672 ギルドマスターはデンデンと水浴びをします
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「きもーい!!
今の、なにっ?!」
背中を巨大カタツムリの闇に預けたままの美沙さんは、その驚きを表わすように大きな声を上げる。
その紫陽花の壁を挟んだ向かいでは、カニやんの 【氷雪乱舞】 を浴びて大量のHPを失ったココちゃんのアバターが電子分解を始めている。
「はいはい、とりあえず自分の足で立てや」
美沙さんの背後の闇から、ムキムキの腕だけを出しているムーさんが少し呆れ声を上げる。
その美沙さんの足下から、みんなより一足先に、闇を抜け出すようにタマちゃんがのっそりと姿を現わす。
先に、クロウに言われて美沙さんのカバーに入る予定で駆け付けていたマコト君。
それにココちゃんをのぞいたシシリーさんパーティ四人を片付け、慌てて駆け付けたわたしと、そのわたしを追ってきたクロウ。
その三人の中でなぜかわたしを選んだタマちゃんは、足下までやって来るとスカートの上からわたしの足にしなやかな体を押しつけるようにスリスリ。
それから可愛らしく 「にゃ~ん」 とひと鳴きすると、「さぁわたしを撫でなさい」 と言わんばかりに座りこむ。
すると、それまでムーさんの褒め言葉に鼻高々だったルゥが大きな耳をぴくっと反応させ、こちらを見たと思ったら大きな赤い目をさらに見開いて驚く。
そして大慌てでわたしの足下に戻ってくると、先にわたしの足下でくつろいでいるタマちゃんの横に座りこみ、グイグイと、そのもっふりボディでタマちゃんをわたしから引き離すべく脇に押しやろうとする。
いやいやいや、だってルゥは 【幻獣】 でしょ?
そりゃタマちゃんだって 【妖獣】 の中ではたぶん等級は高いと思う。
でも 【妖獣】 で、ルゥは 【幻獣】 なの。
それなのに、なに、その慎ましやかなやり方は。
もちろんタマちゃん相手に乱暴な真似をしろとは言わない。
いえ、言えない。
でもこう……もうちょっとやりようがあるじゃない?
【幻獣】 の威厳を見せるというか、なにかこう……とやきもきしながら押し合いへし合いする二つのモフモフを見ていると、短気を起こしたタマちゃんがおもむろに立ち上がり、ルゥに向かって 「シャーッ!」 と爪を牙を剥いた。
その瞬間驚いたルゥは癖っ毛を総毛立たせて跳び上がり、わたしのスカートの陰に隠れて……いえ、またスリットからスカートをめくって中に入ろうと、大きな頭をグイグイと押しつけてくる。
「きゅ~……きゅ~……」
悲しいのはわかる……いや、ちょっとわからない。
だってルゥの方がタマちゃんより全然強いのに、どうしてあんな威嚇くらいで逃げ出すわけ?
だいたいそんなに悲しい声を上げて鳴いてもスカートの中はダメです。
だってルゥは頭が大きすぎて入れないじゃない。
頭隠して尻隠さずよ!
「なんでワンコの方が泣くねん?」
「相っ変わらずおかしな関係やな、ワンコとヌコは」
美沙さんの背を押すように、タマちゃんに続いて闇の中から姿を現わした脳筋コンビはすっかり呆れた様子でルゥを見る。
脳筋コンビに続いて出て来たカニやんはちょっと違っていて……
「おいタマ、ここはワンコに譲ってやれ。
美沙ちゃんの恩人だからな」
一応タマちゃんもカニやんを飼い主と理解しているはずだけど、大人しく従うのは面白くないらしい。
柔らかそうな毛に覆われた耳をぴくっと動かしていたから間違いなくカニやんの声は聞こえていたはずだけど、ぷいっとそっぽを向いて動こうとしない。
それでも 「タ~マ」 と、改めて優しい声で呼ばれると逆らえなくなったらしく、仕方なさそうに折っていた四肢を伸ばして立ち上がる。
でもここで大人しく飼い主のところに戻らないのが気まぐれなお猫様。
今度はマコト君に近づくと、その足にスリスリ。
申し訳なさそうな顔をするマコト君に、カニやんは 「撫でてやって」 と苦笑いを浮かべる。
もちろん内心ではさぞかし悔しかったでしょうけど、せめてもの体面を保つために頑張って大人の対応をしてるんだと思う。
とりあえずわたしはタマちゃんを撫でるのは後回しにして、まだなんとかスカートの中に入ろうと頑張っているルゥをもっふりと抱き上げる。
そして鼻チューでご挨拶をすると、すっかり機嫌を直したルゥに舌でベロンと舐められてしまった。
んー……これはどういう愛情表現かしら?
でもカニやんには 「旨そうに見えたんじゃね?」 と、にひっと笑われたけど。
そんな三人と一匹のうしろからぽぽが、やっぱり闇の中から姿を見せる。
相手が誰であろうと、撃つ時は撃つクロエ。
それこそ問答無用で情けも容赦もない。
そこはもうクロエだから徹底しています。
しかも仲のいい銃士同士では撃ち合わないと思ったけど、本人から 『そんなわけないでしょ』 と否定されました。
だからその状況になった時、クロエはぽぽであろうとくるくるであろうと撃つそうです。
それこそ問答無用で情けも容赦もなく。
だってクロエだからね。
でもたぶん、その状況になった時にぽぽが撃つかどうかは疑問……というより、たぶん撃たない。
くるくるはちょっとわからないけどね。
銃士三人の中では一番穏やかな性格だけど、結構割り切ったところがあるから。
でもぽぽは撃てないと思う。
撃てないというか、撃たないというか。
だってぽぽはちょっと優柔不断なの~りんタイプだから。
ちなみにわたしも同じ優柔不断です。
今もぽぽはわたしたちと戦う意志なんて全くなくて、先程まで構えていたはずの銃を下ろしていつものように肩に掛けていた。
そしてぎこちない半笑いを浮かべて 「お疲れ様」 だって。
うん、お疲れ様!
ちなみにカニやんたち三人は、抜刀していなくても油断は出来ません。
魔法使いのカニやんは言うまでもなく、脳筋コンビだって一瞬で首を刎ねるからね。
でもぽぽが構えていないということは、たぶん大丈夫だと思う。
いや、まぁそんなぽぽでもココちゃんは撃ったけどね。
もちろん優柔不断な性格だからためらいはあったと思う。
それでも撃つ直前に出てきた言葉が 『の~りん、ごめんね』 だもん。
どうしてそこでココちゃんじゃなくての~りんに謝るわけ?
あんなタイミングで、しかもこれは運営のせいとはいえインカムからその声が聞こえてきたから、てっきりカニやん班v.s.クロエ班勃発かと思って焦ったじゃない。
このつぶやきについて改めてぽぽに訊いてみれば 「俺、そんなこと言ってた?」 と驚いていたから、どうやら無意識だったみたい。
ぽぽらしいといえばぽぽらしいけれど、このつぶやきについてはの~りんも驚いたらしい。
まぁ突然謝られたら、そりゃ驚くわよね。
しかも性格が性格だから、自分がなにかしたのではないかと焦ったらしい。
わたしたちがシシリーさん班と遭遇していたことをインカムで聞いて知っていたクロエはすぐにピンときたらしいけど、一人オロオロするの~りんを黙って見ていたというから相変わらず性格が悪いんだから。
わたしたちがそんな話をしている脇で美沙さんが、マコト君の次にタマちゃんを撫でたいとはしゃいでいた。
「待てや、この死に損ない」
「お前は回復が先やろが」
ムーさんが美沙さんの首にムキムキの腕を回して足止めをしている脇で、柴さんがウィンドウを開いてインベントリからHPポーションを取り出す。
そしてよりによって美沙さんの頭の上からポーションを掛けるとか……ちょっと、なにしてるのよっ?
「いうこと聞かねぇと水浴びさせるぞ」
さすがにそれは……いや、わたしもよくやられるけど。
美沙さんも回復を忘れるといううっかりだけど、ちょっと乱暴すぎる。
慌てて止めさせようとしたけれど、その、なんていうか……どこまでもポジティブシンキングよね、美沙さんって。
おっさん二人に雑な扱いを受けながらもとんでもないことを言い出した。
「これってぇ、よくドラマでありますよね!
ほら、別れのシーンとかで。
浮気されて、怒った相手が去り際にコップの水をこうやって頭から掛けてやるの。
サイテー! とか言いながら。
見たことないですかっ?
恋愛ドラマの泥沼シーンテッパンですよ」
………………
前向きというか、なんというか。
それこそ脳筋コンビはわたしみたいに嫌がるのを期待していたのか、思わぬ美沙さんの反応に毒気を抜かれ、ついでに力も抜けたらしい。
「JK怖~」
「メンタル鋼過ぎじゃね?」
そんなことを言いつつも、回復が終わるまで美沙さんを逃がさなかったのはさすがだけどね。
うん、全然怖がってないじゃない。
相変わらず口先だけなんだから。
「いやいや、怖いて」
「怖ぁてチビリそう」
『美沙ちゃん、ちょっといい?』
脳筋の戯言を遮るように、ギルドルームで商売に勤しんでいたハルさんが声を掛けてくる。
どうかしたのかと思ったら……
『さっきから結構ダメ食らってるみたいだけど、在庫大丈夫?』
ああ、美沙さんのポーション在庫ね。
確かに、ちょっとしたダメージでも用心してこまめに回復していたからね。
そろそろ在庫に不安が出てくるかもしれない。
イベントが始まったばかりの混乱は、ハルさんたち調合士にはかき入れ時。
時間の経過とともに要領を得て慣れてくるとポーションの消費量も落ちてくるから。
だからわざわざ調合士の方から知り合いにメッセージを送ったりして営業を掛けるわけだけど、丁度その受注、及び発送が一段落したらしい。
そこで今のうちにギルドメンバーのフォローを……と思って、まずはまだ慣れていない美沙さんに声を掛けてきた。
実際指名を受けた美沙さんは、慌ててウィンドウを開いてインベントリを確認し 「げ!」 とか 「やば……」 とか声を上げる。
『インベントリの空き、どのくらいある?』
「えっと……」
『慌てなくていいよ、今は周囲の安全は確保されているだろうし』
うん、大丈夫。
だって火力が余りまくっている重火力余剰パーティが合流したからね。
美沙さん一人よそ見していても全然平気です。
だからゆっくりしていいわよ……と話していたら、不意にハルさんが 『あれ?』 と声を上げる。
「どうかした?」
『それが……』
何かに気づいたらしいハルさん。
でもそれをどう説明するか迷うように言い淀んだと思ったら、『ウィンドウを開いてください』 と言い出す。
『ギルドメンバーリストの、位置情報に出てるんです』
なにが? ……と訊き返しながら、言われるままにウィンドウを開いてギルドメンバーリストを呼び出してみれば、その一覧にあるそれぞれの位置情報にある表示が出ていた。
位置情報を非表示にしているわたしとクロウは、イベントエリアでもそれは変わらないけれど、他のイベント参加メンバーの位置情報が 【紫陽花の迷路○】 と表示されていた。
○の部分には一桁の数字が入っていて、それぞれのパーティメンバーで同じ数字が入っている。
つまりイベントエリアの同じマップにいるという意味だと思う。
実際にカニやんとマコト君のいるエリアの数字は同じ。
今ここで合流してるからね。
ただ始めからカニやん班がわたしたちと同じマップにいたかどうかはわからない。
カニやん班が、この巨大なカタツムリの殻から出てくる前から同じマップにいたかどうかがわからないから。
そもそもカニやんたちはどうやってこの殻の中に入ったわけ?
それにもう一つ、疑問があるの。
疑問というか、質問というか。
一応念のため、カニやんたちが出て来た巨大カタツムリの殻の中をのぞいてみるけれど、やっぱりいないというか、真っ暗でなにも見えない。
というわけでストレートに訊いてみます。
キンキーはどこ?
無事カニやん班v.s.グレイ班は回避!
でもキンキーがいない?!
アールグレイ班
アールグレイ / 魔法使い
クロウ / 剣士
マコト / 剣士
サミー / 魔法使い
ルゥ / 幻獣
カニやん班
カニやん / 魔法使い
しば漬け / 剣士
ミンムー / 剣士
ぽぽ / 銃士
キンキー / 魔法使い
タマ / 妖獣
クロエ班
クロエ / 銃士
の~りん / 魔法使い
ジャック・バウアー / 剣士
ジャック / 剣士
恭平班
恭平 / 剣士
くるくる / 銃士
ベリンダ / 短剣使い
トール / 剣士
アキヒト / 魔法使い