657 ギルドマスターは頭を低くして生き延びます
PV&ブクマ&感想&誤字報告&感想&いいね、ありがとうございます!!
あまりに低い紫陽花という迷路の壁。
その低さのため周囲の景色が見通せるくらい危うい。
でもこれは運営の罠っていうね。
頑張ればわたしでも乗り越えられるのではないかと考え、【素敵なお茶会】 を代表し、一番の速さと跳躍力を持つ職種、短剣使いのベリンダが試してみた。
そうして彼女は貴い犠牲となった。
お星様に……
紫陽花にもたれかかる、あるいは紫陽花越しに向こう側に身を乗り出すくらいなら大丈夫だけれど、完全に乗るのはアウト。
マコト君が試しに、紫陽花越しに向こう側の通路に剣を差し出してみたけれどこれもOK。
でも紫陽花に剣は刺さらなかった。
つまりちょーっと仕掛けはあるけれど、この紫陽花の壁自体は破壊不可の置物と同じね。
うん、まぁ破壊出来たら出来たで問題だけれど、この仕掛けの方がずーっともっと問題たっだ。
そうして 【素敵なお茶会】 を代表して紫陽花を乗り越えようとしたベリンダは、ポーンと空高く放り投げられたというか、吹っ飛ばされたというか。
文字通りお星様になりました。
マコト君の何気ない実験結果は気になるけれど、中途離脱扱いになって一般エリアに戻されたベリンダを回収すべく、恭平さん班は一度全員が中途離脱。
一般エリアに戻ってベリンダと合流し、改めてカタツムリ大捜索を開始した。
その様子をインカムの向こうに聞きながら、わたしたちも迷路内の探索を続行。
足下ではルゥが、いつものようにフンフンフンフン……と臭いを嗅ぎながらわたしたちの前を歩き、散策を楽しんでいる。
これはあれね、目を離しちゃいけないやつよね。
それともガッツリホールドしておく?
うん、そうしよう。
転ばぬ先の杖
「ルゥ、おいで。
抱っこしてあげる」
わたしが声を掛けると、ご機嫌にしっぽを振って散策を楽しんでいたルゥは振り返って 「きゅ!」 と答える。
でも答えるだけ。
そのまままたフンフンフンフン……てちょっと、ルゥっ?
待って、ねぇ待ってってば~!
泣く
と、とりあえずこの、ルゥを抱き留めるために広げた腕をどうしたらいい?
『下ろせば?』
タマちゃんとイチャイチャしているカニやんにはそんな冷たいことを言われたけれど、美沙さんが、いいことを思いついたとばかりに手を打ち鳴らしたと思ったらとんでもないことを言い出した。
「じゃあわたしを抱きしめてください!」
はい?
ちょっと何を言っているのかわからず目を白黒させていたら、嬉しそうな顔をした美沙さんが両手を大きく広げて容赦なく飛び込んでくる。
しかも美沙さんのほうが背が高いから、傍から見たらわたしが抱きしめられるという形に。
なに、これ?
状況を理解出来ないわたしが呆然としていると、わたしを抱きしめたままの美沙さんからさらなる要求が出される。
「ギルマスもぎゅってして下さいよー」
ああ、ごめんごめん、ノリが悪くて。
とりあえずわたしも美沙さんをぎゅっとすればいいのね? と尋ねると、美沙さんは嬉しそうに 「はいー」 と答えてくれるから、言われるままに、ルゥを抱きしめるために広げた腕を美沙さんの背に回してぎゅっとしようとした矢先、どこからともなく銃声が聞こえた……と思った直後、不自然な衝撃に襲われる。
直撃じゃない!
うん、わたしが直撃したわけじゃない。
たぶん直撃したのは美沙さん。
その証拠に、不自然な衝撃にわたしが襲われた刹那、反射的にわたしを抱きしめる腕に力を込めた美沙さんが 「ぅぐっ!」 とおっさんの呻き声のようなものを上げた。
そしてすぐに 「痛ーい!」 と、天を仰ぐように叫び声を上げる。
「ヒール!」
「屈め!」
狙撃手の位置はわからない。
わたしが直撃を受けたわけではないどころか、完全に美沙さんが視界を塞いでいたからね。
とりあえず美沙さんに回復を掛けながら、被せるように声を上げるクロウの指示に従い美沙さんを押し倒す。
お互いに魔法使いだけど、アバターの身長は全然美沙さんのほうが高いけれど、ここは仮想現実。
数値が全てだからね。
職種は同じ非力でも、レベルに差がある分わたしのほうがSTRは高い。
アッサリと押し倒された美沙さんは、狙撃されて痛がっていたわりに 「ギルマスってば積極的ー」 なんておちゃらける余裕があった。
うんうん、余裕と遊び心は結構重要よね。
でもちょっと待って。
積極的って、そんな……。
「三時の方向です!」
このイベントエリアにマップはない。
当然よね、迷路だもの。
以前にあったイベントのように、視覚情報によって白地図が埋められていくこともない。
そもそもその白地図も存在しておらず、イベント用ウィンドウを使ってマップを呼び出しても、ウィンドウの中央に 『unknown』 と表示されているだけ。
おまけに空を見上げても太陽らしきものもなく、東西南北もわからない。
よってマコト君が言う 「三時」 は進行方向を零時と見立てての方向。
つまり右手、ほぼ真横。
上体を起こしたわたしは、屈んだまま、進行方向に対して右手の紫陽花を背にする。
すぐに美沙さんも体を起こし、わたしのあとを付いて来たと思ったらすぐ横に並んで屈む。
「美沙さん、まずは回復」
わたしの出す指示に、美沙さんは 「忘れてた」 と声を上げて慌ててインベントリからHPポーションを取り出す。
そこに、クロウの指示に従って屈んでいたマコト君と、指示を出した当事者であるクロウも合流。
いつのまにかルゥまでがわたしのそばで可愛らしくおすわりをしていた。
ここはもっふりと確保しておきます。
ガッツリホールドよ。
『なにがあった?』
『塚原、無事っ?!』
『女王の班だな、今の』
『状況確認していい?』
「全員狙撃注意」
たぶん美沙さんの声から始まったわたしたちの慌ただしい会話に、インカムの向こうで聞いていた残る全員が何かあったと察したのだろう。
クロウの返事にならない不穏な言葉に、さらにインカムの向こうがざわめく。
とりあえずあのおっさんのような呻き声が美沙さんだとわかるなんて、トール君も凄いわね。
『え? 俺……ですか?
あ、そうじゃなくて、だってグレイさんの声じゃないし』
いつものように落ち着きのないトール君の話によると、まぁほら、わたしも色々と変な声を出してきたし?
だからわたしじゃないことはすぐにわかったって。
それもどうかと思うけれど、マコト君でもクロウでもないことはすぐにわかる。
おっさんの呻き声みたい……なんてわたしは例えたけれど、実際に男の人と聞き間違えることはない。
まぁ直後に 「痛い!」 と喚いた声は間違いなく美沙さんだったし。
落ち着いて説明されれば美沙さんだとわかって当然だったっていうね。
『狙撃?』
ちょっと意味がわからないという感じではあったけれど、クロウの注意喚起に、おそらくインカムの向こうにいるメンバーたちは周囲を見回したに違いない。
そして銃声が聞こえたと思ったらクロエが納得した声で話し出す。
『この紫陽花、アバターは乗り越えられないけど武器は通過OKなんだ』
うん?
ちょっと待ってクロエ。
それを確かめるために撃ったのよね?
いま銃声が聞こえたわよね?
クロエが撃ったのよね?
『だからなに?』
だってクロエってば無駄弾を撃ちたがらないじゃない。
そのクロエが撃ったということは、そういうこと?
『丁度いいところに単身がいたから撃ったよ?』
それがなに? ……と、なんでもないことのように答えてくれる。
クロエの話に一瞬は 「お気の毒なプレイヤー」 とか思ったけれど、たった今自分たちも狙撃されたことを思い出して全然気の毒ではないことに気づく。
だってこの迷路はそれがOKということだから。
嫌な予感はしていた
ほら、ベリンダの実験が終わってすぐ、マコト君が紫陽花の上を通して隣の通路に剣を差し出した。
あれを見て凄く嫌な予感がしたの。
ただあの時点では向こう側に差し出しても大丈夫ということがわかっただけ。
実際に、紫陽花越しに攻撃出来るかどうかはわからなかった。
でも嫌な予感はしていたのよ。
美沙さんを撃ち抜いた銃弾が、紫陽花の壁の向こうから撃ちこまれたものだとしたら、同じ物理攻撃だもの。
きっと剣でも攻撃出来るはず。
もちろん気になることもある。
紫陽花の幅がだいたい1メートルくらい?
そこに身を乗り出して……といっても目一杯乗り出せば、いつ吹っ飛ばされるかわからない。
たぶん両足が地面から離れるとアウト。
紫陽花の上に乗っていると判定され、一瞬で吹っ飛ばされると思う。
そうしてお星様にされないため、少なくとも片足は地面に付けている必要があると考えられる。
そもそもそんな不安定な体勢で剣を振るのは難しいはず。
まぁクロウは平気そうだけど、他のプレイヤーに同じように出来るかどうか。
難しいと思う
おまけに紫陽花の向こう側からも反撃される。
体勢の不安定さは同じとはいえ、やはり身長差や装備の違いは出るはず。
でもこれは同じ職種、つまり剣士同士の場合。
接近戦型と遠距離攻撃型だもの、今みたいに銃士に狙われれば剣士に反撃の余地はない。
せいぜい今のわたしたちのように、破壊不可の置物と同じ扱いになっている紫陽花を盾に、その陰に隠れるのがせいぜい。
クロウの合図で身を潜めたあとも数回銃声が響いていたけれど、今も四人と一匹は無傷。
美沙さんに当たったのがまぐれ当りのノーコン銃士なのか、あるいは当たらないとわかっていて威嚇射撃のつもりで続けているのか。
相手の意図はわからないけれど、クロウの 「移動しよう」 という言葉で、わたしたちは姿勢を低いまま移動を始める。
すでに銃声が響き、美沙さんが撃たれた。
紫陽花を乗り越えることは出来ないけれど、紫陽花越しに攻撃を仕掛けることは可能。
そのことは美沙さんが上げた大声で、周囲にいるプレイヤーたちにも伝わったはず。
ついでにわたしたちがここにいることもね。
そうなると同じ場所に長居は無用。
迷路という都合上、移動先は二方向しかないけれど同じ場所に居続けるよりはいい。
同じく移動体勢の都合上、抱えていたルゥを下ろしてあげる。
するとルゥは 「きゅ!」 と可愛い鳴き声を上げ、それこそ 「ついて来い!」 といわんばかりに張り切ってわたしたちを先導し始める。
まぁ言っても仕方がないからついていってあげたけどね。
『嘘つけ、ケツに釣られてついていったくせに』
さすが獣の下僕。
同類とはいえ、格下の行動心理はよくご存じで。
少し癪だけれど、獣の下僕としては全然カニやんには及ばないからね。
レベチよ、レベチ。
それも格段にね。
というわけでルゥの可愛いお尻に釣られたことは素直に認めます。
しかもルゥはわたしたち四人を率いて歩くのがとっても誇らしいのか、それはそれはご機嫌でしっぽをブンブン振ってお尻をフリフリ。
可愛すぎる……
しかも曲がり角に差し掛かった時、角の向こう側から 「うわっ!」 という驚きの声が上がったと思ったら次の瞬間、ルゥは短い足で大ジャンプ。
角の向こうに姿が消えたから慌てて追いかけたら、剣士とおぼしき装備の男性プレイヤーに見事な顔面キックを決めていた。
さすが 【幻獣】、一撃必殺よ。
その可愛さに思わず見とれてしまう。
「起動……」
『見とれながら詠唱始めやがんの』
『容赦ねぇ』
当たり前です
ルゥの援護をしないとね。
相手は五人パーティ。
ルゥの先制で一人落ちたとはいえあと四人。
もちろん全滅させます!
「業火」
一難去ってまた一難。
迷路探索はまだまだですが、先に対人戦が本格化!
尚作中で【下僕】のルビが「シモベ」と「ゲボク」の二種類がありますが、誤字ではございません。
理由はおわかりいただけるかと・・・