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69 ギルドマスターは蹴落とします

pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!

 第三回イベントの金魚すくいもいよいよ三日目、最終日。

 さすがに二日連続徹夜は出来なくて……もう若くないって思い知らされたわたしはギルドルームの休憩室で仮眠をとっていたんだけれど、一度ログアウトして現実に帰っていたクロウが再ログイン。

 約束していたとおり起こしてくれたんだけれど、その起こし方が頭を撫でるっていう優しい起こし方で……このまま撫でられていたい!

 もうなんか凄く嬉しくて、このままずっと撫でて欲しい!!

 このまま狸寝入りを続けたら、ずっと撫でていてくれるかしら?

 そんなことを考えて幸せな気分に浸っていたんだけれど、クロウはわたしなんかより一枚も二枚も上手。

 もちろんわたしがそんな下心で悩んでいたなんてことまでは気づかれていないはずだけれど、狸寝入りはばっちりバレていたみたいで、急に手を引っ込めるから、思わず恨めしそうな顔をしたら、クロウは少し困ったような顔をしてわたしを見ていた。


「起きるのか?

 まだ寝ていてもいいが、どうする?」


 本音をいえばまだ眠っていたい。

 凄く眠い。

 でも視界の隅に、高いびきをかいて夢の世界の住人になっているマメが入った瞬間に我に返る。


 目が覚めた


「起きる!」


 現実を思い出したのよ。

 今、この幸せの享受を続ければ、あとで必ず地獄が待っているってことを……。

 意を決して起き上がるわたしに、なぜかクロウは小さく息を吐く。

 先に歩き出すクロウに促されるように休憩室を出ると、まだ外は薄暗く、ソファにはカニやんが窮屈そうに寝ている。


「カニやん、起きろ」

「……あ……そんな時間か……あー」


 ゆっくりと起き上がったカニやんは、ソファの上で大きく伸びを一つ。

 実は二時間くらいでクロウは戻るっていっていたんだけれど、結局クロウも現実(リアル)で仮眠をしちゃって四時間が過ぎていた。

 それでもまだ午前五時過ぎ。

 イベント終了まで六時間以上ある。

 さぁラストスパート、行くわよ! ……なんて気合いを入れたんだけれど、インカムから誰かの情けない声が助けを求めてくる。


『すいません、誰かいましたら復活お願いしてもいいですか?』


 うん? この声はトール君ね。

 結局トール君とマコト君も寝落ちしてしまい、ついさっき目が覚めたら死亡状態だったっていうね。

 場所を聞いたら関東エリアだっていうから、そっちに向かうカニやんに任せることにしたんだけれど、ギルドルームを出掛けたカニやんが、気がついたように休憩室を指さす。


「ひょっとしてマメ」


 先は言わないんだけれど、まだマメが休憩室にいるのかを訊いているのは明らか。

 だからわたしは黙ったまま閉じた唇に一本指を立てて答える、お静かに……ってね。

 それを見てカニやんはなんともいえない複雑そうな顔をしたんだけれど、わたしがなにを考えているかなんてそれこそ言わずもがな。

 隠すつもりもないし。

 結局カニやんは仕方がないといわんばかりに頭を掻きながら、でもマメを起こすことなくギルドルームをあとにした。


 絶対にマメには負けない


 個人ランキング暫定順位では、もう少しでマメに追いつく。

 あと六時間、マメにはこのまま眠っていてもらいましょう。

 もちろんいつ起きるかわからないけれど、それまでに追いつかなくちゃ。

 ドームを出るまではカニやんも一緒だったんだけれど、そこで右と左に別れ、それぞれ関東エリアと関西エリアに向かう。

 道中でも金魚やシャチを掬いながら歩いていたんだけれど、結構な死体が落ちている。

 もちろんシャチや金魚の死体じゃなくて、うっかり寝落ちして、金魚にちまちまとHPをついばまれたか、シャチにシャコーンとHPを食われて死亡状態になったプレイヤーたち。

 いつもなら助けてあげるのもやぶさかじゃないんだけれど、今はギルドランキング戦の真っ最中。


 助けてあげません


 そう思い心を鬼にして関西エリアに向かっていたんだけれど……


「グレイさーん、help me!」


 もうすぐ関西エリアに入るっていうあたり、つまりエリアの境界近くで、あえてわたしを名指しにしたSOS。

 二、三歩行きすぎてから聞き覚えのある声だと思って振り返ったら……


「JBさん、こんなところで寝てたの?」

「こんなところで寝てたんす。

 いま、そのまま行こうとしたっしょ。

 酷いっすよ」


 だってみんな、助けて助けてってうるさいんだもん。

 ギルド対抗戦なのに、他のギルドのメンバーに助けてもらおうだなんてムシがよすぎるじゃない。

 だからつい、またか……って思っちゃったの。


「起動……リカーム」


 通り道を避け、茂みの中で半透明状態になって白い光りの筋を幾つも湯気のようにあげて座り込んでいたJBさんは、わたしの蘇生スキルで復活。

 通常の状態に戻る。


「じゃ、あと六時間……かな?

 頑張ってね。

 まだギルドランキング戦、上に 【特許庁】 がいるから」

「あれ抜くんすか?」


 JBさんはちょっとうんざりした顔をしたんだけれど、だって今2位よ。

 これで 【特許庁】 を抜けば1位。

 実際に抜けるかどうかはともかく、やってみる価値はあるでしょう。

 ましてや相手はノーキーさんの 【特許庁】。

 是非抜きたいというのは完全なわたしの私情です。

 でもね、運営も最後にはやってくれたの。

 残り時間が一時間になったところで急に全てのエリアで銅シャチ、銀シャチ、金シャチが現われ……現われるだけならいいんだけれど、エリア中を巨大シャチだらけにしてくれたのよ。

 右を向いても巨大シャチ、左を向いても巨大シャチ!

 当然前も後ろも巨大シャチだらけ。

 鋭い牙を剥いてシャコーンシャコーンで、尾びれを振ってビッチビチッ!!

 ああ、もう忙しいったらありゃしないじゃない。

 もちろん掬うのに。

 尻尾でビチビチっていうか、バシコーンと気前よく(はた)かれた時には、こっちも勢いに任せて気前よく焔獄をお見舞いしてあげそうになって慌てた。

 せっかく 「狩る」 から 「掬う」 に慣れてきたのに、ちょっと寝ただけでまた忘れちゃうとか、わたしってばこんなに自己修復機能が高かったなんて知らなかったわ。

 もう、嫌になる。


『この状況でグレイさん、掬ってるの?』

「当たり前じゃない」


 これを掬わずにどうするの?

 巨大シャチしかいないってことは、大逆転のチャンスでしょう!

 もちろんクロウも頑張ってくれてるんだけれど、さすがにこのイベントには不利な銃士(ガンナー)

 クロエはとっくに諦めて保身に入ってるらしい。

 すっかり金魚と各サイズのシャチはなりを潜めてしまい、火力のない生産職のハルさんや年少組も巨大シャチたちから逃走中。

 ギルドルームに逃げ込んでくれていいけれど、くれぐれもマメを起こさないようにね。


『気がかりがそこって……グレイさん、どんだけマメ警戒してるわけ?』

「そういうカニやんこそ、本当の本当はどうなのよ」

『あー……そういう反論ね。

 ま、いいけどさ。

 結局あれだろ、例のご褒美』


 うわー、この忙しい状況で核心衝いてきた。

 わたしも寝不足と忙しさで判断力を失っていたんだけれど、だから言わないほうがいい夜中の出来事をいっちゃったんだけれど、カニやんもかなり来ているみたい。


『結局がなにがご褒美か、覚えてないんだろ?』

「だからなに?」

『言っとくけど、俺は教えないから』


 うっそー!

 そこまで言って教えてくれないの?

 そんなのありっ?

 ひどーい、カニやん!


『というかグレイさん、どうしてクロウさんに訊かないわけ?

 カニやんが僕と同じくらい性格が悪いって、もうわかってるだろうに』

『うるせぇよ、クロエ』


 イベント開始三日目の正午きっかり、始まりと同じく、どこからともなくサイレンの音が鳴り響いて第三回イベントは終了。

 最後には生存プレイヤーより巨大シャチのほうが多かったくらいなんだけど……それこそそこら中に朝以上の惨状というか、死亡状態のプレイヤーたちが散乱しているような有様。

 うちのメンバーも、年少組はハルさんとゆりりんが無事にギルドルームまで逃してくたんだけれど、それ以外のメンバーが何名か落ちたみたい。

 でもそこは自己責任で。

 そんな中でもわたしたち 【素敵なお茶会】 は上位8位以内どころか 【特許庁】 を蹴落として優勝しましたー!


 やったね!!


 あのノーキーさんの悔しがる顔を想像したらちょっと愉快なんだけど、個人ランキング戦では負けちゃった。

 でもいいの、個人ランキング戦でわたしが負けたのはノーキーさんだけだから。

 結局マメはあのままイベント終了までおねんね。

 あそこでカニやんを怒らせるようなことをしなければ起こしてもらえたと思うけど、自業自得。


 あんな真似して!


 運営の音声インフォメーションによるイベント終了を聞いて、関西エリアにいたわたしとクロウが中部東海エリアのナゴヤドームに戻ったら、ギルドルームにはすでにみんなが集合していた。

 イベントは終了しているからノーサイドってことで他のプレイヤーたちを蘇らせながら戻ってきたもんだから、結構時間がかかっちゃったのよ。

 おかげで予想以上にMPポーションを消費しちゃった。

 あ、でも個人ランキング戦の賞品で一杯ポーションもらえるんだっけ。

 じゃあ補充は賞品をもらってからにしよっと。

 そんなわけで今回の表彰式には、代りにカニやんに登壇してもらいました。

 だって間に合わないんだから仕方がないじゃない。

 インタビューに出てきた例の熊も、ギルド側の説明を聞いて、わたしの博愛精神に敬意を表しますだって。

 大量虐殺(ジェノサイド・ゲーム)を企画しておいてよくいうわよね。

 ほんと白々しいっていうか、演出過剰。

 みんなが戻ってきたギルドルームの賑やかさでようやく目を覚ましたマメは、それはそれは悔しがってたけれど知りません。

 絶対救済策なんてあげないわよ。

 そもそもこの場合の救済策ってなに?

 わたしやクロウと一緒に見捨てたカニやんが滅茶苦茶責められていたけれど、カニやんはカニやんで睡眠不足と疲労で口が悪い。

 とことん言い合ってくれてもよかったんだけれど、わたしのところに 【特許庁】 からメッセージが届いた。


 早く決めろ!


 ……ってね。

 送ってきたのはノーキーさん。

 もちろん今回のイベントの賞品のことなんだけど、3位以降は上位ギルドが選んだ賞品以外になるから順番待ちになるけれど、1位と2位は関係ないんじゃないの?

 そう思ってわたしはのんびりしていたんだけれど、イベント的に1位から決めてもらいますって運営から言われちゃったんだって。


 どこまでも演出する気ね


 そんな急かされても困るんだけど。

 だってこれからギルド会議で決めるんだもの。

 もらえるステータスは、運営が賞品として提示した七種類から二種類だけ。

 まだ職を決定していない年少組の三人と、二人しかいない生産職は今回譲ってくれることになったんだけれど、戦闘三職が、ね。

 それぞれ違うステータスが必要だから困るのよ。

 当然STRかVITが欲しい剣士(アタッカー)は七名。

 DEXが欲しい銃士(ガンナー)は三名。

 そしてINTが欲しい魔法使いは四名。

 民主主義的に考えれば、人数が一番少ない銃士(ガンナー)が不利なんだけれど……これ、どうしたらいい?

 わたしは一瞬、いつものようにクロウに訊こうとして辞めた。

 だって、なんとなく答えがわかっているから。

 だからあえてカニやんを見た。

 マメとの言い争いにすっかり疲れ切っていたカニやんはテーブルに突っ伏していたけれど、わたしの視線に気がついてちょっと顔を上げ、またすぐに伏してしまう。

 顔を伏せたまま、くぐもった声で意見をくれる。


「いいよ、好きにして。

 今回もグレイさんが一番の功労者だし」

「ほんとにいいの?」

「いいよ。

 どうせゆりこさんは意見しないんだろ?

 の~りんは、前回イベントのペナルティーってことで」

「文句ないよ」


 最近少し復活したの~りんは、今回のイベントはココちゃんを探しながら参加してたみたい。

 の~りんは本当にココちゃんが好きみたいだけれど、その気持ちは届いていないような気がするのはわたしだけかしら?

 さすがにこんなこと、口に出しては言えないけれど……ましてみんなの前じゃ余計にね。


「じゃ、剣士(アタッカー)組はどっちか決めて、STRかVITか。

 両方はダメよ。

 銃士(ガンナー)組はDEXでいいの?」

「譲っちゃっていいわけ?」


 クロエには意外そうな顔をされたけれど、他の三人の魔法使いに文句がなければ別にわたしはかまわない。

 うちのギルドじゃ銃士(ガンナー)の人数は少ないけれど、DEXは生産職にも影響のあるステータス。

 それを考えたら魔法使いが一番人数が少ないわけだし。

 でもなんだか空気がおかしな感じ。

 首を傾げて観察してみたら、一番人数の多い剣士(アタッカー)組が静かなのに気付く。

 早く選んでっていってるのに選んでくれないから、じゃあわたしが勝手に決めますって宣言してウィンドウを開いたんだけれど、一つ目に確定しているDEXを選択して、二つ目にSTRを選択しようとしたら、またクロウに腕を掴まれてなぜかINTをポチらされる。

 クロウもすっかり慣れたものよね、わたしの手を操るの。

 ……いや、そうじゃなくて、どうしてINTなのよ?

 そりゃINTは魔法使いだけじゃなくて、魔弾を使う銃士(ガンナー)にも関係あるし、当然生産職にも関係あるけれど、うちで一番多いのは剣士(アタッカー)

 そしてINTを全く必要としないのも剣士(アタッカー)

 しかもいざ戦闘になった時、一番死亡確率が高くて、実際一番死亡回数が多いのも剣士(アタッカー)

 だったらボーナスでSTRを割り増ししてもらったほうがいいじゃない。

 ギルドボーナスだからメンバー全員のSTRが底上げされるし、ギルドの火力が上がるのに、なんでここでINTを選ぶの?

 しかも他の剣士(アタッカー)が誰も文句を言わないって、どういうこと?


「いや、言わないっしょ」

「旦那のやることは見当がついてたし」

「まぁ当然そうなるだろ?」

「クロウさんはそうするだろうと思いました」


 文句どころかクロウに賛同って、どういうこと?

 おまけにウィンドウでは運営から最終回答(ファイナルアンサー)を求められる。

 これに 『yes』 を押せば決定。

 もちろんわたしは 『cancel』 を押そうとしたんだけれど、クロウってばがっちり手を掴んだまま離してくれない。

 すっかり疲れていたし凄く眠かったんだけれど、残っている体力と気力を使い果たす覚悟で抵抗したものの、いつの間にかキンキーとラウラが反対側に立っていて、油断していたわたしの左手を使ってウィンドウをポチっていた。

 決定(yes)が押され、ギルドルームの壁に掛かる大型モニターに選択したギルドボーナスが大きく表示されるとみんなが一斉に拍手を始める。

 その様子にわたしが呆気にとられていると、キンキーとラウラがソファのほうを振り返る。

 

「これでいい、ゆりこさん?」

「はい、大変よく出来ました」


 ……ちょっとゆりりん、あんたなにやってるの?

 思いもよらぬところから登場した意外なダークホースに、わたしが唖然とするのを尻目にメンバーたちが盛大な拍手を贈る。

 えーっと……ゆりこさんって、こんなキャラだったっけ?

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