70 ギルドマスターは死んだことがありません
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!
アットホームなファミリーイベントのはずだった第三回公式イベントは、運営に意表を突かれて最後は地獄絵図と化して無事に終了。
ほとんどのプレイヤーが死に目を見るという惨劇でね。
もちろんこれを無事終了と表現するのが相応しいかどうかは置いておくとして、イベントの終了時間を昼に設定したのは運営の狙いどおりだったと思う。
夜中だったらほとんどのプレイヤーがログアウトしているか、普通に寝落ちしていて、全エリアをあれほどに地獄映え(?)させられなかったと思う。
これは続くと思われる第四回、第五回もやってくれそうな予感。
もちろん期待もあるけれど、プレイヤー側も用心しなきゃね。
どんなイベントが来るか、もちろん楽しみなんだけれど、あの最後にはちょっと衝撃を受けた。
まさかゆりりんがあんな手に出るなんて、誰が予想したのよ?
あんなに上手くキンキーとラウラを操るなんて、見事な調教……じゃなくて手懐け……じゃなくて……あれをどう表現すればいいのかよくわからないんだけれど、結果としてまんまとしてやられた感じ。
金魚すくいイベントは、それこそ最後には運営にしてやられたけれど、ゆりこさんもハルさんも楽しめたみたいでよかったわ。
あのラストはないけどさ。
色々とあり得ないラストだったけれど、次にどんなイベントが来るかを楽しみに思いながら自分のウィンドウを開く。
ちょっと確認してみたいことがあったのよね。
今回のイベントはそれこそ色々とあれだったけれど、前回、第二回イベントの時にちょっと思うことがあったの。
わたしの持ってるスキルって、ほとんど範囲魔法じゃない?
もちろん範囲魔法も必要だけれど、対人戦だと単体魔法で十分の場合が多い。
範囲魔法で対応してもいいけれど、単体魔法に比べてMPの消費が多いことを考えれば、MP無制限じゃない条件下だと魔法の発動回数自体が限られてしまう。
もちろん無制限じゃない場合は回復アイテムやスキルの使用が許されると思うんだけれど、回復のタイミングを見誤れば死亡案件。
ダンジョン攻略ならともかく、こちらの都合などお構いなしに対戦相手が現われる対人バトルロワイヤルだとMP残量の把握は必須。
でもいくら把握しても魔法を使えば必ずMPは減るし、回復タイミングは死活問題に直結する。
となるとMPの無駄な消費を抑えるべきで、そうなると、単身相手には単体魔法で対応するべき。
そのための単体魔法が少ないのよね。
対処法としては、やっぱり単体魔法のスキルを取得する。
いつも使っている業火や焔獄は焔蛇の固有スキルだから、いくら使ってもスキルレベルは上がらないし、何かしら他のスキルにつながることもない。
ここは一度初心に戻って、基本スキルだけでシャチ銀かシャチ金を回ってみようかしら?
あ、そういえば例のノブナガの件もそのままだっけ。
ノブナガそのものじゃなくて、ノブナガの背後にある琵琶湖の件ね。
なにか掲示板に情報が上がっていないか、そのうちマメにきいてみようかな?
「え……?」
唐突に聞こえた 「え?」 が誰の声かと思って横を見たら、いつの間にかトール君が座っていた。
わたしは人の通りが多いナゴヤドームの中央広場、いつものように噴水に腰掛けてウィンドウを見ていたんだけれど、いつの間に現われたのか、トール君が隣にすわっていたの。
そしてわたしのウィンドウを見て何かに驚いている。
今の 「え?」 はその驚きの声だったらしいんだけれど、わたしもトール君も、突発的事態に弱い者同士。
お互いに……トール君がなにを見て驚いたのかはわからないんだけれど、すぐには反応出来なくて、たぶん三十秒くらい、変な沈黙の間があったと思う。
「……ちょ……ちょっとー!」
先に反応したのはわたし。
声を上げながら慌ててウィンドウを閉じる。
『なに、グレイさん?』
クロエの声がインカムから尋ねてくる。
あまり心配してないところがクロエよね。
「トール君にステータスのぞかれた」
『うわぁ、トールのスケベ』
『エッチ』
こういうネタにすぐ食いついてくるのは、柴さんとムーさんの脳筋コンビ。
わたしの言い方も悪かったんだけれど……もちろんわざとそう言ったんだけど、まんまと食いついてきた二人に、年少組の囃し立てる声が続く。
『スケベだスケベ』
『トール君のスケベー』
その後ろではどこかにいるらしい自己責任組の笑い声が一杯聞こえていて、顔を赤くしたトール君は言い訳をしようとしているのか、言い返そうとしているのか、しどろもどろになにか言ってるんだけれど全然言葉になってなくて、それこそなにを言っているのかさっぱり。
でもフォローはしないわよ。
ぼんやりしていたわたしも悪いけれど、トール君だって悪いんだから。
一応怒ってますってことをいいたくてむぅっとした顔で睨んでいたら、カニやんまでトール君を茶化してきた。
『たいしたスケベだな、トール君も。
でも、本人の許可なくウィンドウをのぞくのはマナー違反ってことで』
『どうせグレイさんのことだから、どっかでぼんやり開いてたんだろうけど』
ぼんやりは余計よ、クロエ。
『ん? なんでそんなことになってるんすか?』
『なに、JB?』
『いや、だってクロウさんいるじゃないですか?
そんな簡単にのぞかせてもらえないでしょ?』
『いないんじゃない?
トール君、今も無事そうだし』
えーっとクロエ、クロウがトール君に何かするとでも?
ちなみに今、クロウはいません……っていうか、今日はまだログインしていません、たぶん。
『するかしないかは経験者だけが知ってるってことで、とりあえずトール君、このルールは覚えといてね』
締めくくるようなカニやんの言葉に、トール君は 「はい、でも……」 となにやら煮え切らない様子。
煮え切らないっていうか、納得出来ないっていうか……これ、どういう感じ?
わたしはとっくにウィンドウを閉じたけれど、トール君は、ウィンドウが開かれていた場所を見たまま、呆気にとられている。
顔が赤いから、みんなの話は間違いなく聞いていたと思うんだけれど、それこそなにか意外なものでも見てしまって、まだ驚きが続いているって感じ?
『グレイさんのパラメーターが意外すぎて驚くのはわかるけど、君、剣士でしょ?
魔法使いのステータスなんて参考にならないと思うけど』
知ってる風なことをいうクロエだけれど、もちろんクロエにだってわたしのステータスを見せたことはない。
知ってるのはクロウくらいだけれど、クロウのステータスはわたしも勝手にのぞいているので文句は言えない。
それどころかインベントリまでのぞき込んでいる。
でも剣士のステータスなんて全然参考にならないから、正直、数字なんて全く覚えてないんだけれどね。
「それはそう、なんですけ、ど……」
煮え切らないっていうか、はっきりしないトール君の声にちょっとカニやんが悪戯心を起こす。
『うん? なに見ちゃったの、トール君。
お兄さんに話してご覧』
「その……グレイさんの死亡回数……0でした」
そうだっけ?
死亡回数はステータス画面の隅っこに表示はあるけれど、ただ表示されているだけのものだから気にしたことなんてなかった。
うーん、そういえばわたし、死んだことなかったかも? …………うん、死んだ記憶がないってことは、そういうことよね、うん。
わたしの中ではそういう結論になったんだけれど、そもそもトール君はなにに驚いているわけ?
『は? 死亡回数0?』
ちょっとカニやん、自分から訊いておいてその反応はなによ。
『いや、だってグレイさん、レベルカンストしてるよね?
で、死亡回数0?』
『あり得ねーだろっ?』
『俺が何回死んだと思ってるんだよぉー!』
柴さんやムーさんまで驚いてるみたいなんだけど、そりゃ剣士の死亡回数が多いのは当然っていうか、仕方がないでしょ。
前衛職は直接敵と対峙するんだから。
『そうじゃなくて……俺もグレイさんと同じ魔法使いだけど、死亡回数、知ってる?』
「知らない」
『うん、知らないよな。
自分でも数えるのが面倒で覚えてないけど、そのくらい死んでる』
そうなの?
カニやんって堅実だから、そんなに死亡回数多くないと思ったけど。
『いや、魔法使いの中では少ない気がするけど、0はない』
『これ、あれかー?
旦那の仕業』
『絶対落とさせないもんな。
旦那も死亡回数少ないし』
『クロウさんも少ないのか。
さすがだな』
『前に見た時、俺らの半分くらいだった』
『ひょっとして、クロエも0?』
クロエにまで飛び火しちゃったんだけれど、その質問にヒヤリとしたのはクロエじゃなくてわたし。
だって……
『そんなわけないでしょ。
グレイさんの0はクロウさんのせいもあるけど、あんな見てくれしてて初見でスザクを落とした重火力だってこと、みんな忘れてない?
僕とクロウさんは、グレイさんに落とされてるから0はないね』
あえて回数をいわないクロエだけれど、具体的死亡例にそれを出さないで欲しかった。
わたしだってわざと落としたわけじゃないし、気にしてるのに……。
インカムからはほぼ同時に 『え?』 とか 『は?』 とかって声が聞こえてきたんだけれど、どれが誰の声かなんてわからない。
一様に驚きも顕わで、私の良心をザックリとえぐってくる。
『なに驚いてるのさ、みんな。
知ってるでしょ、僕とクロウさんが灰燼を見たことがあるの』
それこそ今はイベントエリアとかあるけれど、しかもイベントはモニターで観戦出来るから、わたしがイベントエリアで灰燼を使っても無傷で観ることが出来るけれど、そもそもわたしだって取得してすぐにあれがそういうスキルだってわからなかったのよ。
あんなに無慈悲なスキルだなんて。
『これからはイベントで観る機会もあるかもしれないけれど、でも、出来るだけ使わせないほうがいいよ。
僕とクロウさんが落ちるのを見て、グレイさん大泣きしてたから』
「そこまで言わなくていいからー!!!!!!」
インカムが壊れるんじゃないかってくらい大声で叫んだら、周囲を通りかかった見知らぬプレイヤーたちが立ち止まり、驚いた顔でわたしを見る。
いやいやいやいや、なんでもありません。
どうぞ、行って下さい。
ほんと、なんでもありませんから。
さっさと行って下さい。
とっとと行っちゃって下さい。
そんな不審者を見るような目で見ないで……泣ける。
『クロエさ、クロウさんがいないってわかっててそれやってる?』
『もちろん。
いたら即行でクビ狩られちゃうじゃん。
このあいだの柴さんやカニやんみたいに、フェイトに連れて行かれてさ』
ちょっと呆れ半分のカニやんの問い掛けに、クロエは本当に楽しそうに返す。
これはあれよね?
つまりあの灰燼の巻き込みを、未だにクロエは根に持ってる。
あの時、何回も謝ったのにまだ怒ってるとか……もう、これ以上わたしにどうしろっていうのよ。
クロエがこれだけ根に持ってるってことは、クロウもまだ怒ってる?
……………………え? クロウ、怒ってるの…………えーっ?!
『あーまたグレイさんがおかしな方向に行った』
『いいじゃん、行かせちゃえば。
このままくっつけちゃえば?』
『そう上手くいくかよ。
クロウさんはともかく、グレイさんだぞ』
『どこまでも鈍いか』
なによ、それ?
もう帰ってきたわよ、おかしな方向から。
ついでにトール君も、やっと本題を思い出したみたい。
そもそも用事があってわたしを探してここに来たらしいんだけれど、うっかりわたしのウィンドウをのぞいちゃったのが運の尽きっていうか、脱線の始まりだったみたい。
ずいぶん遠回りしちゃったわね。
いつものように、みんなの話の腰を折るのを申し訳なさそうに切り出す。
かまわないから思い切り折っちゃって。
「クエストのことで、ちょっと相談があるんです」
「なに?」
クエストならたいがい大丈夫だと思ってわたしも用心を忘れていたんだけれど、トール君の相談はちょっと意外なものだった。
「フェイト?」
「はい、【フェイトに挑戦しよう!】っていうクエストです」
あー、あれね、はいはい。
でもあれは必ずクリアする必要はないし、だからクリアしなくても次のクエストに進めるはず。
っていうか、進めるのよ。
だってわたし、それだけはクリアしてないのよね。