68 ギルドマスターは見てはいけないものを見ます
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!
『うっわ!
これ、やりにくいわー』
インカムから聞こえてくるカニやんの嘆きにみんなが同調する。
『倒しちゃいけないっていうのは辛いなー』
『金魚はいいけど、シャチは全然掬えねぇ』
『オール金魚ポイント。
イェーイ!』
そうよね、【素敵なお茶会】 みたいな重火力ギルドにはちょっと辛い趣旨のイベントよね。
火力任せに圧すほうが楽っていうか、慣れてるっていうか。
しかも加減を知らない脳筋が多いし。
とりあえず柴さん、ムーさんには言っておく。
ギルドランキング戦で8位以内狙ってるんで、もうちょっと真面目にやってくれる?
『忘れてた』
『やべ、女王の命令だ』
…………引っかかりは覚えるけれど、とりあえず真面目にポイントを稼いでくれたらいいわ。
脳筋なこの二人だって、本当はやればちゃんと出来るのよ。
やれば出来る子……オッサンだけど。
ただやる気を出す切っ掛けがいるっていうか、わざわざ発破を掛けないとやる気を出さない。
本当に面倒っていうか、手間掛かるっていうか。
でも実際、このあとくらいから二人の個人ランキングが大幅に上がりだしたんだけれど、大丈夫!
ちょっとやそっとじゃわたしには追いつかないから。
追いつかれてたまるもんですか!
『みんな大変だね。
俺たちは火力が低いから、加減なんて必要ないし』
笑うハルさんに、一緒にいるらしいゆりりんが 『そうね』 と麗しい声で相槌を打つ。
美人なハルさんに聖女なゆりりん。
この2ショットには興味があるんだけれど、今は見に行けない。
本当に残念だけれど見に行けないのよ。
とりあえずハルさんはふんだんにあるHPポーションを使って、鉄壁の守りで年少組とイベントを満喫中。
夕方から合流してきたゆりりんも、火力こそ低いけれどレベル36という、ハルさん以上……っていうか、剣士ではクロウの次にレベルの高いパパしゃんやJBと同じレベルっていうね。
火力はないけれど、基本パラメーターと回避能力だけでダンジョンを生き残り、経験値をコツコツと貯めてレベルを上げてきた強者でもあるのよ。
ちなみに 【素敵なお茶会】 でこの三人より高いレベルは、レベルキャップのわたしたち三人の他にはレベル38のカニやんだけ。
レベル35を越えたあたりから、レベルを一つあげるために必要な経験値が馬鹿みたいに高くなる。
この四人はすでにその渦中にいて、カニやんあたりは結構苦労しているみたい。
頑張れー
レベル40台はもっと大変だから。
ただわたしとクロエは、前にも話したと思うけれど、クロウに引きずり回されているあいだにカンストしちゃったんで、レベル上げでは苦労してないんだけどね。
そのせいか、わたしにはごついレベルだっていう自覚もない。
「ねぇ、訊いてもいい?」
『わかることなら』
ふと抱いた疑問を口にしたら、最近のわたしを真似るようにクロエが応える。
ちょっと声が楽しそうに笑っているから、わざと真似てるのよね。
「このイベント中って、ナゴヤジョーはどうなってるの?」
『それ、僕も知らない。
どうなってるんだろ?』
わたしの質問を受け、クロエも初めてその疑問を抱いたらしい。
誰にともなく質問を横流しすると、ハルさんが答えてくれた。
『いつもどおり潜れるらしいよ』
そうなのね。
今回のイベントはギルド対抗戦がメインだから、無所属の人はあまり興味がないみたい。
ハルさんのフレンドにいるソロの人が、暇潰しにナゴヤジョーに潜ってみたんだって。
イベント中はナゴヤジョーでスタンピードが起こっているってことになっているから、ダンジョンにも何かしら変化があったのかと思ったら……例えばいつも以上の数が沸いているとか、逆にダンジョン内には金魚もシャチも一匹もいないとか、そういうのがあっても面白いんじゃないかと思ったんだけれど、意外と普段どおり。
一人で潜ったそのフレンドも拍子抜けしたらしい。
ちょっと物足りないって思いはしたけれど、だからって運営が何かしらやってくれたとしてもナゴヤジョーになんてかまってる暇はないんだけどね。
ただひたすらポイを振り回して狩……っちゃダメなのよ、わたし。
掬う
ただひたすら掬う。
開始直後から要領よく掬っていたクロウの器用さを妬みながらも、なんとかわたしが慣れてきたのはイベント二日目の夜。
残すところ半日程度って頃なんだけれど、さすがに眠気が……油断をすると意識がイベント終了まで飛んでしまいそうなほど激しい眠気が襲ってきた。
初日から二日目に掛けては一晩中掬い続けられたんだけれど、さすがに二日連続で徹夜は……もうそんなに若くないんだって思い知らされている真っ只中。
「今……何人くらい残ってる?」
わたしの記憶が正しければ、若いトール君とマコト君、それにカニやんとマメあたりが残っていたはず。
実際にトール君とマコト君の返事はあったけれど、マメとカニやんは静か。
他のメンバーたちはだいたいログアウトしていて、JBだけは堂々と寝落ちを宣言している。
たぶんどこか、それこそ道端で寝てるんだろうけれど、もちろん安眠なんてさせてもらえるはずもなく。
死亡状態になってるわよね。
今は全てのエリアでイベントが行われていて、プレイヤーの減る夜中であろうと金魚もシャチも減ることなく沸き続けてるんだから。
「放っておけ。
それよりどうする?」
「なにが?」
クロウの声は聞こえているんだけれど、ほとんどなにを言っているのかわからない。
立っているのも辛くて木にもたれかかるように座り込んじゃったら、目を開けているのも辛くなってきた。
これは本格的にヤバい。
「少し寝てこい」
「……へ?」
クロウは寝落ち寸前のわたしを立たせようとして腕をとるけれど、泥酔状態のオッサンの如くわたしは立ち上がれない。
立ち上がろうって努力はしているんだけれど、とにかく体が重くて、足に力が入らない。
開けようと思っても開かない目はわずかな隙間があるだけで、それも油断をするとすぐに閉じてしまう。
そんなわたしに小さく息を吐いたクロウは、わたしを肩に担ぎ上げ、そのまま背に負ってナゴヤドームまで戻ってきたらしい。
らしいっていうのは、ほとんど眠っていて覚えてないから。
理性を失っていたっていうか、羞恥を忘れていたわたしは人肌の心地よさにウトウトしていたんだけれど、着いたギルドルームの光景に言葉を失った。
最初は寝ぼけていてわからなかったんだけれど、クロウがカニやんを起こそうとした声でわたしもちょっとだけ覚めたみたい。
そして見ちゃったのよ、ミーティングルームのソファで仰向けに横たわって眠るカニやんと、その…………マメ…………よね?
えっと……カニやんとマメがソファでね……その、一緒に寝て、る……
なに、これっ?!
カニやんも身長が一八〇㎝近くあるわよね。
ちょっと窮屈そうにソファに横たわって、その上に、抱きつくようにしてマメが眠ってるの。
もうね、一瞬で目が覚めちゃった!
危うく悲鳴を上げかけて、慌てて口を押さえる。
さすがに起こしちゃいけないと思った……っていうか、見ちゃいけないものを見ちゃったっていうか……この二人っていつからこういう関係だったわけ?
クロウは知っていたのかしら?
わたしと違ってちっとも狼狽えたりしないからわからないんだけれど……と、とりあえずわたしも背中から降りたほうがいいわよね。
「目が覚めたか?」
「ちょっとだけ覚めた」
背中でもぞもぞしていたわたしに気づいたクロウは、ゆっくりと丁寧に下ろしてくれる。
でも頭は覚めていても体は睡眠を欲しているらしく、ダル重状態を通り越して力が入らず、そのままへたり込みそうになるのをクロウに支えられる。
この光景さえ見なければとっくに夢の住人になっているレベルの睡魔よ、これ。
つまりそれぐらいわたしには衝撃的な状態だったんだけれど、ちっとも動じていないクロウは、少し面倒臭そうに膝頭あたりでカニやんを小突く。
「カニやん、起きろ」
クロウは特に大きな声を出したりはしなかったんだけれど、少し体を動かしたカニやんの目がうっすらと開かれる。
口が動いてなにかモゴモゴと言っていて、しばらくしてそれが言葉になった。
「……あ、旦那?
なに?
休むなら休憩室を使いなよ、空いてるから」
空いてるならカニやんがそっちで休めばよかったのに、どうしてソファで寝てるのよ?
背が高いんだからソファじゃ窮屈でしょ?
しかもマメと……あぁぁ……恥ずかしくてこの先が言えない。
酷く眠そうなカニやんはそのまままた眠ろうとして、クロウに夢の世界行きを邪魔される。
「とにかく一度起きろ。
このままだとグレイにあらぬ誤解をされるぞ」
「誤解? ってな……」
眠くて眠くてたまらない様子のカニやんは、少し呂律の回りきっていない不機嫌そうな声で何かを言い掛け、ついでに上体を起こしかけ、その邪魔をするマメの存在に気がついた瞬間に表情を一変させて声を荒らげる。
「このクソ女、どけや!
どこで寝てやがる!」
ちょっとちょっとカニやん、素が出てる。
思いっきり素が出てる。
ほんとにたまぁ~に見せるカニやんの素。
思いもよらない形で起こされて不機嫌な彼は素の自分全開で、容赦なくマメに罵声を浴びせる。
ようやくのことでマメも目を覚ましたみたいなんだけど、カニやんの罵声なんてどこ吹く風。
ただただ眠そうに、それこそわたしやカニやん以上に眠そうな様子で、カニやんの上に……ま、まぁそのままなの。
「なんか重いと思ったら、てめぇ……」
「んー起きたか、カニ」
「おう起きた。
どけ」
「え~マメ、温かいからここで寝る」
「俺は湯たんぽか!
さっさとどけや!
床で寝ろ、このクソ女!」
カニやんはがしっとマメの両肩を掴んで自分から引きはがそうとするんだけれど、マメはカニやんの首に両腕を巻き付けてしがみつく。
ねぇねぇクロウ、これ、わたしたち見ていていいの?
席を外したほうがいいんじゃない?
二人っきりにしたほうがいいんじゃないかってわたしなりに気を回したつもりだったのに、クロウには溜息を吐かれた。
なんで?
「……手遅れだったな」
「ちょっとクロウさん、わかってるなら誤解解けよ!
絶対グレイさん、勘違いしてるから!」
ようやくのことでマメの手を振り払い、肘掛け部分に放り投げていた足を床に下ろしてすわるカニやん。
その膝を枕に、マメはしぶとく眠り続けている。
なかなかの強者ね、マメって。
ところでわたしの誤解ってなに?
「それな!
こいつ、人が寝ているところに来て蒲団代わりにしやがったんだよ」
カニやんがいうには、カニやんがギルドルームに来た時には誰もいなくて。
もちろんマメもいなくて、静かでちょうどいいからここで仮眠をとることにしてソファに横たわった。
もちろん一人で。
それってつまり、マメとカニやんはそんな関係じゃないってこと?
「そんな関係じゃねぇーよ!」
そんなに強く否定しなくてもいいじゃない。
マメは寝てるからいいけれど、もし起きていたら傷つく……かしら?
「傷つかねーだろ?」
マメのことなんて全く気に掛ける様子のないカニやんは、乱暴に言って大きくあくびを一つ。
「だいたいこいつ、柴やんとかムーさんには絶対こういうことしないの。
あとクロエとか。
相手を選んで悪戯してやがるんだよ」
それはつまり、マメにとってカニやんは、害がなくて本気にならない相手ってこと?
「珍しく当ててくるじゃん。
あークソ、眠い」
「もうログアウトしたら?」
「そういうグレイさんこそ、そろそろ寝る?」
「ううん、一時間くらい仮眠する」
「え?」
なぜか意外そうな顔をしたカニやんは、やっぱりなぜかクロウを見る。
さらになぜかクロウは溜息を吐く。
疑問が一杯なんだけれど、今のわたしには欠片ほども思考能力は残っていない。
とりあえず一時間か二時間くらい仮眠して金魚すくいを再開する。
すでに決めてあったそれを実行するだけで一杯一杯。
「クロウさんも寝る?」
「いや、俺は一度ログアウトしてシャワーを浴びてくる。
片付けておきたい仕事もあるから……二時間くらいで戻る」
昨日も一緒に徹夜したのに、今日も徹夜するの?
大丈夫?
わたしより歳上とおぼしきクロウはわたしよりも体力はありそうだけれど、クロウと同じ歳ぐらいのカニやんでもちょっと厳しいっていってるし、少し寝たほうがいいと思うんだけれど……
「ま、いいや。
だったらクロウ、再ログインしたら起こして」
わたしがそう言ったら、カニやんも 「ついでに俺もよろしく」 だって。
クロウはかまわないって言ってくれてそのままわたしを隣の休憩室まで連れて行ってくれたんだけれど、ちょっと振り返ってカニやんに言う。
「お前がそっちで寝るなら、マメをこっちに運んでやってくれ」
カニやんは返事の代りに大きなあくびをまた一つ。
それから結構雑にマメを肩に担ぎ上げ、休憩室にあるベッドの一つにマメを寝かせる。
ねぇカニやん、わたしたちが見ているから、照れ隠しにわざとマメを雑に扱ってるわけじゃないのよね?
「違います。
しつこいな。
喪女はそのへんを詮索せずにさっさと寝ろ。
クロウさんも、お休み」
「お休み、カニやん」
【素敵なお茶会】 は挨拶必須だけれど、こういう挨拶もちゃんとあるのはいいわね。
眠すぎるわたしはちょっとフニャフニャいいながらカニやんを見送り、扉が閉められる。
「じゃ、クロウもあとでね」
「ああ、お休み」
クロウはこのままログアウトするかと思ったのに、突っ立ったままこちらを見ている。
窓の外から入る街の薄明かりに、少しだけこっちを見ている顔が見えるんだけれど、睡魔に邪魔をされて表情までは見えない。
んー……もうちょっとこっちに近づいてくれたら見えるんだけどなぁ……
「どうした、眠いんだろう?」
「眠い」
「じゃあ、寝ろ」
「はーい」
返事をしたことまでは覚えてるんだけれど、このあとクロウがいつログアウトしたのかはもちろん覚えていない。
次に気がついたのはクロウに起こされた時。
もちろんいつログインしたかなんて知らなくて、クロウに頭を撫でられて起こされた。
ま、まだ眠い……