71 ギルドマスターは地下に下ります
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!
昨日に続き本日も遅刻です・・・すいません(汗
ナゴヤドームの地上にはエレベーターがあるけれど、なぜか地下には階段でしか下りられない。
その階段は裏通りみたいな場所に面していて、油断すれば足を踏み外しかねないほど急勾配で薄暗く、見上げた天井は今にも崩れそうなほど亀裂が走り、両側の壁は亀裂の隙間を落書きが埋める。
もちろん運営の創り出した演出だってことはわかっているんだけれど、後ろめたさを感じるわたしは、ボレロのフードを深く被って顔を隠す。
そんなうらぶれた場末感満載の階段を三階ほど下りたそこには、天井の高いひらけた空間があり、結構な数のプレイヤーが騒いでいた。
「ここがフェイト?」
『フェイトはゲーム名。
そこは地下闘技場だよ』
すり鉢状になった観覧席には思い思いにプレイヤーたちが陣取り、一番底にある四角い舞台上では解説とおぼしき……あれはNPC?
NPCにしてはよく喋っているというか、対局の変化に遅れなく的確に対応して喋っている。
本当にNPCだとしたら、喋っているのは人工知能よね?
観覧プレイヤーたちの反応にも合わせるって、ずいぶん高性能な人工知能じゃない?
マイクを通してこの地下闘技場内一杯に響き渡る、NPCとおぼしき解説の声に煽られ観覧プレイヤーたちが声を上げる。
でも実際の対戦はその舞台上ではなく、別に用意された仮想空間で行われている。
VRの仮想空間ってなんだかおかしな設定だけれど、でもあの舞台上で対戦するには狭すぎる。
おまけにPKが出来るから、こんな狭い空間じゃ観客の巻き込みも必死。
でも仮想空間なら周囲の被害を気にすることなく存分に戦えて、その様子は、舞台上にある大型モニターに映し出され、登録を済ませて自分の順番を待っているプレイヤーたちを盛り上げる。
公式イベントのモニター観戦はここから来てるのね、たぶん。
実はわたしもここに来るのは初めてで、トール君に説明出来るほど知らないの。
『グレイさん、ほんとに行ったの?
知らないよ、あとでクロウさんに怒られても』
うぅぅぅぅ……それはちょっと怖いんだけれど、でも鬼の居ぬ間になんとやら、よ。
ちょうどトール君を道連れに出来るチャンスだったんだもん。
も、もちろんトール君を利用するみたいで悪いけれど、悪いとは思ってるけれど、こんな機会でもなければ来られないんだもん。
さすがに目立っちゃまずいと思ってフードは被ったまま、なるべく人目を避けるように歩いていたんだけれど、やっぱり気づく人は気づくみたい。
ちらりとこちらを見て、仲間内でヒソヒソと囁き合う姿がちらほらと見える。
一番最後列で観戦していた不破さんが、不意にこちらを見たのは偶然?
それともわたしたちに気づいた誰かが直通会話で教えたのか?
わからないけれど、腕組みをして観戦を楽しんでいた不破さんが笑顔でこちらにやってきた。
「やぁグレイさん、お久しぶりです」
「お、お久しぶりです」
……やっぱりダメ、不破さんがホストにしか見えない。
すっかり忘れていたんだけれど、不破さんを見た瞬間に思い出しちゃった。
ほんと、これ、どうしてくれるのよ、カニやんってば。
『知らないよ。
とりあえず不破さんと一緒にいたら絡まれずに済むから、さっさと用を済ませてそこを出ることを勧める』
つまり不破さんに連絡したのはカニやんね。
クロウの代りに身辺警護でもさせようっていうの?
『なにかあったら、黙って行かせた俺らがヤバい』
なによ、それ?
どんだけみんなクロウを怖がってるのよ?
そりゃ怒るとすぐに拳骨落としてくるけれど、みんなは無視される程度じゃない。
とりあえず失礼かと思ってフードをとろうとしたら、不破さんに止められる。
それどころか不破さんってば、中途半端に手を止めてズレたフードを丁寧に直してくれるの。
……ちょっとこれ、なに?
「被っていて下さい。
このほうが面倒がなくていい」
不破さんの話によれば、フードを被って顔を隠していても、気づいている人はわたしに気づいている。
もちろんそれはわたしも気づいていたけれど、わたしがこうやって顔を隠しているから、みんなお忍びかなにかだと思って、あえて気付かない振りをしてくれている。
つまりわたしに遠慮というか、気を遣ってくれているってことね。
でもわたしがフードをとればオープンってことで、対戦を挑まれかねない。
だからこのままフードを被っていたほうがいいってことらしい。
「グレイさん、顔、真っ赤ですけど……」
そういうトール君も恥ずかしそうに顔を赤らめている。
わたしはね、露出の多い不破さんのどこを見たらいいかを迷ってこうなっちゃうんだけれど、男の君は別にどこを見ても大丈夫でしょ。
どうしてわたしに釣られて赤面してるわけ?
「二人とも、面白いね。
ところで今日はどうしてこんなところに?
グレイさんはここに来てはダメだって、クロウさんに言われているんでしょう?」
どうして不破さんがそんなことを知ってるのかと思ったら、見掛けたら追い返すようにクロウに言われてるって……どういうつもりよ、クロウってば!
どんだけわたしを闘技場から遠ざけたいのよ?
わたしが何かするとでも思っているの?
するわけないでしょ!
もう、失礼しちゃう。
おかげでクエストだってクリア出来ないままなんだから。
「クエスト?」
「そう。
あ、そういえば二人は会うの、初めてよね?
こっちは 【素敵なお茶会】 のトール君。
トール君、この人は 【特許庁】 の不破さん。
権限は持っていないけれど、サブマスみたいな人よ」
「権限もないし、蝶々夫人の許可がなければなにも出来ない不破です」
「初めまして、トールです」
職については、二人とも剣を帯びているから説明する必要はないと思う。
わたしは少し急ぎ足で二人を紹介し、二人も少し急ぎ足に挨拶を交わす。
理由は簡単。
クロウがログインしてきたら面倒だから。
つい落ち着かずにそわそわしちゃって、不破さんに笑われてしまった。
「エピソードクエストのあれなら、クリアしなくても次に進めるでしょう」
「それはわかってるんだけど、ちょうどトール君が挑戦したいっていうから」
「なるほど」
わたしの言わんとするところを察してくれた不破さんは、思案するよう自分の顎をしゃくり、トール君を見る。
「ですがグレイさんとではレベル差があるでしょう」
「システムで調整出来るのよね?」
「そういうシステムもありますが、でも……トール君にしてもグレイさんにしても、登録したとたん挑戦者が殺到しそうですね」
「どうして?」
「どうしてって……トール君は見るからにフェイト初心者だから、いい餌食ですよ。
ポイントを稼ぎたい連中には格好のカモ。
グレイさんは名の知れたランカーなんですから、倒して名を上げようって輩はわんさといますよ。
俺も挑戦したいくらいですから。
受けてくれません?」
「い、や」
前衛職の剣士に、後衛職の魔法使いがタイマン勝負で勝てるわけがないのよ。
一瞬で間合いに捉えられ、あっという間に首を落とされて終了が目に見えている。
ホスト系の優男に見える不破さんだって、クロウ、ノーキーさん、ノギさんに次ぐランカー剣士。
条件を対等にしてくれたって勝てやしないわよ。
火力だけならわたしだってそこそこあるけれど、火力しかないの。
だから無理
STRやAGIの違いとかじゃなく、長物の扱いや攻撃速度に圧倒的な差がありすぎるのよ。
それこそトール君には、不破さんと対戦出来ればいい経験になるだろうけれど……無理かな。
だって不破さん、トール君を 「ポイントを稼ぎたい連中のカモ」 なんていってるんだもん。
つまり不破さんにとってトール君はまだまだ眼中にすらなく、まともに相手なんかしてくれるはずもない。
もちろん同じギルドならともかく、違うギルドのメンバーだもん。
鍛えてあげる義理もないわよね。
「トール君と対戦したいんだけど、どうしたらいい?」
「ご指名?」
わたしの要求が意外だったらしく、不破さんは少し困ったように苦笑を浮かべる。
以前、柴さんとムーさんが、クロウがフェイトに顔を出すといつもノギさんやノーキーさんが指名するから自分たちとは滅多に対戦出来ないっていう嘆き……っていうのかしら、あれは?
よくわからないニュアンスだったんだけれど、そんな話をしていたから、てっきり指名出来るシステムみたいなものがあると思ってたんだけど……違うの?
「ああ、それね。
だったら、俺じゃなくてあちらに頼んだほうがいいかな?」
そういって不破さんが動かした視線を辿ってみれば…………げ、ノギさん……。
ちょうどわたしたちがこの地下闘技場に下りてきた時、対戦真っ最中だったノギさんが、勝者となって闘技場に戻ってきたところだった。
「よう、灰色の魔女。
珍しいところで会うじゃないか」
「?!」
大歓声に迎えられる中で生還を果たしたノギさんは、わたしたちに気がつくと、ゆっくりとこちらに向かってくる。
ノギさんは何事もなく普通に歩いていたんだけれど、虫の知らせのようなものがわたしには合った。
とっさにインベントリから格納していたいつもの杖を取り出す。
わたしを見てニヤリと笑ったノギさんは手にしていた鞘からスラリと剣を抜き、用なしとばかりに鞘を放り投げた刹那、大きく踏み込んでくる。
「トール君、下がって!」
両手に杖を構えながら叫んだ直後、一瞬でわたしの眼前に迫ったノギさんは、両手に構えた剣を振り下ろしてくる。
次の瞬間、激しい剣戟とともに杖から伝わる振動に手が痺れる。
「クロウはどうした?」
「ノギさん、どんだけクロウが好きなのよ」
「安心しろ、お前からとりゃしない」
「ノギさん、場外ですよ。
控えて下さい」
ここはシステム外だからPKは出来ないけれど、一般エリアと同じくステータスの差は出るし、HPは削れないけれど斬ることは出来る。
わたしの声に驚いて後退したトール君は足を絡ませてよろけ、危うく転けるところを不破さんに助けられる。
たぶん不破さんもここの常連。
場外乱闘なんて珍しくもない様子で、慌てることなくトール君を助けてくれたと思ったら、今度は、はじめから勝敗のわかった力勝負をわたしに挑み続けるノギさんを宥める。
「不ー破ー、いたんなら言えよ。
つまんねー勝負しちまったじゃないか」
「いやいや、ノギさん避けて隠れてたんで」
ちょっと不破さん、その髪とその格好で隠れるなんて無理でしょ?
そもそも目立つのが大好きな 【特許庁】 メンバーが隠れるって、おかしくない?