652 ギルドマスターは掲示板に書き込みます
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わたしには二つの異名がある。
最初に付いたのはわたしだけが所持する、このゲーム最凶のぶっ壊れスキル 【灰燼】 にちなんで付けられた異名で 【灰色の魔女】。
でも新たに付けられた異名のおかげで、今でもそう呼ぶのは孤高のソリスト、ノギさんくらい。
そして新たに付けられた異名がなぜか女王陛下。
そう名付けたというか、そもそもの原因はある噂。
その噂の元になった発言は脳筋コンビにある。
それなのに……
『お前、なんか言ったんか?』
『なんか言ったっけな?』
バックレるんじゃないわよ!!
でもこの二人、どうやら本気で忘れていたらしい。
本当にいい根性をしてるわね。
本職はお医者さまでとっても頭は良いはずなのに、こんなにも綺麗さっぱり忘れるなんて。
「いや、お前ら首切りの噂まいたじゃねぇか」
『あー………………あ、あれか』
『どれだよ?』
カニやんの簡潔すぎるほど簡潔な説明に、ムーさんはようやくのことで思い出したけれど……それも沈黙の長さが、ほんとうに 「ようやく」 といった感じで。
でも柴さんは未だ思い出せず。
本当に国家試験に受かったお医者さまなのかと、疑ってしまうほどの忘却っぷりを見せてくれる。
『大丈夫、仕事はちゃんとしとるから』
それを柴さんの口から言われても、ね。
だって結局このまま思い出さないんだもの。
もちろん本当はどこかで思い出したくせに、そのまま思い出せていない振りをしている可能性もあるけど。
うん、この可能性が高いかな。
そこはだって、頭のいいお医者さまだもの。
一見ただの脳筋だけど、実はただの脳筋じゃないっていうね。
「能ある鷹は爪隠すってか?」
いやいやいや、もう爪も筋肉に埋もれてるんじゃない?
わざわざ隠すまでもないんじゃない?
『出来るんならそうしてぇわ』
『いいねぇ。
関節と爪は鍛えられねぇからな』
どこまでも脳筋の発想だった。
ん? 頭は鍛えないの?
『それはもう、若い頃に散々鍛えたから』
『十分すぎるほど鍛えた』
ひょっとして、頭を鍛えるのに飽きて筋肉に走ったとか?
『否定はしない』
『肯定もせんが』
そっか、否定も肯定もしないんだ。
もうなんの話をしていたかわからなくなってきたから、とりあえずそのご自慢の筋肉でお仕事をして頂戴。
『あいよ』
『任せろ』
脳筋二人がいつものように気のいい返事をしてくれたところで、床にすわったままのカニやんが 「で、どうする?」 と本題を切り込んでくる。
その 「どうする?」 とはもちろんイベントのことよね?
でもわたしが質問を返したタイミングで、猫じゃらしに興奮しすぎたタマちゃんのしっぽが二本に裂け……たわけじゃなくて、えっと、ほら元々タマちゃんは猫又だからしっぽは二本ある。
それをいつもは一本にして普通のネコに見せかけているのを、本性を現わした。
しっぽにだけ
しかも勢い余ってそのしっぽで飼い主を引っぱたいてしまい、カニやんは 「おぶっ!」 というヘンな声を上げて吹っ飛んでいった。
さらにはその吹っ飛んでいった先に、いつものようにギルドルーム内を飽きもせずにフンフンフンフンフン……と散策していたルゥがおり、飛んできたカニやんにビックリしてわたしのところにすっ飛んできた。
ルゥの方が強いのにね。
それこそ片手でチョイッと叩き返せるのに。
まぁいいわ、折角戻ってきたからもっふりと抱き上げておきます。
ふふふ
「…………えっと、そう」
【妖獣】 のSTRでギルドルームの壁に叩きつけられたカニやんは、HPこそ削れないけれど痛みでしばらく動けなかったらしく、ようやくのことでゆっくりと体を起こしながら呟くようにいう。
うん、大丈夫。
それ、わたしの問い掛けに対する答えよね。
しかもどこまでもマイペースなタマちゃんはまだまだ遊び足りないのか、吹っ飛んでいったカニやんの元まで取り落とされていた猫じゃらしを口にくわえて運び、「もっと遊べ」 と要求する。
そしてそれを断らないのが獣の下僕です。
きっとカニやんのことだから、また吹っ飛ばされてもタマちゃんに求められれば何度でも猫じゃらしを振るのよ。
それこそタマちゃんが飽きるまでね。
「ったりめぇ。
それよりイベント」
「うん、わかってる。
でもどうするというのはどういう意味?」
「だからイベントの」
少しもどかしそうにカニやんが尋ねてきたのは、イベントの参加方法。
今回のイベント 【紫陽花の迷路】 も特に事前登録の必要はなし。
参加は単身でもパーティでもOK……か。
運営の説明では一般エリアでアイテムを発見し、それを使ってイベントエリア……つまり迷路へ入る。
おそらくこれは転送ね。
そして迷路をクリアする。
それだけ
でもたぶん、ただの迷路じゃない。
「まぁなんか出るだろうな」
『なんかってなに?』
トール君たちと一緒に 【ナゴヤジョー】 に潜っているはずのアキヒトさんが、何かに怯えるように尋ねてくる。
大丈夫よ、夏にはまだ早いからアレは出ないと思う。
ほら、アレよアレ。
夏の風物詩
『夏の風物詩は怪談じゃね?』
『いや、幽霊も夏の風物詩じゃね?』
『あ、そっちっすか?』
『なんだと思ったんだよ?』
『Gかと思ったっす』
『ちょ! いーやー!!』
『今時のGは年中だから』
『あー……そういえばそうだったすね』
『じゃあ、やっぱ怪談か幽霊ですか?』
『どっちも苦手なんだよ、俺は!』
うん、知ってる。
アキヒトさんがそういうのが苦手っていうのは。
それもわたしだけでなくみんなも知ってるわよ。
ついでにスプラッタとかも苦手よね……というわたしに、インカムの向こうから 『Gも』 と自己申告してくるアキヒトさん。
自分の弱いところを平然と晒せるのが、アキヒトさんのいいところであり悪いところ……いや、悪くはないかな?
こうやって平然と晒せるというのは、案外図太いのかもしれない。
『案外じゃなくてかなり図太いんだよ』
『キョーちゃーん』
『うぜぇ』
インカムの向こう側、ギルドルームにいるわたしやカニやんには見えないところで、いつものようにイチャつく恭平さんとアキヒトさんのことは放っておくとして、話を戻します。
迷路に出るもの次第といえば出るもの次第だけれど、パーティ可。
単身でも可。
う~ん
この迷路がID扱いではなくイベントエリアなら、ひょっとしたらPKエリアかもしれない。
イベントへの参加自体は各自の判断。
つまり自由だけど、完全に自由とするには引っかかりを覚える。
だからこうした。
「とりあえず最初はパーティを組みましょう」
それでID扱い、あるいはPKエリアではないのなら単身参加を解禁。
PKエリアの場合は状況次第……といい掛けたわたしの脳裏に、ある爽やかイケメンの顔が浮かんだ。
そう、未だわたしのことを 【灰色の魔女】 と呼ぶ、あの孤高のソリストの顔が……。
ノギさん
テスト版からこのゲームに参加するノギさんは、正式サービス開始以降もただの一度もギルドに所属したことがない。
でもイベントの参加条件だけでなく、普段から野良パーティに参加することはある。
その関係で顔は広いし、地下闘技場ではアレだけど、基本的に面倒見はいいらしい。
言動はオラオラ系だけど、顔と性格は爽やかイケメンだからね。
おまけに実弟があのノーキーさん。
ん?
あ、この話にノーキーさんは関係ないか。
ノーキーさん自身は 【特許庁】 に所属しているというか、あれでも一応主催者。
でも全然仕事はせず、そのために蔑ろにされているというか随分ひどい扱いを受けている。
だからたぶん方針は副主催者の真田さんか蝶々夫人が決めるとして、単身で参加しても問題ない火力の持ち主。
うん、いやまぁノーキーさんも面倒といえば面倒だけどね。
真田さんも面倒だし、不破さんや串カツさん、ちゅるんさんも……と言い出せばキリがないけれど、ノギさんはなぜか別格なのよね。
だいたいいつも、気がつくと接近を許していたというパターンで心臓に悪い。
未だ落とされていないのは奇跡よ、奇跡。
それだっていつまで続くか……。
そろそろわたしの悪運も在庫が尽きそうな気がしています。
まぁノギさんが狙うのは、わたし以外は重火力ばかりだから他のメンバーについては心配いらないと思う。
というわけで、ノギさんについては自分の身の心配だけをしています。
これについては 『ひでぇ』 とか 『自分の心配だけかよ』 などと 【素敵なお茶会】 が誇る重火力どもが文句をいっていたけれど、心配していないのでスルーです。
そもそもあの重火力どもの心配なんて、する必要がどこにあるのよ?
ないわ
『言い切りやがった』
『言い切ったな』
インカムの向こうからそんな声を聞こえていたけれど、やっぱりスルーです。
ここはもう、言い切った者勝ちということで逃げ切ることにします。
というわけで、まずはパーティでの参加にしたいと思います。
但し初戦から単身参加を禁じるつもりはないので、パーティでの参加を希望する人はカニやんにメッセージを入れてください。
「なんで俺やねん?」
『りょ』
『わかりました』
『え? 口でいうだけじゃダメなの?』
『メッセージで送れっていわれただろ?』
『人数いるから、漏れを防ぐためにメッセージだと思う』
カニやんには即座に文句を言われたけれど、いま話を聞いているメンバーはみな了承。
いまログインしていないメンバーもいるから、ギルド掲示板に改めて書いておきます。
締め切り期日などを確認して、パーティ参加を希望するなら遅れないように 『カニやんに』 メッセージを送っておいて下さい。
あ、カニやん、ギルド掲示板の書き込みも合わせてよろしく。
「待てや、ごるぁ!」
待ちません
あれ? まだイベントが始まらない?
あれ? あれ???