674 ギルドマスターはデンデンと雨を降らせます
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よりによってあの巨大カタツムリは唾を吐く。
正確には唾ではないと思うけれど、唾みたいな粘液のようなものをプレイヤーに吐きかける。
どうやらそれがカタツムリの攻撃方法の一つらしい。
そして運悪くその唾を浴びたキンキーが落ちた。
この時カニやんの頭は、キンキーを回収するための中途離脱一択。
でもタイミング悪く……いや、そのまま中途離脱を選ぶにしても、襲って来るプレイヤーは片付けなければならない。
それこそウィンドウを開いて操作するあいだにも攻撃されてしまうから、下手をすると中途離脱する前に落とされてしまう。
だから巨大カタツムリ目当てに寄ってくるプレイヤーをことごとく落とす。
「キンキー、大丈夫かっ?」
転送によるタイムラグを考え、詠唱の合間に呼びかけるカニやんにキンキーは 『はい!』 と元気よく答えてくれたらしい。
「悪いけどちょっと待って」
『大丈夫ですよ。
えっと、ドームの出口で待っていたらいいですか?』
この時のキンキーは、中途離脱ではなく死亡扱いだから、イベントエリアから 【ナゴヤドーム】 の地下にある教会の、さらに地下にある死体置き場へ転送されている。
さっきの~りんが走ったのと同じコースをたどって 【ナゴヤドーム】 の出入り口まで移動することになるからそれなりに時間がかかる。
でもさすがにプレイヤー +【幻獣】 が相手となると、重火力余剰パーティであってもキンキーの移動以上に時間がかかる。
だからのんびり向かうというキンキーに脳筋コンビが……
「通貨足りるか?」
「足りんかったらおいちゃんが小遣いやろ」
「いくらいるんや?」
これはあれね。
教会地下の死体置き場からアイテムを使わずに復活する場合、あの銭ゲバ聖女にゲーム内通貨を払った上、経験値を溶かされるから。
さすがに経験値はどうしようもないけれど、ゲーム内通貨はプレイヤー同士で融通出来る。
そこで足りなければ代わりに出してもいいと、唐突にお小遣いをくれる親戚のおじさんになる脳筋コンビにキンキーは苦笑い。
『大丈夫です。
イベント前にお小遣い稼ぎしました』
キンキーのお小遣い稼ぎといえば、だいたいハルさんのお手伝い。
無人バザーに代理出店という体裁をとった名義貸しね。
人気の場所に同じアバター名で幾つも出店すると他のプレイヤーの顰蹙を買うから、その対策にね。
そうやってダンジョン攻略など以外でもコツコツとお小遣いを稼いでいたキンキーは、今回の支払いは自分で出来るという。
そのちょっとはにかむような自信に成長を感じます。
あ、わたしは直接聞いてなかったけど。
ほら、シシリーさんパーティから逃げ回っていたというか、戦っていたというか。
ちょっとタイミングが悪くて。
キンキーの成長は嬉しいけれどあまり安くないし、足りない時は素直に甘えて欲しい。
なにしろ相手は闇堕ち銭ゲバ聖女だもの、1円たりともまけてくれません。
もちろんわたしのお財布もあてにしてくれていいからね。
奮発するから!
お財布の中身はあとで確認するとして、この会話をしながらキンキーは地下教会から地上を目指して 【ナゴヤドーム】 内を疾走。
ちょっと陰陽師を思わせる水干姿でね。
そのあいだももちろんカニやんたちは戦闘中で、邪魔をしないようキンキーもお喋りを控えていたらしい。
不意に静かになったのはおそらく戦闘が終わったから。
クロエ班と恭平さん班の会話が続く中、会話と会話の合間に聞こえた小さなぽぽの溜息。
それが終了の合図みたいなものだったのかもしれない。
すぐにカニやんたちからの呼び掛けがないことを不審に思ったキンキーが 『あの』 と言い掛けた刹那、カニやんがようやくのことで口を開いた。
「キンキー、悪いけどこのまま検証を続けたい」
動く巨大カタツムリを倒すと殻だけがその場所に残り、インフォメーションが出たらしい。
information 中に入りますか?
※但し一度中に入ると戻ることは出来ません。
ご注意ください。
なるほど、間違いなく戻れないと書いてある。
しかも但し書きには制限時間も書かれてあり、その時間を過ぎると殻は消失してしまうらしい。
殻の縁に手をつき中を覗きこんだのはムーさん。
柴さんがカニやんのそばで周囲を警戒する中でカニやんがそういうと、キンキーはすぐさま 『じゃあ俺、喉が渇いたんで一回ログアウトしてもいいですか?』 だって。
こう……変に見捨てられたとか、仲間はずれにされたとか思っていじけたりしないところが学生組のいいところよね。
ちゃんとね、最年少のキンキーでも今回のイベントルールは理解している。
新たな情報を手に入れられる折角の状況を逃したくないというカニやんの考えも理解していて、ログアウトをするとパーティメンバーから脱退してしまうこともわかっている。
だからそこは一応ね、『あとで拾ってもらってもいいですか?』 とは言っていたけれど。
それもちょっと遠慮がちに。
でもそこはほら、カニやんはただのイケメンじゃなくて優しいイケメンだから。
「大丈夫、大丈夫。
適当なところまで確認したら回収するから。
とりあえず殻に入るとどうなるか確認しておきたい」
それが終わったらキンキーを回収するため、カニやん班は残る全員で中途離脱するという。
すぐさまキンキーが 『わかりました』 と答えると、またまた親戚のおじちゃん連中が口を挟む。
「急がんでいいぞ」
「ついでにトイレも行ってこい」
うん、この柴さんの発言でキンキーはトイレ休憩を取ることになったらしい。
うんうん、水分補給とおトイレは重要です。
今回のイベントも、イベントエリアにいられる最大時間が三時間。
これはおそらく健康管理のためだと思う。
まだまだ業界全体での規制はないけれど、運営によってはユーザーの安全管理のため自主的に制限を設けているところも多い。
これは安全管理のためにも必要だからね、そのうちゲーム業界で規制していくかもしれない。
しかもキンキーは素直だから、ここでも下手に親父どもをウザがったりせず 『わかりました、行ってきます』 と。
本当に素直でいい子だから。
お水を飲むにしてもおトイレに行くにしてもセンサー類を外す必要があり、一度ログアウトするとすぐには戻ってこられない。
戻ってきたら回収後に検証結果を聞くということで、キンキーは念のためギルドルームまで戻ってログアウトした。
そうしてキンキーを欠いたカニやんパーティは四人で、迷路を塞ぐように通路の真ん中にデンと鎮座する殻に入ったらしい。
一時的にチャットが切れたと言うから、おそらく内部に入ってすぐ転送されたと思われる。
チャット機能が回復してほどなく外が見えてきた……と思ったら、わたしたちがシシリーさんたちから逃げ回っていたというか、なんというか。
まぁそんな光景が広がっておりましたとさ。
つまりあの巨大カタツムリは転送アイテムというか、動く転送装置みたいな?
それって、イベントエリアを移動することに意味があるの?
「意味があるかはわからんが、移動アイテムっぽいな」
「そういやカタツムリ、殻には攻撃が通らんかったな。
動かないカタツムリはどうなんだ?」
柴さんが言うには、巨大カタツムリへの攻撃は本体にのみ有効。
殻には、剣での攻撃はもちろん魔法攻撃も無効。
銃撃に至っては跳弾したらしい。
それはクロエも言っていたっけ。
つまり殻は、動いていても動かなくても破壊不可。
動いているカタツムリのみ前面から本体を攻撃出来る。
但しカタツムリからも反撃があり、下手をすると唾を吐きかけられる。
そして元動いていたカタツムリの殻は一定時間が経つと消える。
相変わらず演出が細かいというか、凝っているというか……。
「まぁ殻がずっとあったらそこら中通行止めになってヤバいじゃん」
ある意味、JBのいっていた状況に陥るから消えてくれるのは助かる。
でも固定されているこちら、つまり出口側の殻はいつまで経っても消えない。
マップのない今回のイベントエリアだけど、ひょっとしてこれ、目印にならない?
「んー……どう思う?」
完全に脳筋の護衛をあてにしているカニやんは、わざとらしく腕組みをして首を傾げてみせる。
その呼び掛けに応えるのは、【素敵なお茶会】 が誇るもう一つの頭脳、恭平さん。
デフォね。
『ならないと思う』
「やっぱ?」
二人がそう思う根拠を訊いてみると、まず今回のイベントエリアが十種類くらいあると思われること。
そして今回のイベントは週末の二日間のみ、二週間にわたって行なわれる。
つまり四日間。
最終日は23時59分59秒で終了だけど初日は午前10時開始だったから、実際は四日に少し足りないけれど、まぁ四日間。
だから日付が変更するタイミングで、イベントエリアのマップも入れ替わる、あるいは迷路そのものが変更されるのではないか。
そもそも迷路だから、目印があってもマップを作ることは難しい……まぁそんな感じ。
マップのない迷路には東西南北もなく、梅雨を演出した空は薄雲がかかっていて太陽も見えない。
そんな感じに、運営は使えるだけの手段を使って目印をとことん潰そうとしている感じ。
二人は、そういうところも動かない殻が目印にならない根拠だという。
なるほど
だからといって、いつまでもあてもなく迷路を彷徨っていても埒が明かない。
これはどうしたもの?
とりあえずカニやん班はログアウトしてキンキーを回収する?
「それはまだいい」
ちょっと薄情な言葉をサラリと言ってのけるカニやんだけど、ちゃんとキンキーと打ち合わせているらしい。
念のためギルドルームに戻ってログアウトしたキンキーは、ログインしてから 【ナゴヤドーム】 出入り口までの移動しなければならない。
だから回収にはキンキーがログインしてから向かうことになっていた。
うん、まぁちゃんと話し合って決めたのなら結構です。
決定や判断は各班長に任せているしね。
でもだからって、このままわたしたちと一緒に行動するわけ?
重火力余剰班がさらに強化されるじゃない。
イベントエリア内ではパーティの組み直しも出来ないし。
「ん~……そうだな、キンキーが戻ってくるまで」
考える振りをして全然考えてないでしょ、カニやんってば。
「考える意味ないじゃん」
カニやんはそんなことを言ってにひっと笑っていたけれど、マコト君だけは少しホッとしていた。
うん、脳筋コンビがいるあいだは美沙さんをお任せして、マコト君は自由に動いて大丈夫よ。
もう一人はこのままぽぽの壁になってもらうから、カニやんもこのまま一人でお願いします。
その事実にやっと気づいたカニやんが 「え? ……あ!」 と変な声を上げるのに美沙さんが声を被せてくる。
「ぽぽさーん、どしたんですかー?」
なにかあったのかと思って振り返ってみれば、確かにぽぽが、肩に掛けていたはずの銃を下ろし、立ったままの状態で照準器を覗いている。
なにか見えるのかと思ってその銃身が向くほうを見ても、わたしはもちろん隣を歩くカニやんにもなにも見えない。
ついでに脳筋コンビにも訊いてみたけれど、やっぱりなにも見えないらしい。
「ってかさ、チャットの機能制限だけでなく、視覚にも制限かかってね?」
制限のかかったチャット機能は、一般エリアよりその距離が短い。
同じく視覚にも制限がかかっており、遠くが見えにくくなっているのではないかとカニやんは言う。
空に薄雲がかかって見えるのも、エリア全体が薄ぼんやりしているのもそのせいではないか……と。
でも銃士であるぽぽはわたしたちより目がいい。
銃士が必要とするステータスDEXに視覚を強化する効果はないけれど、銃士用の銃撃関連のスキルには視覚を強化する効果が付いているものもあるらしい。
狙撃センス0のわたしは早々に銃士は諦めたから、それ以上は詳しくないけど、でもそういう効果が付いてくるものがある。
だから照準器を覗かなくても、ぽぽはわたしたちより目がいい。
そのぽぽが照準器を覗いて何を見ているのだろうか?
ちなみに現実世界の視力は関係ない。
ここは仮想現実であり数値が全てだからね。
だから現実世界で視力が悪くても、仮想現実では全プレイヤーが基本パラメーターとして同じ視覚を持ち、同じように見えている。
視覚を上げる銃撃スキルを取得した銃士以外はね。
そしてぽぽがいうには……
「1時の方向に雨雲かな?
曇が見えるよ」
それこそ今にも降り出しそうな雨雲が……。
現実では梅雨が明けましたが、作中ではまだまだ梅雨が続きます。
ちょっとジメジメしますがご了承ください。
アールグレイ班
アールグレイ / 魔法使い
クロウ / 剣士
マコト / 剣士
サミー / 魔法使い
ルゥ / 幻獣
カニやん班
カニやん / 魔法使い
しば漬け / 剣士
ミンムー / 剣士
ぽぽ / 銃士
キンキー / 魔法使い
タマ / 妖獣
クロエ班
クロエ / 銃士
の~りん / 魔法使い
ジャック・バウアー / 剣士
ジャック / 剣士
恭平班
恭平 / 剣士
くるくる / 銃士
ベリンダ / 短剣使い
トール / 剣士
アキヒト / 魔法使い