけれど間に合わず。
辛うじて剣を振り上げるけれど体勢が悪く、易く砂鉄に払い飛ばされる。
「おわっ!」
そう叫んだ直後、もう一回胸部を袈裟懸けに深々と斬られた……と思ったらとどめの貫通攻撃。
ザックリと刺され、食らった三撃の中で一番のダメージを計上。
背中から突き出す砂鉄の先端とともに大量のHPを一瞬で流出し、アバターが電子分解を始める。
「さすが彼氏さん、あっというま……」
「きゅ!」
迫力ある大剣同士の一戦に呆気にとられていた美沙さん。
でもその声を遮るように発せられたルゥの警告直後、美沙さんのすぐそばで剣戟が響く。
マコト君だ。
剣を打ち合わせた相手はローズ。
それほど数は多くないとはいえ、よくよく見れば他にも枯れている株がある。
おそらくノーキーさんを追いかけてきた彼女は、ノーキーさんが枯れた株を蹴散らすところを見ていたんだと思う。
そしてもっと手前にあった枯れた株のところからこちら側に移り、わたしたちがノーキーさんに気をとられているあいだに近づいてきたらしい。
大剣のSTRに押されないよう、受けるのではなく弾き返したマコト君は、美沙さんを背で押しつつ剣を構え直す。
ちょっと相手が悪いかな。
へっぽこローズとはいえ、レベルだけならマコト君より高い。
そう、レベルだけはね。
えーっと、ノーキーさんたちほどではないとはいえ、ローズともそれなりに付き合いは長いからね。
つまりそれだけ彼女も長くプレイしてるわけで、落とされるたびに経験値を溶かしているけれど、ある程度はプレイ時間に比例してレベルが上がる。
つまり彼女のレベルはそれなりに高いのよ。
しかも修正により、装備に制限をつけられた今も大剣を装備出来る程度にはSTRを持っている。
腕力勝負ではマコト君に分が悪いのは明らかよね。
じゃあここは……
「スパーク!」
「起動……」
マコト君の背に庇われながらも後退していた美沙さんが、その背から顔をひょこっと出して 【スパーク】 でローズを弾き飛ばす。
ここでノギさんのように踏ん張るとか、ノーキーさんみたいにバランスを崩しながらも転倒は堪えるみたいなかっこよさがあればいいけれど、それはそれは見事にすっ転んでくれるのがローズ。
ついでに大股開きでパ○ツおっぴろげよ。
早く隠して!!
いいわよ、もう。
隠す時間どころか、起き上がる時間もあげません。
「焔獄」
「このクソ女!」
うるさいです
【焔獄】 の焔に包まれながらもわたしを見て罵声を上げるローズ。
でも聞く耳なんて持ちません。
だって基本的なことじゃない。
PKエリアにおいては勝てば官軍なのよ。
しかも全然卑怯な手なんて使ってないんだから。
黙って落ちなさい!!
【休閑小話】 ささやかな抵抗
枯れ始めた紫陽花は気になるけれど、日曜日が終われば嫌でもやってくる月曜日。
わたしたち社会人組はもちろん、学生組も朝からお勤めです。
もちろんわたしにずる休みをする勇気なんてないもの、出社しましたとも。
特に休み明けの月曜日は色々と大変だけど、いいことだってある。
二日ぶりにスーツ姿の課長代理を見られるっていうね。
今日も格好いいです。
声もいいです。
はぁ~……
思わず溜息が出るくらい格好いいし、いい声です。
それがどうしてこうなったのか?
一日真面目に仕事は終えました。
修正可能範囲での不測の事態は幾つかあったけれど、トラブルというほどではなかった。
うん、だから修正可能で、ガッツリ就業時間内で終了。
あとは帰るだけ……というところで営業の一人にトラブル発生。
日常茶飯事
うん、まぁよくあることです。
特に月曜日と金曜日は多発します。
そんなわけで課長代理は残業が決定し、わたしは一人淋しく帰宅することになったわけですが、鞄を持って部署を出たところで課長代理に呼ばれたのはいつものお仕置き部屋。
「お疲れ様です」
課長代理だって好きで残業をするわけではない。
わたしもお先に帰れる罪悪感はある。
そこで精一杯申し訳なさを前面に出してご挨拶をしたら、突然視界が真っ暗になりました。
……え?
どういうこと? と目を白黒させながらしばらく考えて、ようやくのことで理解出来た事態は、その……たぶん、たぶんだけど、か、ちょ代理に、えっ……と、あの、だ、き……その、ね。
背中に課長代理の腕があって、ちょっと息苦しいです。
しかも頭の上から息が掛かる。
…………えっ?!
ちょ、ちょっと待って。
この感じって、まさかと思うけど課長代理、その、わたしの頭、嗅いでない?
あ、ちが、待って、その、修正させて。
頭じゃなくて髪にして!
いや、でも匂い嗅ぐのはやめて。
是非是非やめてください。
だって事務仕事だから、一日ほぼほぼ机にすわってお仕事していたとはいえ、通勤途中とか、電車の中って結構蒸すのよ。
まだ6月だから冷房も入っていないし、窓は開いていることが多いけれど人が多くてどうしても湿気が。
それにほら、わたしは背が低いから、すぐ人に埋もれてしまう。
だからまだ汗をかく季節ではないけれど、蒸れて……その、今もこの状況に血が昇って、たぶん頭皮まで真っ赤。
ひぃぃぃぃ~~~
「か……その、放して、くだ……」
「か?」
耳のそばで囁かれて、そのいい声に背筋がぞわぞわとする。
い、嫌な感じじゃないんだけど……その……。
しかもわたしが返事を出来ずにいると 「か? 続きは?」 とか、意地悪な催促してくるし。
「かちょ……」
「違うだろ?」
違わないわよ!
だってまだ会社じゃない。
課長代理で合ってるでしょっ?
しかもこんなささやかな抵抗に仕返ししてくるし。
やーめーてー!!
「いい匂いだな」
ほら、やっぱり嗅いでる!
ついでにもう少し腕を緩めて欲しい。
さすがにちょっと息が苦しい……と訴えたら逆に力を強めるっていうのはどういうことっ?!
うわぁ~ん、これ、いつになったら放してくれるのっ?
「さぁな」
泣き落としも利かない。
よし、こうなればわたしだって嗅いでやるんだから。
なにをって?
もちろん課長代理のスーツを、よ。
丁度すぐ前にあるしね。
よ、よし、行きます!
嗅ぎます!
…………なんか、いい匂いがする……